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第10話
「シロ君、おじちゃんはね、ここに来る前は名古屋の警察署に勤めていたんだ。ずいぶん昔の事で…詳しい日付を確認した所、一番古い記録によると…今から19年前だった。真夜中に児童虐待の通報を受けてね、ある団地に行ったんだ。現場に到着すると、他の署員が髪を振り乱した女をパトカーにしょっ引いてる途中でね。少し離れた所に…中学生くらいの少年と、弟君と…まだ小さな、君がいた。」
「桜二…!」
オレはソファから立ち上がると、悲鳴を上げて、後ずさりした。
19年前!?
オレが…まだ2歳の頃の記録?覚えている訳がない…そんな記憶…
「シロ…大丈夫。俺が傍に居るから聞いてみよう。」
そう言って桜二はソファから立ち上がると、オレの体を抱きかかえて、再びソファに座り直した。
怖い…
記憶にない当時の話を聞くことが…怖い。悲惨だったあの頃を…あの現実を…再び突きつけられる様で、怖かった。
オレは…この話を最後まで…聞けるのか…?
恐怖と慟哭を抱えながら身を固くすると…目の奥のグルグルのブラックホールが、全開に開いて行くのを感じた…
田中刑事はオレの様子を見ながら淡々と話しを進める。
「…甲斐甲斐しく小さい君と、弟君を世話してる…彼に会ったんだよ。異様な状況に下の子は泣き喚いてるんだけど、もう1人が…全然泣かないんだ。顔から血を流して怪我をしているのに…泣かないで…グッと、堪えた目をしているんだ。」
…あぁ、それは…オレだ。
桜二の服が千切れてしまいそうなくらい…強く掴んだ手に、更に力がこもっていく。
「それで、君の兄ちゃんに…蒼佑(そうすけ)君に聞いたんだ。この子、どうしたの?って…。そうしたら彼は泣き出して俺に言った。助けてくれって…言ったんだ。母親の暴力が…君に向いている。止めても止まらない。家を留守にする間に殺されていたらと思うと、心配で仕方がない…守ってくれと、懇願された。」
蒼佑…久しぶりに聞いた兄ちゃんの名前に、ゾワゾワと体を舐める様に鳥肌が立っていく…
蒼佑…蒼佑…兄ちゃん…
固まって動かなくなった体を桜二に預けると、耳だけ感覚を研ぎ澄ませて、田中刑事の話を聞く。止まらない手の震えも、体の震えも、全て桜二に受け止めてもらう。
彼がいてくれるなら…大丈夫なんだ…
「当時は児童相談所も、家庭裁判所も、警察さえも…“母親”という存在から、子供を引き離す事が出来なかった。一時的に保護しても…結局”母親“が望めば、手元に返してしまったんだ…。しょっちゅう児童虐待の通報を受けるから…君の家は署内では有名だった。でも、誰も君を助けようとはしなかった…。蒼佑君を…助けようとはしなかったんだ。」
瞬きすら出来なくて、大きく開いた瞳がグラグラと揺れて乾いた涙を落とす。
「その後も、君は何度も一時保護をされて、”母親“の元に返される…それを繰り返した。蒼佑君はどんどん表情が暗く沈んで行った。通報を受けて彼の家に向かう度に、血を流しても泣かない君を見て、胸が痛くなったよ。…俺は何度も彼に言った。君だけでも逃げた方が良いと。小さい弟たちは面倒を見る君が居なくなれば…福祉施設に預けられるからって…でも、彼は君と離れる事を嫌がった…」
兄ちゃん…兄ちゃん…
オレを抱きしめる桜二の体が…小さく震えている。
「まだ子供だった彼には…大人の判断なんて理解が出来なかったのだろう。その方がみんな楽になれるからと…再三言ったけど、蒼佑君はシロを1人に出来ないの一点張りで…まるで離れたら死んでしまうかの様に君の傍から離れる事を拒絶した。その強い気持ちは、弟君へ向けられる事は無かった。いつも君だけ…だ。」
テーブルに置かれた資料を開きながら、田中刑事は眉をしかめて顔を背けた。
そして、険しい表情になると、指で書かれた文字をなぞる様に滑らせて、声を絞り出すように話し始めた。
「…酷い話だね。君が6歳の頃の話だ。体中に痣を付けて、直腸から出血が止まらなくなった君が救急車で搬送されてる。当時、蒼佑君は16歳だ。現場に急行して、詳しく話を聞いたら、母親が自分の客の相手を、小さな君にさせてるって言うじゃないか…。犯人は弟君を連れた母親と一緒に逃げた後だった。血だまりの中、動かなくなった君を抱えて…彼はひどく取り乱していた…。家財道具が破壊された室内を見て、この状況に激しい怒りを感じていると言うのは、ひしひしと伝わった…その後すぐに君たちは一時保護を受けている。」
「何て…事だ…」
桜二が震える声でポツリとそう言った。
衝撃的過ぎる詳細と、オレの話した記憶が…合致していく…
それは認めたくない。信じられないような内容ばかりだ…
それを…まだ16歳の兄ちゃんが…全て、受け止めていたんだ…
やっぱり…可哀想なのはオレじゃない。
そんなオレを、一番傍で見続けた…兄ちゃんだ。
「事の事態にやっと腰を上げた警察が、君たちの母親を逮捕しようと捜査を始めた…。俺の集めた証拠も、今までの記録も、全て捜査資料になった。でも…結局…法でさえも、”母親“という存在を否定する事が出来なかった…3人とも、またあの女の元に返された結果に…酷く落胆した。」
これが…この人の“罪”なのか…?
この事を後悔していたから…オレに“償い”を…したの?
この人は、助けようとしてくれていたんだ…オレを、兄ちゃんを…健太を。
でも…どうしようもなかったんだ。
グルグルのブラックホールがオレの目を飲み込んで…真っ暗な闇で覆っていく。
兄ちゃんの手の感触だけが体に残ってる。
誰も居ない暗闇で…立ち尽くして、気が付いた…
この混沌の闇は…オレを襲っているんじゃない。
守っていたんだ。
どうしようもない記憶から…オレを守っていたんだ。
まるで…兄ちゃんのように。
覆い被さって、何もかもから、オレを守っていたんだ。
これは…兄ちゃんだったんだ…
大粒の涙が落ちて、声にならない呻き声を出しながら、桜二の体にしがみ付いて縋ると、彼はオレの体を抱きしめて、優しく撫でた。
まるで、ここに居ると教える様に、飛んで行ってしまいそうなオレの意識を繋いでくれた。
「シロ君…覚えていないかな。おじちゃんは役に立たない刑事だったけど、君たちの事が気がかりで…たまにお宅に伺っていたんだ。母親の犯罪の抑制にも繋がるし、俺が見てると分かれば…男たちも来なかった…。君が小学校に上がる頃。母親の仕事が見つかって、弟君も病気に伏せる事が少なくなってきた…。蒼佑君の表情にも笑顔が戻って来て…母親が家に帰らなくなったら、途端に平和になったと言っていた。」
そう言うと、田中刑事は別の資料を手に取って中を開いた。
「それからしばらく…通報は入らなかった。でも、君が中学生になった頃。また近隣住民からの通報が入っている。」
オレは桜二の腕を掴むとゆっくりと解いて、目の前の田中刑事を見つめた。
「…今度は、蒼佑君が…君を…」
あぁ…
「中学生の君を使って、あろうことか…蒼佑君が売春の斡旋をしていた。信じられなかった…。ショックで…俺自身も、とても…落ち込んだ。あんなに溺愛していたのに…あんなに傍を離れなかったのに…あんなに守っていたのに…。俺は理解できなくて…蒼佑君に聞いたんだ。どうして…こんな仕打ちをするんだって…。俺がそう聞くと、彼は首を傾げて答えた…全て、シロの為にしてるって…」
オレの為…?
兄ちゃんはオレの為に…売春をさせていたの?
グルグルのブラックホールが急に小さくなって、目の前の田中刑事がクリアに見える。彼はオレを見つめたまま、口を堅く結んで眉をひそめた…
そして、手元の資料を置いて…新しい物を手に取ると、目を落としながら話を続ける。
「あんな環境に居たんだ。おかしくなったって…仕方がない。彼には特別なケアが必要だと感じて、児童相談所の職員と…面談という形で、何度か、カウンセリングの様な物を実施した。そこで分かったのは、蒼佑君が偏執的に君に執着していると言う事。それを彼は愛だと言っていたけど、思春期におけるトラウマによって…心に傷が出来た結果だと…児童相談所の職員は判断した。」
トラウマ…?
傷…?
あれは…愛じゃないの…
兄ちゃんは…頭がおかしくなって、オレに執着していた…そう言う事なの?
「違う…」
オレがポツリとそう言うと、田中刑事は軽く頷いて話を続けた。
「当時、蒼佑君は23歳…親身に相談に乗った児童相談所の職員は、女性だった…」
この先の話が…どうなるのか察しがついて、オレは耳を塞いで身を屈めて言った。
「嫌だ…聞きたくない…聞きたくない…!」
「彼は…胸の内を聞いてくれる人が欲しくて…彼女に、心身共に、縋った。」
「嘘だっ!嘘だっ!」
そんな事ある訳無いよ…だって、兄ちゃんはいつもオレの傍に居たじゃないか…!許せない…オレに内緒で、そんな汚い物に縋るなんて…でも、兄ちゃんは壊れて、疲れていたんだ…それに、あの時キスしていた女は…多分、その女なんだ…
グルグルと考えが頭の中を凄い勢いで回っていく。遠心力で頭が揺れ始めて、見開いた眼球が小刻みに震える。
「彼女は…執着の対象である、弟の君と距離を取るべきだと言って、彼はそれに従った…」
「やめろっ!兄ちゃんは、オレしか…オレしか愛さない!」
オレは桜二の腕を振り解くと凄い勢いで立ち上がって、目の前の田中刑事を睨みつけて怒鳴った。これ以上聞きたくない!
これ以上、聞いたら…
自分が…兄ちゃんに、疎まれていたという事実に…
直面しなければならなくなる。
自覚していても…認める事は、耐えられないよ…兄ちゃん…
田中刑事はオレを見上げると、表情を変えずに静かに言った。
「そうだ…。彼は君しか。君しか愛せないんだ。そんな事、カウンセリングで分かり得た筈なのに…。私情を挟んだ彼女が強硬策を取った。君たちをあまりに乱暴に引き裂くから…君が壊れて、救急車で運ばれる事態になった。結局…君を壊す結果になって…彼は、もっと深く、傷ついたんだ…」
それが…この前思い出した…記憶の断片。
オレが兄ちゃんの目の前で、頭をかち割った時の事。
その女の言いなりになって…オレを1人、置いて行ったの…?
酷いじゃないか…
泣いて縋るオレを見ても、可哀想だと…思わなかったの?
あの日も…あの日も、全て…
いいや…可哀想だと思ったから…傷ついたのか。
じゃあどうして…その女から離れなかったの?
あぁ…胸の内を聞いてくれる人が…欲しかったのか…
オレでは、ダメだったんだ。
幼くて、甘える事しか出来なかったオレには、兄ちゃんは、弱みを見せる事が出来なかったんだ…
なんだ…
やっぱりオレのせいじゃないか…
体の力が抜けて、テーブルに突っ伏すように床に座り込むと、桜二が大きな手のひらでオレの背中を撫でてくれる。
それが思った以上に力強くて…熱い。
「その後、通報を受けるような事案は無かった…彼が首を吊るその日まで…」
田中刑事はそう言うと、オレの顔を覗き込んで言った。
「シロ君…君はいつも蒼佑君の背中に隠れていた。彼の背中に身を隠して、誰にも心を開かなかった。おじちゃんは君の家に尋ねて行った時ね、何とか君と仲良くなりたくて、飴ちゃんをあげようとしたんだ。でも…全然受け取ってくれないんだよ。ふふっ…、見かねた蒼佑君が、君の手を掴んで…こう差し出させるから、俺はその手の中に飴ちゃんを置いたんだ。そしたら、手のひらを返してぽろっと床に落とすんだ。はは…。もう一度手の上に飴ちゃんを置くと、蒼佑君が上からギュッと握って手の中に入れさせた。そしたら…ひゅっと凄い速さで手を戻すんだ。ふふ…そして、彼の背中の向こうで、こっそりと飴ちゃんを舐めたんだ…ふふ…ふふふっ…可愛いだろ?」
田中刑事はそう言って笑うと、歪んでいく瞳から涙をボタボタと落として、肩を震わせて泣いた…嗚咽を漏らして泣く彼の姿に…後悔と懺悔と…温かい何かを感じた。
「助けてあげたかった…!!蒼佑君も…君も…弟君だって…全員、助けてあげたかった!ごめんよ…何もしてあげられなくて…すまなかった…!!」
陽介先生と同じ…この人も、きっと…綺麗な人間なんだ。
だから、他人の過去の話をずっと引きずっていて、しなくても良い、後悔をしてる。
兄ちゃんを追い詰めたのはオレ…兄ちゃんを殺したのも…オレ。
この人は関係ないのに…自分を責めている。
オレは顔を上げると田中刑事の泣き顔を見上げて言った。
「兄ちゃんは…本当はその女の人が好きだったんだ…でも、オレが目の前で頭を割ったから…怖くなった。オレは兄ちゃんを脅して、繋ぎ止めた。だから…男たちに輪姦させて、憂さ晴らしをしていたんだ。でも、事が終わると…泣きながら謝ってきた。きっと、また目の前で狂われるのが怖かったんだ。オレは兄ちゃんが離れて行くのが怖くて、脅して言う事を無理やり聞かせていた。」
それが…事実だ。
「違うよ…」
背中に桜二の優しい声が聞こえるけど、何も違くない…オレが悪いんだ。
観念しよう。兄ちゃんに見栄を張ったって…意地を張ったって…仕方がない。
オレは口元を緩ませると、乾いた笑いをして田中刑事に話した。
「兄ちゃんが、自殺した原因は…オレなんだ。その…その女の人と橋の上でキスをしている所を偶然目撃した。オレは取り乱して、兄ちゃんを責めて、拒絶した…。酷い言葉を浴びせて、目の前から居なくなれと言った…そうしたら、兄ちゃんは…首を吊って、本当に居なくなった…」
項垂れて涙を落とすと、ドロドロと汚い涙がテーブルを汚して、腐らせていく。
化け物…
オレなんて、産まれて来なければ良かった。
愛する人を束縛して、独り占めして、自由を奪った…
項垂れたオレの頭を優しく撫でながら、田中刑事が言った。
「シロ君…違うよ。自分を責めてはいけない。それは蒼佑君が一番嫌がる事だよ。…良いかい?今から話す事は…君のお兄さんの…蒼佑君の不名誉な事だ。でも、君を守る為に、おじちゃんは話そうと思う。なぜ彼が死んだのか…俺は理由を知っている。彼は、その児童相談所の女性との間に…子供が出来てしまったんだ。それは彼が望まなかった、彼女の強い思いの妊娠だった。蒼佑君はその事が…君に知れるのを極度に恐れていた。」
は?
…妊娠?
オレは顔を上げると間抜けな顔をして田中刑事を見つめる。
「え…なに…?」
そんなオレを見つめて、田中刑事は話を続けた。
「君がこの事実を知ったら…きっと壊れてしまうと思ったんだ。自分の弟なのに、何よりも執着して、幼い頃から性的な関係を持っていた…。そんな事実に葛藤しながら、それでも愛して…執着する事を止められなかった。そんな現実から目を背ける様に抱いた女が妊娠して…勝手に子供を産んでいた。それを知って、彼は許せなかったんだ。勝手に子供を産んだ彼女も…産まれた子供も…。おじちゃんは何度も彼と話した。でも、蒼佑君は君の事だけ…心配するばかりで、産まれて来た子供の認知すらしなかった。」
認知…?
子供…?
兄ちゃんはオレの知らない所で…お父さんになっていたと言う事なの…
酷い…
「はぁはぁ…あぁぁ…!兄ちゃん…兄ちゃぁん…酷いじゃないか…酷い…!うっうう…うわぁあん…酷い、酷い…!!兄ちゃん!許せない!許せないっ!!」
オレはそう言ってテーブルを殴ると、自分の腕を噛んで皮膚を食いちぎった。
「シロ…!」
オレの体を羽交い絞めにして強く抱きしめると、桜二は田中刑事に言った。
「もうやめて…もう、やめて下さい…!」
田中刑事は首を横に振って、オレの頬を両手で包み込んで優しく撫でた。
「蒼佑君が愛したのも、大切なのも、君だけだ。…だから、許せなかったんだ…。自分の事も…子供の事も…」
そして、ポロリと涙を落とすと、聞き逃さない様に、ゆっくりと、はっきりと、オレの耳に言った。
「蒼佑君は…2歳になった娘を殺して…その後、自殺した。これが事実だよ。」
頭の中を揺らす強い衝撃が走って、目の前に閃光が瞬くと、オレはそのままブラックアウトして、気絶した。
「兄ちゃん…一緒に帰ろう?」
夕方のバイト帰り…仕事帰りの兄ちゃんを見つけて駆け寄ると、買い物袋の中を覗き込んだ。
「良いよ?」
兄ちゃんはそう言うと、オレに可愛い笑顔を向けて言った。
「今日はオムライスだよ。」
両手で持っていた買い物袋を右手に2つ持って…空いた左手でオレと手を繋いだ。
オレはそれを当然だと思っていたよ。兄ちゃんがオレを愛してくれるのも、兄ちゃんが全てを犠牲にするのも、当然だと思っていたんだ。
オレは兄ちゃんの何も知らなかった…
何も…知ろうともしなかった。
あんなに傍に居たのに…
あんなに触れていたのに…
あんなに愛したのに…
何も、知らなかった。
ただ…求める事しかしないで…兄ちゃんを知ろうとしなかった。
そうする事が当然だと思っていた。
与えられることが、当然だと、思っていた。
#勇吾
「勇吾、ちゃんとやらないとシロに言いつけるからね?」
夏子がそう言って俺に発破をかける…
“ちゃんとやる”?それってどういう事だよ…
「ハイハイ…」
俺はそう言って適当に返事をすると、昨日の夜から続く連続の打ち合わせと、確認事項の申し送りをする。
日本のアイドルグループ…
ダンスはいまいち。歌もいまいち。でも、ファンは大勢いる。
ふふっ!世の中おかしいよな…
笑っちゃうくらい虚像に弱いのか、考える事を止めてるのか…
与えられる物の精査を怠っているとしか思えないよ。
こんなゴミ…
どこに崇拝する要素があるんだよ。
打ち合わせに訪れたアイドルグループのメンバーを見て、つくづく思うね…
ありがたがるような面じゃねぇだろって…さ。
「僕たち、テレビのレギュラーがあるので、なかなか練習の時間が取れなかったんです。だけど、ファンのみんなの為に、追い込みって言うんですか?そういう物を1、2ヶ月くらい時間を取ってしようと考えています!」
ハキハキとそう言って俺を見つめるこの人は、堂々と付け焼刃の提案をしている。
「…そうですか。」
俺はそう言ってコンサートの演目が書いてある紙に目を落とす。
シロは楽しみにしていたな…あいつ、アイドル好きなんだな…ふふ。お前の方がよっぽどカリスマ性があるよ…こんなゴミ屑よりも、もっと輝いてる。
「この曲の時は、いつもはワイヤーで飛んでるんです。」
「曲の合間でわちゃわちゃ話すのも、もう少し時間があると良いんだけど、それは今更調整できませんよね?」
公演まで2カ月を切ったのに、当の本人たちは好き勝手な事を言う。
ライティングも音響も、既にその為に準備してると言うのに…やれやれだな。
「…監督に確認して頂けますか?私はダンスの演出と、動線だけ把握したいだけなんで。」
そう言って彼らを見つめる。
ぶす、ぶす、ぶす、ぶす、ぶす…メイクが無いとこんなにも“ぶす”なんだ…
メンテナンス位しっかりしようよ。君たちはそれがお仕事だろ?
「勇吾さんってドライですね?嫌いじゃないですよ?ダンスの練習に割ける時間は、マネージャーに確認して下さい。じゃあ、僕たちはステージを見て来るんで…」
「自分の事だろ?どの位やるつもりなの?」
眉を上げてそう彼らに尋ねると、顔を見合って首を傾げて言った。
「スケジュールを確認しないと…何とも…。僕たちも、これだけじゃないですから…。他にもプライベートだってあるし、それらを調整してるのがマネージャーなんで…」
ふぅん…
「さっき言っていた追い込み?って言うの?…1から2ヶ月やるって言っていたじゃない?あれは週にどのくらい、何時間、踊るつもりなの?その時はもちろんメンバーが全員揃うんだよね?」
俺はそう言って体を起こすと、両手をテーブルに着いて、目の前で手を組んだ。
「だから…それはマネージャーが調整するんで、今どのくらいなんて言えないです。」
「どのくらいやる気があるかって聞いてんだよ。君たちがやるって言えば、マネージャが調整するんだろ?これをオマケで考えるなよ…。人がどれだけ関わってると思ってんだ?お前らのプライベートなんてどうでも良いんだよ。最優先事項はこれだろ?これがあっての空いた時間だ。違うのか?」
俺がそう言うと、アイドルグループのメンバーの1人が言った。
「あぁ…僕たち、そんなにガツガツ行かないんで…」
ふぅん…
「あっそ…」
俺はそう言うと席を立って、部屋を後にした。
「アホくさ…」
わざわざ出向いて得た答えがこれだ。やんなるね。
「勇吾、熱くなんな。後でマネージャーに確認しておく。でも、彼らは練習したがらないだろうね。今回は舞台装置が豪華だからしょぼさが誤魔化せるけど…迫力は求めない方が良いかもしれない。」
夏子がそう言って手元のタブレットにスケジュールを入れる。
こいつはプロだ。大人のプロ。
どんなアホみたいな事でも、割り切って仕事が出来るって事。
そうなると、俺は、まだまだガキなんだ…
「何で俺たち呼ばれたと思う?」
そう言って彼女の顔を覗き込むと、首を傾げて言った。
「海外で名を馳せたから…演出の欄に名前があれば、箔が付くと思ったんだろ?」
ふふ…なるほどね。
「シロたんに会いたいな~。かわゆいシロたんに癒されたい。チュッチュして抱きしめたいなぁ~。」
俺がそう言って両手を上げると、夏子が脇腹を小突いて言った。
「桜二に殺されんぞ?」
知ってる。桜ちゃんは頭の中で俺を何回も殺してるだろう。
それでも、俺はシロが好きだ…
初めて彼を見た時、桜ちゃんの背中に隠れて、俺たちの様子を伺って…ガキみたいな奴だと思った。
それと同時に、桜ちゃんが好きにさせている事が…信じられなかった。
何かのプレイ中か、悪い冗談だと思った…
それ程、俺の知っている桜ちゃんは冷たくて、悪い…そんなクズな男だった。
でも、そんな違和感はすぐに消えた。
彼のステージが始まって、すぐに分かった。
堂々と客を見下して派手に暴れまわるシロは…圧倒的なカリスマを放っていた。
あっという間に彼の魅力に引き込まれて、彼のステージの虜になって、彼の虜になった。
海外のアーティスティックなストリッパーのステージを彷彿とさせる、彼の演出力と、技術力。乱暴な動きとは対照的に、細い体のしなやかさと妖艶さ。
こいつはスゲェ…って、体の芯が震えたんだ。
二重人格かと思う程に、桜ちゃんにべたつく彼と、ステージの上の彼は別人だった…
役によって人が変わる上等な役者のように、彼は踊りによって、自分を変えていく。
俺の無茶ぶりにも応えられるアグレッシブさ…適応能力の高さ、度胸の強さ。
何よりも…可愛い。
「ぐふふ…」
廊下を早歩きしながら不気味に笑うと、夏子が怪訝そうに顔を向ける。
いんだよ。ちょっと頭を休憩させてるんだ…。
眉を上げて夏子を見て肩をすくめると、彼女は首を振りながら俺の先を歩いて進む。
桜ちゃんは…俺の事が憎くてたまらないだろうけど、俺はシロが好きだ。
こんなにも夢中になったのは…彼が普通じゃないからかもしれない。
桜ちゃんが彼を全力で守る、その理由が知りたかった。
彼の発作を目の当たりにして、すぐに、彼が、普通じゃない事を知った…
その時の桜ちゃんは…悲痛な表情をして、俺から彼を…必死に守った。
初めて見た。
あのクズが、こんな顔をするなんて…
それが酷く、ショックだった。
でも…今なら、その気持ちが少しだけ分かる。
イギリスに誘った時も、桜だと言って手のひらを俺にぶつけてケラケラ笑った時も、牛タンを取り合った時も…オーディション会場で見た彼も…全てシロなんだ。
それは単純な色じゃない。奥深くて、計り知れない、不思議な色をしたシロ。
彼のどの表情も好きで、彼のどの表情も愛おしい。
狂った笑顔さえも…
気が違えてもおかしくない様な環境で育って、そんな事を抱えながらも、輝き続ける姿に、健気さに、心が打たれて…堪らなく、愛しく思った。
俺が桜ちゃんと違うのは、守ろうなんて思わない所かな…
俺は彼にもっと外を見せてあげたい。
もっと広い世界を知って、もっと正当に評価されて、もっと羽ばたかせてあげたい。
踏み台にされたって…彼になら、本望だ。
腕の中に抱きしめた彼を思い出して、確かに触れて、抱いたのに、自分の物にはならないジレンマに心が悶える。
きっと…桜ちゃんの物でも無い。
彼は…死んだ兄貴の物なんだ。
#依冬
「ど、どうしたの…」
警察の聴取を終えてやっと部屋から解放されると、警察官の案内によって個室に通されて、ソファに座る桜二の隣で横になって眠ってるシロを見た。
右手に白い包帯を巻かれて、クッタリと眠っている彼を見つめて、首を傾げる。
「シロ?起きて?待ちくたびれちゃったの?」
俺がそう言って彼の体を揺らすと、桜二が止めて言った。
「刑事さんから…彼のお兄さんの過去の話を聞いていたら、ショックが大きくて、気を失った。」
それだけ聞けば、大体は予測が付いた…
シロの知らないお兄さんの話が、彼を酷く…傷付けたんだ。
俺は彼のお兄さんが嫌いだ。桜二の方がましだと思う程に、嫌いだ。
甘やかすだけ甘やかして、シロを苦しめるような死に方をした。
…酷い男だ。
シロの腕に巻かれた包帯を撫でながら、桜二は呆然と放心してる。
そんなに…壮絶だったの?
「で…どんな話だったの?」
俺はテーブルを挟んだ椅子に腰かけると、向かい合う様に座って桜二に尋ねた。
彼は今にも泣きだしそうな情けない顔をしながら、傍らのシロの髪を、指先でずっと撫でている。
本当に…この人は、彼に心酔してる。それは俺も同じだけど、彼の場合…それは宗教にも似た狂信性を感じる。そんな姿を見ると、つくづく思うんだ…。
シロのいう通り…彼はシロのお兄さんにそっくりなんじゃないかって…
「あの刑事さんは…昔、名古屋で刑事をしていたそうだ…。幼い頃の彼の家は…虐待の通報がしょっちゅうあって、有名だったらしい…。刑事さんは、彼のお兄さんをよく知っている人だった。…依冬、シロのお兄さんの名前…蒼佑って言うらしいよ…」
ぽつりぽつりと桜二が話し始めた内容は…耳を覆いたくなる様な、辛くて、悲しい話だった…
彼が意図的に忘れたがった記憶が、彼を揺さぶって、無理やりに思い出させる。それがあの発作なんだ。それらを繋いでも、知り得なかった彼のお兄さんの事を知ったんだ。
こうなってしまうのは…当然だ。
「自分の子供を殺して、首を吊って死んだ…」
俺はそう言って唇をかむと、シロの青白くなった顔を見つめる。
…やっぱり俺は彼のお兄さんが嫌いだ。
好きでもない奴とする時は、違う穴を使うか、避妊しろよ…馬鹿野郎。
「桜二、もう帰ろう。ここに用はない。」
俺はそう言うと、クッタリと力の抜けたシロの体を抱き抱えた。
「ほほ、シロ君帰るのかね?気が付いたかい?」
「いや…依冬も聴取が終わったので、このまま連れて帰ります。」
桜二がそう言って例の刑事に丁寧に挨拶をする中、俺は腕の中で死んだように眠るシロを見つめる。
俺は、シロを傷付ける奴が…大嫌いだよ。
俺が守ってあげる。なにもかもから、守ってあげる。
だから、もう、忘れてしまいなよ…
そんな奴の事なんて忘れて、桜二とも別れて、俺の傍に居てよ…
俺だけの傍に居てよ。
「ほほ…これをシロ君に渡してくれるかい?蒼佑君と彼の写真だ…。資料にあった物だけど、2人とも笑顔なんだ…だから渡してくれ。あと、戸籍を取る話をしようと思っていたんだけど、今日は無理そうだね。また連絡すると伝えておいて。」
桜二はぺこりとお辞儀をすると、受け取った写真を眺めていた…
「そんな奴の物…もう、捨てて行こう?」
警察署を出て車へ向かう途中、俺がそう言うと、桜二は首を横に振った。
なんだ…まだお兄さんの振りをする事に必死なのか…
軽蔑するよ。
後部座席に座って、眠ったままの彼の頭を膝に乗せる。
「見て…」
そう言って桜二が運転席からさっき渡された写真を俺に渡した。
そこには、おでこを付けて、満面の笑顔で向かい合って笑う…シロと彼のお兄さんの姿があった。写真の中の彼は…中学生くらいの姿で、お兄さんは大人の男。ちょっとふざけた様に笑いあう2人からは、こんなドロドロとした関係は想像がつかない。
なんだよ…
俺は無言で桜二に写真を返すと、膝の上のシロの顔を見下ろした。
彼のお兄さんは…この人を小さい頃から知ってる。
俺の知らない彼の事も、俺の知らない、彼との時間も過ごしてる。
あんな風に楽しそうに笑い合うような…そんな時だってあったんだ…
なのに、シロを裏切って…傷つけて…許せないよ。
「俺はシロのお兄さんが大嫌いだよ…」
彼の髪を撫でながら俺がポツリとそう言うと、運転席の桜二は何も答えなかった。
あんたはどう思ってるの…?
シロをこんな目に合わせる、お兄さんに、まだ自分の活路を見出してるの?だとしたら、とんでもない大馬鹿野郎だよ…
窓の外を眺めて、目の前を流れて行く景色を見送る。
彼はきっと目を覚ましたら、またあの辛い頭痛を耐えなきゃダメなんだ。
可哀想に…
「俺も…同じ気持ちだ…」
長い沈黙を破って、運転席の桜二が、前を見つめたままそう言った。
「こんな目に遭わせて…許せないよ。」
そう言った声に憤りを感じて、俺は無言で彼の言葉に頷いた。
「アイスを買って行く。起きた時…アイスがあると、少しだけ機嫌が良くなるって、この前分かった…。」
桜二がそう言ってコンビニに寄ると、車を降りて甲斐甲斐しくアイスを買いに行った。
不愛想で冷たい男が、彼の為にアイスクリームを買うんだ…笑える。
「シロ…お前は愛されてるじゃないか…桜二に愛されてる。俺にだって愛されてる。何が足りないんだよ…。2人がかりでも…お兄さんには敵わないの?もう忘れなよ。俺たちと一緒に居よう?俺たちはお前を傷付けたりしないよ?」
そう呟いて彼の頬を撫でると、少しだけ微笑んだ気がして、口元が緩む。
彼のお気に入りのアイスを買うと、運転席に戻った桜二が言った。
「あのプリンはどこで売ってるの?」
「…え?ここからだと遠い。アイスだけで良いよ。」
俺がそう言ってクスクス笑うと、運転席の桜二も笑った。
あぁ…この人は、本当にシロが大切なんだな。
悔しいけど、俺よりも彼の方がシロを思っているのかもしれない。
この人はたとえ自分が死んだとしても…彼を守ると思う。
シロが言った通り、この人が彼のお兄さんにそっくりだとしたら…
彼のお兄さんも、死ぬ事で、シロを守ったのかもしれない。
それがシロを長い時間苦しめる事になったとしても…
彼は死なないで、今、生きている。
#シロ
「違う。バニラアイスじゃなくて、チョコチップ入りのやつが好きなんだよ。」
「え…バニラアイスじゃなかったの?」
「卵焼きばっかり焼いてるから、そう言う趣向をおろそかにするんだよ。」
「…バニラアイスじゃダメか…」
桜二と依冬が下らない会話をしてる。
それがおかしくて、オレは何も言わないで目を瞑ったまま聞いてる。
この2人、こんなに仲良くなったんだ。
良かった…
うっすらと目を開けると、桜二の部屋のソファに寝転がっていると気が付いた。
そうか…あの時、気絶したから、そのまま連れ帰ったんだ。
右腕に鈍い痛みを感じて、自分の腕を噛んだ事を思い出す。
…バカやったな。
でも、止められなかった…感情を、止められなかった。
「じゃあバニラアイスにチョコを入れたら良いんじゃない?」
「違うよ。チョコじゃない、チョコチップだ。全然違うって怒るに決まってる。」
依冬?オレはそんな事で怒ったりしないよ?
「バニラで良いもん…」
そう言って体を起こすと、驚いて目を丸くする2人を見つめてもう一度言った。
「バニラで良いもん!」
「こうやって…ちょっとだけ溶かすと美味しいんだよ?」
オレはそう言って依冬の手にバニラアイスを持たせると、木のスプーンで端っこをすくって、ペロリと食べた。
「んふふ…ちめたい~!」
「シロ?今日は、頭痛しないの?」
依冬がそう言ってオレの顔を覗き込んで来るから、にっこりと笑って教えてあげる。
「痛くな~い!」
そう…頭痛が起きなかった。スッキリ爽快とまでは行かないけど、あの地獄の様な頭痛が起きなかった。
あんな話を聞いたのに…
本当に自分の体のシステムが分からないよ。
「シロ…田中刑事が、これを渡してって…」
桜二がそう言って、コーヒーを片手にオレの隣に座った。
彼がオレに手渡したのは、オレと兄ちゃんが写った1枚の写真…
「ふふ…これ、覚えてる。兄ちゃんの友達が撮ってくれたんだ…。その人、趣味でカメラをしていて…景色の綺麗な所に行こうって兄ちゃんを誘ったんだ。オレも一緒に付いて行って…どこかの野原で撮ったんだ。」
そう言って写真の中、思いきり微笑む兄ちゃんの頬を撫でる。
「…知らなかった…知らなかったよ…。兄ちゃんが、そんなに苦しんでいたなんて…オレは知らなかった。子供を殺したって…?嘘だろ…?どうして、どうして…」
そう言ってボロボロと大粒の涙を落とすと、目の奥がグラグラと揺れて、どん底の闇がオレを手招いて待ってる。
早くこっちにおいでって…どん底の闇がオレを呼んでる。
あぁ…また、狂って行くのか…
それは
いやだ…
「楽しそうだね…」
オレの肩を抱いて、桜二が写真を覗き込んで言った。
彼の声に我に返って、桜二の顔を覗き込んだ。
桜二はオレを見つめてにっこりと笑うと、写真を指さして言った。
「2人とも笑顔だ…良い写真じゃないか…」
「ふふ…うん…。オレが…兄ちゃんが買ってきた飲み物に文句を言ったんだ。そしたら、兄ちゃんがこうやって、おでこをくっつけて、…ん?って笑いながら怒ってる所…ふふっ!おかしいね…。よく覚えてる。ごめんなさいって言うまで、ずっとこうして笑ってるんだもん。…怖いよね?ふふっ!」
オレがそう言うと、依冬と桜二が同時に吹き出して笑う。
あまりに笑うので、流した涙も止まって…2人を見上げて頬を膨らませて、抗議する。
「な、なぁんだ!」
「あははっ!シロは昔から変わんないな。食べ物のへのこだわりが強いんだよ。あはは!」
依冬がそう言ってお腹を抱えて大笑いするから、オレは桜二を見て釈明した。
「ちがう!兄ちゃんが粒々入りのオレンジジュースを買って来たんだ。オレはあの粒々が缶の中に残るから嫌いなのに、何回言っても粒々のジュースを買ってくるんだもん…」
「ぷぷっ!」
桜二まで吹き出して笑うんだもん。…おかしいね?
この2人がこんな風にふざけ倒す理由は一つ。オレの事を笑わせたいからだ…
落ち込みを追いかけてどん底に向かって滑空するオレを、止めたいからだ…
ふふ…優しいだろ?
だから、オレは彼らに乗っかって…あの事を、今、考える事を止める。
ベタベタのグダグダに甘えまくってやる…
「桜二にもあげる~?」
木のスプーンでバニラアイスをひとすくいして、桜二の口に運んでいく。
パクリと食べる顔が可愛くて、そのまま彼の唇にキスをする。
「ふふ…冷たいね?でも、まだ、ぬるい…もっと冷たい舌が良い…」
彼と舌を合わせながらそう言うと、もうひとすくいアイスをスプーンですくって、自分の舌の上に乗せた。
そのまま彼の口の中にアイスこ゚と入れていく。
「んっふふふ…んふ…」
桜二の首に両手で掴まって、彼の後ろ髪を指先で撫でる。キスしながらクスクス笑って、口端から白い液を垂らす。
「何それ…俺にもしてよ。」
依冬がそう言ってオレの肩を揺すっておねだりするから、オレは桜二から舌を取り出した。
「あふふ…可愛い。」
そう言ってトロける桜二の頬を撫でると、同じ様に依冬の口の中に、アイスを乗せた舌を入れてあげる。
甘くて…冷たい…
「あぁ…シロ、可愛いね…」
そう言って依冬がトロけた瞳のオレをうっとりと見つめる。
何も考えずに、頭を真っ白にしてしまう方法を知っている…
それは適度な時間を使って、頭の中をリセットさせてくれる。
しかも…気持ちが良いんだ。
最高だろ?
目の前の依冬に、舐める様に腕を這わせて乗っかっていく。
彼の体に跨って乗ると、彼の頭を両腕で大事そうに包み込んで、ねっとりと甘いキスをする。
彼に密着させた腰を揺らして、彼の体に擦り付ける様に動かすと、鈍くて浅い快感が下半身を満たしていく。
「外に出して…」
そう言って彼を見つめて、股間を撫でる。
「あぁ…はっはは…外に出せるかなぁ…頑張ってみよう…」
依冬はそう言って笑うと、オレのズボンを下げる。
「何だ…俺とするんじゃないの?俺は、外に出すの上手だよ…ね?シロ…知ってるだろ…?」
桜二がそう言ってオレに甘くて、深いキスをくれる。
あぁ…堪んない。気持ちいい…
頭も、体も、心も、真っ白になっていく。
あるのはフワフワした気分と、体を撫でられる感覚と、突き上げるような快感だけ。
桜二がオレの体を後ろから抱きかかえて、ソファに一緒に沈めていく。体が仰け反って、反れた胸に依冬が舌を這わせる。
「あっ…はぁはぁ…んんっ…はぁはぁ…気持ちい…依冬…オレの舐めて…」
彼の髪を撫でて、優しく掴むと、自分の方へ持ち上げる。
惚けた依冬の顔が…可愛い…
桜二がオレの顔を掴んで自分へ向けて、熱心にキスをする。
むせ返るようなキスと、締め付ける彼の腕に、体がトロけて脱力する。彼の指先がオレの体を這って、繊細な快感を与えて愛撫する。
依冬がオレのモノを大きな手で包んで、優しく扱き始めると、腰が震えて、訪れる快感を予測して、よだれが垂れる。
「ふふ…シロ、だめ…キスを外さないで…ずっとしてたいんだ…」
喘ぎ声が漏れる口に、桜二がそう言って、しつこいくらいにキスをくれる。
彼の指がオレの乳首を摘まんで、いやらしく指先で先っぽを撫でる。
「んん…ふっ…んふ、んん…ん…」
依冬がオレのモノを口で扱く音と、桜二のいやらしいキスの音と、オレのこもった喘ぎ声だけが部屋の中に響いて消える。
体中に巡る快感と、熱くて柔らかい、彼らの体に…クラクラする…
依冬がオレの中に指を入れて、優しくねっとりと広げていく。
「あっああ…気持ちい…依冬、依冬ぉ…はぁはぁ…あっああん…あっ、あっあ…」
体を仰け反らせて、背中の桜二にトロけて行く。
髪が乱れた桜二が酷くいやらしく見えて…腕を上げると、彼の髪を整えるみたいに、指を立てて後ろに流していく。
「ふふ…可愛いね…」
桜二はそう言って笑うと、オレの髪にキスしながら自分の勃起したモノをオレの体に押し付けて来る。
あぁ…彼のは…最高に気持ち良いんだ…
オレの足の間に体を入れると、依冬がオレの中に自分のモノを入れて来る。
「はっはぁはぁ…あっ…くっ、はぁはぁ…」
大きい…!
「怖いよねぇ…」
桜二がそう言って、微笑みながらオレの強張った頬を撫でた。そのまま頭を屈めてキスをすると、両手を滑らせてオレの乳首を優しく撫でて摘まむ。
「あっああん!」
体が仰け反って、依冬のモノが奥まで入る。
オレの腰に腕を回すと、締め付ける様に抱え込んで、もっと奥まで入れて来る。
「ちょっと…優しくやって…?」
桜二がそう言って依冬を睨む。
「うるさいな…あんたの声は聞きたくないんだよ。黙っててくれないか?俺はね…シロの可愛い声だけ聴きたいんだ…ね?シロ…」
依冬がそう言ってオレの体に覆い被さって来る…
痛くて…苦しくて…顔が歪む…
「はは…可愛い…」
依冬がそう言ってオレの口にキスをする。それは下半身の苦しさとは全く違う、甘くてトロトロにトロける、濃厚なキス。
彼の舌に舌を絡めて、開いた口から吐息を漏らす。
「はっはぁはぁ…依冬…依冬、気持ちい…」
苦しさと快感が半分半分の…上級者向けの快感…
彼のモノがオレの中を満たして、ギチギチと音を立てながら感覚をおかしくしていく。
「あっああ…!はぁはぁ…あぁあん…あっあっ…」
依冬の荒い息がオレの胸に掛かると、ゾワッと鳥肌が立って、撫でられてもいないのに、乳首が痛い位に立つ。
「あぁ…シロ、気持ち良い…イキそう…キスして…?」
桜二がオレの背中から退いてソファから立ち上がった。依冬がオレに覆い被さって口を塞ぐようにキスをする。強い腕でオレの腰を締め付けたまま、ねっとりと自分の腰を動かす。
ダメだ…気持ちいい…!
「んっんん…んっ、んんっ!!」
依冬はオレの中でドクンと暴れると、慌てて中からモノを取り出して、オレの腹に精液を吐き出した…
だらしない顔でトロけた瞳の彼を見つめて、快感に震える指で、そっと撫でる。
「退いて?」
桜二がそう言ってトロけた顔の依冬を退かすと、オレの頬を撫でて言った。
「シロ?俺のが一番好きだろ?」
ふふ…!
依冬がさっきまで入っていた中に、今度は、桜二のモノが入って来る…
「言ってよ…俺のが一番好きって…言って?」
そう言ってオレの肩を下から抱える様に掴むと、いやらしく腰を動かして、中をどんどん気持ち良くしていく…堪らなく官能的で、堪らなく気持ちいい…
「あぁん…桜二…気持ちい…すっごいエッチだ…桜二…はぁはぁ…あっああん…」
彼とのセックスは、頭の中まで気持ちが良くなる…
オレの顔のすぐ近くまで体を落とすと、うっとりとオレの唇にキスをして言った。
「小さい声で良いから…俺のが一番好きだって言って…?シロ、お願いだよ…言ってよ…」
可愛い…
彼の背中を撫でる様に、這う様に腕を回して、抱きしめる。そのまま彼の後ろ髪を撫でて頭を抱えると、自分の首に埋めていく。
そして、そっと彼の耳元で囁いた。
「桜二が…一番好きだよ…」
ふふッとオレの耳元で彼が笑う。
彼の笑った息がオレの耳にあたって、こしょぐったくて口元が緩む。
「あぁ…シロ、嬉しいよ…」
そう言って桜二がオレを沢山愛してくれる。
優しく、甘く、いやらしい…堪らない快感をくれる。
「あぁあん…桜二…イッちゃいそうだ…気持ちいい…あっああ…あっ、はぁはぁ…んんっ」
首を横に振って、彼の快感でいっぱいの体が小刻みに震え始めるのを我慢する。
ねっとりとオレの中を気持ち良く動いて、彼の優しい指がオレの体を滑って行くと、ゾクゾクと鳥肌を立てていく。
「はぁはぁ…シロ…先にイッて良いよ…」
ふふ…
俺は彼の髪を撫でながら、体を仰け反らせていく。
「桜二…気持ちいい!あっあん…んんっ…はぁあん…ダメだ。イッちゃう…イッちゃうよ…桜二、あっああん!!」
オレが腰を震わせてイクと、彼もオレの中でドクンと揺れて耐える。
桜二が苦悶の表情を浮かべたまま、オレを見下ろして、見つめる。その顔が可愛くて…オレは彼に口元を緩めて微笑みかける。
「はぁっ…あ…」
短くそう呻いて、桜二がオレの中からモノを出すと、オレのお腹の上に精液を吐き出した。
気持ち良い…
そのまま彼を抱きしめて自分の体の上に引き落とす。
「桜二…桜二…桜二…」
しがみ付くよりも、絡みつくの方が合っている。そんな風に彼を締め付けて、何度もそう言って、何度も彼にチュッチュッチュとキスをする。
彼が…一番…好き。
オレのお腹の上の2人分の精液を拭くと、桜二は急いでオレにシャワーを浴びさせる。
何でかって?
これから仕事なんだ。
やんなるね。ふふっ
シャワーを済ませて着替えをすると、”宝箱”に新しい兄ちゃんをしまう。
…2歳の…娘。
女の子だったの…
「シロ?行くよ?」
依冬の声に我に返ると、急いで”宝箱“を桜二のベッドの下にしまう。
「待って~!」
そう言ってリュックを手に持つと、依冬の背中に飛び乗って言った。
「行け!超人!世界を守るぞ!」
「やめて…」
ふふ!
依冬におんぶしてもらって、桜二に靴を履かせてもらう。
わざと足を揺らすと、桜二はクスクス笑いながらオレの足首を掴んで止めた。
「行ってくるね?」
そう言って桜二にキスをする。
「行ってらっしゃい。」
そう言って微笑む彼を見つめる。
オレにだけ…優しい、桜二。
依冬の背中に頬を付けて、彼の呼吸を聞く。
「シロ?来週から桜二は通常業務に戻るよ。だから、在宅ワークは今週までだ。仕事に行く時は、俺か、桜二が送っていくけど、無理な時はタクシーで行くんだよ?」
はぁ…
桜二がお家に居ないなんて…最悪だ。
オレは依冬の背中に顔を擦り付けて言った。
「…桜二は、実は…まだ、回復していないのです…」
「ふふっ!もうお医者さんからもOKの診断書が出たんだ。会社にも受理されてる。」
依冬はそう言ってエレベーターを降りると、慣れた様子で路駐した車へ向かって行く。
「あっ!いけないんだ!どうして警察は路駐に対して、もっと積極的に駐禁を切らないんだ。だから調子に乗ってどこにでも停める様になるんだ。今度、田中刑事に会ったら言っておこう…!特に桜二の車は悪質だ!」
オレがそう言うと、依冬が大笑いして言った。
「急いでたんだ…」
嘘つきめ!
オレは依冬の車のタイヤを足でなぞって、マークを付ける真似をすると、フロントガラスに見えない駐禁ステッカーを張った。
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