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第19話

昨日、彼はルームサービスでワインを1本頼んで、開ける前にオレが依冬に呼び出された。 彼の部屋にはその残骸の…空になったワインの瓶が転がっている… 「勇吾?昨日、夜から仕事だったんでしょ?…寝た方が良いよ?」 オレの手を繋いだまま離さない彼にそう言うと、彼は後ろを振り返って言った。 「良いの…せっかくシロと居れるんだから…寝なくても良いの…」 悲しそうに瞳を歪めると、勇吾はオレを抱きしめて言った。 「シロ…連絡先、教えて…?」 え… だめだよ… 「ん…無理、依冬が怒るから…無理だよ…」 オレがそう言ってモジモジしていると、勇吾はオレのお尻のぽっけから携帯電話を取り出して、勝手に連絡先を調べ始めた。 「あッ!だめだよ…勇吾…もう!」 オレは彼の背中をバシバシ叩いて、携帯を取り返そうと手を伸ばした。 「ん~、何だ長いメールアドレスだな…覚えられないよ…」 勇吾はそう言いながらオレの攻撃をひらりひらりとかわすと、自分の携帯を取り出して連絡先が表示された画面を写真で撮った。 「あ~~ん!怒られちゃう!怒られちゃう!」 オレはそう言うと床に突っ伏して泣いた。 この人は…オレの言う事を、全然、聞いてくれない…! オレは嫌だって言ったのに…全然、言う事を聞いてくれないんだ… 「何これ…このストラップは、チンアナゴだね?」 そう言ってしゃがみ込むと、オレの髪の毛を撫でて聞いて来た。 「まるでペアみたいに変な形をしてる…もう片方は誰が持ってるの?」 「桜二だよ!馬鹿!勇吾なんて…大っ嫌いだ!」 彼の手から携帯を奪取すると、オレは勇吾の頭を思いきり引っ叩いて言った。 「ダメだって言ってるのに連れて来て、ダメだって言ってるのに携帯の連絡先を勝手に見て、何で勇吾はオレの言う事聞いてくれないの!もう…やだ!」 「だって…シロ。俺は、帰らなくちゃいけないから…」 叩かれて乱れた髪を直す事もしないでそう言うと、彼はオレを上目遣いに見て言った。 「…必死なんだよ…」 帰る… そうだ…勇吾は、イギリスに帰るんだ… 携帯電話をしまうと、床に膝を着いて勇吾の髪を直してあげた。ついでに…引っ叩いてしまった頭も撫でて抱きしめて言った。 「人の嫌がる事はしちゃダメだよ…ね?」 彼はただ黙ってじっとしてる。 その様子に…もしかしたら、酔ってるのかもしれない。…と、思い始める。 じゃなかったらベランダの下から叫んだりしない。 「勇吾?…眠いんじゃない?」 オレはそう言うと、首を横に振る彼をベッドに寝かせてあげる。 「靴も脱いで…靴下も脱いで…布団をかけて…はい、お休み…」 そう言ってお腹の上をポンポンと叩いて寝かしつけてあげる。 彼はじっとオレを見つめたまま好きにさせてる… なんだ…まだ寝ないの? 寝た瞬間、携帯からあの写真を消して、この部屋を立ち去りたいのに… 勇吾はそっと布団の中から手を出すとオレの髪を撫でて言った。 「シロ…愛してるよ…」 え… それがあまりにも自然で、声の調子も彼の表情も…全てが一致した…“愛してる”で、オレは彼の目を見つめたまま体の動きが止まってしまった。 「…そう」 オレはそう言って首を傾げると、勇吾に言った。 「…酔ってるの?」 ふふっと鼻で笑うと、勇吾はオレをベッドの中に引きずり込んで抱きかかえる。 「勇吾…ダメだよ!」 オレはそう言って怒った顔をしてけん制する。 彼はそれを見つめたまま、何も言わないで半開きの瞳を細めた。 じっと見つめ合って膠着状態を続けると、彼の甘い香りが布団の中にいっぱい広がっていく。 「良い匂い…」 オレがそう言って鼻をクンクンすると、オレの鼻をチョンと触って勇吾が微笑んだ。 可愛い… 「勇吾?これ以上、桜二と喧嘩したくないんだ…だから、もう…」 オレがそう言うと、彼はそっとオレの唇を舐めて言った。 「シロ…勇ちゃんに、何して欲しいの?」 あぁ…もう… 色っぽく色づいた彼の瞳を見つめたまま何も言えないで固まると、彼はオレを見つめて悲しそうに瞳を歪める。 「…手を…離して欲しい。」 オレはそう言うと、勇吾の唇にキスして彼の体に抱き付いて行く。 温かくて、良い匂いのする彼の体に…そっと自分の体を付けて抱きしめる。 「勇吾…愛してるよ…」 ダメだけど…分かってるけど、この人を拒絶するなんて…オレには出来ない。 だって…好きなんだ。 オレの言葉に反応する様に、オレを抱きしめる彼の両腕に体がしなる程、強く力がこもった。 オレのTシャツを捲り上げると、貪りつく様にオレの体にキスを落としていく。 そんな彼の柔らかい髪に指を立てて手櫛を通しながら、体が感じる快感に顔を仰け反らせて、開いた口から小さく喘ぎ声を漏らす。 オレが勇吾に取られたら…桜二は悲しくて死ぬって言っていた… オレは、ウサギよりもクソな人間は…悲しいくらいじゃ死なないって彼に言った。 そうしたら、桜二は…自分が意識不明のまま死んだらどうしたか…?と聞いて来た。 オレは、悲しくて…人のいない所で死ぬと言った… そうしたら、彼は…じゃあ、俺も同じだと言った。 「勇吾…気持ちい…はぁはぁ…キスして…愛して…もっと、甘くして…」 彼の首に両手を絡ませて自分に引き寄せて、甘くて濃厚なキスをあげる。 勇吾の美しい手がオレの胸を撫でて、彼の半開きの瞳がオレを見つめて、愛おしそうに愛撫の全てに表情を付けていく。 その瞬間、瞬間が、いちいち素敵で…。 堪らなく、美しくて…頭がクラクラしてくる。 オレがどれだけ勇吾を好きになったとしても、心は目に見えない。 言わなければバレなくて… 心の移ろいも、隠してしまえば…バレないんだ… 「シロ…おいで」 そう言って自分のズボンを脱いで裸になった彼にゆっくりと覆い被さって行くと、彼のモノを口に入れて、丁寧に、気持ち良くなる様に、扱いてあげる。 快感に体を仰け反らせる愛する人を見つめながら、背徳心と罪悪感を忘れて…ただ夢中になって、彼を快感に突き落としていく。 「あぁ…シロ、ダメだ…イッちゃいそう…」 ダメなんて言ったって…オレがダメって言っても止めてくれないんだ。 オレがやめる義理なんて無い。 ふふっ…そうだろ? 彼に門外不出の秘伝の奥義を使ってフェラチオすると、グングン硬くなってあっという間に限界を迎える。 本当にこの技は鉄板だな… 無駄に感心しながら彼を口の中でイカせると、ごくりと飲み込んで惚けた彼を見下ろす。 「勇吾?今度は勇吾が上手にやってみて?」 そう言って彼の体に覆い被さると、彼の美しい唇に舌を這わせて、彼の舌を絡ませて、彼の舌を吸って、彼の口を塞いでいく。 吐息すら官能的な彼を…独り占めにして、離さない。 脱ぎ捨てたズボンのポケットの中で携帯電話が振動して鳴っている… 「あ…」 オレは慌ててベッドから降りると、正座して電話に出た。 「もしもし?」 「シロ?起きてたね…今、何してるの?」 会っちゃダメな人と…激しくセックスしてる… 「ん~、ストレッチ…?」 オレがそう言うと、依冬は繁華街の騒音をBGMに届けながら言った。 「15:00位に一回戻るよ。書類の整理を家でやるから、その後、お店まで送ってあげる。何か買って行ってあげる。ねえ、何が食べたい?」 依冬… ごめんなさい… あなたはこんなに優しいのに…オレはあなたを裏切ってる… 「…ん?そうだな…抹茶ラテが…飲みたいよ。」 すっかり小さくなってしまった自分のモノを眺めながら、項垂れてそう言った。 「ふふッ!本当に好きだな…分かった。買っていくよ。じゃあ…後でね…愛してるよ。」 彼の変わらない声に、変わらない話方に、胸が痛くなって…言葉に詰まる。 「うん…オレも、依冬を愛してる…」 短くそう言って…通話を切ると、悲しくて涙が落ちていく。 「…勇吾…こんなに大事にしてもらってるのに…オレは彼らを裏切ってる…」 「シロ…おいで…」 勇吾がそう言ってオレをベッドに連れ戻すと、熱の冷めた体にそっと寄り添って優しくて甘いキスをくれる… 「…シロ、泣かないで…俺は、お前を…傷付けたい訳じゃないんだ…」 オレは涙を流しながら、そう言って瞳を歪めて悲しむ…美しい彼を見つめた。 オレの唇にチュッとキスして、胸に舌を這わせるとオレの中に指を入れて気持ち良くなる様に愛してくれる。 再び訪れた快感に体は素直に興奮して、付いて来ない頭を置いて行く… 「あっああ…勇吾、はぁはぁ…んんっ…ん…あっあん…」 彼の体にしがみ付きながら、下半身に与えられる快感を頭の中まで送って…真っ白になっていくのを躊躇しないで、彼の素肌と彼の匂いにどっぷりと溺れていく。 オレの足の間に勇吾が体を入れて、オレの中に彼のモノが入って来る。 「あっ…ああ、勇吾…気持ちい…」 「はぁはぁ…シロ…勇ちゃんって…言って…」 ふふ…バカなんだ… 快感に顔を歪めて…そんな事を言う彼の背中に両手を這わせて自分へ引き寄せて、ガッチリと抱きしめると、押し寄せる彼の腰の動きに体を仰け反らせる。 密着した体が紅潮していくみたいに熱くなって…目の前の彼の事だけを愛して、愛されて、満たされていく。 「あぁ…勇ちゃん…気持ちい…イッちゃう、イッちゃうよ…」 首を振って、両手で彼の腕に強く掴まって…高まっていく快感に抗う事なく彼と一緒に、気持ち良くなっていく。 「あぁ…シロ…勇ちゃんも、イッちゃいそう…」 「あっああ!勇ちゃん!はぁ…あっああん!」 彼の声に…彼の苦悶の表情に、頭の中がクラッとして…オレは腰を震わせて激しくイッてしまった。 そんなオレを見て、彼はオレの中でドクンと派手に暴れると、ドクドクと熱い精液を吐き出してイッた。 ぐったりと体に圧し掛かってくる彼を両手でギュッと抱きしめて言った。 「勇吾…電話はしないで…メールだけにして…絶対、守って…。じゃないと、すぐにバレちゃう…」 オレの言葉に彼はコクリと頷いて答えた… 果たして彼が言う事を聞くのか…オレには分らない。 でも、守ってもらわないと…もう、二度と会えなくなる… そんな気がした。 体を綺麗に洗って貰って、服を着なおして、ベッドに横に寝転がって両手でオレを呼ぶ彼に、添い寝してあげる。 「トントン…トントン…」 そう言って、お腹をポンポンと叩いていると、半開きの瞳が落ちていく。 ふふっ…可愛い…! 機嫌の悪い赤ちゃんみたいだ… 鼻歌を歌いながら、機嫌の悪い赤ちゃんを寝かしつけてあげる。 調子を取る様に彼のお腹をトントンと叩いて、瞼が4分の3閉じた虚ろな瞳を見つめて、おでこにキスをしてあげる。 「可愛いね…勇ちゃん…良い子だね?ねんねして…」 オレがそう言うと、口元を緩めてだらしなくニヤける。 こんな似合わない彼の下品な笑顔も、見慣れて来ると…可愛く見える。 寝息を立てて眠りについた彼をそのままにして、オレは彼の部屋を出た。 そのままタクシーに乗って依冬のマンションまで戻って来ると、衣服を洗濯機に入れて速攻で回して、シャワーを浴びて勇吾の甘い匂いを落とした。 乾燥の既に終わった服を畳みながら、日が傾き始めた15:00。宣言通りに依冬が帰って来た。 「お帰り~」 「あ…洗濯。昨日もしてくれてたね…へへ。ありがとう…」 だらしのない依冬はテヘヘッとはにかみ笑いすると、オレを抱きしめた。 「ん~~シロが家にいるの。久しぶりで…嬉しいな…」 そう言って抱きしめてくる彼の体の大きさに、さっきまで一緒に居た彼の体を重ねて、そっと手を伸ばすと彼の背中を撫でて言った。 「おっきいね…」 「ふふ…また、成長したのかな…?」 温かくて、肉厚で、強い体に…うっとりと、体を沈めて甘える。 「書類の整理?」 ダイニングテーブルに広げられた書類の束を、彼の背中から顔を覗かせて眺める。 「ほら…俺はだらしがないから…」 そう言って依冬が一枚一枚紙を眺める中、彼のダサい犬の描いてあるコップにコーヒーを入れてあげる。 「はい。どうぞ?」 オレがそう言って手渡すと、嬉しそうに受け取って…依冬はありがとうと言った。 彼が一生懸命書類を整理する中、オレはダイニングテーブルの椅子に腰かけて、コーヒーを両手に持ってその様子を眺めた。 「えっと…これは、いつのだっけ…」 そう言ったっきり、考え込んで斜め上を見ながら思い出そうとする彼を、笑いながら見つめる。 「桜二に連絡した?」 「…うん、朝、した…」 書類の整理も終わりかけた頃。依冬がそう言ってオレを見つめた。 オレは彼の瞳を見つめ返して、少しだけ笑うと言った。 「この前…発作が来たんだ。鼻血が出て…ビックリした。」 「いつ?」 ギョッとした顔をして依冬がそう聞いて来るから、オレは平気な振りをして言った。 「ちょっとしか出なかったから…そんなに大した事じゃないんだ。もしかしたら、ぶつけちゃったのかも知れないし。」 「…そう。もし、また次何かあったら…すぐに教えて…ね?」 「うん…分かった。」 人の心の中なんて…本当に見えないんだ。 オレが彼に隠し事をしている事も、勇吾を愛している事も、オレが言わなければ分からないんだ… このまま…彼がイギリスに戻るまで、オレさえ隠し通す事が出来れば、丸く収まるのかもしれない。 ポケットに入れた携帯がブルっと震えて、メールの着信を知らせる。 携帯を手に取って依冬の目の前で確認すると、見慣れないアドレスからのメッセージが届いた。 “どうして帰ったの…” あぁ…勇吾だ… 彼は約束通り…電話じゃなくてメールをくれた。 「誰から?」 「ん?楓…今日は噴水を見に行ったって…新しい彼氏はとっても良い人そうだ…」 オレはそう言うと、お昼に届いていた楓のメールに添付されていた“噴水の写真”を依冬に見せて言った。 「ね?こんな所に連れて行ってくれるんだ。今までクズ男で傷ついた分を、回収してってるみたいだよ。ふふ…」 「なんだ…俺だって連れて行ってあげるよ?」 ふふ… 「そうだね?依冬はもっと楽しい所に連れて行ってくれる。優しい彼氏だ…」 オレはそう言って笑うと、彼の手をギュッと握った。 18:00 三叉路の店にやって来た。 エントランスの支配人に挨拶をして、階段を降りて控室に入る。 「シロ?今日…とっても綺麗な所に行ったんだ!」 「知ってるよ…噴水見たんでしょ?良かったじゃん。昼間に遊んでくれる彼氏で。」 オレはそう言うとニコニコ顔の楓の頭を撫でて、メイク道具を鏡の前に出した。 携帯電話を取り出してソファにゴロンと寝転がると、勇吾のメールに返信をする。 “赤ちゃんみたいにぐっすり寝てたよ?” 口元が緩んでクスクス笑いながら彼に送信すると、勇吾のメールアドレスを自分の連絡帳に登録する。 桜二の事を“桜餅ちゃん(お餅)”と、登録してあって…依冬の事は“依冬(ハート)”と登録してある。支配人は“支配人”で、楓の事は“楓”…陽介先生は“陽介先生”で、馴染みの常連客は苗字+さん付けで登録してある。 自分の連絡帳のまとまりのなさに首を傾げる。 さて…勇吾は何と登録しようかな… “わんじゃにむ”…韓国語で、王子様の事。 「ふふっ!ピッタリだ…!」 オレはそう言うと、彼の連絡先の名前を“わんじゃにむ”と書いて、登録した。 …これなら、もし、見られても…分からないだろ? そんな小賢しい真似をする自分に嫌悪感を抱きつつ、彼と連絡をやり取りできる背徳感の混じった喜びを感じて、自分でも分からない自分の感情を、これ以上、見ない様にする。 「シロ、早くメイクしちゃいな?僕はもう終わるよ?」 楓にそう促されてソファから起き上がると、鏡の前に座ってメイクを始めた。 いつもの日常に…少しだけ、彼が混じっただけだ。 それは隠し事の多い物だけど…きっと上手に立ち回れるよ…そうだろ? 19:00 店に出るためにエントランスを通ると、支配人がオレを呼び止めた。 「シロ、KPOPアイドルのコンサートいつだっけ?」 お! オレは満面の笑顔になると、支配人の元に駆け寄って言った。 「んふふ!来週だよ?来週の金曜日!楽しみだ~~!オレはね、その日の為に全ての曲の掛け声をマスターしたんだ!凄いだろ?見せてあげようか?」 「いや…良い…」 そっけなくそう言うと、オレの顔の前で手のひらをシッシとする…もう! 「なぁんだよ!」 そう言って店に入ると階段の上から店内を見回す。 あ… カウンター席に知ってる顔を見つけて走って階段を降りていく。 「桜二!」 彼の背中に抱きついて、頬ずりする。 あぁ…桜二、会いたかった…! 彼はオレの頭を撫でてギュッと抱きしめてくれた。 「シロ…来ちゃった…」 眉毛を下げてそう言う彼に、チュッとキスして言った。 「会いたかった…」 それは嘘じゃない。 本心なんだ。 彼が大切で、彼を一番愛してる事は…紛れもない事実なんだ。 緩く後ろに流された彼の髪を、指でなぞる様に流してあげる。 「ふふ…桜餅ちゃん…」 彼の笑顔を見つめてホロリと涙をこぼしながら、愛しい人の髪を撫でる。 ギュッと彼の体を正面から抱きしめて、彼の肩に顔を埋めて、いつものポジションに収まって甘える。 「桜二…桜二…」 勇吾がオレの居場所を突き止めてやって来たんだ…オレはダメだって言ったんだけど、勇吾がうるさくするから…会ってしまったんだ。その後、一緒に彼のホテルへ行って…彼と愛し合った。愛してるって…言ってお互いを求めあったんだ… ごめんなさい… それでも、一番大切なのは…あなたなんだよ…? 「シロ…勇吾に、会ってないよね…?」 え… 彼の言葉に、オレは体を起こすと彼の顔を見て言った。 「…オレは依冬の部屋にいた。勇吾に会うなって言われて、ずっと彼の部屋にいた。なのに…まだ、オレを疑うの…?」 図星を突かれて…抱えていた罪悪感が一気に体中に巡って、溢れた愛が枯れていく。 桜二は瞳を歪めてオレを見つめて言った。 「…違うよ。そうじゃない…ごめんね…」 「もう…良い…!」 感情的になってそう言い放つと、大好きな彼から逃げる様に離れて、階段を上っていく。 どうして…? 勇吾の匂いもシャワーで消したし、そんな素振りだって見せなかったのに…どうして、そう思ったんだろう… 涙がボロボロと溢れてメイクを落としていく。 彼には…オレのごまかしも嘘も…全然、通じない… 全て分かってしまうみたいだ。 きっと彼は気付いた…オレが勇吾に会ったって…気付いた。 でも、オレが怒ったから…ごめんって謝ったんだ…! 何で…何で…何も悪くないのに、謝るんだよ… 泣きじゃくってしまって、楓が居る控え室に入る事も出来なくて、扉の前で感情が静まるまで堪える様に待った。 心配そうに上から支配人が覗いて見た。 オレは気付いたけど、無視した。 頑張って涙を止めると、深呼吸して控室へ入っていく。 メイク…し直さないと… 店内に戻ることも出来なくて、一つ目のステージを終えると控室のソファにゴロンと横になった… 携帯電話で大好きなKPOPアイドルのコンテンツを見て、現実逃避する。 でも、全然楽しく見れない自分が居て…お店に残った桜二に会いたくて仕方がなかった。 ブルっと携帯が震えて、画面の隅の表示で“わんじゃにむ”からメッセージが届いた事を知った… “シロ、お仕事頑張ってる?” 勇吾…オレはどうしたら良いのかな… もともと器用な方じゃないイカれてるオレは、どうしたら良いのかな… 彼のメッセージをそっと閉じて、次のステージの為に再びメイクをする。 自分を守る様にゴテゴテのハードロックにして、黒い革の短パンに、黒いTシャツを着て、厳ついブーツを履いた。 目の周りを真っ黒にして、唇も真っ黒にすると、舌を出して鏡の前の自分に中指を立てた。 「シロ?そろそろ準備しろよ?」 控え室の扉を開いて支配人がそう言った。 オレはコクリと頷くと、立ち上がってストレッチを始める。 ここではストリップダンサーなんだ…下らない私情でダサくなるなよ。 過激で妖艶なシロの名前を、汚してなるものか… この衣装と、カーテンの向こうから聞こえて来るこの曲に、クソ弱いオレの全てを乗っ取らせてしまおう…。 カーテンを開いてステージへ向かうと、音楽に合わせてヘドバンする。 あぁ…気持ちい! やっぱり頭を振るのは良いね…クラクラする。 ポールへ向かうと、厳ついブーツを振り上げて膝の裏でポールを挟んで体をゆっくりと持ち上げていく。 ハードな重低音が店内に響いて、絡めたポールをビリビリと揺らしていく。 これだから、重低音は…堪んないんだ。 体をポールの上まで持って行くと、体を仰け反らせながら逆さにポールに掴まって、一気に太ももを外して、派手に回りながらポールを揺らしていく。 「シローーー!」 ハイハイ、僕がシロたんです。 片腕とふくらはぎでポールを固定すると、体を広げて手を伸ばして、緩急をつけて回転して降りていく。 下まで来ると…丁度サビだ。 両足を思いきり上に持ち上げてスクリューさせるみたいにポールに絡めて持ち上げる。そして、膝の裏で挟んだ瞬間、上体をゆっくりと起こしていくと… まぁ…何という事でしょう…! オレの言う所のファンタジア効果を生んで、一気にお客が興奮する。 音楽と動きの融合は相乗効果どころか、倍の倍の倍くらいの爽快感を見る人に与えるんだ。 だから、オレは多少無理な動きでも、音楽に動きを乗っ取ってもらうんだ。 ポールの上で逆さになりながら舌を出して中指を立てると、お客がオレに中指を立てて来るんだもん、笑っちゃうよね?ふふ…! ステージに戻ると、バク宙してシャウトする。 「シローーー!荒れてんなーーー!?もうすぐ年末だぞ~~!」 だから、何だよ! そんなお客をジト目で睨みつけると、彼の目の前に座って四つん這いになった。 たじろいで視線を逸らす常連客の目の前で、派手に腰を振って床ファックする。 「あ~はっはっは!」 大笑いしながら床ファックすると、体をクルリと返して、黒革の短パンをモゾモゾと脱いでいく。 膝立ちしてゆるゆると腰を揺らしながら、誘うような視線を送って、ティーシャツを裾からゆっくりと持ち上げていく。 「シローーー!良いぞーー!やらせろーー!」 ははっ!今、言ったお客、出禁にしろ! Tシャツを上まで脱ぐと手首でまとめて、まるで縛られているみたいに上に持ち上げて固定した。 「ぎゃーーー!」 殴られたみたいに体を揺らしてしなだれると、持ち上げたままの手をもっと高く上げて、いやらしく腰を揺らして、口を開いて喘いだ。 お尻を突き出して、いやらしく動かすと、お客が前のめりにオレを見つめ始める。 あはは…ファックしたくなってきたんだろ? それはね、あんたが立派なゲイだって事だ! 「あぁ…シロ、堪んないよ…」 そう言った勇吾の声が耳の奥で聴こえて、背中をゾクゾクと震わせる。 ステージの縁に寝転がったお客の上を、チップを口移しで受け取りながら厳ついブーツで跨いで歩くと、センターのお客の上に跨って座った。 決して触れないで、ちょっとだけ腰を浮かせるのがポイントだよ? だってオレはエロのアイドルだからね?触れてリアルになったらいけないんだ。 お客の上で体をしならせていやらしく体を見せつける。 「舐めたい?」 そう言って挑発すると、ゲイのお客は目を輝かせて頷いた。 馬鹿だな…そんな事する訳ないじゃん。 お客の頭の両脇に手を着くと、そっと顔を近付かせて口移しでチップを頂いて行く。 彼の両手が伸びて来たのを察して、両足を高く上げて逆立ちした。 「お触りしたら…出禁だよ?」 オレは頬を膨らませてそう言うと、にっこり笑って言った。 「だから触っちゃダメだ…良いね?」 コクコク頷くお客に目を細めて微笑むと、両足を向こうに降ろしてフィニッシュだ。 大歓声の中、丁寧にお辞儀して、脱いだ服を回収しながらカーテンの奥へと退ける。 「あ~、今日も終わった!」 そう言ってソファにゴロンと座ると、回収したチップを乱暴にリュックに放り込む。 メイクを落として顔を洗うと、私服に着替えて、リュックを手に持った。 階段を上ると桜二がエントランスでオレを待っていた。 「送って行くよ…」 「ん…」 短くそうやり取りして、彼の開いてくれた扉を通って店を出た。 馴染みのある彼の車に駆け寄ると、助手席を開けてくれるまで待った。 「どうぞ?」 そう言って助手席を開いてもらうと、当然の様に座って、運転席へ回る彼を目で追った。 いつもならここからイチャイチャタイムだけど…今はしない… 「何か食べるものを買って行こうか…?」 「…要らない」 「お腹空いちゃうよ?」 「…良い」 「抹茶ラテとツナマヨおにぎりは買っておいたよ。」 そう言って桜二はコンビニの袋をオレの膝の上にポンと置いた。 優しい… どちらも…オレの好物だ。 オレはそれを何も言わないでリュックに入れると、いつもの車の窓から、いつもと違う帰り道を眺めて、目の前を通り過ぎて行く明かりを眺めた。 依冬の家の前に着くと、彼は運転席から降りて助手席を開いてくれた。 オレは当然の様に助手席から降りると、桜二に抱きついて言った。 「桜二…桜二…オレ達…どうなっちゃうの…元に戻るの?このまま離れて行っちゃうの?桜二…どうしたら良いのか…分からないよ…」 傷付けた相手に、甘ったれて、答えを求めて、酷い仕打ちをする。 「大丈夫だよ…」 そう言ってオレの体を抱きしめてくれる彼は…オレが勇吾に会っている事を知ってるのに…甘えさせてくれる。 オレは、酷い奴だな… 「…うん」 そう言って彼を見上げると、彼はオレを見下ろして悲しそうに瞳を歪めている。 「…なにが、心配なの…?」 オレがそう聞くと、彼はオレの頬を撫でて言った。 「発作が起きたって聞いた…鼻血が出たんだろ?どこか痛くないの?大丈夫なの?」 そうか…体を心配してくれていたんだね… 「大丈夫だよ…でも、ビックリした…沢山出たんだ。桜二、オレ、死んじゃうのかな?」 そう言って彼の胸に顔を埋めると、彼の匂いを嗅ぎながら顔を擦り付けた。 「…怖くなったら電話して…すぐに来るから。良いね?」 「…うん。」 そう言って彼と離れると、後ろをチラチラと振り返りながら依冬のマンションへと入って行く。 彼はいつもの様に、オレが建物の中に入るまで…じっと見送ってくれた。 「ただいま…」 「お帰り。桜二と帰って来たんだろ?どうだった?まだ興奮してた?」 依冬がそう言ってオレを抱きしめた。 興奮…? 「いいや。彼は落ち着いてるよ…カッカしてるのはオレだけ…」 そう…彼に隠し事が通用しなくて、焦って、逆切れしたんだ。 「…お風呂入るね?」 そう言って依冬にキスすると、洗濯物をリュックから取り出した。 「あ…」 パラパラとチップが零れて、桜二がくれた抹茶ラテとツナマヨのおにぎりが転がった。 慌ててしゃがんで拾うと目からボロボロと涙が零れて、体が揺れる程の嗚咽が漏れる。 「シロ…」 すぐに依冬が体を撫でてくれるけど、おにぎりと抹茶ラテを抱えたまま、オンオンと声を上げて泣いた。 「どうして…どうしてこんなになっちゃったんだろう!?あんなに…あんなに大好きなのに…どうして、こんな風に…なっちゃったんだろう…!!」 オレのせいだ…オレのせいなんだ… オレはそう言って依冬にしがみ付いて大泣きする。 「大丈夫…そんなに泣くほどの事じゃない…大丈夫。」 彼はそう言うとオレを大事に抱きしめて頭を撫でてくれた。 「大丈夫…大丈夫…」 発作が起きた時も、彼はこう言ってオレを宥めてくれる。 オレにはそれが効果てきめんで…すぐに落ち着きを取り戻すことが出来る。 依冬は、オレにそんな安心感をくれる人なんだ… 桜二のくれたツナマヨおにぎりと抹茶ラテを大事に抱えて、ダイニングテーブルに置くと、洗濯物を持ってシャワーを浴びに行く。 「後で食べるから…食べないでね…」 オレがそう言うと、依冬はにっこり笑って言った。 「どうかな?」 ふふっ… どうしてなの…こんなに自分を愛してくれる人が2人もいるのに…どうして勇吾が好きになっちゃったの…? オレは最低だ… …家出3日目 「シロ…おはよう。」 隣で依冬がそう言って、オレの髪を優しく撫でた。 薄目を開いて目の前の彼を見つめると、オレを見て優しく微笑んで言った。 「今日は寝坊しなかったよ。」 「ふふっ…」 彼の可愛い頬を撫でて、彼の唇にそっとキスをした。 携帯電話を取ると、画面に“わんじゃにむ”からメッセージが届いている通知を見て、既読しないで、依冬の体に抱きついて言った。 「来週のKPOPアイドルのコンサート…凄く楽しみなんだ。しかも、その後に…勇吾のアイドルのコンサートもあるんだ…。チケットはタダで貰う約束をしてるんだけど、桜二は行きたくないって言うんだ…。依冬、オレと一緒に行ってくれない?」 オレがそう言って彼の顔を見上げると、依冬は眉毛を下げてクゥ~ンと鳴いて言った。 「嫌だよ…」 あ~あ、フラれた。 1人で行くしか無いか… 「何だよ…」 いじけて布団の中で依冬の足を蹴ると、彼はオレの足を挟んで言った。 「あの人の事を気になって調べてみたんだ。聞いてみる?」 あの人って…勇吾のこと? 「知って…どうするのさ…」 彼から視線を外してそう言うと、依冬に挟まれた足をモゾモゾと動かした。 今更そんな事を知っても…オレが彼を好きな事は変わらないよ… 「確かに…凄い人だった。特にヨーロッパを中心に活動してる演出家で、コンテンポラリーダンスの世界では有名人だ。」 知ってるよ… オレは唇を尖らせて、依冬の足を手で押して自分の足を抜いた。 彼はそんな事を気にする様子もなく、若干興奮した様にオレに話して聞かせた。 「経歴が凄いんだ…ビックリしたよ。20歳の時、単身イギリスに行って、独学で演出を学んだ。学校にも養成所にも行かないで、大成したんだ。あの人は叩き上げの演出家で、ダンサーだって分かった。」 叩き上げ…? 何の勉強も、何のコネもなく…? それは… 凄い… オレは依冬の顔を見つめて笑って言った。 「凄いね…勇吾はやっぱり凄い…カッコイイ…」 「そうだね…確かに、シロが好きになるのも頷けるし…彼がシロを好きになるのも…頷ける。」 え… 彼の顔を見つめたまま首を傾げると、依冬は微笑んで言った。 「彼はシロに自分を重ねてるんだ。何の知識も無いのに感性で踊るシロに、自分を重ねてるんだよ。だから大好きなんだ。ナルシストが陥りやすい構図だね。」 依冬はそう言ってオレの髪を撫でると、大きなため息をひとつついて言った。 「参ったよ…」 自分を重ねてる…? だから、オレをイギリスに誘ったのかな… 海外に行って輝けた自分の様に…オレも、認められると思って…誘ったのかな… 依冬はベッドから出ると、自分の仕事用の鞄から雑誌を一つ取り出して、ベッドに座るオレの目の前に差し出して開いて見せた。 「あ…」 そこには白黒写真で写った素敵な勇吾が載っていて、どこかの誰かと、演出について対談していた。 「日本でもダンスの世界では彼は有名人だった。ヨーロッパだと歩けば声を掛けられるレベルかな…」 聞けば聞くほどクラクラする程に…住む世界の違いを感じて、身じろぎも出来ずに、雑誌の中の勇吾を見つめる。 格好良い… 雑誌の中の彼の肩を指先で撫でて口元を緩めると、視線を依冬に移して言った。 「前、彼の功績を聞いて、オレが…自分は汚い豆粒で勇吾とは合わないって言ったら、俺とお前、ふたりの間でそんな事…関係ないだろ?って…勇吾が言ったんだ。だから、彼がどれだけ華やかな世界の人でも…オレは関係なく、彼を好きだよ。」 雑誌を片手で閉じると、依冬を睨んで言った。 「オレがビビって…勇吾を諦めると思ったの?」 「違うよ…」 ベッドを降りると、オレの後ろを付いて歩く依冬を無視して洗濯機を回した。 「シロ…勘違いするなよ。まだ最後まで話してないだろ?」 「最後まで聞かなくても分かる。みんな、勇吾とは会うなって言うだけだ!さっきのだって…ちっぽけなストリッパー風情が釣り合うような人じゃないって…言いたいんだろ!」 オレはそう言って依冬を睨みつけると、彼の洗濯物を拾いながら言った。 「もう会ってないんだから良いじゃないか!これ以上、何を求めるの!?オレにどうしろって言うの!!」 まるで周りから責められている様な被害妄想が爆発して、依冬に感情的に怒鳴ってしまった。 「…もう、良いよ。」 依冬はムスッと表情を硬くすると、オレに背を向けて洗面所に行ってしまった… なんだよ… なんだよ! 手に抱えた彼の洗濯物を床に叩きつけると、顔を埋めて床に突っ伏した。 そんなオレを無視して、依冬は淡々と朝の支度をする。 コーヒーをダサい犬のマグカップに注ぐと、携帯を見ながらのんびりと飲んでる。 オレはそれをじっと横目で見て、彼の洗濯物から香る、彼の香水の残り香を嗅いで、目を閉じてふて寝する。 洗濯機の終了の音で目が覚めると、依冬は既に出勤した後だった… 急いで寝室に戻って勇吾の載った雑誌を開くと、彼の対談をじっくりと読んだ。 その後、携帯電話に届いていたメッセージを確認する。 “恋しくて寝られない、寝かしつけて” …雑誌の中で知的に話してる人と、同一人物とは思えない… あ然として、メッセージの表示された携帯をしばらく見つめ続ける。 “目を閉じたら大体寝られるよ?” オレはそう返信すると、雑誌の中の白黒写真の彼を見つめて言った。 「すっごい、カッコイイ…」 うっとりしながら指先で彼の頬を撫でた。 手の届かない人… 洗濯機から乾燥機に洗濯物をうつして、依冬の洗濯し残した服を洗濯機に入れて回す。 「…こうやってあちこちに洗濯物をおくから、二度手間になるんだ!」 きーーー!っと怒りながら、感情的に怒った朝を思い出して、心を落ち着ける。 思い出したように携帯電話を手に持って桜二に連絡を入れる。 「もしもし…」 「シロ…おはよう。今日は、寝坊したの?」 彼は昨日よりも元気な声でそう言うと、オレに言った。 「今日は…午後から雨が降るらしいよ。出掛けるときは折りたたみ傘を持って行ってね。」 …そうなんだ… オレは桜二の言葉に、勝手に含みを持たせて解釈して、勝手に、苛ついた。 「…うん。どこにも行かないけどね…オレは捕らわれの身だから、自由に何も出来ないんだ。誰の物でも無いのにさ…。勝手に誰かの物にされて、何をするのも許可が要って…馬鹿みたいにそれに従うしか無いんだよ。」 オレはどうやら被害妄想を拗らせたようで、誰も彼も自分の敵の様に感じてしまっていた。 オレの吐き出した酷い言葉に桜二は何も答えないで、黙ってしまった… 「勇吾に会うのだって…どうして止められるのか、どうしてそんな権限があるのか、分かんないよ!オレの事はオレが決める!それ以外の誰にも指図なんてされたくない!!嫌なら…嫌なら、別れれば良いだろ!!捨てたら良いんだ!」 彼の言葉も聞かないで、一方的に酷い毒を吐くと通話を切った。 もう良い…もう、もう沢山だ! 彼の愛も、依冬の愛も、何も要らない! ただ自分の自由を縛って…括り付けて、束縛するだけじゃないか! そんなの…要らない…! 着替えを済ませて適当に服をリュックに詰めると、洗濯が終わったのに…そのままにして、彼の載った雑誌を手に持って依冬の部屋を出た。 朝の通勤ラッシュの最中、新宿の自分のボロアパートに向かって歩く。 カップルの多い銀杏並木を通って…目の前に現れた明治神宮外苑をぐるりと回って新宿御苑まで歩く。 もうすぐ12月と言うのに、早歩きで歩いているせいか…背中にじんわりと汗をかいてくる。 背負ったリュックのせいかな… 左手に新宿御苑を眺めながら歌舞伎町へと戻ると、懐かしい自分のボロアパートに帰って来た。 「ただいま…」 依冬の部屋の物置と同じサイズの自分の部屋… 桜二の部屋の物置と同じサイズの…自分の部屋。 自分のベッドに突っ伏して目を閉じると、さっきから鳴り続けるうるさいくらいの携帯の着信に、通話ボタンを押して何も話さないで耳に当てた。 「もしもし…シロ、今、どこに居るの?」 息を切らして…焦った様な彼の声を聞いて口元を緩めて笑う。 「依冬の…家に、いる…」 ポツリとそう言うと、電話口の彼は怒って言った。 「嘘つくなよ…!今、依冬の部屋に来てるんだ…!どこに居るの?」 オレがあんな酷い事を言ったのに… 彼は依冬の部屋まで来て、オレに会おうとしたみたいだ。 「…教えない。もう…放っておいて…」 オレはそう言って一方的に通話を切ると、桜二と依冬からの沢山の着信履歴を眺めて、携帯電話の電源を切った… もう、放っておいてよ… #桜二 様子がおかしくて、不安になって、慌てて依冬の部屋に行った。 インターホンを押しても何の反応もない室内に、そこはかとなく不安になって…仕事中の依冬を呼び出して玄関を開いた。 でも、そこに彼の姿は無かった… リュックと少しの着替えを持ったまま…彼は消えてしまった… 「朝…少し、喧嘩をしたんだよ…」 背中を丸めてそう言うと、依冬は寝室に向かって行った。俺は呆然としながら彼の後をついて行く… 「あ…ない」 依冬はそう言うと、俺を見て言った。 「今朝、勇吾さんの話をした…その時、彼が載ってる雑誌を見せたんだ。」 どうやら、その雑誌を手に持って…彼は消えたみたいだ。 「ピリピリしてて…そんなつもりで話したんじゃないのに、急に怒り始めて…。その内、落ち着くと思って…そのまま仕事に行ったんだ…。」 そう言うと、依冬は携帯電話を取り出して電話をかけた。 「出ない…」 頭の上から血の気が引いて、シロの笑顔を目の前に思い出してクラクラしてくる。 きっと…もう、嫌になっちゃったのかもしれない… “…オレは捕らわれの身だから、自由に何も出来ないんだ。誰の物でも無いのにさ、勝手に誰かの物にされて、何をするのも許可が要って…馬鹿みたいにそれに従うしか無いんだよ。” 彼が俺に言った言葉を鮮明に思い出す… そんなつもりじゃないんだ…シロ。 ただ心配で…ただ、心配で…感情を止められなくて… “勇吾に会うのだって…どうして止められるのか、どうしてそんな権限があるのか、分かんないよ!オレの事はオレが決める!それ以外の誰にも指図なんてされたくない!!嫌なら…嫌なら、別れれば良いだろ!!捨てたら良いんだ!” 違うんだよ…シロ。 捨てる訳ない…俺はお前がいないと…生きてる意味なんて無いんだよ。 …離れて行ってしまった… 俺の腕の中が窮屈過ぎて…もう嫌になってしまったの…? 力なくソファに腰かけると、何度掛けても繋がらない電話をもう一度掛ける。 呼び出し音は鳴るのに電話に出ない彼に…もしかしたら、倒れてるんじゃないかと想像して、頭がクラクラしてくる。 どこに居るの… ふと思い立って、勇吾の携帯に電話をかけた。 「もしもし~?」 あいつの気の抜けた声に、シロが彼の元へ行っていないとすぐに分かった。 「どうしたの~?桜ちゃん?」 お前のせいだ…お前がめちゃくちゃにした… 俺と彼の穏やかで…優しい関係を…お前がめちゃくちゃにした…! 「シロが居なくなった…お前のせいだ…あの人を傷つけて、苦しめて…お前のせいだ…!お前が、自分勝手に、俺と彼を引き裂くから!!彼が居なくなってしまった!!」 言葉に乗せた憎しみを感じた様に、電話口の勇吾は絶句した。 俺は電話をすぐに切って、シロにもう一度掛ける。 やっと電話に出た彼は、ぼんやりとした声で俺に平気で嘘を吐いた。 そんな事、する子じゃないだろ…シロ。 俺は怒って彼に詰め寄って聞いた。 「嘘つくなよ…!今、依冬の部屋に来てるんだ…!どこに居るの?」 どうして、どうして離れたの! 俺から… 離れないでって…あれだけ言っただろ!? ずっと傍に居てって…お前が言ったんじゃないか…! 「…教えない。もう…放っておいて…」 彼の突き放すような声に…体が震えた。 一方的に通話を切られて、電話を耳に当てたまま放心する。 その様子に依冬が言った。 「新宿の自宅に戻ったみたいだ…シロは良く連絡が取れなくなるから…。彼の携帯をGPSで検索出来るようにして置いたんだ。今は多分、電源を落としたみたいで表示されなくなったけど、ついさっきまでは新宿の自宅周辺にいた。」 それを聞いて、何も言わないで依冬の部屋を後にすると、彼に会いに行きたい気持ちを押し殺して…自宅へと戻った。 放っておいて… 彼の悲しそうに突き放した声を思い出して、涙が込み上げて来る。 放っておける訳、無いじゃないか…! 俺はお前の兄ちゃんだ…! 俺はお前の恋人で、お前の…桜餅ちゃんだ…! 放っておける訳…無いじゃないか…

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