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第7話

「勇吾?…ジミヘンはどうして歯でギターを弾いたと思う?」 オレがそう言うと、彼はクスッと笑って言った。 「歯が、丈夫だったんだよ。エレキなんて鉄の弦じゃないか…それを歯で弾くんだ…よっぽど自信があったんだよ。自分の歯に。」 ふふ…おっかしい! 「あはは!」 そう言って笑うと、彼にもたれて不思議な温かさを感じて心地よくなる。 「じゃあ…エルビスプレスリーは本当に宇宙人に誘拐されたと思う?」 オレがそう聞くと、勇吾は首を傾げて言った。 「知らない…いつされたの?」 ふふ! 「勇吾、歌って…英語で歌って、ラブミーテンダー」 オレは唐突にそう言って、彼の精いっぱいの低音を聞きながら上を見上げる。 そこには秋の桜の木が枝を伸ばしていた。 「あぁ…勇吾。ここは桜の木の下だったんだ…」 オレはそう言って上を見上げたまま手を高く伸ばして、ヒラヒラと桜を落とす。 彼の頭の上に手のひらで桜を落として、ケラケラと笑う。 一緒に飲んでいたコーヒーも無くなって、オレは勇吾と手を繋いでベンチを後にする。 ここへ来た時よりも、彼の事が好きになった。 それは誰にも言っちゃいけないような、隠した方が良いような、淡い恋心。 桜二が知ったら…きっと嫌な気持ちになってしまう。 陽介先生とは違う…依冬に感じていた様な、確かな恋心。 だから、秘密にする。 「依冬~!」 待ち合わせ場所に既に依冬と桜二と夏子さんが集合していた。 これからみんなで焼き肉を食べに行くんだ!ふふ! オレは勇吾と一緒にみんなに合流すると、依冬に抱きついて彼の体によじ登る。 「オレのお尻を引っ叩いただろ?まだ痛いんだよ?明日オーディションなのに、これのせいで失敗したら、依冬が裏工作してオレを合格にさせてよ?」 そう言って頬に絆創膏が付いた彼にキスする。 「ごめんね…シロ。お詫びに今日はご馳走させてよ…ね?ね?」 なんも言えない…そう言った表情をして謝ると、依冬はオレを抱きしめる。 久しぶりに彼のクゥ~ンと鳴く鳴き声を聞いて、目じりが下がっていく。 「んも~!依冬は、カワイ子ちゃんだからな~。仕方が無いな~!」 そう言ってデレると、さっきまで彼と繋いでいた手を依冬と繋いで、桜二の腕に腕を絡ませる。 「…二人で、どこ行ってたの?」 そう尋ねる桜二に首を傾げて言った。 「毛利庭園~。桜が舞っていたよ?ふふっ!」 オレがそう言って笑うと、何も聞かずに、桜二は目を細めて笑った。 兄ちゃん…オレは兄ちゃんの傍から離れたりしないよ? 今度こそ、ずっと一緒に居るって決めたんだ… もう二度と、あんな風にはならない。 「牛タン!牛タン!」 桜二の隣で箸を持って、オレは興奮してる。 牛タンが好き。塩レモンで食べる牛タンが好き!だから、興奮を抑えられない。 そんなオレをテーブルを挟んで、夏子さんがジト目で見つめる。 きっと若い男の食欲に、目を奪われてるんだ。 「桜二?牛タン、たくさん頼んだ?オレはね、たくさん食べられるよ?だって今日はお仕事はお休みだ。ね?たくさん頼んで?動けなくなる位、たくさん頼んで?」 そう言って桜二の腕にしがみ付いて甘える。 テーブルを挟んだ夏子さんと勇吾を心配して、依冬が丁寧に説明し始めた。 「夏子さんと勇吾さんはビックリするかもしれないですけど…シロはちょっと…焼肉の牛タンに対する…何て言うかな、こだわりが強くて…」 「君のセックスよりも驚くものは無いから大丈夫だよ…ビーストボーイ!」 そう言って勇吾が夏子さんと大笑いして、依冬をからかうと、彼は少しだけ困った顔をした。メンタルの強さは筋金入りなんだ。 お肉が来て、桜二が焼いて行く。 オレは我慢出来なくて彼の腕をかじった。 「痛い…」 知ってる。 「桜二…早く焼けて?」 オレがそう言って彼を見上げると、桜二は眉毛を下げてオレを見下ろして笑った。 彼のその表情が…まるで兄ちゃんに見えて、オレはポツリと言った。 「兄ちゃん…早くして…」 「今、焼いてる。」 桜二はそう言うと、自分を見つめて放心し始めるオレの顔を牛タンへと向けた。 「もう焼ける?桜二…もう焼ける?」 お箸を手に持って構えて待つと、依冬が隣でカルビを焼き始める。 目の前の2人はビールを飲んで、焼き肉なんて興味がないみたいにおしゃべりしてる。 32歳にもなると、肉なんて興味が無くなるのかな… 「はい、シロ焼けたよ?」 「わ~い!」 オレがそう言ってお箸を牛タンに伸ばすと、横から誰かが取って行った。 「あ…」 桜二と依冬が固まる中、勇吾がオレの牛タンを摘まんでにっこりと笑った。 オレは体を伸ばすと、勇吾のお皿から自分の牛タンを取り返した。 「あの…それ、俺が取ったんですけど…」 そう言って勇吾が眉間にしわを寄せてふざけ始めるけど、オレはね、それどころじゃないんだ。これは戦争だよ? ・人の肉に手を出してはいけない。 ・食べたいものは自分で頼め。 ・見えない陣地を侵略するな。 これは焼肉の鉄則だよ? 奪還した牛タンに塩レモンを付けると、オレは大きな口を開けて牛タンを運ぶ。 途中、箸が伸びて来て、オレの口へ入る予定の牛タンを止める。 「勇吾、止めろよ…」 桜二がそう言って怒ってくれる。 「そうだ、止めろ!」 オレがそう言うと、勇吾はにやりと口端を上げて笑って言った。 「あの~、それ、俺のお肉なんですけど…おかしいな、肉泥棒がいる~」 箸を持つ手がプルプルするくらいに牛タンを引っ張り合って、にらみ合いを続ける。 オレは兄ちゃんに箸の持ち方を特訓されてるんだ! 米粒だって簡単に掴めるほどに、オレは箸の持ち方が上手だ。外国生活の長い、勇吾なんかに負けない! 「シロ…新しいの焼けたからこっちを食べて。」 桜二がそう言ってオレのお皿に焼きたての牛タンを乗せた。 「本当…あんたらッて馬鹿みたい。ラブラブに一緒に踊ったりしたかと思えば…こんなくだらない事でワイのワイの言って…」 夏子さんが呆れたような声でそう言って、依冬の育てたカルビをスティールした。 オレは依冬の顔を見て、彼の反応を確かめる。 依冬はにこやかな顔を崩さないで、紳士的に新しいカルビを鉄板に乗せた… 大人だな…。 依冬…お前は大人だよ… オレは依冬を見習って、勇吾に笑って言った。 「勇吾、他のお肉、焼けてるじゃん…それを食べなよ?これはオレの牛タンなんだよ?」 「名前でも…書いてあるの?これ、俺が初めに取ったんだよ?」 勇吾はそう言ってにっこり笑うと、グイッと自分の方に牛タンを引っ張った。 「だめだぁ!」 オレはそう言って騒ぐと、箸と左手で牛タンを掴んで思いきり引っ張って奪うと口に入れた。 「汚い!シロ!」 桜二に怒られても、モグモグして無視する。 さすが高い肉だ。冷めても美味しい! 「意地汚い…」 夏子さんがそう言って顔をしかめる。きっと、ワイルドな若い男に興奮したんだ。 「あーーー!シロが俺の肉を取った!」 勇吾がそう言って騒ぐけど、お前はオレと同じ穴の狢だよ?みんなに白い目で見られるんだ。ふふ! 「シロ、カルビもどうぞ~?」 依冬がオレの牛タンだらけのお皿にカルビを乗せてくれた。優しいね? 「勇吾も食べた方が良いよ?」 オレはそう余裕をかまして、桜二が焼いてくれた牛タンを一枚ずつゆっくりと食べる。 「美味しいね?桜二、お肉美味しいね?」 ニコニコ笑顔でそう言うと、眉間にしわを寄せた桜二も目を細めて笑った。 「もうしちゃダメだよ…?」 「しないよ?勇吾が盗んだから、いけないよ?ってしたんだよ?」 オレはそう言って桜二に甘えると、彼の口に貴重な牛タンを分けてあげる。 「あ~んして?」 「ふふ…美味しいね?」 そうだろ?オレの牛タンだからね? 可哀想なので勇吾にも一枚だけ牛タンを分けてあげた。 「はい、勇ちゃん。あ~んして?」 オレがそう言うと、ムスッとした顔の勇吾が一気にデレた。 耳まで赤くなった彼に依冬が桜二の顔を見る。 桜二はじっと勇吾を見つめたまま、オレの好きにさせる。 「ん?仕方が無いな…シロがそう言って詫びる気持ちがあるなら、俺は断らないよ?」 「早くして?」 オレがそう言うと、勇吾は口を可愛く開けてあ~んした。 ふふ…! パクリと口の中に牛タンを入れて頬を赤くする勇吾。 「勇ちゃん、おいしい?」 首を傾げてぶりっ子して聞くと、彼はコクリと頷いて答えた。 勇吾は自分の事を“勇ちゃん”と呼ばれたがる。それは彼の話を聞いていれば分かる事。だけど、こんなにも照れるとは思わなかった…。だったらどうして呼ばれたがるんだと、小一時間問いただしたい。 桜二なんて、オレに“もちもちのおもちちゃん”なんて呼ばれたって、赤くなったりしないのに… 恥ずかしがり屋さんなんだな… 「シロ、明日終わったら連絡して?頑張ってね。」 ご飯を食べ終わると、依冬は自宅へと帰って行く… 「依冬!チューして?」 オレはそう言って両手を広げて、彼の後姿に言った。 ははッと笑うと、依冬は引き返してオレを思いきり抱き上げて、チュッチュッチュと何回もキスをくれる。 「愛してる?」 「愛してるよ。」 「オレも依冬を愛してるよ?」 そう言って彼の唇に熱くて甘いキスをする。そして、彼の口の中のガムをかっさらって行く。ふふ。 「気を付けてね?」 そう言って手を振って、オレから離れて行く彼の背中を見つめる。 「寂しいの?」 オレの背中にそっと勇吾がくっついて、不思議な温かさをオレに伝えて来る。 「寂しいよ…彼が好きなんだ。」 オレはそう言って桜二と手を繋ぐと、勇吾を置いて歩き始める。 「明日は何時に起きるの?」 桜二を見上げて聞くと、彼は思い出すように、う~ん…と唸ってから言った。 「受付が10:00からだから…8:00には起きた方が良いよ。」 繋いだ桜二の手があったかくて、大きくて、安心する。 兄ちゃん… 彼の手を見つめて、目の前をフラッシュバックする光景をそのまま受け入れて流して見る。 朝、昼、夕方…数々の場面の兄ちゃんの手とオレの手が目の前に描写される。 「シロ…今日はカレーだよ。でも、大丈夫。甘口にしたからね…」 兄ちゃんの声が耳の奥で聴こえて、口元が緩む。 愛してるよ…兄ちゃん 「シロ?」 桜二の声に我に返って顔を見上げる。 桜二は慣れっこになってしまった。オレの意識が突然飛ぶことも、こうして我に返った瞬間も、慌てたり、動揺したりしないで、優しく頭を撫でてくれる。 この人はクズだけど、オレにだけ優しいんだ。オレにだけ…特別に優しい。 だから、こんなに甘えさせてくれる。 まるですべて受け入れるみたいに…愛してくれる。 「桜ちゃん!俺も一緒に桜ちゃんの部屋に行こうかな…?」 「ホテルに帰れよ。」 桜二がそう言って勇吾を拒否した。 「俺はシロに変なトレーナーを買ったんだよ。これを置きに行かないといけないんだ。」 勇吾はそう言って食い下がると、オレの手を握る。 「面白いからあたしも付いて行く~」 夏子さんがそう言って勇吾の腕に腕を入れる。 4人で横並びになって歩く。まるで、西部警察みたいだ…ふふ。 「オレはもう寝る…」 シャワーを済ませて猫柄のパジャマに着替えると、桜二にチュッとキスをした。 そのまま寝室に行って、勇吾が入って来ない様にドアの前に沢山の荷物を積んだ。 ベッドに入って、桜二の匂いを嗅ぐ。 窓の外に月明かりが見えて、兄ちゃんの部屋を思い出す。 兄ちゃんが帰って来なかった日…オレは兄ちゃんのベッドに入って1人で泣いた。 どうして、帰って来なかったんだっけ?出張?仕事? いや… 違う… 「どうして…どうしてオレを1人にするの…兄ちゃぁん…」 頭の奥が冷たくなって、手の感覚が無くなっていく。 こんな時に…発作が起きた。 体を丸めて、必死に息を吸って、依冬の声を思い出す。 大丈夫…大丈夫… 「シロ、兄ちゃんは今日はお泊りするよ。」 「…兄ちゃん、お泊りって…?」 突然兄ちゃんがそう言って、自分の荷物をまとめて鞄に詰め始めた。 オレは兄ちゃんの背中にしがみ付いて、震える体で必死に抱き付いて行かせないようにする。 「シロ…」 「嫌だ…あの人の所に行くの?」 オレを置いて…女の所に行くの? 「酷い…酷い…酷いよ…シロの事なんて…愛していないんだ…」 「シロ…ごめんね…」 項垂れて床に放心するオレを置いて、兄ちゃんは玄関を飛び出して、女の所に行った… 兄ちゃんはオレを愛していなかったの? それとも、普通になりたかったの…? オレという弟じゃなく…普通に誰かを愛したかったの…? これはオレが中学生の頃の記憶… 兄ちゃんに彼女が出来た。嗅いだ事の無い匂いですぐに分かった。 毎日楽しそうにする兄ちゃんに…そこはかとなく、不安になった。 こうやって外泊をする兄ちゃんに…縋りついて、無理やり行かせない日もあった。 でも、兄ちゃんはオレを置いて出て行った。 オレが泣いても、縋っても、泣き喚いても… その人の事を愛していたの? オレじゃなく…その女を愛していたの…? だから、オレが壊れたあの日も…橋の上でキスをしていたんだろ… 「桜二…桜二…!」 ベッドから飛び起きて、震える体で転がる様にベッドから落ちると、扉の前で苦しくなって身もだえする。 扉の向こうでは桜二や夏子さんの楽しそうな声が聞こえる。 オレの目の前はクラクラする位に激しいフラッシュバックを繰り広げて、歪んだ記憶を修正していく。 「シロ…ごめんね。兄ちゃんは…好きな人が出来たんだ。」 兄ちゃんと一緒に寝たくて、オレは兄ちゃんの布団に入って行った… そうしたら、そう、言われた… 「…兄ちゃんの、好きな人…」 理解できた。でも、理解したくなかった。 オレは焦点の合わない目で兄ちゃんを見つめて、両手の指が折れるくらいに強く手を握った… 「もう…酷い事をしたりしないよ…ごめんね。ごめんね…」 酷い事… オレは、兄ちゃんが好きだったんだ…だから、だから、良いんだ… でも、兄ちゃんはオレから…逃げたいんだろ? 狂った弟から…逃げたいんだろ… ダメだよ オレは兄ちゃんのベッドから降りると、ゆらりと立って、兄ちゃんを見下ろして言った。 「兄ちゃんが…その人の所に行って…シロをこれ以上1人にするなら、首を吊って死ぬ。どこかから飛び降りて死ぬ。包丁でグサグサに自分を刺して死ぬ。」 「シロ…」 兄ちゃんがそう言って、オレの顔を覗き込んで来る。 まるで普通の人に戻った様な、そんな顔して…覗き込んで来る。 兄ちゃんは幼い弟を抱く様な、クズの癖に…なに普通の人みたいにしてんの? 「兄ちゃんがシロを裏切るなら…シロ以外を愛したりするなら、シロは死ぬ…今すぐに、死んであげるよ…邪魔なんだろ…良いよ。もう…良い。バイバイ。」 「シロ…!」 オレは兄ちゃんの目の前で自分の頭を壁に何度もぶつけて、頭を割った。 大量の血が大げさに流れて、目の前を赤く染めて行く… まるで、赤く髪を染めたオレみたいだ… 「シローーー!」 兄ちゃんが絶叫して救急車を呼んだ。 「シロなんていない方が良いんだ…シロなんて…生きてる価値なんて無いんだ…シロなんて…誰にも愛してもらえない、兄ちゃんだって…シロの事が邪魔なんだ…!このまま殺したらいい!放っておいたらいい!その方が!みんなの為なんだ!!」 兄ちゃんがオレを取り押さえて、悲鳴を上げて暴れるオレを宥める様に抱きしめる。 壊れていたのは…オレ?それとも…兄ちゃん? 「兄ちゃんはシロのウサギ…首輪でつながってる。絶対逃がさない…逃げたかったら…シロを殺して。」 兄ちゃんはその後、本当に赤い首輪のウサギになって…オレに売春させて、男にまわさせた。 兄ちゃんは、女とは別れた。 その時は…そう思ってた。 でも、会っていたんだね。 オレにバレるまで…コソコソと会っていたんだね… 勇吾たちの笑い声が聞こえる中、体を起こすとベッドに突っ伏して目を瞑る。 瞼の奥にグルグルのブラックホールが広がって…体の中身を飲み込んでいく。 細かく振動する自分の体が…電子レンジの中に入ったみたいに熱くなる。 「兄ちゃんが…嫌いになりそうだ…」 発作が起きたのに、オレは気絶しなかった。 ただ、目の奥のブラックホールだけが、グルグルと回り続けて体を熱くした。 携帯が鳴っている。 「桜二…うるさい…」 そう言って隣で寝ている桜二を足で探す。 ドアがガンガンと何かにぶつかる音がして、布団の中に顔を沈ませる。 ドア…壊れちゃうよ… 「シロ…朝!」 まだ眠いよ。桜二はね、爺さんだ。爺さんは5:00に起きる。5:00は始発電車が走る時間。終電を逃したら5:00まで帰れないから、ラーメン屋に行ってチャーシューとメンマを食べながら…ビールを飲むんだ… 朝からビールだよ。あはは… 遠くで笑い声が聞こえる…なんだ、何がそんなに… ガバッと起き上がると、携帯を手に取って画面を確認する。 9:45! 着信が10件以上…桜二から来ている。 また、やっちゃった… 「シロ!早く起きて!」 寝室のドアをおにぎり1個分開いて、桜二が顔を覗かせて言った。 オレは急いでベッドから降りると、足に絡まったシーツによって派手に顔から落ちる。 ドサッ…! 「シロ?大丈夫?凄い音がしたよ?」 ヨロヨロと寝室のドアの前に行って、扉の前の物を退かしていく。 あぁ…ドアを無理やり開けようとしたから、この荷物にぶつかって、凄い音をさせていたんだ…なるほどね… 下を向いてひとつずつ物を退かしていくと、ポタポタと血が落ちて床を汚した。 あ…オレ… 「鼻血、出た…」 「え…」 ドアの隙間から顔を覗かせると、桜二がティッシュを手渡してきた。 外では相変わらず大爆笑が聞こえて、オレは呆然としながら目の前の荷物を退かし続けた。 やっとドアが開いて桜二が慌てて掛け込んで来る。 「なぁんでこんな事したの?」 そう言ってオレの鼻を見ると、手に持ったティッシュで鼻血を押さえた。 「勇吾が入って来ない様にした…」 「ん…そうか、それは仕方がないね…」 桜二はそう言ってオレの手を掴んで鼻にあてがわせると、急いでパジャマを脱がせ始める。 寝室の入り口で、夏子さんと勇吾が大爆笑してる。 「シロ…シロ…!だめだ!ツボに入った!連れて帰りたい…!あはは!あははは!」 夏子さんがそう言って床をバンバンと叩いて笑う。 「あっはっはっは!シロは本当に馬鹿だな~。桜ちゃんがシロのママになる理由が分かった!お前が底なしの馬鹿だからだ~!だ~はっはっは!」 勇吾はそう言うと、夏子さんの背中をバシバシ叩いて笑ってる。 「桜二?猫のトレーナーを着るの。」 オレは彼に抱きついて頬ずりすると、昨日買ってもらった“猫のトレーナー”を要求した。桜二は急いでトレーナーのタグを取ると、オレに頭から被せて着せた。 「あ…ちがう…オレのは水色のやつなのに…」 「もう…!」 勇吾の長毛猫柄のピンクのトレーナーを着せられて、口を尖らせて地団駄を踏むと、桜二がちょっとだけ怒って、水色のトレーナーに着せ替えてくれた。 「だっはっはっは!」 「あはははは!」 目の前で笑い転げる2人を見下ろして思った。 彼らは異国の地で言葉も文化も、笑いのセンスも違う環境に身を置いていたんだ。だから、もしかしたら、笑いに飢えているのかもしれない… 「シロ?鼻見せて?」 桜二がそう言ってオレのティッシュを外すと、鼻を撫でて確認してくれる。 「もう、血は止まったみたいだよ。顔を洗っておいで?」 「は~い!」 段々目が覚めて来たオレは桜二の言葉にしっかり答えると、急いで身だしなみを整える。洗面台の前、鏡を見つめると頬に鼻血が付いている。 それが、昨日思い出した光景と重なって、動きが止まる。 「シロ…!勇ちゃんが綺麗にしてあげようか?」 脇から声を掛けられてハッと我に返ると、急いで顔を洗い始める。 どうしたんだろう…意識が飛びやすい。 簡単に持って行かれる… 「シロ!行くよ?」 桜二が車のカギを持って玄関で待ってる! 「桜二…お腹空いた…」 そんなオレの一言一句に大笑いをする…笑いの渇望者たち… オレにお弁当の様な包みを渡すと、桜二は手を掴んでどんどん引っ張っていく。 時刻は10:15 車の助手席に座って、急いで車を出す桜二を横目に、後部座席で大笑いする二人の声を聞きながら、ぼんやりと手に持たされた包みを眺める。 「どうして2人も乗ってるの?」 後ろを振り返って尋ねると、夏子さんが急に真面目な顔になって言った。 「こんなに面白い物…見逃す訳に行かないでしょ?あ~はっはっは!」 「シロ…その中におにぎりと、卵焼きが入ってるから…車の中で食べちゃって?」 オレの頭を撫でて、前を向かせると、包みを指さして桜二が言った。 「おぉ…おにぎり…」 膝の上で包みを開いて、丁寧に入れられたおにぎりをパクリと食べる。 「桜二…お茶は?」 オレの言葉に車内がシンと静まって、一気に爆笑が巻き起こる。 「シロ。勇ちゃんのお水をあげるよ?ぐふふ…!」 勇吾はグフグフ笑いながらそう言って、ペットボトルの蓋を開いてお水を渡してくれた。 「卵焼き…美味しいね?」 オレはそうポツリと言って、モグモグ食べる。 頭の中で昨日の兄ちゃんへの怒りがチラつく。 こんな時に、こんな日に、どうしてあんな事…思い出したんだろう。 「…元気ないの?」 桜二がオレの様子を心配して顔を覗き込んでくる。 元気…元気って何だろう。 「ふふ、まだ、寝ぼけてるだけ~…」 オレはそう言って窓の外を見ると、馬鹿みたいに頭の中を真っ白にした。 「勇吾、シロの荷物、確認して…?」 桜二がそう言って腑抜けのオレの足元からリュックを拾い上げると、後部座席の勇吾に手渡した。 「全く…シロはバブちゃんだな…スウェットのズボンと、半そで…書類と筆記用具、あと携帯とタオルが入ってる。」 「シロ、忘れ物ない?」 「ん~…」 目の前の通り過ぎて行く景色を眺めながら、空っぽになった頭に入って来るのは、やっぱり昨日の兄ちゃんの光景。考えない方が良いと分かっていても、馬鹿なオレは兄ちゃんの事を思い出して…悶々とする。 兄ちゃんはオレを愛していなかったの…?オレが無理やり繋ぎ留めたの…?だから、壊れちゃったの? オレを抱いたじゃないか… 幼いオレを性的な目で見続けたじゃないか… なのに…なのに、好きな人が出来た…? そんな事… 「許されると思ってんのかな…」 ポツリと口から飛び出した抑揚のない自分の声が、不気味で、我に返って固まった。 すぐに桜二がオレの顎を持って自分へ向けて表情を見て言った。 「シロ?」 「桜二…卵焼き、美味しかったよ?」 そう言って笑って取り繕うけど、桜二の目はオレのブラックホールを見つめてた。 こんな大事な日に…おかしくなってしまいそうだ。 桜二の瞳も、桜二の声も、兄ちゃんに重なって…イライラする。 好きじゃないのに、愛していないのに…抱いていたんだ。 ダッチワイフみたいに、処理する為だけに、抱いていたんだ。 心が、壊れてしまいそうだよ…桜二。 10:30 会場に到着すると、桜二の頬にキスして車を降りた。 勇吾が窓を開けて何か言ってるけど、どうせどうでも良い事だろう。 まだ人が並んでいる受付を見てほっと一安心すると、自分の荷物を持っていない事に気が付いた。 「あ…リュック。勇吾に渡したままだった…」 呆然と立ち尽くして、受付のお姉さんを見つめる。 後ろからペシッと頭を叩かれて振り返ると、息を切らした勇吾がオレにリュックを押し付けて言った。 「お前、人の話を聞けっての…!ばかたれ!」 わざわざ持って来てくれたんだ。…優しいじゃないか… 「ふふ…ちょっと走っただけなのに、息が切れるのは、勇吾がお爺ちゃんだからだ。」 オレはそう言って笑うと、リュックの中から書類を出して受付のお姉さんに提出した。 「17番だって?」 オレは受付のお姉さんから渡された番号を見せると、勇吾に笑いかけて言った。 「見て?ラッキーセブンだよ?」 「ハイハイ…良かったね。シロ、勇ちゃんに行ってきますのチューして?」 そう言って勇吾がオレに頬を突き出してくるから、オレは彼の頬に手をあてると自分の方へグイッと顔を向けた。 半開きの瞳を見てにっこり微笑むと、彼の唇にチュッとキスをする。 「リュックありがとう。行ってきます。」 オレはそう言って勇吾に手を振ると会場の中に入って行く。 兄ちゃんが…オレの事を愛していないなら、オレだって、兄ちゃんの事を愛したりしない。 酷い兄貴だ…そうだろ? やるだけやって…捨てるんだ。 手紙も、時計も、写真も要らない。 帰ったら、全て捨てよう… オレの記憶は自分が思った以上にオレの心を傷付けて、捻じ曲げた。 昨日発作が起きても気絶しなかったのは、それが事実だと…うすうす感じていたからなのかな? あの時のあの女と、ずっとコソコソ会っていたのかと思ったら、当時のオレがぶっ壊れたのだって、頷けるよ。許せなかったのだって、頷ける。 兄ちゃんは死んで当然だって…頷けるよ。 目の中にグルグルのブラックホールを湛えたまま、オレは足早に控え室へと向かった。 「シロ君、今日は随分殺気立ってるね?気合の入り方間違ってるよ?あはは。」 控え室でそう声を掛けて来たのは、一次審査でオーディションのプロ、橋本さんが要チェックだって言っていた尚君だ。 彼はスタジオのロゴの入ったTシャツを着て、腰に手をあてながらオレを首を傾げて見てる。 「…君も二次審査なんだね?」 意外だよ?だって、あの時アラベスクすらまともにキープ出来ていなかったじゃないか。そんな君が合格したなんて、このオーディションはレベルが低いのかな… 控え室で動きやすい服に着替え始めるオレの傍らで、尚君はジロジロとオレの体を見ながら言った。 「君の話を聞いてね、YouTubeで調べてみたんだ。ストリッパーってもっと際どい事してるのかと思ったら、かっこよくて、素敵だったよ。」 「ふふ…そう。それは、良かったよ。」 オレは適当にそう言うと、体を解してストレッチを始める。 「僕が会いたい有名なダンサーの人もストリップをしてるんだけど、彼が言うには短い時間の中でどうやって見せ場を作るのか、どう演出するのか、そう言った構成を考える良い練習になるんだって…。君はそう言う事考えながら踊ってるの?」 尚君はそう言ってしゃがみ込むと、オレに視線をあてて聞いて来る。 「さぁ…どうかな…」 オレは適当にそう言うと、ゆっくりと前屈をして、膝の裏を入念に伸ばす。 「そうだよね…やっぱりそう言う事を考えて踊るのって、普通じゃ難しいんだ。だから、彼は素晴らしいって、僕は思うんだよね?ふふ!」 そうか…どこの誰だか知らないけど、このオーディションで合格すればそいつにも会えるんだろうね。…そんな事は偉そうに言わなくったって、誰だってやってる事なんだよ。時間が決まってる物事に関しては、職業問わず誰だってやってる事なんだよ。ばか。 ストリップをしてる?上等じゃん…オレの方が断然良いに決まってる。 ギラついたオレはいつも以上にアグレッシブになった。 オーディションを受けるんだ…これくらい攻撃的じゃ無いとね。 「お前、ストリッパーなの?おかまじゃん。」 R&B系のファッションに身を包んだ厳つい男がそう言って、オレのリュックを蹴飛ばす。ウケる… オレがおかまだと、リュックを蹴飛ばしても良い…そんな理屈で生きてる。とんでもない人非ざる猿だ…。 オレはそいつをガン無視すると、腰回りのストレッチをする。 「皆さん、こちらへ移動してくださ~い。」 そう言って声掛けするスタッフの人に誘導されて、ぞろぞろと選抜された17人が移動を始める。 「なぁ…お前、枕営業とかすんの?」 猿がそう言ってオレに話しかけて来る。こいつみたいな奴は隠れた素質を持ってるんだ。 ゲイやビアン、その他の事でも、過剰に反応して、過剰に拒絶する奴らっているだろ?…彼らは嫌で拒絶してるんじゃないんだよ。怖いんだ。自分もそうなってしまう素質があるって分かってるみたいに、拒絶して、否定して、徹底的に叩きのめす。 他人の事なのに過剰に感情的になるんだ。そう思う以外に無いだろ? スタジオに案内されて、用意された椅子に腰かけていく。 「お前…脱ぎ始めるの?やめろよ…はは、」 そう言って猿がオレの顔を覗き込んで言うから、オレは彼の目を見つめて言ってあげた。 「…オレの裸が見たいの?オレがどんな風に踊るのか、気になって仕方がないの?…ふふ、可愛いね?お店においで?そうしたらお前の目の前でいやらしく腰を振ってやるよ?それを見たら、大人しくお家に帰ってオナニーでもすれば良い。」 そう言って鼻で笑うと、顔を赤くする猿を無視して前を見据えた。 前回よりも多い審査員の数と厳粛な空気に、やっとオーディションらしい雰囲気を感じて来た。 番号順に呼ばれて、審査員に名前と年齢を言う。そのあと、音楽が流れて、ダンスを披露する…そんな流れの様だ… アイドルっぽいダンス、R&B系のヘビーなダンス、アクロバティックなブレイクダンスなどなど、毛色の違ったダンスが次々に見れて、背中しか見えないけど楽しめた。 そんな中、尚君が前に出て踊り始める。 彼の用意したコンテンポラリー要素の強い曲とダンスに、夏子さんの踊りを思い出して、正直見劣りすると感じた。 猿な彼も番号を呼ばれて前に出て行った。 彼は攻撃的で厳ついブレイクダンスを踊った。悪くない。ハッキリ言って彼の事は嫌いだけど、踊り自体は気に入った。 次々に前の番号の人たちが踊りを披露していって、オレの番が来た。 審査員の前に立って、小さく深呼吸する。 この時の為に頑張って来たんだ…兄ちゃんの事なんかで、ダメにしたくない。 「じゃ、シロ君の用意したダンスを見せてください。」 そう言われて、コクリと頷くと、オレはストリッパーからダンサーに変わる。 エロさは封印して、力強さとキレの速さ、正確さ、柔軟性、リズム感を意識して踊る。 それはいつもの甘いオレじゃない、爆イケの女の子からきゃいのきゃいの言われるべき、イケメンのオレだ! 思い通りに踊りきると、ペコリとお辞儀をして椅子に戻る。 「…お前、めちゃめちゃ上手いじゃん…!」 猿がそう言ってオレを見直したようだ。ふふ…単純だな。単細胞で、単純で、猿そのものだ。 「結果はすぐに発表されるので、参加者の方は控え室でお待ち下さい。」 スタッフの人がそう言うと、またぞろぞろと移動を初めて、初めの控え室へと戻って来る。 陽介先生?オレ頑張ったよ…偉いだろ?ふふ… 控え室の壁に背をもたれさせて足を前に伸ばして座る。 オレが一番上手だった… 陽介先生にそうメールすると、すぐに返信が来て吹き出して笑う。 “やっぱり俺の嫁は最高だ…”だって… 彼女がいる癖に、そこら辺の倫理観が少しズレているんだな… 「お前、良かったじゃん。驚いたよ、悪かったな…嫌な事言って…」 そう言って猿がオレの隣に腰かけて来た。 まぁ…良い。謝れる猿だ。立派じゃないか。 「色物って言うの?そういう感じかと思ったんだ。でも違った。かっこ良かったよ。」 そう言ってオレにグーを向けてくるから、オレは同じようにグーをしてコツンとぶつけた。 「何か月も前から練習してた。この日の為に練習してた。だから、下手な訳無いんだよ…」 ポツリとそう言うと、目に見えない派閥で集まった参加者たちを見つめて言った。 「君は…どこのスタジオの子なの?」 オレの問いかけに彼は鼻で笑って答えた。 「どこにも入ってない。趣味が同じの人と踊ってるただの踊り好きだ…」 「へぇ…凄い上手だったよ。オレは君のが一番好きだな。」 視線も当てずにオレがそう言うと、彼は隣でへへッと照れ笑いをした。 「合格者が決まりました。荷物を持ってこちらへ来てください。」 控え室の入り口でスタッフの人がそう言うと、またしてもぞろぞろと移動を始める。 番号を呼ばれた人が合格で、それ以外は解散…そんな感じみたいだ。 一か所に集められて、前に立ったスタッフの人が番号を読み上げていく。 「6番、9番…」 あ…尚君が合格した… 「15番…以上です。」 えぇーーーーー!! 落ちた!落ちた!落ちた!! 「…マジか」 自信家な訳じゃない。自己評価が高い方でも無い、そんなオレでもオレが一番上手かったと思ったオーディションの結果は、不合格だった。 周りの視線を集めて、いたたまれない。 「シロが上手かったよ。」 「不思議だね…君が落ちるなんて…」 知らない人に慰められて、呆然と立ち尽くす。 「シロ…コネだよ。コネで受かるオーディションだったんだ…」 猿な彼がそう言ってオレの肩をポンと叩いて立ち去って行った… コネ…? コネが無いと、ダメなんだ…知らなかった。 純粋に実力で合格するものだと思っていた。 でも、実際は違かった… だから…オーディションのプロ、橋本さんはスタジオがどこかをしきりに気にしていたのか… なんだ、つまらない… こんな出来レースに参加するなんて…時間の無駄だった。 喜んで飛び跳ねる尚君を尻目に、オレは背中を丸めてトボトボと出口へと向かう。 「…何て言ったら良いんだろう…桜二に、依冬に、陽介先生に…」 アラベスクすらまともに出来ない子が合格して、準備をしてきたオレが落ちる。スタジオのコネがあるか、無いか…そんな理由でだ。 「17番の…シロ君、ちょっと待って。」 スタッフの人がオレを呼び止めると、隅に引っ張って行って小さな声で言った。 「ある先生がね、直々に君と話したいって言ってるんだ、ちょっと来てくれる?」 え…? そこはかとなく嫌な予感がした。 でも、オレはこの結果に納得していなかった… だから、もしかしたらって思って…付いて行ってしまった。 コンコン 目の前でスタッフの人がノックをして扉が開くと、小洒落た雰囲気の男性が顔を覗かせて、オレを見て目を細めた。 あぁ…やっちまったかな… 「あぁ…シロ君、会いたかったよ。ここに座って?ね?ちょっと話そうよ。」 そう言ってその人はオレをソファに促すと、飲み物のペットボトルを手に取ってオレを見た。穏やかそうに見える表情の奥に、よだれを垂らしたような下心を感じて、警戒する。 「あの…お話って何ですか?」 立ったままオレがそう尋ねると、その人は首を傾げながらソファに座って言った。 「ん…?良いからこっちにおいで?分かるだろ?」 そうか… オレがどれだけ練習をしてきたとしても、誰よりも上手に踊れたとしても、そんな事は関係なく、ただ、体を求められるんだ。 ストリッパーだから?ビッチ臭がするから?…どっちでも良い。 結局、何をしても、オレではダメなんだ… ずーんと、体の力が抜けて、足がやたらと重くなっていく。 「YouTubeの動画、見ていたよ?本当はね、お店にも行きたかったんだけど、そうしたら君を独占出来ないだろ?知ってるよ?あそこの店は厳しいんだ。ふふ。」 そう言って立ち尽くすオレの目の前まで来ると、顔を覗き込んで言った。 「合格にしてあげるよ?だから、ね?良いだろ?」 軽い… 軽くて、汚い。それがオレなんだ… だから兄ちゃんはオレを男に襲わせた。 軽くて汚くて、邪魔で目障りで、鬱陶しくて、嫌いだから…そうした。 目から涙があふれて、肩が揺れる。 「怖いの?怖くないだろ?慣れっこだろ?それとも、不合格になって悲しかったの?可哀想に…君が抜群に上手だったよ?でもね、世の中はそうは回らないんだ…」 そう言うと、オレの体を抱き寄せてソファに連れて行く。 もう…普通になる事なんて、諦めたら良いんだ… 桜二はビッチなんていないって言った。甘えてるだけだって…言った。 目の前の知らない男を見て首を傾げる。 オレは…こいつに甘えたいの…? 違う… 「…嫌だ」 ポツリとそう言って、力の入らない両手で相手の胸を押して嫌がる。 「大丈夫、僕はね上手だから、気持ち良くしてあげられるよ?」 そう言うと、オレの体に覆い被さってオレをソファに押し付けていく。 兄ちゃん…どうして、どうして、どうして助けてくれなかったの… オレが…兄ちゃんとあの人の仲を裂いたから?だから…怒ったの?怒ったから、オレを使って売春させていたの…? 「や、やめて…嫌だ…」 押し退ける手が震えて、当時の記憶とごっちゃになって、抵抗する事が怖くなっていく。 オレのズボンに手を入れると、オレのモノを握って扱き始める。 気持ちとは別で触られると自ずと興奮して、勃起する自分のモノに嫌悪感を抱く。 「あぁ…可愛い…嫌じゃないでしょ?気持ち良いでしょ?」 そう言ってオレの首に顔を埋めると、そのまま舌を這わせてキスをする。 誰でも良いんだ…オレみたいなビッチは、誰に抱かれても、気持ち良くなって…イクんだ。 抵抗なんてしない…だって、オレは軽くて、汚い、ビッチだから… 「はぁはぁ…んっんん…ふっ…はぁっ…んん…」 いやらしいキスも、いやらしい手付きで扱かれる事も、大好きなんだ。 ズボンを下げられて、剥き出しになったオレのモノがねっとりと扱かれる。その度に激しい快感を感じて、口から堪えた喘ぎ声が漏れる。 「可愛い…シロ、可愛いね…堪んないよ…」 そう言ってオレのトレーナーを捲り上げると、ねっとりと舌を這わせて乳首を舐める。 兄ちゃん…兄ちゃん… ごめんね… 好きだったの? あの人の事、好きだったの? オレじゃなくて… オレじゃなくて…あの女が好きだったんだね… 「シロだけ愛してるよ…」 耳の奥で兄ちゃんがそう言って、目の前の光景に一瞬だけ兄ちゃんの顔が見えた。 それは優しく微笑んだ顔…オレにだけ、優しい、兄ちゃん。 「やめて…!」 オレは相手の体を押し退けると、ソファから起き上がってズボンを直した。急いでポケットに入った携帯を取り出して、桜二に電話をかける。 彼はすぐに電話を取って、どうしたの?と言った… 「桜二!桜二、助けて!犯されそうなんだ!助けて!」 感情が込み上げて、震える声でそう言って、兄ちゃんに言えなかった言葉を桜二に言って助けを求める。 「こんな事いつもしてるだろ?それとも、手の込んだプレイなの?ふふ…楽しいね、シロ。一杯気持ち良くしてあげるからね?」 そう言うと、オレの体を捕まえて、あっという間にソファに連れ戻す。 対格差がありすぎて、逃げられない! オレのズボンを再び下げると、膝の上に乗せてお尻を撫でまわす。 最悪だ… 「やめて!嫌だ…!離して…!!」 「どれどれ~?」 暴れて嫌がるオレの口の中に指を入れて濡らすと、その指をそのままお尻の方へ持って行って中に入れた。 「ん~!やぁだぁ…!離してっ!」 いやらしく中を刺激しながら弄り回すと、反対の手で、オレの背中を撫でて愛撫する。 「シロ…良く締まるね?気持ち良さそうで、我慢できないよ…早く挿れたい…腰を振りたいなぁ…」 そう言うと、自分のズボンを下げて、大きくなったモノをオレの顔に擦り付けて言った。 「咥えて…?一緒に気持ち良くなろう?ほら…シロ、大好きなおちんちんだよ?」 嫌だ… 絶対、嫌だ…! 「嫌だぁ!…離せっ!離して!誰か…誰かぁ、助けて!」 「何してんだよ…」 誰かの声にオレの中から指が離れて行くと、強い衝撃と共に、オレを抱えた相手の顔が横に吹っ飛んだ。 オレの体をひょいと持ち上げると遠くへ放り投げて、背中をむけて相手に殴りかかっていく。 低いうめき声を上げてうずくまる様に顔を抱える相手を、無言でゲシゲシと蹴り続ける。 「勇吾…」 衣服を直して、リュックを手に抱えて、オレは勇吾を後ろから掴むと、大声で泣いて言った。 「勇吾…!うわぁあん!気持ち悪い!気持ち悪いよぉ!あっあああ!!」 彼の背中にしがみ付いて、汚くて軽くなった自分を憐れんで泣く。 勇吾の後から部屋に入ってきた関係者が事のあらましを見て絶句する。 「こんな事して…許されると思うなよ!クズが!!」 勇吾はそう言うと、オレの手を引いて部屋を出た。 足に力が入らない…強く引っ張る彼の腕に身を任せて、もたつく足を必死に動かして付いて行く。 …まさか、誰かが助けてくれるなんて…思わなかった。 誰かが来てくれるなんて…思わなかったんだ。 一気に力が抜けて廊下の途中でへたり込むと、彼と繋いだ手だけ引っ張られて、体が倒れていく。

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