9 / 41
第9話
「長男が先生なら、次男は何歳なの?三男は?」
オレがそう聞くと、陽介先生は言った。
「俺が25歳だろ?次男は22歳。三男は少し離れて17歳。」
「嫌だ。その兄弟の中に入ったら、オレは三男になる。オレはね、次男が良いんだ。」
オレがそう言うと、陽介先生は首を傾げて言った。
「三男だって悪くないよ?馬鹿な兄貴を二人も見てるから、だいぶ要領が良くなって来て世渡り上手になるんだ。親からも適度な期待しか受けないし、伸び伸びと育つことが出来る。悪くないだろ?」
ふふ…!
「あぁ…確かに。…悪くない。」
オレはそう言って笑うと、陽介先生の胸を撫でた。
陽介先生に報告を済ませると、オレは新宿のボロアパートへ戻ってきた。
家賃だってちゃんと払ってるんだ。たまに来ては、現実を思い出して、1人の時間を楽しんでいる。
「そういえば、桜二も依冬も一人っ子だ。誰の兄ちゃんでもない。本物の兄ちゃんは陽介先生だった。ふふ…!おっかしいな…あの人。」
ポツリとひとり呟いて、ガランと物のない部屋を見渡す。
既に空になった冷蔵庫に持ってきた飲み物を入れて、ベッドに腰かける。
人って…みんなクズだと思っていたけど、彼のように優しくて温かい人もいるんだ…
オレも含めた大抵はゴミ屑だけど、そのうちの何割かは綺麗なのかもしれない。
そんな事を考えていると、テーブルに置いた携帯が震えて着信を知らせた。
画面を確認すると、見慣れない番号からだった…
「もしもし?」
怪訝に思いながら電話を出ると、電話口の相手は田中刑事だった。
「ほほ、シロ君?元気にしてる?この前の話、覚えてるかな?ちゃんと話そうと思ってね、資料を取り寄せてたのがやっと届いたんだ。時間作れる?」
それは突然の申し出だった。
名古屋に居た頃のオレを知っていた田中刑事…彼は兄ちゃんの事も知っていた。オレへの”償い”なんて言葉を使って…桜二の湊殺しを、無かった事にした。
「…うん。良いけど、桜二も一緒ね。あと、明日は警察署に呼ばれてるんだ。レイプ事件のさ、事情聴取って言うの?あれに行かなきゃいけないの。」
オレはそう言うと、クスクス笑って言った。
「被害者から何を聞くのかな?明日はね、依冬と一緒に行くんだよ。どうする?ストリップなんてしてるから襲われるんだ~なぁんて、言われたら?」
「ほほ!そんなこたぁ言わないさ。じゃあ…明日、聴取が終わったら話そうか。」
明日…何かが分かる。
「分かった~。またね~。」
オレはそう言って電話を切ると、ドキドキする胸を押さえながら桜二に電話した。
電話を耳に当てて、呼び出し音を聞きながら、ゆっくりと深呼吸をする。
兄ちゃんの事が…明日、分かる。
オレの知らない兄ちゃんの事が…分かる。
「もしもし…シロ?」
「桜二?覚えてるかな…お前の事をもみ消してくれた刑事さんが、オレの過去を知っていて…今度話すって言っていた話…動きがあったんだ。明日、依冬と新宿署に呼ばれてるだろ?その後話せないかって…連絡があった。桜二も居てくれるだろ?」
驚いた様子の彼にそう聞いて…縋るようにお願いする。
「桜二…お願いだよ。オレと一緒に居て…」
「もちろんだよ…」
彼の答えに口元を緩ませて微笑む。
良かった…彼が居てくれるなら、安心だ。
オレの桜二様。
短めに通話を終えると、オレは荷物を整理整頓する。
最近、桜二の部屋に居候の様に住み込んでいる。
彼はおいでって言うけど、オレはこの部屋を契約したままにしてる。
理由は簡単だ。
智の事が忘れられない。
彼が過ごしたあの部屋に、本格的に転がり込むのが怖いんだ。
後ろめたさで、躊躇してる。
クズの癖に…今更な感情だ…
ぼんやりと壁に掛けた猫柄のTシャツを見つめる。
桜二を軟禁した時…病院からノコノコ戻ってきた彼が汚くて…これを着せたっけ。
「ふふ…向井さんが、着たんだ…」
そう言ってTシャツを手のひらで撫でる。
丁寧に洗濯して返すんだもん…吹き出して笑ったっけ…
あの時、彼と一緒に死んでいたら…それはそれで、幸せだよ。
オレを傷付けたくないと言って…包丁を投げ飛ばした彼を思い出す。
「桜二…大好きだよ。愛してる…。お前が、兄ちゃんじゃなくても…何よりも大切だよ。」
そう言って猫のTシャツを抱きしめる。
18:00 三叉路の店にやって来た。
エントランスに入ると、支配人が“くいだおれ太郎”の格好をしてオレを出迎えた。
「ぶふっ!!」
それがあまりにもハマっていて…オレは彼を直視することが出来なかった…
「シロ?どうだろう?これ…似合ってるかなぁ?」
そう言ってしつこく付き纏うから、オレは彼の方を見ないで言った。
「オレがステージで踊ってる時は、絶対、階段の所に現れないで?見たら笑って、ポールから手を離しちゃうから!良い?絶対だよ?んふふ!」
満足したのか、ふふッと笑うと支配人は大人しく受付に戻って行った…
オレは階段を降りて控室へ入ると、床に突っ伏して大爆笑した!
「だ~はっはっは!あれはまずい!あれはまずいよ?楓、見た?あのジジイを見た?だ~はっはっは!!くいだおれ太郎とか…!すっげぇ似てるのっ!」
オレがそう言って笑い転げていると、楓は含みを持った笑顔を向けて言った。
「シロ…支配人がどうしてあんなに気合を入れているか、知ってる?」
え?知らない…
オレは楓を見上げて首を傾げた。
「今日は10月31日…ハロウィンの最終日で~~す!」
「わ~~~!」
忘れていた!地獄の様な仮装の日々が…やっと、終わるんだ!!
だから、支配人は気合を入れて、本格的な仮装を…ぷぷ…していたんだ!
「やっと今日で、この派手な衣装も、肌呼吸が出来なくなるメイクも、おさらば出来るね!あ~、長かった…!長かったよ!」
そうだ…長かった。
支配人は10月に入った途端に店をハロウィン仕様にした…だからオレたちは31日間…休まず仮装をし続けたって事になる。それはホステス、ホストも同じ。彼らもきっと今頃喜びの声を上げているに違いない。
フェイスアートも、お化けのような衣装も、ふざけた仮装も…今日でお終い。
「じゃあ…オレも気合を入れて、最後の仮装をしよう!」
そう言って、隣でメイクをする楓を見ると、彼は銀色のボディースーツを着ていた。
これ…何の仮装なんだろう?
ふと、楓の黒髪セミロングのカツラを見つめる。
「楓、これ今日も貸して?」
「良いよ。でも、長襦袢は着ないでね?ふふ…」
あれは禁忌だもん。リーサルウエポンだよ?
オレはこのカツラと…この衣装で…ガッツリと、ハロウィンの最終日を飾ってやる!
19:00 店内へ向かう途中、お客の相手をしていた支配人…ぷぷ、くいだおれ太郎に呼び止められる…ぷぷ!
「シロ!これ持ってって、お客に配れ。」
それは可愛いかぼちゃの入れ物に入ったキャンディ…
「良いか?その雰囲気のまま、可愛く配れよ?」
そう言うと、ぶふっ!くいだおれ太郎は受付に戻って行った…あまりのハマり仮装に、お客が笑っちゃってるよ…
オレはかぼちゃの入れ物に入ったキャンディーを頭に乗せて抱えながら店内へ向かった。
階段の上から下を覗き込むと、開店したばかりなのに満員御礼だ!
お客も従業員もみんな仮装をしてるから、どこからお客で、どこから従業員なのか分からない!
「お~!シロ…!凄いな…よく似合ってるじゃん!綺麗だよ!」
常連のお客さんに沢山褒めて貰ってご機嫌になる。
「良いね?最高じゃん、可愛いじゃん!」
ちょっと歩くたびに声を掛けられるから、頭の上のカボチャからキャンディを取り出して、床に撒いてやった。ふふ!
まぁまぁ…みんな、今日はハロウィン最終日だ。
オレだって本気を出せばこれくらいのメイクは出来るよ?
「桜二?」
カウンター席に腰かけて、ジャックダニエルをロックで飲むイケメンに声を掛ける。彼はにっこりと笑顔で振り返ると、オレを見て、目を丸くした。
その後、頬を赤くして、ニヤニヤと笑いながら言った。
「女王様…お美しい…」
そう。オレの今日の仮装は“クレオパトラ”だ。ふふ…
楓の黒髪のカツラと、金の髪飾り。胸の開いた白い長いドレスに、金の太いベルト。
楓が教えてくれた“パトラメイク“を施して…完璧なクレオパトラになった。
目と眉毛の間を青いシャドウで塗り込んで、アイラインをガッツリ7ミリの幅で引いて、目じりを上げて強調させる。これは意外と簡単に、しょぼいオレの顔を映える顔にしてくれた。ふふ。
「シロ、これも付けてごらんよ。」
「こういうのもあるよ?」
「これ、これ付けると、もっとパトれるよ?」
桜二と向かい合ってセクシーポーズを取っていたら、常連客がそう言ってオレにオプションを付けていく。
手首に金のブレスレット…足首に金のアンクレット…コブラの頭が付いた杖を貸してもらう…
シロはクレオパトラ度が30%あがった!
「すごく、綺麗だ…」
すっかりオレのクレオパトラに夢中な桜二は鼻の下を伸ばしてオレを触りたがった。
「桜二…足、舐める?」
オレはそう言うと、足を高く上げて彼の太ももにそっと置いた。
長いドレスに深く入ったスリットがオレの太ももを露出させて、サテンの様な生地がトロリと垂れる。我ながらいやらしい質感のドレスだと思った。
「あぁ…女王様ぁ…」
嫌だよ。桜二…そんな事しないで…
自分で言っておきながら、オレの太ももにうっとりと頬ずりする桜二に、軽く引いた…
「やだ!きもい!」
オレはそう言って桜二の太ももから足を下ろすと、彼の乱れた髪を直した。
「ふふ…きもかった?」
そう言って笑う彼にチュッとキスする。
「きもかった…ちょっと引いた。もう二度としないで?」
オレがそう言うと、桜二は吹き出して笑った。
可愛い!大好き!
「桜二には飴ちゃん沢山あげるよ?可愛いからね。特別だよ?」
オレは甘ったれながらそう言って、かぼちゃの中からキャンディを鷲掴みして、桜二の目の前に置いた。
「こんなに?ふふ!それは…ありがとう。」
そのまま彼の膝に座って、マスターにビールを注文する。
「桜二?今日、陽介先生に会って、オーディションの報告をしたんだ。その時彼が言ったんだ…“シロ、俺、結婚する~。”って…。ビックリしちゃった。赤ちゃんが出来たんだって…陽介先生。」
オレがそう言うと、背中の桜二は驚いた様子で、口を半開きにしたまま固まってしまった。目の前のマスターまで、同じ様に固まってる…ふふっ!
「でもね、あの人なら、きっと良いお父さんになると思うんだ…。そう思わない?」
そう言って上を見上げると、桜二はまだ口を半開きにして、オレを見下ろして言った。
「相手は?」
ふふ…!
「あのお姉さんだよ…」
オレがそう言うと、マスターはグラスを拭いていた布巾で目元を拭っている。
泣いてるの?ウケる…
「本当は…シロが良かったのにね…」
そう言ってオレの体をギュッと抱きしめると、チュッと頬にキスをした。
「赤ちゃん、産まれるの楽しみ…早く会いたいな。」
オレはそう言って背中の桜二に甘える。
「桜二も、良いお父さんになりそうだよ?」
「嫌だよ。絶対に、嫌だ…。」
彼は苦い顔をしてそう言うと、マスターと顔を見合わせて、ね~?っと言った。
え?なんで…?
「シロ~!トリックオアトリート!」
元気な掛け声に振り返ると、勇吾と夏子さんがお揃いの服を着てポーズを取っていた。
「あは~!可愛い!スムクリのマイケルジャクソンだ!」
白いジャケットに白いパンツ、白いハットに、青いシャツ。白いネクタイ!
オレは桜二の膝から降りると、2人の衣装をぐるぐると見て回った。
「この腕の所に腕章を付けて?いったん帰って、やり直し!」
そう細かい注文を付けると、勇吾がオレの腰を掴んで、自分に引き寄せて言った。
「シロ…綺麗じゃないか…」
半開きの瞳がうっとりと色づいて、オレにキスをする。
クレオパトラとマイケルジャクソンのキスに、お客が沸いて歓声を飛ばす。
ショー慣れしてるせいか、勇吾は角度を変えたり、ハットを取ったりしながら、オレと長いキスをする。舌を絡ませてそれなりに熱いキスをすると、満足した様に唇を外して、にっこりと笑った。
「…もう、口紅、付いたよ?」
オレはそう言って彼の柔らかい唇を指で撫でる。
「シロ…好きだよ?」
オレをじっと見つめて勇吾がそう言うけど、オレは彼の瞳を見ないで、それを無視して、彼の唇を撫でた。
「クレオパトラさん、そろそろお願いします。」
ぷぷっ!支配人が、いや…くいだおれ太郎がそう言って…ぷぷぷっ!オレを呼んだ。
「もう!やめてよ!それ、ダメだよ?本当に、踊ってる時、チラッとも見せないで!」
勇吾から離れて、悪乗りする支配人をグーで殴りながら一緒に階段を上る。
階段の上からチラッとカウンター席を見ると、勇吾はオレを見つめたままで、オレの視線に気づくと、ハットを取って会釈した。
もう…桜二の前で、あんな風にするの、やめてよ…
桜二の前では、嫌だよ…
背徳感の様な、いけない事をしている様な、不思議な気分に苛まれる。
オーディション会場で彼を襲ってしまった出来事が、悶々と尾を引いてる。
でも…あれはハプニングだったんだ。そんな気になんてなる必要の無い…事故だったんだ。
控え室に戻って、熱心にメイクする楓の後ろを通って、カーテンの前まで移動する。
手首と足首を回して、首をぐるっとゆっくり回す。
カーテンを出て、ステージに上がると、お客が一斉にオレを見る。
「ふふ…」
口元が緩んで、DJにアイコンタクトして音楽を流してもらう。
今日オレがクレオパトラで踊るのはマイケルジャクソンのRemember The Time
MVでマイケルが大勢のダンサーと踊る、そのシーンを再現する。
音楽が鳴ってオレがMJを踊ると、カウンター席から夏子さんのシャウトが聞こえる。
あははは!
ダンス好きなら必ずと言って良いほど一度はお世話になる、マイケルジャクソン。
オレは彼を完コピしてる。
アイソレーションが利いたキレキレのダンスは、リズムに乗って彼の曲で踊ると、ファンタジア効果を生んでめちゃめちゃ気持ち良いんだ!
有名な彼のダンスを知ってるお客は一緒に踊って、曲を知ってる人は一緒に歌った。本当に彼はキングオブPOPだ!
「ギャーーー!シローーー!」
深いスリットの入ったドレスから、オレの生太ももが出る度にお客が興奮して叫ぶ。
チラリズムは鉄板だな。
MJタイムが終わると曲を変えまして、オレはポールに近付いて行く。
走って飛び乗る様に両手でポールを掴むと、そのままグルっと回転しながら両足を上に上げていく。両足の膝裏でポールを挟んで、体だけ上に上げていく。
「シローーー!綺麗だーーっ!」
そんな勇吾の声にクスッと笑うと、オレは体を仰け反らせて、長いドレスの裾を下に垂らして回る。
まるで尾の長い金魚みたいに、ヒラヒラと舞うドレスの裾が…綺麗だ。
体を起こしてドレスの裾が綺麗に見える様に、体をポールから離して回って降りる。
「わぁぁ!綺麗ーー!」
そうだろ?オレもそう思うよ…?とっても相性がいい…この生地とポール。
ステージに戻ると、胸元をはだけさせて膝立ちしながら腰を動かす。まるでファックしてるみたいに。ねっとりと突き上げて、腰を動かす。
目の前のお客が呆然とする中、ゆっくりと両手を上に上げて、腰を上下に動かす。
「はぁ…桜二とエッチしたいな…」
小声でそんな事を呟きながら、彼とセックスしてる時の事を思い出して、口元を緩めて喘ぐ。腰から下のドレスをストンと膝まで下げて、オレの桃尻を突き出すと、ゆっくり立ち上がりながら全て脱いでいく。
脱いだドレスをステージ袖にぶん投げると、再びいやらしく体を反らして行く。股間を強調させて体を仰け反らせて、ブリッジさせていく。
「シローーー!も、も、もっこりーーー!」
あはは!ダメだろ?今、言った人、出禁だよ?あはは!
話を戻して、桜二のセックスの何が気持ち良いかって、腰の動きが堪らないんだ…これを人はテクニックというの?だとしたら、彼はとてもテクニシャンだ。
こう…こういう感じ?こんな感じにこう…こう、グインって…
オレはすっかり空想に夢中になって、1人でステージの上で桜二の腰つきの真似をした…
「あ…」
目の前で怪訝な表情をするお姉さんと目が合う。
いけね!
カウンター席の桜二に投げキッスをすると、チップを咥えて寝転がったお客や、手渡しのお客、パンツに挟んでくれるお客からチップを受け取る。
「シロ!ファンなの!」
緊張してるのか…ガチガチに体を固めたお姉さんがそう言って、瞳孔を開いてる。
嬉しいね…
オレはお姉さんの頬を優しく撫でて、耳元で囁き声を聞かせた。
「嬉しいよ…ありがとう。」
お姉さんは絶句して顔を真っ赤にすると、口からチップをはらりと落とした。
こんな可愛い反応するなんて…ズルいな。ふふ…
オレは指でチップを摘まむと、お姉さんの唇に軽くキスしてにっこりと微笑んだ。
「はぁん!」
そう言ってお姉さんが悶絶する中、残った彼を見つめて首を傾げる。
…さて、どうやって取ろうかな…?
オレを見つめて口に挟んだチップをフゴフゴさせてる。可愛いね。勇吾。
「こらぁ…勇吾、桜二の前であんな事したらダメだろ?桜二が怒ったらどうするんだ…オレはね、怒った桜二を見たくないんだ。分かる?もうしたらいけないよ?」
そう言って、勇吾の体に跨ると、彼の体を引っ張り上げる。
腰を浮かせたまま彼の体にぴったりとくっ付いて、おでこを合わせて見つめ合う。
口にチップを咥えてるせいか、彼の鼻息が荒くて、おかしくて口元が緩む。
勇吾の手を取ってオレの腰を掴ませると、ファックしてるみたいに、ゆっくり、いやらしく、腰を動かす。
「ねぇ?勇吾の体を押し倒した勢いで、肩に両手を着いて逆立ちするよ。そのままバク転して立ち上がるから、ちょっとだけ、肩を少し貸してよ…?」
オレはそう言って彼の両頬を掴むと、彼の咥えたチップを舌先で舐めて受け取る。
「シロ…好きだよ。」
半開きの瞳をもっと細めて彼がそう言って微笑む。
綺麗だ…
オレは勇吾の肩に両手を着くと、グッと床に押し倒した。
そのままの勢いで彼の肩の上で逆立ちをすると、バク転をして足を床に付けた。
時間にすると一瞬。でも、息が合わないと事故になるような技。
彼にしか出来ない。彼だから出来る。そんな技。
クルリと回転すると、華麗にポースを取ってフィニッシュだ。
カーテンの奥へ退けて控室へ戻ると、楓が宇宙人の被り物を被ろうとしていた。
「ぶふっ!そ、それはまずいよ…!」
オレはそう言って笑いを堪えながら宇宙人を没収すると、シュンと落ち込んだ楓に言った。
「宇宙人のストリップなんて見たくない。美人のストリップが見たいんだ。」
さすがのオレでも、楓の顔が隠れる衣装はNGだ。
この子は、この美しい顔が売りなんだから…!隠すのなんてダメダメ!
“パトラメイク”を落として、黒髪のカツラを外す。いつもの顔に戻ると、夏子さんに買ってもらった革パンと、オレのいつものTシャツを着て控室を出る。
「シロ、クレオパトラ良かったぞ?」
そう言って支配人…ぷぷ…がオレに声を掛けるから、片手を上げて答えて足早に店内へと戻る。
あれはあんまり見ちゃダメだ…寝る時思い出すと、笑って、寝られなくなる奴だ…
「シロ!」
店内を入ってすぐ、階段の踊り場に夏子さんがいて、オレに声を掛けると、手でチョイチョイと手招きした。
何…?
エッチな事でもしてくれるのかな…ドキドキ
「なぁに?なっちゃん…」
オレは格好つけて夏子さんにそう言うと、彼女の肩に手を回した。
「やめろ!」
そう言ってすぐに払われて、シュンと落ち込んで、彼女をしょんぼりと見上げる。
「シロ、あんた勇吾とセックスしたでしょ?」
怒っているのか、笑っているのか、どっちか分からない表情でそう聞くと、夏子さんは腕を組んで仁王立ちしてオレを見下ろした。
いや、オレのほうが背は高いんだよ?でも、見下ろされてる気分になったんだ。
「うん…。この前、オーディションの時、知らない人に襲われたんだ。それを勇吾が助けてくれた。でも、その時、オレは少しおかしくて…助けてくれた勇吾を、襲ってしまったんだ。」
しょんぼりとしながらそう言うと、夏子さんは鼻で笑って言った。
「あんたって、メンヘラビッチなの?」
ぷぷ!パワーワードが出た。
オレは夏子さんの顔を見ながら首を傾げると、復唱して言った。
「メンヘラビッチ…」
メンヘラとは、紆余曲折、とどのつまり、メンタルに問題がある人。それにビッチという言葉が付いて…意味としては、メンタルに問題があるビッチって事。
オレの事?ふふ…的を得てる。おかしいね。
「勇吾が完全にシロの虜になってる!こんなの見た事が無い!あたしはね、正直、あんたが怖い。」
夏子さんはそう言ってオレの頬を撫でると、しょんぼりと俯いたオレの顔を上げさせる。そして、目を見つめると、妙に真面目な声で言った。
「そこはかとない…魔性を秘めた男なんだね…そして、女王様だ。」
女王様…魔性…?オレって何なんだ…?
「ふふ、そんなの誤解だよ~?」
オレはそう言って笑うと、夏子さんの手を繋いで階段を降りた。
「誤解じゃない!あんたも薄々気付いてるんでしょ?」
夏子さんはそう言って、オレの手を引っ張って振り向かせると、向かい合う様に体を押し付けて来た。
オレは驚いて彼女を見つめた。
だって、いつもの夏子さんと違って、今の彼女は…少し、怖いんだ。
「分からないよ…ごめん。本当に分からない…。どうしてそうなのか、何がどうなのか…オレにはよく…分からない。ごめんなさい…」
そう言って彼女の鋭い眼光を見つめる。
逸らしたら…ダメだと思って…震える瞳で彼女を見つめ続ける。
「…シロ、あたしが怖いの?」
そっと小さい声で聞かれて、オレは頷いて答える。
「怖いよ…そんな顔、して欲しくない…いつもの夏子さんに戻って欲しい…」
オレが勇吾を襲ったからこうなってしまったの?
勇吾がオレを好きって言うからこうなってしまったの?
悲しいよ…だって、オレは…
「オレは…夏子さんの事、好きだよ。だから、そんな怖い顔…しないで。」
しょんぼりしてそう言うと、彼女の目から鋭さが消えた。フッと押し付けていた体を離して首を傾げると、オレを見つめて言った。
「う~ん…。シロ?あたしは別に怒ったりして無いよ。あんたが、もし、意識してやっているなら、こうやって煽れば、何か面白い事を言うと思ったんだ。でも、違うみたい。ただの弱い者虐めみたいで、気分が悪くなっただけ…。シロは無意識に男を虜にするみたいだ。」
なんだよ…それ。
オレはムッとすると、口を尖らせて言った。
「何だよ…オレは…女の人よりは強いと思うよ?」
そのオレの言葉に夏子さんが吹き出して笑う。
「あっはははは!そうか、そうか!悪かったよ!」
なんだよ…怖いな。この年齢の女性って…よく分からない…
彼女は怪訝な顔をしたままのオレの腕を掴むと、グイグイと桜二の元へと歩いて行く。強引で、強い女の人…でも、オレは彼女の事、嫌いじゃないよ。
「桜二…!」
すっかり怯え切ったオレは桜二に抱きついて甘える。
「どうしたの?そんな怯えた顔して…夏子に何か言われたの?」
鋭いな…でも、女の人に虐められたなんて…言えないよ?
「違う。」
オレはそう言って胸を張ると桜二の顔を見て、ウルッと目を潤ませる。
「シロが男を侍らせるから、どうやってやってるのか煽って聞いたら、暖簾に腕押しだった…。キョトン顔して、挙句の果てに怯え始めたんだ!あっはっはっは!」
そう言って豪快に笑うと、夏子さんはビールを一気飲みする。
「怖かったね…シロ。あいつは怖い女なんだ…」
そう言って桜二がオレを抱きしめてくれるから、オレは彼の腕の中でシクシク泣いた。
「ごめん、ごめん、だってさ…勇吾がこんなに腑抜けになったんだ。どうやって落としたのか…気になるじゃない?」
夏子さんがそう言うと、勇吾が顔を赤くして言い返し始める。
「はっ!俺は演技が上手なの。シロにゾッコンだよ~!ってすれば、いつもよりもサービスするって思って、戦略的にやっただけなんだ。」
「え…そうなの?」
桜二の腕の中から勇吾を見つめてそう尋ねると、彼は顔を赤くしてたじろいだ。
「いや、あの…違くて…それは、あの…そうじゃなくて…シロ?あのねぇ…これは…大人な会話で、いや…お前だって立派な大人だよ?だから、ビールが飲めるんだ。」
「あ~はっはっはっは!」
カウンター席に響く夏子さんの大きな笑い声に、マスターがビクッと体を揺らして驚く。
オレは桜二の足の間に座り直すと、彼と一緒にチップを数える。
「見て?勇吾が一番高いやつをくれた!桜二は何もくれないの…どうして?」
背中の彼に尋ねると、桜二はにっこりと笑ってオレの頭を撫でた。
「ケチくそ!」
オレはそう言って1万円単位にチップをまとめると、桜二の目の前に置いて行く。
「勇ちゃんも手伝ってあげようか?」
そう言って勇吾がオレのチップをまとめる作業を手伝い始める。
一気にやる事が無くなったオレは、夏子さんを見つめて首を傾げて聞いた。
「ねぇ、夏子さんはどうして東京に来たの?仕事?休暇?彼女作り?」
彼女はいつもの彼女に戻って、オレを見つめるとフフッと笑って言った。
「仕事だよ…勇吾も、あたしと同じ仕事の依頼を受けて、ここに来てる。」
「どんな仕事~?」
勇吾がまとめたチップの山を指で数えながら尋ねると、オレの頭をポンポンと叩いて、彼が言った。
「シロが落ちたオーディションの、アイドルコンサートの演出をしに来た。」
え~~~!
オレはジト目で2人を見つめると、口を尖らせて言った。
「どうして教えてくれなかったのさ…今度から、募集要項に、コネが無いと受かりませんって書いてよ。フン!」
勇吾は半開きの瞳を細めると、頬杖を付きながらオレの顔を覗き込んで言った。
「俺も夏子もオーディションに関しては、ノータッチだからね…でも、まぁ、お前があのオーディションを受けるって知った時は、やめておけって…思ったね。」
そう言って2人で顔を見合わせると、ね~?ってするの、なんなの?
オレはチップをポケットにしまい込むと、ビールを一口飲んで言った。
「どんな事するの?聞かせてよ。」
「舞台演出だよ。事前に調整していた事の確認と…仕上げかな…?」
夏子さんはそう言うと、マスターにビールをもう1本、頼んだ。
「じゃあもっと前から打ち合わせとかしていたんだね…大規模なんだ。凄いね…」
あぁ…もしかして…
あの時、尚君が言っていた”ストリップをやってる有名なダンサー“って…勇吾の事だったのかな…
「勇吾は何をするの?」
オレを見つめ続ける彼に視線を送って、首を傾げて尋ねた。
「夏子と同じ。でも、俺はバックダンサーの動線とか、魅せ方とか、細かい部分が多いかな…。」
そうなんだ…
凄い人たちなんだな。
「そのコンサートのチケットちょうだいよ。桜二と観に行くから。ちょうだい?」
「え…」
オレはそう言って勇吾に向かって手を出した。彼はその手を掴んでモミモミすると、チュッとキスして言った。
「もらったら、あげるよ。」
よし!
「やった~!今年の年末は、KPOPアイドルのコンサートもあるんだ!こっちは陽介先生と行く約束したんだ~。前にペンライトを買ったんだけど…新しいやつが出たから買い換えないとダメなんだ…。でもね、それは色が勝手に変わって、凄くかっこいいんだよ?」
オレがそう言ってニヤけて笑うと、夏子さんが言った。
「むしり取られてんな?」
は!?
「違う!これは投資だよ?あの子たちはきっともっと凄くなるんだ…。今はアリーナツアーだけど、そのうち…きっとドームツアーをする様になるって…!陽介先生もそう言ってたもん!」
「誰だよ…陽介先生って…」
勇吾がそう言って膨れたオレの頬を撫でる。
「シロのダンスの先生だよ。会っただろ。」
桜二がそう言って、オレの顔を覗き込んで言った。
「シロ、俺はアイドルのコンサートに行きたくない。依冬と行きなよ。」
「え…桜二…どうして?恥ずかしいの?」
彼の顔を逆に覗き込んでしつこく尋ねると、桜二は首を振って言った。
「嫌だよ。恥ずかしいし、そもそも興味がない…」
「なぁんで!桜二はオレと一緒に楽しみたくないの?やぁだ!絶対、桜二と行きたい!桜二が嫌だって言っても、オレは桜二と行くって決めたんだ!」
そう言って彼の足の間で両手を振って暴れる。
「シロ…仕事があるから、もう行くよ。また会いに来る。」
勇吾がそう言って席を立った。
え?仕事?これから?
桜二の腕を引っ張って時計を確認する。
もうすぐ、夜の10:00を迎えようとしてる…
「こんな時間に仕事をするの?」
首を傾げてオレが聞くと、夏子さんが言った。
「もうすぐ公演だから、そんなこたぁ関係ないんだよ~。」
そうなんだ…大変だな。
「またね?」
そう言うと、勇吾はオレの髪をねっとりと撫でて、夏子さんと行ってしまった。
キスして欲しいって思った。
でも、桜二の前でするなって言ったから…彼は守った様だ。
「大変だね…仕事って、オレには出来ない。」
ポツリとそう言うと、桜二はクスクス笑って言った。
「俺にはシロの仕事も大変に見えるよ…」
そうなの?
オレは体を翻して桜二の顔を見ながら聞く。
「ね?桜二?舞台演出ってダンサーがする物なの?」
彼は首を傾げて答える。
「さぁ…今回は何か彼らが必要な特化した事をするのかもしれないね…」
オレは首を傾げながら彼に聞く。
「オレがもし、もし、合格していたら…あの2人と仕事が出来たのかな?」
「どうかな?」
桜二の“どうかな?”が可愛くて、クスッと笑って、何度も真似をする。
桜二に口を塞がれて、真似っこを止められる。ふふ!
オレは彼の手を掴むとズルズルと下に下げて聞いた。
「ねぇ、桜二は中学生の頃、2人とどんなことして遊んでいたの?」
「ん~」
彼ののどぼとけが揺れて、オレの手のひらを置いた彼の胸まで振動が伝わる。
「悪い事…」
溜めに溜めて出てきた答えがこれだもんね、吹き出して大笑いした。
「ふふ…!でも、今も仲良しなんだ…悪い友達でも、いい友達だったんだね。」
オレは桜二の胸に顔を埋めるとスリスリした。
だって、彼が“ん~”と唸る度に…心地よい振動が伝わってくるんだ。
「桜二の声…低いからよく響く。好きだよ…」
そう言って彼の胸を撫でる。
店内の照明が暗くなって、ステージが煌々と明るく光る。
楓のステージが始まるんだ。
「桜二…キスして?」
暗くなった店内。
そう言って彼の唇に舌を這わせてキスをした。
桜二のキスが1番好きだよ。
依冬と新宿警察署まで来ている。
レイプ事件の事情聴取。オレは被害者として…依冬は相手への過剰防衛…暴行の嫌疑がかかっていて、弁護士を伴って一足先に聴取室へと入って行った。
オレは依冬が連れて来たもう一人の弁護士と一緒に、彼とは別の聴取室へと入って行く。
「シロくん!元気だった?」
そう言って声を掛けて来たのは、昨日、電話で話した田中刑事だった。
オレを見てにっこりと笑うと、どうぞ?と向かい側の椅子に促した。
「なぁんだ…田中刑事がオレの話を聞くんだ。」
「そうだよ?ほほ…今日は弁護士を伴ってるの?それでは…無駄話はしないで、進めて行きましょうか…?」
田中刑事はそう言うと、お仕事モードになってオレに質問を始めた。
「まぁ…事が事だけに思い出したくない事もあると思いますが、出来る限り協力して頂きたい。まず、当日の状況を教えていただけますか?」
隣に座った弁護士に制される事もなく、オレは田中刑事に当時の状況を思い出しながら話していく。
両手で椅子を掴んで、足をプラプラとさせながら、自分が犯されて行く状況を、淡々と伝えた。
「なるほど…よく分かりました…では。次に、依冬君について、伺っても良いかな?」
田中刑事がそう言うと、隣に座った弁護士がやっと仕事を始める。
「あの時、今回の犯人に暴行をする依冬君を見ましたか?」
「逃げる事に必死で、無我夢中で車の外に飛び出した。その後は…脳震盪のせいで、すぐにブラックアウトしたから、覚えていないんだ…」
既に弁護士や依冬と打ち合わせ済みの答えを言うと、田中刑事は首を傾げて聞いて来た。
「桜二さんと、お店の従業員、楓君が君に寄り添っていたね?楓君の証言だと、君はしばらく意識があった様に話していたけど、すぐに気絶したのは間違いないの?」
ふふ…
オレは田中刑事の顔を見て答えた。
「脳震盪を起こしたせいで目の前は真っ暗だった。でも、声を聞いて、楓の事や桜二が傍に居る事が分かった。一言二言話して、すぐに気絶した…」
オレがそう言うと、田中刑事は、うん。と頷いて言った。
「なるほど、よく分かりました。本日はご足労頂いてありがとうございました。怪我の具合はもう平気?」
「んふ…治ったよ?」
オレはそう言って髪の毛を分けると、怪我をした部分を見せた。
「ほほ…ハゲなくて良かったじゃないか…」
ふふ…!全く!
こんな感じに、オレの事情聴取はあっという間に終わった。
用が済むと弁護士は帰って行った。
オレは桜二と一緒に、聴取室の前の廊下に置かれた長椅子に座って、依冬の事情聴取が終わるのを待ってる。プラプラと揺らす足をたまに桜二にぶつけると、彼はその度に、ん?と顔をオレに向ける。…ふふ。それが、可愛い…
「桜二?田中刑事がオレの事情聴取をしたんだよ?」
隣の桜二の手をペチペチと叩きながらオレが話すと、彼はオレの手のひらを挟むように手を置いて言った。
「…じゃあ、大丈夫だね…」
なぁんだ!今回の事に関してはオレは被害者だもん。大丈夫に決まってる。
「シロ君。」
そう声をかけながら現れた田中刑事は、両手に沢山の資料を抱えている。
「おぉ…桜二さん、こんにちは。具合はもう大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまで。」
田中刑事と桜二が一言二言挨拶をする中、オレは沢山の資料に目が点になった。
こんなに沢山…?
この中に…兄ちゃんの事が書かれているの?
「依冬君は…もうしばらく、かかりそうだね。今、良いかな?」
そう言うと、田中刑事が手を差し伸べるから、オレは彼の手を掴んで立ち上がった。
「警察署だからね…こんな場所しか無くて、申し訳ないんだけど…」
そう言って案内されたのは、茶色のソファが置かれた個室。
「ちょっとした相談案件なんかに使われる部屋だよ。今日は空いていたから、おじちゃんがとっぴしたんだ。偉いだろ?」
ふふ…!
促されて桜二と一緒にソファに腰かけると、田中刑事はテーブルを挟んで目の前に座った。そして手元の資料をテーブルの上に置くと、オレを見て聞いた。
「…大丈夫かね?」
そんな事…オレには分らない。だって、どんな内容なのか…分からないんだもの。
大丈夫かなんて…分からないよ。
「大丈夫だよ…」
首を傾げながらそう答えると、田中刑事は頷いて、資料を開いて話し始めた。
名古屋に居た時のオレと兄ちゃんの話。
ともだちにシェアしよう!