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第17話
#桜二
イライラが治まらない。
シロに感情をぶつけたって…どうしようもないと分かっているのに、勇吾の傍に居る彼を見たくなかった…
何で隣に座ってんだよ…何で、抱きしめて、何で、笑ってるんだよ…
この自由な蝶を…
もう…檻の中に入れて…閉じ込めてしまいたい。
誰の目にも触れない場所に、しまい込んでしまいたい…!
”依冬君を受け入れた様に…俺の事も受け入れてしまった方が楽なんじゃないか?“そう言った、勇吾の言葉を思い出して奥歯を噛み締める。
依冬とお前と決定的な違いを教えてやろう…
あいつは俺からシロを奪わない。
お前は、俺から彼を奪って、遠くへ連れて行く…
許せないんだ…お前も、お前の存在も、お前と一緒に居る…彼も…
「桜二…分からなくなったよ…。自分を魅せる仕事って…もっとストイックな物だと思っていた。自分を切り売りして、自分を騙して、自分を演じて…そんな仕事だと思っていたけど、世間はそこまで求めていないみたいだ…」
窓の外を眺めたまま、シロはそう言って指先で曇った窓を撫でた。
さっきまであいつと居たせいなの?
お前から香るあいつの匂いが車の中に充満して、むせ返りそうだよ…
「…どうして、そう思ったの?」
窓を開けて、真っ黒な道路を見つめながら白線を目で追いかけて、頭の中から勇吾への憤りを追い出す努力をする。
これ以上、この人に、こんな感情を…ぶつけてしまいたくない。
いつも余裕を持って、彼の全てをありのままに受け入れて、いつも必ず、彼の一番傍に居たいんだ。
遊ぶ程度なら良いなんて…言ったくせに、既に破綻した“大人の顔”がボロボロと崩れ落ちている。
イライラして仕方がない…
そんな俺に気が付いてるみたいに、窓の外ばかり眺めてる彼が言った。
「…だって、あんな中途半端な自己犠牲で、有名になって…脚光を浴びて、評価されるんだもん…。今日ね、彼らに…ステージでふざけたストリップの真似事をされたんだ…」
なんだと…?
悲しそうな彼の声に、そっと手を伸ばして彼の手を握ると自分の唇に当てた。
可哀想に…
俺の手を握り返すと、そっと体を伸ばしてクッタリと俺の腕に項垂れて来た。
「すごく悔しくて…自分がこの仕事に誇りを持ってるって…気付いた。そして、分からなくなった…世間の評価って何なのか、分からなくなった。」
「人なんて、見たいものしか見ないんだよ…怖い事や、汚い事、見たくないものは見ないんだ…。だから、目の前の嘘っぱちに目を輝かせる。」
俺がそう言うと、彼は俺を見つめて首を傾げて言った。
「オレが…KPOPアイドルを好きな事も…そうなのかな…」
「どうかな…」
そんな事しか言えなくて、彼の混乱する頭をもっと混乱させてしまう。
「でも、俺はシロの全てを見ているよ。綺麗な所も…汚い所も、見たくない部分も…全てを見て、全てを愛してる。それはお前が、俺の偶像じゃないって事だよね…」
そう言って彼を見つめると、彼はふふッと笑って、俺にキスをくれる。
勇吾にもそうやって微笑むの?
勇吾にも甘えたの?
沸々と湧き上がるどうでも良い思いに蓋をして、目の前の彼を見つめて、安心する様に微笑みかける。
彼と一緒に自分の部屋に連れて帰る。こんな事が、彼の日常になった。
俺の傍に居る事が…日常になった。
彼と手を繋いで、一緒にエレベーターに乗る。これも…日常の一コマ。
玄関を開けると、一目散に寝室に行って”宝箱”の中のお兄さんに話しかけてる…
これも、俺の日常になった。
ステージの上で派手に、豪華に、圧倒的なカリスマを放って踊る彼も、こうやって背中を丸めて、静かに佇む彼も。どちらも愛してる。
「見せて…」
静かな彼が驚かない様に、そっと傍に座って、彼の見つめるお兄さんの写真を見る。
サラサラの髪を優しく撫でて、丸まった背中を守る様に抱きしめる。
「よく見ると…鼻の形がお兄さんに似ているね?」
俺がそう言うと、嬉しそうな顔をして見上げてくるから、彼の鼻をチョンと触って笑いかける。
可愛い…愛しい…何からも守って、独り占めして、腕の中で飼いたい。
「桜二?一緒にお風呂に入って、一緒に寝よう?」
“宝箱”をベッドの下にしまってそう言うと、俺の手を掴んで浴室へと向かう。
「…今日、勇吾と何したの?」
我慢出来なくて、聞いてしまった…
だって、彼の体から…あいつの匂いがしたんだ。
隣に居たくらいじゃ付かない程に、髪の毛も、手足も、彼のうなじからも、あいつの匂いがした…
見たくない、知りたくない、察したくない、出来れば気にしないでやり過ごしたい。
そんな事を…わざわざ彼に聞いた。
俺のズボンのチャックを開けながら、首を傾げて彼が教えてくれた。
「水族館へ行って…桜二にお土産を買ったんだ。後であげる。きっと喜ぶよ?ふふ」
そうなんだ…でも、それだけじゃないだろ…
「楽しかった…?」
そう言って彼の髪を優しく撫でる。繊細で、壊れてしまいそうな彼の首を撫でて、彼の顔を持ち上げて、俺を見つめる彼を見下ろす。
「楽しかったよ?今度は桜二も連れて行ってあげる。」
ふふ…
俺が何を知りたがっているのか、分かってるみたいに話す内容を選んでるね。
シロ…
勇吾と秘密を作るなよ…俺に、全部教えてよ…
「楽しみに待ってるよ…」
気持ちも込めないでそう言うと、彼の服を脱がせて、彼と一緒にシャワーを浴びる。
俺と一緒に居たいんだろ?
離れたくないから…こんな事まで、一緒にするんだろ?
だったらどうして勇吾に惹かれて行くの?
彼の髪についた、忌々しいあいつの香りを消すように、髪を洗って。
彼の体についた、忌々しいあいつの香りを消すように、体を洗う。
話さなくたって分かるよ…何をしたのかなんて、分かる。
抱かれたんだろ…?勇吾に…。俺の知らない所でさ。
悔しい…ムカつく…ぶっ殺してやりたいよ。
でも…良いよ…?
だって、彼は遊びなんだろ…?
そう、彼は遊びなんだ。だから…良いって言ったんだろ…
念を押すように自問自答して、目の前のシロを見下ろす。
「…シロ、見て?」
そう言って輪っかにした指に息を吹きかけて上手にシャボン玉を作ると、彼の目の前でフワッと手から離した。
「あふふ!凄い、上手~!」
子供みたいに喜んで、子供みたいに笑う。
こんな彼の姿、彼の表情は…お前には見せないだろ…?
俺にしか見せないんだ。
安心しきった表情で、穏やかに目じりを下げて、静かに笑う彼を、お前は知らないだろ…?
彼と過ごした軟禁地獄も、あいつは経験していない。
俺は彼の兄ちゃんなんだ…それは、絶対的なもので、勇吾の様な男の出現によって脅かされるものじゃないんだ…
でも、勇吾と居る時の楽しそうなお前を見ていると、分からなくなるんだ。
うっとりと彼を見つめて、容易くキスさせて、容易く抱かれて…分からなくなるんだ…
俺はお前の何なんだって…分からなくなるんだよ。
「依冬は韓国料理が好きじゃないみたい…」
体を拭いてあげると、彼はそう言って俺の髪をタオルで拭いた。
「…なんで?何が苦手なの?」
俺がそう聞き返すと、彼はクスッと笑って言った。
「辛いんだって!ふふっ…舌が、赤ちゃんなんだ。」
洗濯したばかりのパジャマを着せて、彼は俺にスウェットのズボンを履かせてくれた。
「もう完璧に出来るようになった!コンサート対策はばっちりだよ?」
そう言ってベッドに寝転がる彼に布団を掛けて、気持ち良さそうに枕に顔を埋める顔を見つめて、穏やかな気持ちになる。
いつもこうだったら良いのに…男の所になんて遊びに行かないで、俺の傍に居てくれたら良いのに…
あいつと、秘密を作って欲しくなくて…遊びなら良いなんて、許したのは俺なのに…
全く許してない事を…いつ突っ込まれるかな…
「先生の部屋に行ったの…?それは良くないね…まるで誘っている様に見える。」
隣に寝転がって、俺がそう言うと、彼はクスクス笑って言った。
「陽介先生には言ったんだ…。オレの話をした。だから…大丈夫。」
大丈夫?
大丈夫な事なんて何もないよ…
勇吾だって…お前の話を聞いて、もっとお前を知ったじゃないか。
…俺しか知らない事は誰にも言わないで…俺とシロだけの秘密にしてよ…
「だって…桜二?先生はお父さんになる人だよ?こんな酷い環境で育った子が居るって知ったら…オレにそんな気なんて起きないし、子供の事だって大切にしてくれるだろ?」
…全く。純粋過ぎるんだ。世の中そんな良い人ばかりじゃないのに…
気付かれないようにため息をつくと、彼の体を抱きしめて、柔らかくて温かい彼を独り占めする。
「シロ…大好きだよ。」
俺の胸に顔を埋めて、穏やかな表情で彼が優しく微笑むと、鳥肌がゾクゾクと立って、堪らなく愛おしくなる。
彼の首に顔を埋めて、そっと舌先で舐める。
この子は俺の物だ。
「桜二…桜二…」
泣き声の様な声で俺の名前を呼んで、細くてしなやかな腕で俺の首に掴まると、うっとりと目を細めて、甘えて来る。
こんな無防備な姿…俺にしか見せないで。
壊れてしまいそうに繊細で、儚い、本当の彼を知っているのは…俺だけ。
「シロ…抱いても良い?愛したいんだ…良いだろ?」
そう言って彼の柔らかい唇を舐めると、彼の口の中に舌を入れて、彼の舌を絡めて吸う。
「桜二…桜二…オレを離さないでよ…ずっと一緒に居て…」
あぁ…シロ…
彼のサラサラの髪を手のひらで掻き分けて、彼の頬を撫でてうっとりと見惚れる。
「もちろんだよ…」
こんなに愛おしいのに…離れる訳がない。
ひとつになってしまいたい程に…愛してるんだ…
彼のお気に入りのパジャマのボタンを外して、滑らかで真っ白な彼の素肌に舌を落とすと、可愛い声で俺の名前を呼んで、俺の髪を優しく撫でてくれる。
堪らないんだ。
彼の顔を覗き込みながら、彼のモノをパジャマの上から優しく撫でると、可愛く口を喘がせて、膝を曲げて、俺の体にクッタリともたれかかって来る。
可愛い…
出会った頃の様な、激しいセックスも、激しい欲情のぶつけ合いも無い。
あるのは、静かで、優しくて、甘い…トロけるようなセックスだ。
「桜二…気持ちい…はぁはぁ…あっ…あぁん…」
吐息を漏らしながら俺の胸の中で彼が喘いで、スウェットの上から俺のモノを優しく撫でてくれる、俺は彼の太ももに腰をゆるゆると押し付けて、勃起したモノをもっと興奮させていく。
「はぁはぁ…シロ、可愛いね…愛してるよ…」
彼の耳元でそう言って、彼のモノをパジャマの中から出して、きつく扱く。
「あっ…あぁあ…んん…イッちゃう…桜二、桜二…はぁはぁ…気持ちい…イッちゃう…イッちゃう…」
熱くなってトロトロにトロけた彼のモノを扱いて、可愛い彼の唇に堪らなくなってキスをすると、彼の手が俺の髪を優しく撫でて、気持ち良くなっていく。
体を震わせて彼がイクと、俺は彼のモノを口に入れて綺麗にしてあげる。
体を仰け反らせて、可愛いシロが気持ち良くなっている。それが堪らなく愛おしくて、両手で彼の腰を抱きしめると、逃げ場を失った彼が、再び腰を震わせてイッてしまう。
抱きたい…
彼の中に指を入れて、気持ち良さそうに頬を赤らめて喘ぐ彼を見つめる。
ガチガチに硬くなった俺のモノをスウェットから取り出すと、優しく握って扱いてくれる。
「はぁはぁ…シロ…挿れたい…挿れたいよ…」
力なく顔を彼の首に埋めて気持ち良くなってそう言うと、俺の頭を抱きしめて彼が言った。
「桜二…桜二の…シロに挿れて…愛して、沢山愛してよ…」
もちろんだよ…一緒に気持ち良くなろう…そして、沢山愛してよ…
彼の足の間に体を入れて、彼の胸を舐めながら、彼の中に入って行く。
短く呻き声をあげて、彼の仰け反っていく体を抱きしめると、奥まで挿れて、優しく揺れて、優しく愛する。
俺の背中に細くて滑らかな彼の腕が回って、抱きしめてくれる。
「あぁ…シロ、気持ちい…」
そう言って惚けた彼の唇を、食むように何度もキスをする。
感情に任せたセックスや、激情に溺れたセックスよりも、こうしてゆっくり彼を堪能して、彼を愛してするセックスが堪らなく気持ち良くて…堪らなく癖になる。
ひとつひとつの体の動きや、視線の流れ、声の強弱…全て噛み締める様に、彼を味わって、全部飲み込んでいくように愛していくんだ。
体を密着させて、体じゃなく…心で感じて、気持ち良くなっていく。
堪らなく愛おしいんだ…
誰にも触らせたくない。誰にも見られたくない。誰にも声を聞かせたくない。
俺にしか…俺にだけしか…愛させないでよ。
「桜二…イッちゃう…イッちゃうよ…だめ…だめぇ…!」
ビクビク体を震わせて俺の背中に両手でしがみ付いて…本当に、この子が可愛い…
彼の顔に頬ずりしながら、気持ち良くなった心のまま、体の快感と一緒にイク。
彼のお腹に吐き出して、息が荒くなったシロを見下ろすと、頬を赤らめて惚けた彼が言った。
「桜二…ギュッとして…」
可愛い…
お腹を綺麗に拭いて服を直すと、彼の隣に寝転がって、彼の髪に顔を埋めて彼を抱きしめる。
誰にも渡したくない…俺だけの、俺だけのシロ。
愛しい…壊れた恋人…
心が苦しくなって、身を焦がすようにお前を思うんだ。
「シロ…ずっと一緒だよ。どこにも…どこにも、行かないで…」
俺から離れて行かないで…
彼のお兄さんが羨ましいと思う…
背中に隠れて、自分から身を隠して、周りから見られる事を嫌った、幼い頃の彼を…何の葛藤も、苦労もする事なく、独り占めする事が出来たんだ。
強くなった彼は、俺の背中に隠れてはくれない…自由に動いて、自由に感じて、自由に思って、自由に俺以外を愛するんだ。
繋ぎ留めようとすればきっと上手く行かないって…経験上、分かっている。
だから、好きにさせるけど、正直…辛いんだよ。
嫉妬で身を焦がして、自分の嫌な面ばかり見えて、どんどんお前が遠く、離れて行くような気がして、感情が抑えられない。
随分前…彼に言われた言葉を思い出す。
カマチョのクソガキ…
「ふふっ…」
ひとり思い出して笑うと、腕の中で彼も笑って…俺の胸を優しく撫でた。
こんな穏やかで、静かな彼を知っているのは俺だけ。
俺だけだ…
#シロ
「シロ…朝だよ。」
知ってる…でも、それが早いのも知ってる…
オレは頑張って重い瞼を開くと、薄目をあけて目の前の桜二に手を伸ばした。
「桜餅ちゃん…」
彼をそう呼んで、彼に嫌な顔をされないのは…オレだけだよ?ふふ…
「なぁに…?」
そう言ってオレを見下ろすと、優しく目を細めて微笑みかけてくれる。
この人の傍に居て、この人に触れていると、この人しかいないって思うのに…
勇吾に会うと、彼に夢中になってしまう。
依冬は嫌がっていたのに…オレは、彼も裏切って…勇吾の事を大切にしてる。
人はこれを浮気と呼んでる。
オレは勇吾と浮気をしてる…浮ついた気持ちと書いて…浮気。
「抱っこして…?」
そう言って彼の肩に手を置いて、オレを抱きかかえてくれる彼の背中に滑らせてしがみ付く。
ユサッと揺さぶられて、リビングまで連れて言って貰うと、ソファに優しく降ろしてもらう。
窓の外を眺めて、見晴らしの良い高い空を見上げる。
「桜二?今日は雲一つない晴天だね?」
オレがそう言うと、彼も窓を覗いて空を見上げた。
…可愛い。
「本当だね…青空だ。」
ふふっ!
いつもピリッと決めた素敵な彼も…寝起きだと髪の毛がぐちゃぐちゃだ…
それが…とっても好き。
オレしか知らない、彼の隙が好きなんだ。エプロンを付けて料理をする姿もそうだよ?
「今日は卵焼き、上手に焼けたんだよ…全部シロが食べて良いよ?」
「やった~!」
両手を上げて喜ぶと、そのままソファに寝転がって、天井を見つめる。
「あっ!」
急いでリュックの中から紙袋を取り出すと、駆け寄って桜二の腰にしがみ付いた。
後ろから前に手を伸ばして、彼の目の前に出して言った。
「はい、これは桜二にだよ?」
昨日行った水族館で買った…彼へのお土産。
1番悩んで買った…1番高いやつ。ふふっ!
「わぁ…何かな…?」
そう言ってオレの腕ごと掴むと、クスクス笑うオレを無視して、紙袋をピリッと破いて、中を覗き込んだ。
「…ふふっ、シロ、これは何の生き物?」
そう言って背中に視線を向けて桜二が聞いて来るから、オレは彼の脇の下から前を覗き込んで教えてあげる。
「…それはね、チンアナゴだよ?みんなニョキニョキしてて、水族館の生き物の中で1番可愛かったんだ。だから、1番の桜二にあげる。しかも、それはペアなんだよ?」
脇の下をくぐって彼の腕の中に入ると、袋を開けて、中身を取り出して手のひらに乗せて見せた。
「桜二はどっちがいい?」
それは笑っちゃうくらい変な…チンアナゴのペアストラップ。体の凹凸がピッタリとハマって、ハートになるんだ…ロマンティックだろ?ふふっ!
「じゃあ…俺はピンクの、縞々の、チンアナゴにする…」
そう言ってオレの手のひらから指でつまんで持ち上げた。
オレは手のひらに残った青い点々模様のチンアナゴを見つめる。
「じゃあ…こっちはオレのだね?」
ギュッと手の中に握って、桜二を見上げると、オレを見下ろして優しいキスをくれた。
「大切にするよ。」
ふふっ!良かった!
オレは彼から離れると、クルッと回ってダイニングテーブルに腰かける。
目の前に置かれた卵焼きを見て、悶絶しながら体を震わせて喜ぶ。
「ん~~~!美味しそう!桜二の卵焼き、大好き~~!」
両手を合わせて、彼と一緒に朝ご飯を食べる。
もうすぐ彼は普通に働き始める…
療養と在宅ワークを経て、晴れて職場復帰となるんだ…めでたいね…
こんな風に、朝ご飯を一緒に食べられる事も…無くなるのかな。
お箸で摘まみ上げた卵焼きをまじまじと眺めて、美しくミルフィーユ状に巻かれた中身を確認する。今日はいつもよりも薄く、いつもよりも多く巻いてある!
歯を立ててかじると、サクッと音がしそうなくらい…歯ごたえのある卵焼きなんだ。
「はぁはぁ…美味しい…これは、商売に出来そうな…食感だぁ。」
オレがそう言ってべた褒めしても、彼は表情一つ変えずにお米を口に入れてる。
ふふっ!可愛い!
これは怒ってる訳じゃないんだよ?彼はもともと表情が乏しいんだ。
でも、目を見たら大体の事が分かる。
今はとっても穏やかな瞳をしてるから…穏やかな気持ちなんだ。
だから、オレは彼を可愛いって思ったんだよ?
目の前の彼に、にっこりと笑って話しかける。
「桜二?後でお散歩に行こう?」
こんな風に…のんびり過ごせる事も…無くなるのかな。
「良いよ。」
そう言って微笑む…彼と、離れたくないんだ。
朝食を済ませて、身だしなみを整えると、桜二と手を繋いで散歩へ出かける。
「見て?紅葉してる。桜二、見て?」
オレがそう言って指を差すと、顔を上げて赤く紅葉して舞い落ちるもみじを見つめた。
落ち葉の絨毯が敷き詰められた足元を、滑らない様に慎重に歩いて、銀杏の木の傍で顔をしかめる。
「くさ~い…」
そのまま急ぎ足で通り過ぎると、ベンチに腰かけて池を眺める。
「何か飲み物を買ってくるよ…ここで待っててね?」
そう言うと、桜二はそそくさと遠くに見えるワゴンに買い出しに出かけた。
空気が澄んだ11月の青空。
風は肌寒いけど、日が当たって丁度良い。
両手を伸ばして伸びをすると、体を横に倒して脇の下をストレッチした。
池の側で、子供がはしゃいで遊んでる。その隣で…絵を描いてる人がいる。
地面の匂いを嗅ぎながら、茶色のフワフワな犬が飼い主を引っ張って目の前を通り過ぎて行くのを目で見送って、向こうから戻って来る桜二を見つめる。
兄ちゃん…
「シロ…紅茶しか売ってなかった。」
「良いの、紅茶、好きだもん…」
オレがそう言って手を伸ばすと、熱いからと制して隣に座った。
ピンクの点々が…上から降ってきて、兄ちゃんの頭の上に落ちた。
フーフーと息を吹きかけて、コップの中に出来る兄ちゃんの息の波紋を見つめる。
「兄ちゃん…もう、シロから離れないで…」
オレがそう言うと、兄ちゃんは悲しそうな顔をして言った…
「ごめんね…」
頭に包帯を巻いたオレは…グルグルのブラックホールを目の奥に作って、兄ちゃんをじっと見つめた。
女に会いに行く兄ちゃんを引き留める為に、自分の頭を壁にぶつけて…救急車で運ばれた。
入院した病院の中庭で…兄ちゃんと舞い散る桜の花を眺めていたんだ。
「あぁ…もう葉桜になって…でも、兄ちゃんは葉桜の方が好きだよ。」
そう言って桜の木を見上げる兄ちゃんを見つめて、首を傾げた。
今まで、疑問に思った事も、不安に感じた事も無かった。
この人が自分から離れて行ってしまう恐怖なんて、感じた事が無かった。
経験して分かった。
オレはこんな思いを、もう二度としたくない。
少し冷めた紅茶をオレの手に持たせると、兄ちゃんはオレの頭に巻かれた包帯を撫でて言った。
「早く…良くなりますように…」
悲しい声で、沈んだ表情をして、オレの包帯を何度も撫でて、涙を落とした。
その涙の意味なんて分かる訳も無くて、ただ…出来てしまったグルグルのブラックホールのしまい方が分からなくて…持て余した。
真っ暗な闇が目の前で渦巻いて、引き込まれて行きそうな意識を、兄ちゃんが必死に繋ぎ留めてる。
でも、どうでも良くなってしまったのか…あんなに幼い頃から、ずっと、固く結んでいた筈の手を、オレが握るのを止めてしまったから、ズルズルと引っ張られて、どんどん、兄ちゃんから離れて行く。
それを止める事もしないで、暗闇に引っ張られる恐怖も、兄ちゃんから離れてしまう焦りも何も感じないで…
ただ、もう、どうでも良くなってしまって、全身の力を抜いて闇を受け入れた。
今までの一切合切が…あまりに理不尽で、もう…嫌になったんだ…
どうして自分が殴られなければいけないのか。
どうして自分が男の相手をしなければいけないのか。
どうして兄ちゃんはオレを抱いたのか。
どうして、愛してるって言ったのに、オレを置いて女の所へ行ったのか…
理由が分からなくて、理解する事を止めて、狂った。
狂う事で、この理不尽から…自分を守ったんだ。
「兄ちゃん…もう、シロから離れないで…」
隣の兄ちゃんを見つめて、何度言ったのか分からない言葉を、意味も込めずに口からこぼすと、こみ上げた様に兄ちゃんがオレを強く抱きしめて言った。
「シロ…ごめんね…ごめんね…ごめんね…!」
消え入りそうな悲しい声で兄ちゃんが何度も、オレに謝った…
兄ちゃんの何もかもが心まで届かなくて、虚無感をひたすら味わった。
自分の価値も、存在意味も、無くした。
自分を守るために作ったブラックホールに、全て吸い込まれてしまった。
「何してんだよ…」
警戒した様な桜二の低い声に、我に返って、飛んだ意識から戻って来る。
いつの間にか目の前に男の人がしゃがみ込んで、凄い速さでスケッチブックに何かを描いてる姿を見つめて…首を傾げる。
桜二の問いかけにも答えずに、一心不乱にオレを見てはスケッチブックに目を落として手を動かしている。
「あなたは誰…?」
オレが虚ろにそう尋ねると、彼は顔を上げて言った。
「大塚です。見ての通り、ただの絵かきです。あなたがあまりに凄い表情をしていたから、つい夢中で描いてしまいました。」
凄い表情…?ふふ。あんまりだ。
オレは両手を口に当てると、クスクス笑って言った。
「見せて?」
その人のスケッチブックを覗き込んで、彼の捉えた“凄い表情”を見た。
そこには…目を見開いているのに、虚ろな表情をした自分が描かれていて、初めて見た自分の表情に、ショックを受けて…桜二を見上げて言った。
「オレって、こんな顔してるの?不気味~」
彼は眉毛を下げると、首を横に振ってオレの髪を撫でた。
それは不気味じゃないって事なのか…こんな表情をしていないって事なのか…どちらかは分からないけど、オレの怖がった気持ちに、大丈夫と言ってる様に見えた。
「不気味じゃない。全然不気味じゃない。これは…儚い表情だ。」
その人はそう言うと、オレの目の前に鉛筆を立てて、添わせた親指で、鉛筆の上をなぞって言った。
「バランスが良い!」
「ぷぷっ!」
変な人と変なタイミングで知り合いになった。
大塚さんは、絵描きさんで、オレの意識が飛んでる時の顔を…儚いって言って、オレのしょぼい顔を、バランスが良いと言って誉めてくれた。ふふっ。警戒心を全開にした桜二は、オレが褒められた事が嬉しかったのか、彼の事を拒絶しなかった。
「近所だからたまに来て、練習がてら、公園に集まる人を描いてるんだよ?」
ベンチにきゅうきゅうに3人並んで座って、下らないおしゃべりをしてる。
桜二が彼の話を食い気味に聞いているのが、不思議だった。
「意外だ。絵描きにも“練習”なんてあるの?」
オレが驚いて聞くと、彼は笑って答えた。
「あるよ。絵は特に…自由であるが故に、厳しくしないとどんどん目が腐っていくんだ。」
へぇ…
オレは隣の桜二の顔を見上げて言った。
「びっくりだ!この人の方が、昨日のアイドルよりもよっぽどストイックだ!ふふっ!」
オレの言葉に、大塚さんは首を傾げて言った。
「シロ君?絵はね、想像で描いて良い部分と、そうじゃない部分があるんだ。例えば…君の腕の細さ…これは実際君を見ないと分からない事だろ。ここからここまでの長さ、ここからここまでの太さ。これがアバウトだと…君じゃなくなる。君を描きたかったら、君を見ないといけない。君を全て知った上で、やっと君が描けるんだ。」
ふぅん…
「…絵の中にモデルのパーソナリティーが影響する事なんて、あるんですか?」
桜二が不思議そうに首を傾げて、大塚さんに質問してる。
オレにはこっちの方が不思議だよ…ふふ。
だって、彼はとっても絵に興味があるみたいなんだ。
「ありますよ。柔らかい人なら柔らかい仕上がりになるし、荒々しい人なら、荒々しいタッチの仕上がりになる。一目見て、その人がどんな人なのか分かるような絵を描けて一人前だと思ってます。使うキャンバスも、使う画材も、使う色だって…表現する方法や色の塗り方、光の落とし方…全てその人を表現する材料にするんです。」
ボサボサの頭で不精髭を生やした風貌からは想像できない、知的な会話だ。
「へぇ~…」
散々聞いておいて…その一言の感嘆の言葉で済ませる桜二に吹き出して笑う。
「なぁんだ、桜二は絵に興味があるの?」
彼の顔を覗き込んでオレがそう言うと、彼は不思議そうな顔のまま言った。
「シロを描いてほしい。そしたら俺はその絵を買いたい。」
実物が傍に居るのに…変な事を言うんだな。
オレは頬を膨らませると彼に言った。
「なぁんだ!オレが目の前にいるのに、そんなの必要無いだろ?」
全く、失礼な話だよ?
「違う。シロを表現して欲しいんだ。複雑で単純な色をしていない、お前を表現して欲しい。」
桜二がそう言うと、大塚さんがオレの顔を覗き込んで言った。
「こうやって見ると普通に見える人も、絵に描こうとすると複雑だって…思い知る事がよくあるんだよ。あの親子だって、子供を見つめる母親の瞳を、再現するのは簡単な事じゃない。群を抜いて…君は複雑だ。だから、さっき、描く事を止められなかった。儚さを纏った君が、とっても美しかった。」
へへっ!
オレは鼻で笑うと、大塚さんをけん制する様に言った。
「オレを口説くと桜二が怒るよ?彼はとっても焼きもち焼きの、クソガキだからね?ね~?」
そう言って桜二を振り返ると、彼は何度も頷きながらウルウルと瞳を潤ませてる。
は~?
そしてポツリと感嘆の言葉をつぶやいた。
「その通りだ…!」
すっかり画家の商法に嵌った桜二は、大塚さんの個展の案内を貰って、帰り道の道中、ホクホクしながらオレに言った。
「あぁ、シロ?凄い人に会ったね…?」
そうか?
オレは首を傾げると桜二を見上げて言った。
「勇吾の方が凄い人だよ?彼は向こうで演出家をしていて…バレエの公演で何かの賞を貰うみたいだ。夏子さんがそう言ってた。それに、昨日、うちの店が貸し切りになったのだって、彼の鶴の一声らしいし、銭ゲバの支配人が首を縦に振るくらいのお金が動いたんだ。それって凄くない?」
彼はオレの顔を見下ろして首を傾げると、興味なさげに言った。
「さあね…」
…もう
桜二と手を繋いで、落ち葉の上をジャンプする。
肌寒い風が吹いたら彼の体に寄り添って、風よけになってもらう。
何も話さなくても、何も無理しなくても、傍に居る事が当たり前になっていく。
まるで兄ちゃんとオレみたいに…一緒に居る事が当たり前になっていく。
兄ちゃんと桜二の違いは…オレが彼を裏切っているという事。
オレは自分が兄ちゃんにされた様に…彼を騙して、彼に隠して、彼から逃げて、彼を置いて行くんだ…最低だよね。
だからかな…桜二と居ると胸が痛くなって…苦しくなる。
まるで…自分を見ている様で、悲しくなって苦しくなってくる…
「あ…あれ、勇吾じゃない?」
桜二のマンションのエントランス前で、携帯を片手に佇んでいる美系を発見する。
そんなオレの言葉に、桜二はオレの手を離した。
もう…
それが嫌で、彼の腕を掴むと、絡めて胸の前で抱きしめて言った。
「何で離すんだよ…離さないでよ!絶対、離さないでよ!離して良いって言うまで、ずっとこのまま離さないでよ!」
オレがプリプリ怒ってそう言うと、彼はオレを見つめて言った。
「…分かったよ。」
眉を下げて微笑む彼の顔に、いつもと変わらないあったかさを感じて胸が痛い。
そう…彼はオレにだけ優しい。
オレにだけ…あったかいんだ。
そんな人を裏切ってる…そんな大切な人を裏切ってる。
オレと桜二を見つけると、勇吾が近づきながら言った。
「シロ~!どこ行ってたの?桜ちゃんに電話したんだけど、全然、出てくれないんだ。酷いだろ?お前からも言ってよ。」
ふふ…彼はツンデレの“ツン”でやって来た。
そらそうか…
桜二の前だもん…“デレ”の部分でなんて来れないよね…
口調も態度も、“ツンデレのツン”な彼は、オレを見つめる瞳だけ…“デレ”にして、優しく微笑みかけると、桜二を見てにっこりと微笑んだ。
オレは桜二の腕を抱いたまま、彼と手を繋ぐと、にっこり笑って言った。
「ふふ。桜二はきっと気が付かなかったんだ。だって、散歩の途中、面白い人に会って、彼は夢中で話を聞いていたからね…」
そう言って桜二を見上げると、彼は何も答えないで、不満そうに顔を反らした…
あぁ…
「…そうなの?」
勇吾がそう言ってオレの顔を覗き込んで来るから、ニッコリと笑って教えてあげる。
「そうだよ。画家の大先生と知り合いになったんだ。ね?桜二?」
オレは再び桜二を見上げると、彼の腕をチョンと引っ張って聞いた。
「さあね…」
彼はつれなく、そう答えるだけだった…
3人並んで、エレベーターに乗って、桜二の部屋へと向かう。
「シロたん?今日は銀座に行こう?」
そんな勇吾の遊びのお誘いにも、桜二の腕越しに伝わって来る冷たいイライラのエネルギーを感じて、オレは首を傾げると言った。
「ん、どうしよっかな…?」
「銀座で何か買ってあげるよ?」
勇吾はそう言うと、オレと繋いだ手をブンブン振って桜二に見せつける。
もう…この人も、血の気が多いんだ…
桜二はそれを見下ろしながら、眉を顰めると、ぶっきらぼうに言った。
「…行くの?別に…好きにすれば良いよ。俺は家でシロが見たいって言って借りたのに全然見なかったDVDを見るから…もう3日も延滞してるんだ。早く返さないと…。」
あぁ…もう…
俺は桜二の腕にスリスリしながら言った。
「桜二も一緒に行こう?」
「え~~!」
勇吾がジタバタ抗議する中、オレは桜二だけ見つめて言った。
「ね?桜二も一緒に行こう?」
彼は神妙な面持ちでオレを見つめると、深いため息を付きながら首を横に振って、部屋のカギを開いた。
「シロ…俺はアッシー君じゃないんだよ。行きたかったらタクシーで行きな…」
桜二の放ったひと言に、酷く傷ついてオレはすぐに言い返した。
「そんな風に思って無いよ…!」
酷い。
そんな事…言うと思わなかった…
涙がポロポロ落ちて、桜二の腕を離すと勇吾と繋いだ手も離した。
「…勇吾、どこにも行かない…」
オレはそう言うと、靴を脱いで、寝室に向かった。
悲しくて、涙がボロボロと溢れて、酷い顔をしながら寝室に立てこもる。
「あっああ…あっああ~ん!うっう…うっうう…」
桜二が付けた内鍵を付けて、ベッドに突っ伏して泣きわめく。
桜二がオレに酷い事を言った…オレに酷い事を言ったぁ…!
それが酷く悲しくて…泣いた。
「シロ…悪かった…ここを開けて?」
ドアの向こうから、桜二がいつもの優しい声でそう言うけど…オレは鍵を開けなかった。
何も言わないでベッドに突っ伏したまま、溢れる涙を垂れ流した。
あの桜二が…オレに、酷い事を言った…!
プレイバックする様に、何度も何度もあの時の彼の表情が、彼の声が、頭の中に再生されて…胸が苦しくなっていく。
ガラガラ…
ベランダの窓が開いて、桜二がベランダから寝室に侵入して来た。
「シロ…ごめんね…どうかしていたよ。」
そう言って謝る彼に何も言えないで、ベッドに突っ伏したまま涙を流す。
桜二も一緒に行こうって思っただけなのに…彼は自分を足に使われてるって思ったんだ…
オレは体を起こしてベッドから降りると、寝室を出た。
そのままリビングのテレビの前に行くと、借りたままのDVDをセットして再生する。
「シロ…」
そう言ってオレを見つめる彼を無視して、見たいと言って借りた癖に全然見ていなかったDVDをテレビの前に座って黙って見る。
涙のせいでぼやけて良く見えないけど、鼻をすすりながら見ていると、隣に桜二が座って言った。
「ごめん…ごめん…酷い事を言った。シロ…ごめんなさい…」
オレの体に寄り添って、そう言ってくるけど…
オレはあの時の桜二の顔も、声も忘れられなくて、ただ黙って、映画の中で起こる事に集中して、彼の言葉も、体のぬくもりも、全て拒絶した。
DVDを見終わると、デッキから取り出して、レンタルの袋に戻して、それを手に持って、玄関へ向かう。
「シロ…待って…俺がしておくから…悪かったよ…」
彼がそう言って止めるのも無視して、オレは1人レンタルの袋を手に持って彼の部屋を出た。
…なんだよ。
あんなに嫌味っぽく言ったんだ…オレが全部、自分でやれば良いんだろ…!
車での移動だって、頼んでる訳じゃないのに…勝手に桜二がしていたのに…!
ちっさい男!
ケチくそで、ちっさい男!
「延滞料金…3000円です。」
「…は?」
そんなに掛かるの?信じられない!
オレは渋々お財布から3000円を取り出すと、恨めしい顔をしながらレンタル店の店員さんに渡した。
…もう、一生借りない…!
そのまま来た道を戻る途中、しょんぼりと背中を丸める美系の彼を発見した。
「勇吾!」
オレは彼に声を掛けると走って近づいた。
彼はオレを見つけると、途端に元気になって言った。
「シロ~~!」
そう言ってオレを持ち上げると、グルグルと回して、ギュッと抱きしめた。
「ねえ、見て?オレ達、ペアルックだよ?」
オレがそう言ってクスクス笑うと、彼もクスクス笑った。
さっき気が付いたけど、桜二が…ちっさい桜二が怒りだすと思って、言えなかったんだ…。
「シロが気に入ってるから…俺も着て来たんだよ…でも、大丈夫なの?ここで何してたの?」
「ケチくそのちっさい男がグチグチ言うから…DVDを見て、延滞料金を支払って、返却して来た所なんだ…。勇吾はずっとここに居たの?可哀想…帰れば良かったのに…」
オレはそう言うと、彼の柔らかい髪をフワフワと撫でてあげた。
「シロ?お腹空いてない?」
「空いた~。」
「ご飯、一緒に食べよう?」
「わ~い!」
彼と手を繋いで、外履きのズッカケを履いたまま六本木ヒルズから出ると、タクシーを停めた。
「シロ…どこ行くの?」
名前を呼ばれて振り返ると、路駐したばかりの依冬がオレを見て首を傾げていた。
「依冬…」
…どうせお前もプリプリ怒って…オレに酷い事言うんだろ…
くッと唇をかみしめて彼を見つめると、顔を反らして言った。
「知らな~い!」
そそくさと勇吾より先にタクシーに乗り込むと、運転手に行き先を告げた。
「リッツホテルまで…」
そう、それは彼が宿泊しているホテル。
ここから目と鼻の先にあるホテルまで…タクシーで行く。フン…
「シロたん?何、食べる~?」
彼の部屋に到着してズッカケを放り脱ぐと、勇吾がそう言って差すルームサービスのメニューを見て仰天した。
「なぁんで、こんなに高いんだよ!」
すぐさま床に叩きつけて、ゴロンとベッドに寝転がった。
こんなんだったら…銀座のうなぎ屋に行った方がまだマシだ…
勇吾はメニューを拾ってオレの隣に座ると言った。
「勇ちゃんはワインを一本頼もうかな…、後は…チーズの盛り合わせと…シロは?」
「要らない…。オレはコンビニのパンで良い。」
天井を見上げて口を尖らせると、勇吾はクスクス笑ってオレの唇を指先で突いて言った。
「シロ?パスタと…お肉なら?」
「お肉。」
「じゃあ…お肉と、ドリアなら?」
「お肉。」
「ふふっ!じゃあ…お肉と、魚なら?あぁ…これは、愚問か。」
勇吾はそう言うと、部屋に備え付けの受話器を取ってルームサービスを注文し始めた。
ピンクのトレーナーを着た彼の背中を見つめながら、ブラブラと足を揺らした。
依冬…何しに来たんだろう…?
どうせ…“ケチ・くさ男”が呼んだんだ…
あぁ~!シロが怒っちゃった~!依冬~、助けて~!って…“ケチ・くさ男”が呼んだんだ!
…勇吾と逃避行する所を、彼氏に見られてしまった。
「あ~あ…依冬に見られた。きっと怒る…。勇吾と一緒に居ると…みんな、怒る。」
オレはそう言って、オレの上に覆い被さって来る彼を抱きしめた。
「シロは?シロは俺と居るの…嫌?」
嫌?
嫌な訳無い…
「嫌じゃない…だって、好きなんだ…」
オレはそう言うと、垂れ下がる彼の美しい髪を撫で上げた。
オレを見下ろすキラキラした瞳は…半開きじゃない。全開だ…
「シロ、キスしても良い?」
「良いよ?」
体を起こして、いやらしく舌を出すと、彼の唇を舐めて口の中に入って行く。
熱い吐息を漏らしながら、求め合う様にお互いの舌を吸って、絡め合う。
あぁ…気持ちいい…
彼の肩に両手を這わせると、背中を撫で下ろして行く。腰まで下げた手をトレーナーの中に入れて、今度は撫で上げて行く。
「ふふ…シロの手はエッチな動きをするね…?ゾクゾクする…」
勇吾はそう言うとオレの股間に腰を押し付けて、ゆるゆると動かし始める。
彼のトレーナーを中途半端に脱がせて覆い被さると、彼の胸に優しくキスしていく。
「シロたん…顔が…顔が隠れて見えないから…」
勇吾はそう言うと、自分のトレーナーを凄い速さで脱いで、オレのトレーナーも脱がそうとする。
咄嗟に彼の手を掴むと、グイッと上に持ち上げて上からベッドに押さえつけた。
「ん~~?何これ…?」
半開きの瞳でそう言って困惑する勇吾を見つめながら、うっとりと彼の唇にキスする。
「んふふ…だぁめぇ…勇吾は触ったらダメなんだ…」
彼の頬に頬ずりしながらそう言うと、腰を彼の股間に擦り付けながら乳首を舐めてあげる。
「あぁ…シロ、可愛い…」
舌の先で転がして、ねっとりと舐めてあげると、勇吾の乳首は気持ちよさそうに立って行く。
「ねえ?シロのさせてよ…」
「だぁめぇ…ふふッ!」
オレはそう言うと、彼の乳首を口に入れて、ズボンの上から彼のモノを撫でてあげる。
勇吾の手がオレの髪を優しく撫でて、もう片方の手がオレの頬を撫でる。
そのまま顔を持ち上げられて、彼の唇とキスをすると、押し倒されて体がベッドに沈んでいく。
彼のズボンのチャックを開いて、彼のモノを撫でて扱くと、キスした口端から吐息が漏れて行く。
可愛い…
快感に歪んだ彼の美しい顔を眺めて、一緒に気持ち良くなっていく。
「勇吾…?気持ちい?」
「ふふ…あぁ…気持ちいい…シロに挿れたら、もっと気持ち良いのに…」
彼はそう言ってオレの首筋を舐めると、オレのズボンに手をかけてずり下げて行く。
「…んふふ!あっはは!」
ピンポーン…
室内のインターフォンが鳴って、コンコンとノックの音がした。
「あ、お肉が来た?」
惚けた彼にそう聞くと、勇吾は大きなため息をついてオレにキスをして言った。
「来た来た…」
ズボンを直して上半身裸の彼が部屋の入口へ向かう中、オレはベッドから降りて窓から外を眺めた。
桜二…今頃、どうしてるのかな…
勇吾と逃げたって…依冬は報告したのかな…?
依冬はオレの事…浮気者だって…怒ったかな…?
「はぁ…」
#依冬
桜二に呼ばれて、六本木ヒルズ近くの良い場所に路上駐車した。ここならシロに見つからない。そう思ったちょうどその時、シロが勇吾さんと手を繋いでやって来た。
「ヤバ…路駐を怒られる…。ん?あのズッカケ…桜二のじゃん。あんなの履いたまま、何してんだろ?」
1人そう呟いて、急いで車から降りると彼に声を掛けた。
「シロ…どこ行くの?」
「依冬…」
俺と目が合ったシロは、悔しそうに唇を嚙みしめると顔を反らして言った。
「知らな~い!」
そしてそのままあの人が止めたタクシーに乗り込んで行く。
「シロ…待って…!」
俺がそう言って駆け寄ると、勇吾さんがジロリと俺を睨んで言った。
「やめて。」
は?
彼は涼しい顔でタクシーに乗り込むと、シロを連れて行ってしまった…
は…?
桜二から電話で言われたんだ…シロが怒って…俺と一緒に居たくないみたいだ、って…だからお前の家に泊めてあげてくれって、そう言われたから来たのに…
立ち去ったタクシーを見送ったまま呆然と立ち尽くす…
「何があったんだよ…全く…」
ポツリとそう呟くと、踵を返して桜二の部屋へ向かった。
歩く歩幅が自然と広くなって、顔が険しくなっていく…
ピンポーン…
インターホン越しの彼は…弱々しい焦り声で言った。
「シロ?」
「俺だよ…」
彼の狼狽した様子から、何かをして…シロを怒らせたと言う事は容易に想像がついた…
俺と喧嘩をしたって…あんなに怒る事は無い…ムスッとふくれっ面をしたとしても、離れて行こうなんて思わないし、そんな風になった事は無い…
食べ物の事で喧嘩をしたってだ。
俺が怒ったとしても、彼はしょんぼりしながら付いて来るだけ…
何したんだよ…一体…!
あいつにさらわれたなんて…言っても平気なのか…?
シロがこの前言った言葉を思い出す。
「遊びなら良いって…桜二が言ったよ?」
お前の、余裕をぶちかましたその一言が…事態を混乱させてるんだよ?
そもそもそんなに器用じゃないシロに…”遊び”も”本気”も使い分けられる訳が無いんだ。そんな事、分かりきっている筈なのに…
やけに大人な対応をして…余裕を見せたのは、自分の為なのか?それとも…彼の為なのか?
ハッキリ聞かせて貰おうじゃないか…
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