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第11話

18:50 三叉路の店にやって来た。 「わぁ~!大変だ!」 オレはそう言ってエントランスに入ると、チッチッチと舌を鳴らす支配人を横目に階段を駆け下りる。 思った以上に時間がかかってしまったのは、交通事故によって起こった大渋滞に巻き込まれていたからだ…!これでもオレは大分遠くから依冬の車を降りて、走って来たんだよ? 「シロ!来ないかと思った!」 まさか! 慌てて控室に入ったオレに、楓はそう言って笑うと衣装を寄越して言った。 「これ、お揃いで着ようよ。」 「何これ…」 それは、明らかな学生服。 「ははっ!嫌だよ、こんなの…」 オレはそう言って楓に学生服を突き返した。 しょんぼりする楓は、既に同じ学生服を見に纏っていた。 まるで少女漫画に出て来そうな、美形の彼に…少しだけグラッとくる。 楓は美形だからサマになるんだ。オレが着たら、ただの素朴な少年になるだけだ。 「アオハルなのに…学園物のBLなのに…」 背中でブツブツ言う楓を無視して、急いでメイク道具を鏡の前に出す。 「シロ~!ちゃんと時間に店に出るんだろうな?」 支配人が階段の上から怒鳴り散らす声が、控室に響いて渡る… なんだ、少し遅れそうなだけで…怒鳴ることは無いだろ? 全く…欲求不満か、更年期障害だな。 オレは時計を見ながらメイク前の自分の顔を見る。 そして、学生服を持ってしょんぼりする楓を、鏡越しに見つめる… 仕方がない。 オレはベースメイクと簡単なアイメイクを済ませると、楓が手に持ったままの学生服を着始めた。 「はは!シロ、その気になってくれたの?嬉しい!」 そう言って楓がホクホクの笑顔になる中、昔、着慣れた学生服をテキパキと着て、時計を見る。 「間に合った!」 そして小道具のリュックを背負うと、楓と一緒に階段を上ってエントランスの支配人に見せる。 「あ~はっはっはっは!!もうハロウィンは終わったぞ?お前…あはは!楓は良い。美少年だからな。お前、お前、お前は…どうしたんだよ!」 何がだよ…ムカつくな。 頬を膨らませてムッとすると、支配人はオレに近付いて来て言った。 「いいや…逆に、リアルで良いかもしれんな?ふふっ!本当にガキみたいに見える。あはは!お爺ちゃんがおちんちんの筆おろししてあげようか?」 最低だな… オレは最低な支配人を押し退けると、楓と一緒に店内に“登校”した。 「キャーーーー!」 そんな女性客の黄色い歓声を受けたのは、楓君だった。 「楓…オレ、やっぱり普通の服に着替えてこようかな…だって、なんか、劣等感が生まれそうだ。」 楓の袖を引っ張ってオレがそう言うと、彼はキラリと目を光らせて言った。 「シロ…可愛い…」 そう言ってオレのブレザーの中に手を入れて、腰を抱いて引き寄せる。 「キャーーー!シロが、シロが、楓君に襲われる!」 あはは…なんだ、そりゃ… 思った以上に女性客は“学園物のBL”が好きみたいだ… 楓は調子に乗ってオレの体を後ろから抱きしめて、ワイシャツを開け始めた。 「ギャーーー!!」 まだストリップも始まっていないのに、凄い歓声と、奇声が飛び交う。 「嫌だ!オレは…オレは、楓の事…友達だって、思ってるもん!」 オレはそう芝居がかって言うと、ダッシュで楓から離れた。 彼の周りの女性客は、すっかり絵に描いたようなイケメン高校生に夢中だ…。 特に、楓の長めの髪が…また雰囲気を良くするんだ。じっと遠目で見ても、自分がうっとりとして行くのが分かる。まるで少女漫画から飛び出してきたような、高身長と、美形、シュッとした全体のライン…女性が夢中になる訳だよ。 これは…今日の楓のステージは、盛り上がりそうだぞ! 執事とかのコスプレも今度勧めてみよう… 「おい、少年。ここはね、大人のお店なんだよ?来たらダメじゃないか…。悪い大人に悪戯されちゃうよ?それはね、自己責任で片付けられちゃうからね?怖かったら、帰った方が良いよ?」 カウンターの向こうでマスターがそう言って、オレにビールを寄越した。 「へっ!」 オレは不貞腐れた様子でそう言うと、ビールを一口飲んで足を揺らす。 「シロ…可愛いね?ちょっとボタン開けてみようか?」 そう言って常連客達がオレに群がり始める。 彼らはガチのゲイだ。 楓には女性客。オレにはガチのゲイが寄ってきた。 この差は何だ? 「もうちょっと…ネクタイを緩めないか?」 そう言ってはぁはぁ…と息を興奮させて、常連客の1人がオレのネクタイを緩める。 「おい、触らせんな!」 階段の上から支配人が怒って怒鳴ると、ドカドカと階段を降りて来る。 しょんぼりと背中を丸めて支配人に追い返される常連客を見送って、オレの足の間に入って来る、支配人を首を傾げて見つめる。 「ジジイ、ロリコンだったのか…?」 「見てるとだんだんと、変な気分になって来るの…」 そう言って、オレのブレザーを肩から下げると、首元に顔を埋めて、クンクンと匂いを嗅いでくる。 「あ…可愛い。」 ポツリとそう言うと支配人は、オレの股間に自分のモノを押し付けて、マスターがジト目で見つめる中、腰を振り始めた。 「おい!お前、最低だな!」 オレはそう言って支配人の腹を足で押し退けた。 「だって…だって…可愛いんだもん!」 そう言って支配人は逃げる様に階段を駆けあがって消えて行く。 何なんだ… 「なんで、オレにはお姉さんが来ないで、ガチな奴らしか寄って来ないんだ。」 マスターにそう言って、不満に頬を膨らませるとビールをガブガブと飲んだ。 「シロ~!シロ坊!かわいいじゃん!」 大きな声で女性に叫ばれる。 女性は女性でも、この声と声量の大きさは…夏子さんだ…。 オレの背中を抱きしめるとスリスリと頬ずりして、匂いを付ける。 これをマーキングと言うんだよ? オレは夏子さんの物になった!ふふ。 「おっぱいの方で…おっぱいの方で抱きしめて…」 オレがそう言って体をクルッと回すと、彼女はオレの隣の席に座って、マスターにビールを注文した… ちぇ~っ! ふと、目の前の勇吾と目が合って、彼のムスッとした顔を見つめて首を傾げる。 「…どうしたの?」 オレがそう言うと、勇吾はフン!と首を振ってオレの隣に座った。 なんだ…喧嘩か? 「仕事の事で勇吾とバトッたの…気にしないで?そのうち機嫌も直ると思うから。それにしても…この衣装は何?コスプレなの?ふふ…可愛いじゃない…悪戯したくなっちゃうのは、どうしてなの~?」 夏子さんはそう言うと、伏し目がちにオレの開いた胸元を見て、指を這わせる。 え…! この雰囲気って…もしかして… 「お姉さん…オレじゃダメ…?」 オレはそう言って夏子さんを見ると、首を傾げてはにかんで笑った。 「あ~~~っ!」 夏子さんが胸を押さえて、後ろに仰け反って、喜んだ! これは…ワンチャン… 「シロ!俺にもっ!」 勇吾はそう言うと、オレの椅子を回して自分の方へと向ける。そして、睨むような顔でオレを見つめて来る…。 なぁんで…この人は、こんなに怒ってるの? 全く… 「勇吾?オレはね、怖い顔は好きじゃない。いつもの顔に戻って?」 椅子から立ち上がると、オレは彼の顔をマッサージしてあげる。特に眉間のあたりを入念にマッサージして、睨み過ぎて疲労を蓄積してるであろう眉毛の上も入念にマッサージしてあげた。 「ふふ…気持ちいい?」 されるがままの彼にそう言って尋ねると、半開きの瞳をオレに向けて言った。 「気持ちいい…」 ふふ…!可愛い。 首を伸ばして、オレに顔を向けて、目を閉じてマッサージされてる…。 それがとっても、可愛いんだ。 「シロ…キスもして…」 そう言ってオレの腰を掴むと自分に引き寄せる。 そんな彼の表情は、すっかりいつもの半開きの瞳へと戻った。 …良かった。 「ふふ…もう怒ったらダメだよ?」 オレはそう言って彼の瞳を見つめると、うっとりとしながらキスをした。 「…夏子さんと仲直りして?」 オレがそう言うと、勇吾は一瞬ムッとした。 ふふ…ほんとに、この人は、可愛らしい。 「高校生はイノセントだね…」 ムッとした勇吾を無視して、夏子さんに違う話題を提供する。 「AVで、“女子高生”なんてジャンルがある位、需要があるからね…イノセントなんだろうね?」 夏子さんがそう言って正面を見たままビールを一口飲んだ。 オレの後ろの勇吾を気にしてるのか、こっちをちっとも見ない夏子さん…彼女も彼女で、可愛らしい所がある。ふふ…! 「ね、どうして喧嘩したの?」 単刀直入に夏子さんに尋ねると、彼女は眉毛を上げて言った。 「バックダンサーの子達にダメ出しをしまくって、指導していたダンサーとの間に、軋轢が生まれた…。これで一つ、仕事がし辛くなった。でもね、分かってるよ?勇吾は悪くない。ただ、こういう世界だと…道理が通らない事の方が多いのよ。まともな方が、おかしく思われる。そんな…捻じれた世界なのよ。でも、それを言い始めると…元も子もなくなっちゃう…だから見て見ぬふりをして欲しいのよ。」 そう言ってオレのネクタイを指先で撫でると、夏子さんが言った。 「白い物が、黒くなって、黒い物が白くなる。勇吾は…それが嫌なの。」 ふぅん… 夏子さんはそう言うと、伏し目がちに視線を落として、オレのシャツから覗く素肌を指先で撫でた。 フン!とオレの背後で鼻を鳴らすと、勇吾が話し始める。 「一生懸命やった奴が報われるなんて、嘘なんだよ…。結局はコネが物を言わせるんだ。誰と知り合いか…そんな事で仕事が来て、過大評価されていく。」 オレの背中に覆い被さって、ギュッと抱きしめる彼の体が、彼の声が、いつもの気怠さを纏っていないで、妙に冴えている。そして、オレに大事な事を教える様に理路整然と続けて話した。 「そんな臭くて汚い物の中で泳いでる様な奴は、もれなく腐ってる。必死に下から上へと這い上がる者を蹴落とすんだ…。実力もない癖に、彼らにチャンスを与える機会すら与えない。自分たちが…偽物だと知っていればいる程、本物が現れるのが怖くて、必死に蹴落としてほくそ笑む。そんな世の中だよ。」 ふふ…オレの事を言ってるの? コネで弾かれた、オレの事を言ってるの…? 馬鹿だな。お前はそんな事に苛立つ必要は無いんだよ。 自分の目的をきちんと全うするべきなんだ。 そんな事で、汚れずに上手に泳いで来た泥水の中、軋轢を生んだって…きっと上手く行かなくなるだけだ。 オレはそんな事、望んでないよ。 「それは…怖いね。でも、勇吾。勇吾はそんな経験、沢山して来たはずだろ?今更そんな事を嘆いて、卑屈になるなよ。せっかくの才能に要らない色を付けるなよ。知ってる?偽物は、結局、偽物なんだ。それは劣化していく過程で分かる…。」 オレの体を抱きしめる彼の手を撫でて、優しく握ると、続けて言った。 「本物の木は…朽ちていく過程も美しい…。でも、偽物の木は、色褪せて、錆びていくんだ。それは決して美しくない。ただ、それだけの事なんだよ…。だから、誰が何を言おうと、どう評価を下そうと、本物かどうかなんて、見れば分かるんだ。そうだろ?」 オレがそう言って口元を緩めて笑うと、背中の勇吾は吹き出して笑って言った。 「ふふっ!そうだな。…お前の言う通りだ…」 そう言った彼の言葉に、声に、オレを抱きしめる腕に、不思議な温かさを感じて、伏し目がちになって視線が泳いでいく。 そんなオレに夏子さんが目を細めて優しく微笑んだ。だから、オレは彼女の胸を触って言った。 「これは…本物だね?」 「ぶっ殺すぞ?」 ひぃ! オレは平静を装って椅子から立ち上がると、勇吾の頭を撫でて退散した。 怖かったぁ…夏子さんが怖かったぁ… でも、おっぱいは本物だった。ふふ…! 「シロ~!今日は、なんだ、中学生か~?」 そう言って声を掛けてくる常連客に胸を張って言った。 「高校生だいっ!」 「あはは!可愛いじゃないか、お兄さんのお膝においで?」 「嫌だいっ!」 そんなふざけたやり取りをして、キャッキャとおちょけて笑う。 階段を上って踊り場から下を見下ろすと、オレを目で追っていたであろう勇吾と目が合った。 勇吾… 彼の半開きの瞳が好き。 王子様みたいな見た目が好き。 職人の様な一筋縄じゃない彼が好き。 オレにだけ優しくする彼が好き。 「でも…彼は桜二の友達だ。」 オレはそう呟くと、表情を変えずに勇吾から視線を外してエントランスへと向かう。 「シロ~?今日の塾は8:00からよ~?」 そう声を掛ける支配人を無視して、階段を降りて控室へと戻る。 今日は楓がモテモテだ… いじけてる訳じゃない。 でも、これ以上勇吾の傍に居る事は、オレにとって良くないと思った。 だから控室のソファでゴロンと寝て過ごすんだい。 「シロ!こんな所に居たの?僕となんちゃってBLして遊んで欲しかったのに…」 楓がそう言って控室に戻って来た。 そろそろ彼のショーが始まる様だ。 オレは手のひらでチョイチョイと挨拶して、目を瞑る。 しばらくすると大音量の音楽が流れ始めて、カーテンの開く音がした。 あぁ…この曲、なんて曲だっけ…えっと、えっと… そんな事を頭の中で考えながらウトウトとしていると、カーテンの向こうで大爆笑が起こった。 あ、また、何かやったんだ… 眉間にしわを寄せながら、カーテンの向こうから流れてくる曲名を思い出そうとしていると、支配人の怒鳴り声が聞こえた。 「シロ、何とかしろっ!」 苛ついてんな… 目を開いて顔を向けると、カーテンから顔を覗かせた支配人がオレを睨みつけてる。 「なぁんだよ…」 そう言ってソファから起き上がると、肩をすくめてカーテンの向こうへと向かった。 店内の照明は通常に戻って、大音量の音楽も止まった。 何事だ? いつもと違う状況に困惑しながら、ステージの上からお客を眺めた。 みんな上を見上げて口を開けて固まっている…その視線の先を追いかけて、やっとポールの上の楓に気が付いた。 「あれぇ?…どうしたかな?」 上を見上げたまま首を傾げると、支配人がオレのネクタイを外しながら言った。 「あんなとこ…お前しか上がれない。行って来て、確認してくれ。」 「分かった…」 オレはそう言って靴を脱ぐと、ポールをよじ登って行く。 「楓…どうした…?」 すぐに彼の元に到着して、顔を覗き込みながら声を掛けた。 あ… 「シロ…ネクタイが…絡まった…!」 苦しそうに顔を歪めて楓がそう言った。 ポールにギチギチに絡まったネクタイが…楓の首を絞めつけている。 皮膚にしわを寄せる程に締まったネクタイには、指を入れる隙間なんて無くて、楓の顔がどんどん赤くなっていく。 早く…反対方向に体を回さないと… 「楓…落ち着いて、まず…足をもっと…うえに…」 動揺したのか、呼吸が浅くなって息が苦しい… 目の前がどんどん暗くなって、頭が冷たくなっていく… 何て事だ。 こんな時に…発作が起きた。 オレは顔を上げると、カウンター席の勇吾を目で探した。 暗くなった視界にオレを見つめる勇吾が見えて、自分の声が出ているのか…出ていないのかさえ分からないけど、彼に助けを求めた。 「勇吾…!」 足が震えて、ずり落ちそうになる体を必死で支える。 踏ん張れ…落ちたら、ダメだ…! ステージまで2メートル半はあるだろうこの高さから落ちたら、怪我するかもしれない。打ち所が悪かったら、それ以上も…考えられる。 でも、もたもたしていたら楓が… オレは必死に体を起こして、黒く曇った目で楓の状態を確認する。 楓の細い首にネクタイが食い込んで、彼の皮膚を赤く染めていく…それが、まるで…首輪の様に見えて… 紫の首輪のウサギ… 「…に…ちゃん…」 手に力が入らなくなって、ポールを挟んが足が緩んでいく。 一気に下に落ちて、慌てて太ももでポールを掴むけど、思うように体が動かない! 両手が言う事を聞かなくなって、ポールからどんどん離れて行く… まるでスローモーションのように…体が離れて行く様子を眺める。 天井が見えて…自分の手が暴れているのが見えた。 「シロ!!」 勇吾の声が耳の奥に響く。 「キャーーー―!!」 つんざく様な悲鳴が聞こえて、天井の排気パイプを眺めながら理解した。 落ちた… 勇吾がすぐにオレの顔を覗き込んで言った。 「動くな!」 「あの子を…助けて…」 背中から落ちた…息が出来ない…! 勇吾がオレを気にしながらポールを上っていく。 どうしよう…何の構えも取らないまま、背中から落ちてしまった… 「シロ…大丈夫か…」 支配人が心配そうな声でオレの顔を覗き込んで、お客から隠すように身を屈める。 発作のせいなのか…背中を打ったせいなのか…息が上手く出来なくて、意識が飛びそうになる。 くそっ!! オレは必死に自分の手と足を動かしてみる。 動く…! ちゃんと思った通りに動く自分の手足にホッとすると、勇吾が楓をポールから降ろす様子を見て、またホッとした。 この人が居て良かった… 「シロ…待たせたな…」 勇吾はそう言ってオレに駆け寄ると、脇の下を掴んでカーテンの奥へ引きずった。 「背中から行ったな…」 「苦しい…」 オレをソファに寝かせると、顔を覗き込んで手を握って言った。 「握り返して?」 凄い剣幕でそう言うと、彼はオレの握り返す手を見つめて言った。 「足を動かして?」 言われるままに足を動かすと、彼はオレの顔を覗き込んで言った。 「大丈夫そうだな…」 背中には脊髄や頸椎がある。ここを骨折したり、損傷したりすると、体が動かなくなってしまう恐れがあるんだ。それは一時的だったり、一生続いたり、ケースバイケースだ。リハビリしたとしても回復しない事も多い。 本来ならこんな時には受け身を取ったりするけど、今回は体が言う事を聞かなくて…背中を無防備のまま強打する事になってしまった。 だから勇吾はとっても心配して、オレの手足の動作を確認したんだ。 アドレナリンが少なくなってきたのか、ぶつけた部分がジリジリと痛くなってきた。 あぁ…オレはあんな状況でも、それなりに受け身を取れたんだ。 二の腕の裏と肘が強烈に痛くて、背中の大事な部分は守られた様に痛みを感じなかった。 「息が苦しいの…まだ残ってる?」 心配そうに半開きの瞳を歪めて、オレの頬を撫でながら勇吾が聞いて来る。 「ふふ…大丈夫。これは多分…発作だ。」 オレはそう言うと、勇吾の体に掴まって自分の体を起こした。 「まだ動かすなって…!」 オレの肩を押さえて、ソファに寝かせようとする勇吾に、笑って言った。 「ふふっ、大丈夫…背中は思った程…打っていないみたいだ…」 そう言って彼の体を自分の正面に引っ張って持って来ると、ギュッと抱きしめて彼の胸に耳を当てて言った。 「…ちょっとだけ…お前の呼吸の音を…聞かせて?息を整えたい…」 苦しい… 依冬、大丈夫って言って… ブラックアウトしたくないんだ… 冷たくなっていく頭を勇吾の胸に付けて、彼の呼吸音を耳に届けながら目を瞑る。 大丈夫…大丈夫… 依冬の声を思い出しながら、ゆっくりと息を肺の奥まで届けていくと、だんだんと頭の冷たさが退いて行くのが分かった。 どうやら、堪えられたみたいだ… 勇吾はオレの髪を優しく撫でながら、自分の荒くなった呼吸を一生懸命落ち着かせてオレに聞かせてくれる。 「シロ…ごめんね…」 床でへたり込んだ楓が、しくしくと泣きながらオレに言った。 「大丈夫…これはね、落ちたのとは関係ないんだ…持病みたいなものだから…。」 オレがそう言って笑うと、勇吾が激昂して楓に振り返って言った。 「お前っ…!!」 それは、故意じゃない…事故だったんだ。 だけど、勇吾は怒りの矛先を楓に向けて、激しく怒鳴り散らした。 「何でそんな物、ブラブラさせてポールを回ってんだよっ!!絡まるに決まってんだろっ!お前が馬鹿なせいで…お前のせいで…シロが落ちたんだぞ!!ふざけんなっ!!シロが踊れなくなったらどうすんだよっ!!おいっ!どうすんだよっ!!」 「…違うだろ?オレが落ちたのは…発作のせいだ。それは楓のせいじゃない…。そして、オレは踊れる…だから、どうするも、こうするもない…そうだろ?勇吾…」 すぐにそう言って彼の激昂を制止すると、腕を掴んで自分に引き寄せギュッと抱きしめて言った。 「興奮するなよ…もう少し呼吸音が聞きたいんだ…乱れるだろ。馬鹿野郎。」 「ちっ!」 勇吾はそう舌打ちをすると、オレにされるがままに、ジッと体を止めた。 全く…柄が悪い王子様だ。 でも、いつもピンチの時に助けてくれる…そんな素敵な王子様だ。 兄ちゃん…兄ちゃんも、楓みたいに…苦しかったの? ごめんね… ごめんね… 目の端からトロリと涙が落ちて、オレの頭を撫でる勇吾の腕を濡らす。 彼はそれに気付いて、そっと手のひらで拭ってくれた。 「楓、オレの兄ちゃんね…首を吊って死んだんだよ…。だから、さっき楓を見て…怖くなってしまった。それで動揺して落ちたんだ。お前のせいじゃない…」 オレがそう言うと、床にへたり込んでいた楓が、号泣して床に突っ伏した。 仕方が無いんだ… こんな自分を受け入れて、理解してもらわないと…誤解を招いてしまうからね。 自分のせいで、これ以上、誰かが傷付く事が怖いんだ。 勇吾の胸に耳を当てたまま深く呼吸を吸って、最後まで吐き切ると、ポツリと言った。 「あぁ…怖かった。」 「馬鹿野郎…」 勇吾はオレの髪を撫でながらそう言うと、何度もキスを落とした。 口は悪いけど、甘い、そんな王子様だ… 「ダメだ!絶対にダメ!」 控え室で次のステージの準備をするオレを、勇吾がそう言って止める。 夏子さんを店内に1人にして、楓が困った顔をする中、ずっとこんな調子だもんね。オレはため息をつきながら勇吾に言った。 「今、登らないとオレはポールを怖がる様になる。オレはやりたいんだ。お前だって分かるだろ?今、やらないとダメなんだ。」 これで何度目なのか分からない同じ様な言葉を彼に言って伝えると、勇吾はオレの体を掴んで怒った顔をして言う。 「お前は馬鹿なのか?落ちたばかりでどうなってるかなんて分からないだろ?もしかしたら頭の中がおかしくなってるかもしれないじゃないか!」 「あはは!それは、落ちなくてもなってる!」 茶化す様にそう言って笑うと、呆れた顔をした勇吾に背を向けて、メイクの続きをする。 パンツ一丁になっても体に痣なんて残っていない。 今日、警察署でかじった自分の腕くらいしか、怪我なんて見当たらない。 この状態で、オレが踊らない訳ないだろ? 「勇吾?夏子さんが待ってるから、もう戻りな~?」 オレはそう言ってアイラインを太目に引いた。 「俺も、一緒に踊る…」 ん? オレは手を止めて勇吾を鏡越しに見つめると、首を傾げて尋ねてみた。 「勇吾が?」 彼は鏡越しにオレを見て頷くと、オレの肩を撫でながら言った。 「お前が落ちそうになったら、俺が必ず手を取るから…安心して落ちろ。」 「もう落ちないもん!」 全く! オレは頬を膨らませて鏡越しに勇吾を見ると、クスッと笑って言った。 「勇吾が一緒なら、これほど安心する事は無い。オレの為にありがとう…」 そう…彼はいつも、必ず、助けてくれる。 だから、オレは何も心配する事は無いんだ。 半開きの瞳を細めて、にっこりと微笑む彼を見つめる。 「シロ、ごめんね…うぐっうぐっ…」 首の周りに痣が出来てしまった事と、ショックが大きかった事で、楓は早退した。 「いっぱい寝て、元気になってね~?」 オレはそう言って肩を落として帰って行く楓を見送った。 「シロ、次のステージは飛ばそうか…?」 エントランスの支配人がそう言って眉を下げる。 それは依冬の得意技だぞ?ジジイが使ったらいけないんだ! 「なぁんで?やるよ?しかも、この前の美系と2人で踊る。どうだ?良いだろ?」 オレは笑ってそう言うと、支配人の顔を覗き込んで言った。 「お客が引いてる。挽回しないと…。オレにチャンスをくれ。」 そうだ。 このまま尻込みなんてしてみろ。 “ポールから落ちたシロ”なんて要らないイメージが付いて、客足が遠のく。 そんな事は、ごめんだね。 「無理するな。」 そう言っていつにもなく真剣な表情で支配人がオレを見つめる。 無理なんて…ここに来た時からしてる。今更、何を言ってるんだ。ふふ… 「あいよ~!」 オレはそう言って階段を降りると、控室に陣取る勇吾を見て言った。 「さて、どんな感じにしようか?」 「お前はどうしたい?」 勇吾はそう言ってソファに座ると、偉そうにふんぞり返った。 どうしたい…? ふんふん…そうだな… オレは両腕を組んで考え込んだ。 2人で踊るなら、コンセプトも“2人”という所を強調させたいじゃないか…それをどちらに特化させるか…それが悩みどころだ。 ステージで見せるのなら、それに合った物。ポールで見せるなら、それに合った物。 見せ処を意識して考えて行かないと、ちぐはぐになってしまうからね… オレを見上げる勇吾を見下ろしながら、口元に指をあてて考えをめぐらす。 「オレと勇吾は背格好が似てる。それを利用して…ジキルとハイドをしようじゃないか…?」 オレはそう言うと、椅子を持って来て、ソファに座る勇吾の前に座った。 「ジキルとハイド?ふふ…良いね。面白そうだ。」 勇吾はそう言って瞳を輝かせると、前のめりになって聞いて来た。 「シロは、それを、どんな風に踊るの?」 そうだな… 「コンセプト云々の前に、オレは次のステージで必ずやりたい事がある。」 オレはそう言って、息がかかる程顔を近づけた勇吾の目を見つめると、真剣な顔をして彼に言った。 「お客が引いてるんだ。オレが落ちた事でショックを受けてる。これに早めに対処したい。だから、ショーが始まったら、一番初めにオレをポールへ登らせてくれ。」 勇吾はオレの言葉に目を丸くすると、大笑いして両手をパチンと叩いた。そして、オレの目を同じように真剣に見つめると、口角を上げて微笑みながら言った。 「分かったよ!ふふっ。もし、発作が次来たら、手に気を取られるな。すぐに足を絡めて固定しろ。良いな?」 オレは彼の半開きの落ち着いた瞳にコクリと頷く。 何故だろう…この人となら何でも出来そうな気がする… 頼りになると言うのは…こういう事を言うんだろうか。ふふ、初めての感覚だ。 コンセプトが決まると、どんな踊りを入れるか、どう魅せるかが次々と頭の中に浮かんでくる。オレは勇吾にそれらを説明して、いくつかの試みを提案する。 「このテーマは、ある意味、表裏一体を意味してるんだよ?だから、背中合わせの踊りは絶対に必要なんだ。それは一糸乱れない方がきっと良いんだ。」 オレがそう言うと、勇吾はニコニコ笑って頷くばかりで、張り合いがないったらありゃしない。 「ん、ねぇ!勇吾は何かないの?」 オレはそう言って仁王立ちすると、勇吾を見下ろして首を傾げた。 「俺?俺は…何もない。お前の演出に従うよ?」 全く! 頼りになるかと思ったのに、勇吾は所謂イエスマンだ! 「じゃあ、ちょっと練習してみよう?」 オレはそう言って勇吾の手を引っ張って立たせると、背中合わせにして、両手を彼の両手に沿わせる。 「ふふっ!俺の方が大きいじゃないか…」 そう言ってクスクス笑う勇吾を無視して、大まかな動きを整理する。 「こうして…こうして、最後は恋人繋ぎをして…クルッと反転しよう…」 オレがそう言うと、勇吾はニコニコした笑顔を向けて言う。 「良いね。そうしよう。」 全く!何か意見は無いのかね?勇吾? 「シロ、衣装はどうするんだ?」 やっと口を開いたかと思えば、彼は衣装の心配をしてる。 「そんなの簡単だ。オレがハイドをやるから黒い衣装を着て、勇吾はジキルをやるから白い衣装を着る。形や素材は何でも良い。色が違えば良いんだ。」 オレはそう言って衣装の山の中から、黒と白の衣装を漁って、ポンポンと引き出していく。 「待ってよ。お前がハイドだとおかしくなるだろ?」 そう言って勇吾が首を傾げて言った。 「カーテンが開いたら、いの一番にポールに上りたいんだろ?ハイドが最初に出て行くのは、おかしくないか?」 あぁ…確かにそうだな。 ジキルとハイド。これは多重人格をモチーフにしたお話。 いつもは穏やかなジキル博士には秘密がある。ハイドという暴力的な一面を持ち合わせているんだ。お話の中ではそれぞれ別人格の様にお話が進められて、最後の最後に、実は同一人物だった…と言うオチが来る。そんな話。 だから、初めにハイドが出て行くのは、おかしいんだ。 「じゃあ…オレがジキルをやるよ。」 黒い衣装が着たかっただけだもん…フン。 こんな文学的なテーマ、分かり辛いかもしれないけれど、意外と身近な問題として、みんな触れている筈だ。八方美人、調子が良い人、裏表の激しい人、ペルソナを使い分けている人、こんな人らは身近にあふれている。 ふふ…そうだろ? 「勇吾に桜を振らせてあげるよ?」 オレはそう言って、ソファに座って偉そうにふんぞり返る勇吾の頭の上に、手のひらを落として遊んだ。 もう全て決めた…後は、ショーの時間までのんびりと過ごすだけだ。 「シロたん、おいで?勇ちゃんのお膝においで?」 半開きの瞳を細めて、美系らしからぬデレを見せて、勇吾がオレを膝の上に誘う。 「ダメだ。桜吹雪が来てる。」 オレはそう言ってにやりと笑うと、横殴りの嵐のように勇吾に手のひらをぶつけて、ケラケラと笑った。 勇吾はオレの手を掴むと、グイッと引き寄せて自分の隣に座らせた。足をオレの足に絡めて動きを止めると、顔を近づけて、うっとりと至近距離でオレを見つめる。そして、手の甲で頬を撫でながら甘ったるい声で話し始める。 「偉いね?全部、シロが考えたの?」 「んふ…そうだよ?」 「嬉しい…勇ちゃん、シロの演出で踊れるなんて、嬉しいな…」 「何だよ…気持ち悪いな。」 「酷いじゃないか…俺はね、本当に嬉しいんだよ?チュッチュッチュ!」 甘い… 彼のトロけた瞳が間近でオレを見つめて、彼の瞳にオレが映って見える。 それは、少しだけ…動揺したオレの顔だった… 「勇吾…」 「シロ…可愛い。大好きだよ。」 甘い囁き声にクラクラして、美しい瞳にロックオンされたら、オレはもう抵抗なんて出来ない。 美しい顔を寄せて艶めかしく微笑むと、勇吾がオレの唇を舌で舐める。 「勇吾…やだ…」 口ではそう言うけど、体は抵抗なんてしないで、もっと欲しいとねだる。 彼の舌がオレの口の中に入って、オレの舌を絡めて吸い上げる。 優しく頬を掴まれて、熱心にされるキスに翻弄されて、どんどん気分が熱くなって、興奮して行く。 「はは…シロ…可愛いね。勇ちゃんに何して欲しいの?」 そう言って笑う彼の口に舌を入れて、うっとりと彼の瞳を見つめる。 何をして欲しい…? それは…このまま…甘く、抱いてほしいさ… 口角を上げてにやりと笑うと、彼の体に跨って、彼の髪を撫でながら甘くてねっとりした濃厚なキスをしてあげる。 「んふ…ふふふ…」 キスしながらオレが笑うと、勇吾も一緒になって笑って、オレのお尻をいやらしく撫でて掴む。 あぁ…このまま…勇吾とエッチしたい… 「お二人さんそろそろだよ?おいおい…シロ、何してんだ!」 控え室のドアを開いて顔を覗かせると、支配人がそう言って、オレを勇吾から引き剥がした。 我に返ったようにキョトンとすると、興奮した股間を沈めるために足踏みする。 「ん、も~!!なぁんてタイミングでなんて事するんだ!!」 オレはそう言って勇吾の頭を引っ叩く。 彼はケラケラ笑ってオレを抱きしめると、首すじにペロリと舌を這わせる。 ヤバい…こいつは、まるで麻薬みたいだ。 この美しさにうっとりと見惚れると、あっという間に彼に飲み込まれる。 危険な男だ…! これからステージに向かうと言うのに…勃起するなんて、最悪だ! カーテンの前に立って手首足首を回して、ぐるりと首をゆっくりと回す。 勇吾はオレの隣で、オレを見つめる。 オレは彼の視線を無視してカーテンの向こうで流れ始める音楽を聴く。 目の前のカーテンが開くと、勇吾を置いてオレは1人ステージへ向かう。 「シローーー!やめてーーー!」 「シロ!今日はもう帰るんだ!病院へ行けーーー!」 やんなるよ、なんて掛け声だ…萎えちゃうじゃない。 オレの事を心配してるのは分かるよ? でもね、 それは要らない心配だ。 見ていてごらん? オレは思い切り走ると、ジャンプしてポールに飛び乗た。 ガン! 凄い音と衝撃を与えて空気を揺らすと、お客が唖然とする中、美しく回りながらポールを上っていく。手の位置を変えて、体を仰け反らすと、にっこりと笑いながら華麗に回ってみせる。 ほらね? 「シローーー!ギャーーー!かっこいいーーー!」 ははっ!そうだろ?オレはね、かっこいい男だよ? 自分でかじった腕の傷にポールがあたっても、落ちた衝撃で痛む腕を絡めても、痛くないんだよ。まったく、痛くないんだ。 ステージの上に居る時、オレは極限に集中してみせる。まるで…無敵になったみたいに…ただ美しく見える事だけ考えて、魅せる事だけに集中する。 それに、今日は勇吾が一緒なんだ。 ヘマなんてする訳に行かない。 美しい彼を、美しく魅せるために、絶対にヘマなんてしない。 体を仰け反らせてポールを回ると、真下でオレを心配そうに見上げる彼と目が合った。 なんだよ…勇吾。そんな顔して… オレを信じて…? 足で反動をつけると、体を仰け反らせたまま、高速スピンをして回って降りる。 「シロ!」 勇吾が怒っても、オレは笑顔のまま彼の元へ降りていく。 まるでフィギュアスケートのスピンの様に、美しく体を伸ばしたり縮めたりして、華麗に回ってみせる。 ほらね?オレは怖くない。 お客の感嘆の声を聞くのが好きなんだ。 美しいって…思ってくれる様に、見せる事が好きなんだ。 ステージに降りると、勇吾にどや顔してアピールする。彼はふふッと笑ってオレを誘導すると、ステージ中央でさっき練習したシンクロした振り付けをする。 少しだけオレよりも大きい彼と、背中を合わせて両手を合わせていく。 これはジキルがハイドに変わる瞬間なんだ… だから、ここからはバトンタッチして、彼が踊る。 目の前で美しく踊る彼を見て、呆然と見惚れる。 なんて綺麗なんだ…しなやかで、美しい体。 堪らない… 彼の背後に回ると、両手を上げていく彼に合わせて、同じように両手を添わせて、服を捲り上げて脱がせていく…そっと頬を付けて、いやらしく舌先で舐める。 官能的で…幻想的で…リアルな艶めかしさをお客に見せつける。 彼がオレの腰を掴んでクルリと回すと、オレは両手をゆっくりと上に上げていく。同じように彼がオレの体に両手を添わせて、ゆっくりと服を捲り上げて脱がせていく…そして、同じように頬を付けて、舌先でねっとりと頬を舐める。 お客のうっとりとしたため息が聞こえて、背中に鳥肌が立つ。 なんて素晴らしいんだろう…美しい… 勇吾…お前って本当に最高だ…! 次はハイド役の勇吾がポールに登って回る。 オレと対照的に見せる為に、彼はポールを激しく、荒く、力強く踊る。 彼の一挙手一投足に、目が釘付けになって、口角が上がって笑顔になっていく。 「すごい…」 お客と一緒に彼を見上げて、胸をときめかせる。 彼はオレを見下ろして、チュッとキスしてみせると、華麗に激しいスピンを回って見せた。 「あぁ~~!凄い!かっこいい!!」 オレはステージに上がっている事も忘れて、アイドルの追っかけの様に勇吾に手を振った。 それは洗練された、完璧なまでの、美しいポールダンスだ。 チップを口に咥えたお客が、いつもよりも密度を増して、ステージの縁に寝転がる。 オレと勇吾は両端に立って、指先でつまんでチップを受け取っていく。 今日は口移しはナシだ。だって、勇吾が嫌だって言ったんだ。ふふ…! 病気をうつされるから、知らない奴からは絶対に口を付けて貰うな!と怒られた。あはは!おっかしいだろ?こんなに美しくて、こんなに完ぺきなのに…そんな事を言うんだもんね。 チップを貰い終わると、勇吾とステージ中央で落ち合って、向かい合ったまま、お互いのズボンのチャックを下げていく。 彼の美しい胸筋を眺めながら、触れてしまいたい衝動を抑える。 「舐めたい…」 オレがポツリとそう言うと、勇吾はわざと胸を張ってアピールする。ふふっ! オレはお言葉に甘えて彼の胸筋をねっとりと舌で舐める。そのまま彼の体に自分の体を寄り添わせて、ゆっくりと彼のズボンを下げていく。 「ギャーーー!」 ふふっ!ここでおっぱじめると思ったのか、女性客の奇声が店内にとどろく。 あんまり下品に興奮すると、お姉さんでも容赦なく追い出されちゃうよ? ズボンを下まで下げると、勇吾は足でステージ袖に滑らせて捨てる。そして、オレの背中に体を添わせると、ゆっくりとオレのズボンを下げていく。 「あぁ…勇吾、どうしよう。」 彼にしか聞こえないくらいの小さい声でそう言うと、背中の彼に体をもたれさせて、彼の首に頭を埋めて、トロけた瞳で甘えて言った。 「勃っちゃった…」 「ぷぷっ!」 勇吾は吹き出して笑うと、オレのズボンを容赦なく下まで下ろした。 あはは! 勃起したオレのモノが、パンツの上からでもばっちりと形を見せて、目の前のお客の目が点になる。 ここからが、見ものなのに! 要らない要素が入ったせいで、お客はオレの股間しか見なくなった! オレは悲しみを払しょくする様に、派手にポールに掴まって乗ると、両膝の裏でポールを挟んでポールの上へと昇っていく。 え~ん…え~ん… オレの後から勇吾が同じ様にポールに飛び乗って、一緒に回る。 このポールをジキル博士だとしよう。 オレと勇吾が一緒に回って、彼の表面に現れる二重人格を表現するんだ。 「シロが勃起したから、台無しになった!」 勇吾がそう言って笑うと、オレの所まで回って上って来る。 「うう…」 オレはショックを隠せない。 だって、ここが一番の見せ場だったのに…お客はこの見せ場より、オレの股間にしか興味が無くなったんだもん… 「どうしたら良いの…」 オレはそう言ってしょんぼりしながら勇吾を見つめて回る。 「シロ…キスして…」 ポールの上で体を固定すると、勇吾がそう言ってうっとりとオレを見つめる。 は~? これ以上勃起させて、どうしようってんだよ! 「嫌だ!」 オレはそう言うと、体を仰け反らせて逆さになって、勇吾から逃げる。 これ以上パンパンになった股間を見せる訳にはいかないんだ!名誉の問題だ! 「ふふっ!待って~!」 勇吾はそう言うと、ポールの上でふざけ始める。 オレを捕まえようと手を伸ばすから、オレは華麗に体を反らして避ける。そして、両手でポールを掴んで両足を高く上げると、上の方に足を絡ませて逃げて行く。 「なぁんだ~!シロ~!」 すっかり勇吾は楽しくなった様で、オレの演出を無視して、追いかけっこを始める。 「やだ!来るな!」 「良いだろ~!」 ダメだ…!こんな事しているから、とっくに時間がオーバーしてる! 階段上の支配人が、腕を指で叩いて時間を気にしろ!とジェスチャーで言う。 「勇吾。危ないから降りて~!」 オレはそう言うと、下から上って来る彼を蹴散らすように、派手に回り始める。 仕方がないよ…オレが勃っちゃったんだ…無理やり終わらせるしかない。 ポールを掴んだ両肘を伸ばして、遠心力で回る体を美しく反らして行く。 申し訳程度にポールをつま先で支えてスピードを調整しながら、勇吾を蹴散らして下まで降りていく。 そのまま急いでステージ中央に勇吾を引っ張っていく。 途中までは完ぺきだったのに…!! 適当にポーズをとってフィニッシュすると、いそいそとカーテンの奥へと退ける。 「あ~はっはっは!シロのせいだ!シロが勃起するからいけないんだ!」 控え室に戻ると勇吾がそう言って大笑いする。 違う。オレが勃起したのはハプニングだ。 1番の問題は、勇吾が遊び始めた事だ! 「勇吾のせいだぞ!」 オレはそう言って彼の胸をグーでポクポクと殴った。 「ふふっ!…どうしてぇ?」 勇吾はニヤニヤ笑ってそう言うと、オレを抱き寄せて、ねっとりと甘いキスをする。 あぁ…ダメだぁ… 待ちかねていた様に彼の首に両腕を絡めて、彼の舌を絡ませてキスをする。 すっごく、気持ち良い… 「勇吾…ダメだよ…勇吾は桜二の友達じゃないか…」 彼とおでこを付けてキスを外すと、トロリと糸を引かせながらそう言った。 「大丈夫だよ…気付く訳ない。だって、ここに桜ちゃんはいないんだ…」 えぇ… でも… えぇ…?! 勇吾はオレの股間を撫でながら、顔を覗き込んでいやらしく半開きの瞳を細める。 「ダメだよ…この前のはハプニングだったんだ。そうだろ?」 オレは彼の目を見ながらそう言って、両手で彼の肩を押すと、顔を屈めてキスをする彼に応える様に唇を開く。 あぁ…ダメだぁ…だって、この人が…好きなんだ。 「シロ、可愛い…大好きだよ。」 勇吾はそう言ってオレのモノをパンツから出して扱き始める。 あっという間に気持ち良くなったオレのモノは、先っぽからトロトロの液を垂れ流して喜ぶ。 足に力が入らなくなって、ガクガクと震え始めると、勇吾がオレをソファに押し倒した。 オレの首に顔を埋めて、勇吾が荒い息をオレの耳にぶつけて来る。 それがとってもいやらしくて、官能的で…扱かれたモノと一緒に、堪らない快感が体中をめぐる。 「あっあぁ…勇吾、気持ちい…」 そう言って彼の髪をかき上げながら喘ぐと、ゆるゆると腰を動かしておねだりする。 「ふふっ…、シロ?勇ちゃんに…何して欲しいの?」 まただ… また勇吾はそう言って、トロけた瞳でオレの顔を覗き込んで聞いて来た。 その瞳が…堪らなく熱っぽくて、甘くて、オレはすぐにトロけた。 「勇吾…勇吾に、うんと、甘く…抱いて欲しいの…」 そう言って彼の頬に顔を擦り付けると、舌で彼の唇を舐めて熱心にキスをする。 「あぁ…シロ、勇ちゃんは今のでイッちゃいそうだよ…」 んふふ…嘘つき 撫でた手のひらに触れる彼の肌が、素肌に触れる彼の体の造詣が、いちいち美しくて…頭がクラクラしてくる。 酔っぱらっているみたいに朦朧とした意識の中で、美しい顔が、オレの目の前で、にっこりと微笑んで、オレの中に指を入れてくる。 「はぁっ…!勇吾…気持ちいい…!ダメ…イッちゃいそう…もう、堪らない…イッちゃいそうだ…」 オレがそう言って彼の体にしがみ付くと、勇吾はふふッと笑って、オレの首を舐める。体が仰け反って、彼の胸に自分の胸が触れて痺れる。 「好きだよ…シロ。大好きだ…」 彼の甘い声で甘い言葉が囁かれると、頭の中が気持ち良くなって来て、喘ぐ口からよだれが垂れていく。 オレの中に彼のモノが入ってきて、彼の苦悶の表情を見つめながら、快感を味わってもっと欲しいと腰を動かした。 「勇吾…だめぇ…イッちゃう…イッちゃいそう…!あっあ…だめだ…あっ、あっ、あっああん!!」 腰を激しく震わせてオレがイクと、勇吾はオレを見下ろして頬を赤くして言った。 「シロ…とっても…可愛いね…」 やめてよ… まるで愛してるみたいに、そんな瞳で言わないでよ… 彼はオレの肩を掴むとギュッと抱きしめながら腰を動かした。ダンスが上手なせいなのか…柔軟性が高いせいなのか…良く動く彼の腰は、オレの中をあっという間に快感でいっぱいにするんだ… 「勇吾…キスして…シロにキスして…」 彼の頬を掴んで、だらしない口で彼にキスをおねだりすると、勇吾はとっても優しく微笑んで、オレの唇にキスをくれる。 「シロ…イキそうだ…」 そう言って苦悶の表情を浮かべる彼に、もっとキスがしたくて、しがみ付いて顔を寄せていく。 「あぁ…シロ…!」 オレの中でドクンと暴れた彼のモノが、堪える様にねっとりと動いた後、急いで出されたオレのお腹の上に、ドクドクと精液を流して、項垂れた。 控え室の中…店内の笑い声と、オレと勇吾の荒い息遣いだけが聞こえる。 これを人は…浮気というんだ。 ハプニングじゃない。自覚を持って、彼を求めて、彼とセックスをした。 「桜二に言ったらダメだ…」 オレはそう言ってオレを見下ろす彼の目を見つめた。 「どうして…?依冬君は公認だろ?どうして、俺はダメなの?」 勇吾はそう言ってオレの胸を撫でてそっと頬にキスする。 依冬が良くて、勇吾がダメな理由… 「それは…勇吾が…桜二の友達だからだよ…」 桜二は…勇吾がオレにべたべたするのを嫌がってる…だから、言ったらダメだ。 これは言ったらダメな事なんだ。 「そう…シロの言う通りにするよ。だって、俺はお前に夢中だからね…」 オレのお腹を綺麗に拭くと、勇吾はそう言ってオレに服を着せてくれる。 どうしよう…こんな事、桜二が知ったらきっと悲しむに違いない。 でも、オレは彼を拒む事が出来ない…だって、好きなんだ。 桜二… 「うん…」 力なくそう呟くと、美しい彼にそっとキスをした。

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