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第26話

「勇吾?美味しいプリンをあげる。」 土田先生が居なくなった病室で、人数多めのプリンパーティーを開く。 オレは冷蔵庫からプリンを4つ取り出すと、ひとつづつ渡して回る。 「はい、依冬にあげる。」 「うん。俺が買ったやつだけどね。」 「はい、桜二にもあげる。」 「うん。さっき食べたけどね…」 「はい、勇吾にもあげるよ?」 「ありがとう、シロたんは優しいね?」 「んふふ…そうかな?オレって優しいかなぁ?」 勇吾にデレデレになってそう言うと、土田先生が用意してくれた花瓶にささった花を眺めて言った。 「勇吾?この花とっても良い香りがするね?花びらも綺麗だし…何て名前の花なの?」 プリンの蓋を開けながらそう聞くと、彼はにっこり笑って言った。 「気に入った?」 「もちろん!とっても綺麗な花だ。特にがくの部分の黄緑色が花びらから透けて見える感じが美しい。まるで生まれたての青さに見えるよ。」 彼の美しい頬を撫でてうっとりとそう言うと、つぎはぎの舌で彼の唇をペロリと舐める。 「ふふ…なぁんだ、シロは調子が戻って来てるの?」 勇吾はそう言ってクスクス笑うと、オレの体を抱きしめて、ベッドに押し倒して行く。 「あはは!勇吾?この部屋は24時間監視されてるんだ。」 オレは彼を見つめて監視カメラを指さして言った。 「桜二の時も、依冬の時も、これからって時に土田先生が乱入して来るんだ。」 「言い方にネガティブな表現が含まれてるね…」 桜二がそう言ってプリンをパクリと食べた。 「え~、じゃあ…。これからって時に、遊びに来るんだ。に言い直す。」 勇吾の頬を撫でながらオレがそう言うと、依冬が言った。 「遊びに来る。だと…まるで一緒にしたがってる様に聞こえるよ?」 はっ! 「もう!面倒くさいな…語彙力の問題だろ?オレはね、自慢じゃないけど国語は苦手なんだ。」 そう言って体を起こすと、ゴロンと寝転がりながらプリンを食べ始める勇吾を見て、眉をひそめて言った。 「ん、もう…お行儀が悪いな…」 「シロもゴロンとして一緒に食べよう?」 オレは勇吾の隣にゴロンと寝転がると、彼に舌を見せて言った。 「見て?フランケンだよ?」 「ふふ…本当だ。あそこがヒュンってなるね?」 「んふふ…舐めて?」 オレがそう言うと、勇吾は自分の舌を出して、ねっとりと合わせて舐める。 「んふふ!」 オレが喜んで足をバタバタさせると、勇吾はオレに覆い被さって言った。 「こうやってじゃれて遊んでるふりをして、エッチすれば良い。」 「あ~、やっぱりね。勇吾さんは頭が緩すぎるんだ。」 依冬がそう言ってベッドに腰かけると、勇吾はクスクス笑って言った。 「俺は依冬君に、シロの傍に居るには幼稚過ぎるって言われたんだ。おかしいだろ?この子は、絶対年齢をサバよんでる。」 オレをじっと見下ろす勇吾の半開きの瞳を見つめて、優しく教えてあげる。 「依冬は、可愛い子犬ちゃんだけど…たまに毒を吐いちゃう時があるんだ。」 「へぇ~、桜ちゃん家の遺伝子だね。」 彼はそう言うと口元を二ッと上げて笑った。 ふふっ! 「…勇吾は、いつ帰るの?」 桜二が勇吾を見下ろしてそう聞くと、勇吾はオレを見下ろしたまま言った。 「シロとエッチしてから…」 「あ~はっはっは!おっかしい!勇吾はこんなに綺麗で素敵なのに…どうしてそんな事ばっかり言っちゃうんだろう…?」 彼の柔らかい髪を両手で後ろに解かして流すと、気持ち良さそうに瞳を細めてオレを見つめる。 その目が…とっても、色っぽい… 「それは、こいつがどスケベだからだよ…」 淡々と桜二がそう言って、ベッドに腰かけてオレの髪を撫でて笑った。 あぁ…オレは今、どスケベ2人と子犬に囲まれてる… 「ふふ…そうか…」 何故だか体が軽い。 心のもやもやが少し晴れたせいか、自分の行く道が少し分かったせいか… 桜二にプリンを食べさせてもらいながら、まったりと過ごしていると土田先生がやって来て言った。 「ここは危険地帯だね…一触即発な危険な雰囲気が漂ってるよ?少し、お互い、距離を取って過ごしてください。はい、シロ君はベッドの上で、勇吾さんはおにぎり一個分は離れて下さい。桜二さんは、ここで…依冬君は、丁度良い距離感です。はい、シロ君…腕、出して?」 土田先生によって距離感を再構築されると、オレは言われたとおりに腕を出して血圧を測った。 「低い?高い?」 首を傾げながら目の前の土田先生の顔を覗き込んでオレが聞くと、彼はクスッと微笑みながら言った。 「しっ…。しゃべらないで…」 オレの血圧は異常に低い…いつも寝てるみたいだって看護師さんが言ったんだ。 だから肌が真っ白になるのかな?血がめぐらないから… 「はい、検温もしてね。」 血圧計を外すと、土田先生はそう言って体温計を差し出した。 オレはそれを受け取って脇の下に挟んで聞いた。 「…退院できる?」 「出来るよ。通院のスケジュールを組んで、今週末。晴れて自由の身だ!」 「やった~~!」 両手を上げて喜ぶと、桜二に抱きついて彼の頬にスリスリと頬ずりをする。 あぁ…早く桜二とエッチがしたかったんだ…! 「桜二…退院したら駐車場でエッチしたらいいね?」 オレがにっこりと笑顔でそう言うと、桜二は視線をそらして言った。 「…しないよ。」 絶対、嘘だ! 土田先生の手前、そう言ってるだけだ。 「桜ちゃんがしないなら、勇ちゃんがしてあげるよ?」 そう言って勇吾がオレの後ろから抱きついて、腰を振った。 「さすがに、この中に俺は入ろうとは思わないよ…」 依冬がそう言ってクゥ~ンと鳴き声を上げると、土田先生が厳しい口調で言った。 「はい、離れて!」 自分が嫌いな事が、こんなに体に影響を及ぼすなんて思わなかった… 目に見えない、言わなければ誰にも分からない、自分だけの胸の内が…こんな風に暴れるとは思わなかった…。意地悪なオレから逃げたくて、まるで誰かに助けを求めるみたいに、オレをぶっ壊して…土田先生に見つけて貰って…安心してるみたいだ。 手の先まで軽くなって…スムーズに動く自分の手先に満足する。 座って寛ぐ依冬の頭の上に、ヒラヒラと手のひらの葉っぱを乗せて言った。 「たぬきち、何かすごい物に化けて見せて?」 オレの言葉に眉間にしわを寄せると、依冬はため息をつきながら言った。 「どろろん!僕は、可愛いうさぎちゃんだよ?ぴょんぴょん!ぴょんぴょん!」 「ぷっ!」 吹き出し笑いを堪えると、オレは依冬を見つめたまま、教えてあげた。 「依冬?ウサギはぴょんぴょんって鳴いたりしない…。あれは飛び跳ねる時の効果音だよ?だから、ぴょんぴょんとは鳴かないんだ。」 「あぁ…そうかい。」 そう言ってオレを膝の上に乗せると、窓の外を眺めてポツリと言った。 「ウサギが飛ぶ時だって、ぴょんぴょんなんて音はならないじゃないか…」 ふふっ!確かに! 「依冬?ご飯を食べる時、パクパクって音がする?」 「しないよ…グチャグチャって租借音がするだけだ。」 オレの背中にべったりとくっ付いて依冬がそう言うから、オレは人差し指をピンと伸ばして教えてあげた。 「じゃあ…」 「もう、良いよ…」 依冬はオレの擬音語の講義を途中中断すると、オレの背中にヒシッと抱き付いてスリスリと顔を擦り付けて甘え始めた。 目の前の2人は、オレの話が途中で打ち切られた事態に、視線をそらして肩を震わせて笑っている… …ん、もう! 「良くないよ?擬音語って言うのは、知ってると日本語が豊かになるんだって。依冬は少し感性が死んでるから、擬音語をいっぱい使うと良いよ?」 体に巻かれた彼の両手を優しく撫でながらそう言うと、依冬は顔を少しだけあげて言った。 「…どきどき」 …可愛い! 「んふふ、言い方が可愛い…、もっと何か言って?」 彼の体に自分を埋めてそうおねだりすると、依冬はオレを抱きしめながら言った。 「…わくわく」 …可愛い! 「あぁ…!依冬?なんかめちゃくちゃ可愛いね?もっと言ってよ?」 オレはグダグダにトロけて彼の顔を見上げると、足をばたつかせて喜んだ。依冬はニヤけた顔でオレを見下ろすと、恥ずかしそうに言った。 「…そわそわ」 …めっちゃ可愛い!! 悩殺だ! 「くぅーーっ!可愛い!依冬が可愛い!ん~~!チュッチュッチュッチュ!」 擬音語ってそこはかとない可愛さを放ってる… 後で、桜二にもやってみよう。 「気を付けてね~~!」 仕事に戻る桜二と依冬を病院の玄関まで見送ると、後ろを振り返って勇吾に聞いた。 「勇吾は?いつ、帰るの?」 彼はにっこりと笑うとオレを抱きしめて言った。 「シロとエッチしたら帰る~~」 全く…この人は、やれやれなんだ。 「じゃあ…帰るまで一緒に居てよ?」 そう言って彼の手を握ると、病室へと戻って行く。 「シロ君、ダメだからね?」 土田先生がすれ違いざまにそう言ってオレにけん制をかけて来た。 「何もしないよ?ね?勇吾?」 「…しない。しない。」 勇吾はそう言って肩をすくめると、眉を下げて口を尖らせて見せた。 ふふ…! 病室に戻ると、両手を広げる勇吾に抱き上げて貰ってクルクルと回してもらう。 そのまま彼の腕に中に降りると、うっとりと半開きの瞳を見つめて言った。 「勇吾?夏子さんがあいさつに来てくれたんだ。とっても嬉しかった。ふふ。その時、勇吾がとっても仕事を頑張った話を聞いたんだ。偉いね?凄いね?さすが…勇吾だね…オレも、見たかったよ。」 彼の唇にチュッとキスすると、柔らかい髪を抱きしめる様に撫でて、自分の胸に抱きしめていく。 「偉かったね…勇吾…」 嗚咽を漏らして泣く彼の柔らかい髪を撫でながら、胸に抱きしめていく… 「シロ…苦しめてしまってごめんよ…。自分で自分の気持ちを抑える事が出来なかったんだ。桜ちゃんを苦しめて、お前を苦しめた…。愛してるんだ…」 そう言ってオレを抱きしめる彼を優しく撫でて、すべて受け止めていく。 「良いよ。勇吾を愛してるから…来てくれて嬉しかった…また会えて、良かった。」 彼の髪に顔を埋めて、部屋中に広がる甘い香りとは違う、彼の香りをかいで…うっとりと瞳を細める。 あぁ…勇吾に匂いだ。 「お前が前の病院に居た時…桜ちゃんに言ったんだ。もう会わない…諦めるから、一度で良いから、会わせてくれって…。そうしたら桜ちゃんは…会わせてくれたんだ…。こんなにめちゃくちゃにしたのに…お前に、会わせてくれた…。」 彼はそう言ってオレの胸を撫でると、しくしくと涙を落とした。オレは彼の前髪を分けておでこを撫でると、首を傾げて覗き込んで言った。 「勇吾のせいじゃないよ…?もともと、歪に形成されていた物が…自然に壊れたんだ。でもね、それは、きっと、…綺麗に作り直すチャンスなんだ…。そうだろ?」 オレの瞳から彼の頬にポロリと涙が落ちていった。 彼はオレの顔を見上げると、瞳を細めて、優しいキスをくれた。 「そうだよ…きっととっても綺麗な物になるよ。」 唇を付けながらそう言うと、口端を上げてオレを見つめて来る。 彼の息が顔にかかって…彼の近すぎる瞳がぼんやりと目に映って…うっとりと首を傾げながら、彼の唇に舌を入れて熱いキスをする。 「勇吾も…勇吾も手伝って…?イギリスから、オレの事だけ、愛してよ…」 食むようにキスしながらそう言うと、彼はニヤリと笑って言った。 「…分かった。」 彼はそのままオレを持ち上げると、監視カメラの真下に移動してオレのTシャツを捲り上げた。 「勇吾!だめだぁ…怒られるよ?」 オレがそう言っても…彼は言う事なんて、聞かない。 「シロ?シロは…あの先生が怒ると…傷つくの?」 オレの胸に舌を這わせて、素肌の腰を抱き寄せる勇吾に惚けた顔で言った。 「傷つかない…」 オレの言葉ににっこり微笑むと、オレを見つめたまま乳首をペロリと舐めて言った。 「じゃあ…あの人が怒っても、構わないだろ?」 ふふ…依冬が言っていた。 勇吾は緩いって… 違うよ。この人はね…馬鹿なんだ。 思い切りのいい、馬鹿なんだ。 「あっ…勇吾、気持ちい…もっと舐めて…オレの事、もっと愛して…」 彼の柔らかい髪を指で鷲掴みしながら、快感に体を仰け反らせていく。 勇吾はオレを壁に向かせると、スウェットのズボンをお尻まで下げてオレの中に指を入れて来る。 「あっああ…勇吾、はぁはぁ…気持ちい…あっあっ…」 声を押し殺しながらそう喘いで言うと、勇吾はオレの背中にキスを幾つもくれる。 あぁ…すっごい久しぶりのセックスを、彼とするなんて…最高だ。 勇吾は早々にオレの中に入って来ると、久しぶりの快感に今にもイキそうなオレのモノを握って言った。 「はぁはぁ…シロ…気持ちい…可愛い、俺だけのシロ。愛してるよ…」 下から突き上げてくる快感に、足がガクガク震えて、背中に鳥肌が立って行く。 「ああ…勇吾、凄い気持ちい…!もっと、もっとして…オレだけ愛して…!」 体を捩って後ろの彼とキスをすると、そのまま快感に溺れて、体をトロけさせていく。 既にイッてしまったオレのモノは、彼の手によって再びガチガチに硬くなって…オレの中で彼が果てる頃…またイッた… 「はぁはぁ…シロ…シロ…愛してる…お前じゃないとだめだぁ…」 そう言ってオレの背中に何度もキスする勇吾に言った。 「勇吾?早く、証拠を隠滅するんだ。」 オレの言葉に吹き出して笑うと、勇吾はティッシュを片手に証拠を隠滅した。 監視カメラの死角で、服を直した後も抱き合ってキスをしまくる。 「んふ…勇吾、またしたくなってきたぁ…」 「ふふ…勇ちゃんは絶倫だからね…いつでも何回でも出来るよ?」 勇吾のくれた花束のトロけるような甘い香りに包まれて、目の前の美しい彼に愛されて溺れていく。 なんて贅沢なんだ… 「はいはい、そんな事だろうと思っていました。離れて下さい。」 土田先生がそう言いながら、夕飯を手に持って病室に入ってきた。 「シロの担当の先生は、食事まで運んでくれるんだ…」 オレの手を繋いだまま体だけ離れると、首を傾げて勇吾が言った。 「…違いますよ。シロ君がすぐに際どい事を始めるから…看護師が彼が1人の時以外、病室に入るのを躊躇してるんですよ。シロ君?この前、後藤さんが偉く興奮して戻って来たかと思ったら、大笑いして言ったんだよ?シロ君が桜二さんの目の前で、ストリップの練習してたって…。彼女もね、もう50歳。大抵の免疫は付いてる筈なのにね…さぞ凄かったんでしょう。大興奮して、その後、大変だったんだから…」 土田先生はそう言ってオレを睨むと、お茶碗の蓋を外しながら言った。 「他のお部屋の患者さんはみんな大人しくしてくれてるのに…この部屋のモニターだけ、看護師の憩いの場所みたいになってて、僕もほとほと困ってるんだよ?休憩にも行かないで、君たちのイチャつきを眺めて、ワイのワイの言ってる女性陣に、僕は何て言って注意するべきか、いつも困ってるんだよ?」 オレは大人しくベッドに戻ると土田先生の顔を覗き込んで言った。 「ごめんなさ~い…」 そんなオレを、ハッとした顔で見つめると、勇吾を振り返って見つめて、再びオレに視線を戻すと、土田先生は小さい声で言った。 「こんなに素直に言う事を聞くなんて…さては…したんだね?」 ははっ!凄いね! オレは土田先生から視線を外すと、両手を合わせていただきますをして、ベッドに腰かける勇吾に言った。 「このたくわんは、美味しいんだよ?はい、あ~んして…?」 「はは、普通だ。」 勇吾はそう言ってポリポリ食べると、オレに用意された温かいお茶を一口飲んだ。 土田先生はそんなオレ達をジト目で見下ろして、一言言った。 「1回だけだからね!もう、ダメだからね!」 フン!と言って病室を後にする土田先生を見送って、オレは勇吾とクスクス笑いながら夕飯を食べる。 「あの先生は、シロに優しいから良いね。桜ちゃんも依冬君も、彼を信頼してるみたいだ。お利口に治療するんだよ?」 そう言って勇吾はオレのお皿からプチトマトを摘まむと、オレの口に運んで言った。 「あ~んして?」 オレは口を開くと、彼の指まで食べた。 「ふふっ!馬鹿!」 そう言って笑う美しの君…オレは君を愛してるよ? もうこの愛は苦しい物じゃなくなった… 「勇吾はいつ帰るの?」 オレがそう聞くと、彼はオレを見つめて言った。 「今週末かな…」 そうか…やっと、彼の出国日を聞けた。 「じゃあ…空港までお見送りに行こう…」 伏し目がちにオレがそう言うと、勇吾はケラケラ笑って言った。 「嫌だ…そんなのしないで。」 何でだよ…愛する人が、離れて行くのに…お見送りしない人なんて、いないよ。 「じゃあ…明日も来てくれる?」 彼の手を掴んで反対の手で撫でると、彼はオレの手を上から握って言った。 「当たり前だよ。朝一で来て…ずっと、傍に居る…」 ふふ… 瞳から涙がポロリと零れても、彼を見つめて微笑みながら言った。 「嬉しい…」 こんなに愛していても、彼が離れて行ってしまう事実に変わりは無いんだ。 でも…こんなに穏やかに過ごせるのなら…確実に前よりも、良いに決まってる。 だから、オレはこの時間を精いっぱい、彼を愛して過ごしたい。 「うえ…このゴマのは…あんまり美味しくない…」 オレはそう言ってゴマの付いた魚を箸から離すと、勇吾を見て頬を膨らませて言った。 「美味しい物が食べたい…」 「たとえば…?」 勇吾がオレの足を撫でながらそう聞くから、オレはう~んと悩んで言った。 「桜二の卵焼き!」 「ふふ…作って来て貰えば良い…」 「毎朝、卵焼きを届けに来てくれるよ?でも、足りないんだ。もっと食べたいのに…」 そんな下らない会話も…退屈そうな時間も…全て大事で。 彼と過ごせる時間を全て愛した。 #勇吾 あぁ…シロ…花束、喜んでくれた…良かったぁ… ホテルに帰ると、ベッドに仰向けに寝転がって天井を見つめる。 既にしまい終わった自分の荷物を横目に、携帯電話を手に取って仕事仲間に連絡を入れる。 週末まで…待ってくれるかな… 「もしもし?勇吾だよ。あ~ごめん、ごめん…ちょっと急用が立て込んでね…。今週末まで東京に居る事にした…。あ~…はっはっは…。うん…うん…まぁ、でも…。うん、うん…」 俺の帰る予定が大幅にずれて、向こうの準備が滞ってる様で、仕事仲間はやや半ギレだ…。でも、俺はこっちに来る前に下準備を済ませていた筈だ。それを怠ったのは、俺を頼り過ぎってもんだろ? 「まぁ…あの通りにやってくれたら問題は無いんだよ。あと、1人落とせてないストリッパーの子が居るんだ。でも…時間が無いから、その子は今回はナシで調整し直して。なんだ、俺は一世一代の大イベント中なんだ。上手くやってくれよ。じゃ~ね!」 ギャアギャア騒ぐ電話口を無視して、自分の事を言ったら電話を切った。 これは…戻ったらどやされるな…でも、良いや。 「シロ~!」 そう言って枕を抱きしめると、さっき抱いた彼の感触を思い出して、ひとりだけで二回戦をする。 俺の可愛い人… 自分が大嫌いで…心の壊れた、可愛い恋人。 どうしてあんなに興奮するのか…どうしてあんなに早くイッちゃうのか…どうしてあんなに可愛いのか…考えながらしたら、あっという間にイッてしまった。 シロ?一度は壊れてしまったけど、確実に良くなる方に物事が動いてる気がするよ。 桜ちゃんも依冬君も、お前を支えてくれる。 もちろん、俺だって…そうだよ。 傍に居られないジレンマを抱えながら、あえて考えない様に、悶々としない様に務める。だって、彼との時間を大切に過ごしたいんだ。 デンドロビウムの様に生まれたての青さを持った、透明感のある、良い香りの花。 あの子に会えて良かった… こんなに自分が無力だとは思わなかった。 こんなに自分がみっともなく、誰かに縋るとは…思わなかった。 彼のステージに圧倒されて、彼の踊りに夢中になって、彼の心に溺れて…愛した。 これが愛じゃなかったら…なんだと言うんだ。 全てを無くしても良いと思えるほどの激情を、なんと言うんだ。 これは紛れもなく…愛だ。 初めて見つけた…きっと、最初で、最後の…愛だ。 兄貴の次でも良い…桜ちゃんや依冬君の次でも良い… あの子が俺を見つめて、愛してくれるのなら…何でも良い。 次の日… 早々に身支度を済ませると、急いでタクシーを拾ってシロの病院へと向かう。 シロに会いに行った夏子の後をつけて…俺は既にこの病院を把握していた。 昨日は…本当だったら桜ちゃんがホテルまで迎えに来るはずだった。でも、いつまで経っても来ない彼に業を煮やして、タクシーで一足先にシロの元へと向かったんだ。 桜ちゃんは俺を怒ったけど、シロに鼻の下を伸ばして、待ち合わせの時間を忘れた自分をまず責めてくれ!と…思ったね…。フン。 タクシーから降りると、締まったままの病院のインターフォンを鳴らす。 「あ…シロ君の…まだ、面会時間じゃないんです…」 そんな事…知らないよ。 俺は困った顔をして悲しそうに言った。 「…そうですか。でも、ここまで来てしまったから…あぁ、どうしよう。」 こう言う時、自分の二枚目さが大抵は役に立つんだ。 「はぁ…素敵。じゃあ…ちょっと早いんですけど…内緒で…」 そう言って融通を聞かせてくれた看護師に、インターホン越しに飛び切り甘い声で言ってあげる。 「わぁ…優しい人だ。ありがとうございます。」 まだ入院してる人や、病院の関係者しか入れない時間に、自分が起きたからという理由で問答無用にお見舞いにやって来た。 7:00 花の香りがするシロの病室に入ると、まだ眠ってる彼の布団にウキウキしながら入って、彼の体を後ろから抱きしめる。 彼の髪に顔を埋めて、クンクンと匂いを嗅ぐと、チュッチュッとキスをする。 「う~…ん」 そう言って寝ぼけたまま体を仰向けにするシロを、真上から見下ろすと、エッチな気持ちで見つめて、舌で彼の唇を舐めると、いやらしいキスする。 彼の柔らかくて、エッチな唇に…はぁはぁ…! 「ん、もう…今、何時なの…?勇吾、早いよ…」 え… 早い?早くないよ…2、3回したら…落ち着いて長持ちする筈なんだ… 心の中の動揺をひた隠しにして、シロの頬をうっとりと撫でると、甘くて優しい声で言った。 「シロたん…おはよう…。勇ちゃん、寂しくって来ちゃった…」 「ふふ…」 彼は口元を緩ませて微笑むと、うっすらと瞼を開いて可愛い瞳で俺を見つめた。 俺は彼の頬を優しく撫でながら、何度も彼の唇にキスをした。 今日と明日しか…彼といられないんだ。 土曜日には…飛行機に乗って帰らなくてはいけないんだ。 「ふふ…可愛いね?シロ。大好きだよ…」 そう言って、微笑む彼に何度もキスをあげる。 彼の細くて滑らかな手が、俺の首を撫でて、しっかりと掴むと、俺は彼の体に自分の体を沈めていく… 花びらの様に、しっとりとして真っ白な彼の体に、自分の体を沈めて、溺れていく。 「あぁ…シロ、抱いても良い…?堪らなく好きなんだ。お前の全てが愛しくて仕方がないよ…」 彼のパジャマの下に手を滑らせて、滑らかな素肌を味わう様に撫でていく。 「あっふふ…勇吾…勇吾は朝から、早いんだ…」 違う、早くない。2、3回試し打ちが必要なだけだよ?本番は4回目からだ。 シロは俺のシャツの中に手を入れると、クスクス笑いながら背中を撫でてくれる。 その手が、何ともいやらしく動いて…俺はすっかりその気になった。 「はい。勇吾さん…おはようございます。…どうやって入りましたか?」 シロの主治医がいつの間にか病室に来ていて、俺の体を両手で支えると、ゆっくりとシロから引き離すと、そう聞いて来た。 「何となく…入ってきました。」 俺はそう答えて、シロの頬を撫でるとにっこりと笑いかけた。 「はぁ…」 「んふふ。土田先生?勇吾はスッと上手に気付かれないように入るのが得意なんだ。ふふっ!凄いでしょ?」 主治医のため息をかき消すようにシロが笑って、俺の足を撫でながら体を起こした。 そのまま俺をギュッと抱きしめると、顔を埋めて言った。 「先生?勇吾はもう何もしないから…ここに居ても良いでしょ?お願い…」 可愛いね… この子はいつも…俺を、守ってくれるんだ。 そっとシロのサラサラの髪を撫でると、俺はお行儀良くベッドから降りて、椅子に座った。 「…今日だけですよ?全く…まだ、外来も始まって無いのに…もう…」 ブツブツ言いながら主治医が病室から出て行った… 彼はフットワークが軽いな… 「邪魔された…」 ベッドに腰かける彼の膝に頭を乗せて俺がそう言うと、シロはクスクス笑いながら優しい手付きで、頭を撫でてくれる。 あぁ…幸せ… 「勇吾?いけないよ…明日はちゃんと時間を守って来て?」 「は~い…」 そう言いながら、彼のお尻を撫でる。 柔らかいな…プニプニだ…この感触を覚えておこう…プニプニの感触… 熱心にシロのお尻を揉んでいるとガラリと病室の扉が開いて、ニヤニヤした表情の看護師が2人、入って来て言った。 「シロ君…その人、凄いイケメンだね…彼氏なの?」 「ん?そうだよ?イケメンでしょ?とっても綺麗なんだよ?見て?」 シロは嬉しそうにそう言うと、俺の頬を掴んで上に持ち上げて言った。 「ほら、お肌がスベスベなんだ。オレが特に好きなのはね…この、半開きの瞳。この瞳が…堪らなく好きなんだ…ふふっ!」 …そうなの?ふふ…可愛い。 顔を赤くしながらそんな彼の誉め言葉を聞いていると、どんどん他の看護師も入って来て、代わる代わる俺の顔を見ては奇声をあげる。 シロの血圧と検温を済ませると、ニヤニヤした顔のまま退室していく看護師たち… 「何なんだ…」 呆気にとられてそう呟くと、再びシロの膝にごろにゃんする。 「勇吾がかっこいいから…みんな見たくなったんだよ。桜二と依冬も同じ様に見せてあげたんだ。でも、一番人気はどうやら、勇吾みたいだね?」 シロはそう言うと、俺の頭を膝から退けてベッドから立ち上がった。 「ん~~~!良く寝た…!」 そう言って伸びをする彼の後姿を眺めながら、このまま連れて帰りたい気持ちが沸き起こる… ダメダメ…俺のジュリエットをアンナカレーニナには出来ない… 「…シロ、二番人気は誰だったの?」 俺がそう聞くと、彼はクルリと振り返って言った。 「桜二だ。セクシーだから…ほら、雰囲気がさ。で、依冬は、ここのお姉さま方には少しお堅く見えてしまったみたい。あんなに可愛いのに…分からないね?」 そんな事を言いながら洗面台で歯を磨き始める彼を見つめた。 良いな…桜ちゃんはこの子と一緒に住んでるんだ。 羨ましいよ。 主治医が彼の食事を運んで来て、俺をじっと見つめると、何もしてないのに厳しい声で言った。 「ダメですよ…!」 まだ何もしていないのに、全く! 俺は両肩と眉を一緒に上げて首を傾げて見せた。 「あはは…勇吾は要注意人物だね。土田先生はね、桜二や依冬、後、オレから色々話を聞いてるから…勇吾が全然人の話を聞かないって…知ってるんだ。」 シロはそう言うと、ベッドに座って食事を摂り始める。 「う~~、これ美味しくない奴だ。嫌だぁ。」 そう言って主治医を見つめる彼は、この医者も落とす気なのか…? 俺はシロの頭を撫でて言った。 「シロ…何が食べたいの?勇ちゃんが買ってきてあげる。」 彼はオレを見上げると、シュンと眉毛を下げて言った。 「ほんと?」 …ふふ、可愛い。 「ほんとだよ?一瞬で買って、一瞬で戻って来てあげる。言ってごらん?」 俺の言葉に彼は首を傾げて考え始める。 そんなシロを見て、主治医が彼の顔を覗き込んで言った。 「シロ君、ちゃんとご飯食べないと、調理師さんが悲しむよ?好き嫌いしないで食べなさ~い?ね?」 シロに半落ちしてるんじゃねえか…?この主治医。 それとも、元々の性格なのか…? 桜ちゃん化してる。 「勇吾さん。彼は舌を怪我してるから、それ用の食事が用意されてるんです。美味しさよりも、傷を治すための栄養だったり、バランスを考えて物を出してるんですよ?好きなもの買ってきてあげる~!なんて…退院してからにしてください。」 退院ね…俺はこの子が退院したら、イギリスに帰るんだ。 美味しい物も食べさせてあげられないまま…イギリスに帰るんだ。 「は~い」 素直にそう返事して、シロが嫌そうな顔をしてご飯を食べるのを見つめた。 「シロ、おはよう…あ、何だ…お前は早いな…」 食事が終わる頃、桜ちゃんがやって来て、俺を見つけると眉をひそめてそう言った。 早い…? 早くない。俺は決して早くない。お前がしつこいくらいに遅いだけだ。 「桜二…桜二…卵焼きちょうだい?」 シロがそう言って両手を差し出すと、ポンと容器を渡して、彼はそれをウハウハで開いて見せた。 「見て?桜二の卵焼きだよ?んふふ!良いだろ?勇吾には…ちょっとだけ、あげる。」 そう言って指で摘まむと、パクリとかじって悶絶し始める。 残りの卵焼きを俺の口元に持って来て、首を傾げながら言う。 「あ~んして?」 それが可愛くて…俺は、ニヤけたまま口を開く。 「…シロは、勇ちゃんに、もっとして欲しい事は無いの?」 そう言って、卵焼きを食べ続ける彼を抱きしめる。 柔らかい彼の背中に顔を埋めて、彼の匂いを体に擦り付けると、そのままばたりと倒れて彼のお尻に顔を埋める。 「嫌だ~~!桜二、勇吾が、嫌だ~~!」 そんな風に怒ったって…シロは騒ぐだけで、何もしないって知ってるもん… 逃げて行かない様に、彼の腰に両手を回して固定すると、彼のプニプニのお尻に顔を擦り付けて、ハムハムと食んで楽しむ。 「最低だな…」 そう言うと、桜ちゃんはシロの両脇に手を入れて持ち上げようとする。 俺は彼の腰を掴んでるんだ。そんな簡単に持ち上がらないよ?ふふん。 「あ~はっはっは!シロたんの桃尻が美味しいわ~い!」 「ん~~!もう、やめて!怒るよ!?」 既に怒った声の彼に、俺はすぐに両手を離すと、大人しく言う事を聞いてお利口にした。 「全く…お前は懲りないな…」 桜ちゃんがそう言って俺を睨みつけても…あの子はあいつの顔色を見ることなく、最後の卵焼きをパクリと食べて悶絶してる。 ふふ…、良かった。 桜ちゃんはシロの洗濯物を回収すると、忙しそうに仕事へ向かった。 「いつも来てるの?」 俺が隣のシロにそう聞くと、彼は俺を見つめて言った。 「桜二?いつも来てくれてる。優しいだろ…すっごく優しいんだ。」 そうだな…本当に、桜ちゃんはよくやってる…それは、紛れもない愛情だ。 お前の兄貴と…よく似た、愛情だ。 「そうだね。シロの事が…大切なんだ。」 俺が微笑んでそう言うと、あの子は嬉しそうに笑って、俺の手を強く握った… あぁ…初めから、こうすれば良かったんだ。 張り合わないで、この子の大切なものを否定しないで、認めてあげれば良かったんだ… 中庭に連れて来られて、彼が花壇の花を愛でる中、周りで呆ける人を眺める。 シロも、一歩間違えれば、ああなったんだ… 誰にでも可能性はあって、誰にでも襲い掛かるもの…交通事故や、災害と同じ… それが来たら、誰も、彼も、みな平等だ… 心を病む理由なんて…幾らでも転がっている。 タイミングが悪いと、足元をすくわれて、どん底に落ちていく…それは生きとし生けるもの…みんな平等に訪れる物なんだ。 何ら特別でも無い。風邪と同じ…。 明日は我が身だ… 「シロく~ん!」 シロの名前を呼ぶ不審な汚い男が、バタバタと近づいて来た。 俺は咄嗟にシロの前に立つと、相手を見つめて首を傾げて聞いた。 「…あんた、誰?」 「あぁ…勇吾、その人はね、画家の先生だ。大塚さんだよ?仲良しなんだ。」 シロはそう言って俺の背中を撫でると、ぴったりと体を付けて顔を覗かせて言った。 「大塚さん、見て!勇吾だよ?とっても綺麗だろ?」 シロはそう言って俺の顔を得意げに見せていく。 「この半開きの目が良いんだ。で…この顎が適度にあるのも良くて…この、ほっぺがスベスベなのが好き…とっても肌触りが良くて、スリスリするのが好きなの…」 「バランスは良いけど…う~ん…」 「え~~?」 この画家は、シロには笑顔を向けるのに、俺には仏頂面を向ける。 …分かりやすい、落ち方だな。 「シロ君の絵、描いても良い…?」 画家はそう言うと、シロをベンチに座らせて、イーゼルの前に腰かけた。 「ねえ?大塚さん?勇吾とおしゃべりしてて良い?勇吾、ここに座って?」 シロに呼ばれて、トコトコと画家の前を通り過ぎると、彼の隣にドカッと座った。 彼はオレの膝にゴロンと寝転がると、仰向けになって俺の頬を撫でて言った。 「勇吾?こぶしの花を、オレに落として?」 ふふッ! 「良いよ…見ててね?」 俺はそう言ってにっこりと微笑むと、彼の頭の上に手のひらで、こぶしの花を咲かせる。 「あぁ…綺麗!そうか…咲く所からやったら、とっても綺麗なんだ…」 体を揺らして喜ぶ彼に、肉厚な花びらを付けたこぶしが花ごと落ちていく。 「ああ!おっきいのが落ちて来た!あはは!凄い再現力だ!」 褒めて貰ったんだ。もっと綺麗なものを見せてあげよう。 彼の頭の上で、肉厚な花びらが舞う程の風を起こして、手のひらで作った花びらをユラユラと舞わせると、ヒラヒラと彼の顔に何枚も落とした。 「んふふ!素敵だ…」 目をキラキラと輝かせて、俺の手のひらを見つめるこの子は…まるで子供の様。 …可愛い 「シロ君の…狂気が薄まった気がするね。その人と居るからなの?それとも治療が上手く行ったの?あの人と公園に居た時よりも、朗らかになったね?」 画家がそう言ってイーゼルから顔を覗かせた。 「ふふッ!本当?多分、両方だ。オレは勇吾が大好きだから、今、とっても楽しい。後、治療も、めどが立って…何とか退院出来る事になった。だから嬉しいんだ。」 そう言って俺を見つめて微笑むと、体を捩って画家を見つめて言った。 「ねえ?今のオレを描いたら、嬉しいのが滲み出る様な絵が描けるんじゃない?」 「あははは…確かにそうだね。」 画家は満面の笑顔になって笑うと、体を戻して再び絵を描き始めた。 この子は…男をその気にさせるのが上手いのか… それとも、甘えるのが上手なのか… 彼の周りにいる男はそれとなく絆されていく。 こりゃ…うかうかしてると…あっという間にそんな男たちの間に埋もれていきそうだ。 「シロ…勇ちゃんの連絡先を教えてあげる。嫌になったら遊びにおいで?」 俺はそう言うと、彼の携帯電話をお尻のポケットから取り出して、連絡先に登録されている自分の情報を探した。 「勇ちゃんのはどこに登録したの?」 探しても見つからない自分の連絡先を彼に尋ねると、シロは体を起こして、恥ずかしそうにもじもじしながら言った。 「…わんじゃにむって所だよ?」 へ?なんじゃそれは…? 「わんちゃん?」 そう言って首を傾げて聞き返すと、シロは顔を真っ赤にして言った。 「…韓国語で…王子様って意味だ…」 ははっ!可愛い奴め! 俺は彼の腰を掴むと、グイッと自分に引き寄せて背中を抱きしめる。そして、彼の頬に頬ずりしながら小さい声で言った。 「なぁんだ…シロ、勇ちゃんの事…王子様だと思っていたの?」 「…うん。」 恥ずかしそうにそう言う彼が…可愛くて、愛しくて、堪らない! 彼の頬に、髪に、耳に、首に、沢山のキスをして、抱きしめる。 「可愛いね…大好きだよ…。シロ…シロ…離れたくないよ…ふふッ…離れたくない。」 自分の瞳から涙がポタリと落ちて、彼の背中を濡らした… そっと手のひらでそれを覆い隠すと、彼の髪に頬を付けて、ユラユラと一緒に揺れる。 だめだ…自分の思いよりも…この子の幸せを、願わなくては… 桜ちゃんの傍で…心の傷を治療して、自分を好きにならないと、また苦しむ事になってしまうんだ…。それは、もう…二度と、味わわせたくない痛みと恐怖。 「勇吾…泣いてるの?」 携帯電話を握った俺の手をそっと包み込むと、大事そうに優しく撫でてシロが聞いて来た… 俺は“わんじゃにむ”と書かれた所を、“勇吾”と書き直して、自分の自宅の住所を書き足した。 「…桜ちゃんから離れても平気になったら、ここに、遊びにおいで…」 そう言うのが、精いっぱいだった… 「ふふ…なんて書いてあるのか、分からないね。」 彼はそう言うと、俺の腕を抱きかかえて自分に体にもっと強く巻き付けた。 あぁ…俺のジュリエットは何て可愛らしいんだろう。 「シロ…俺たちの、第二幕はアンナカレーニナだね…でも、ロミオとジュリエットでも悲劇にならなかったんだ。きっと、アンナカレーニナもハッピーエンドだ…。」 俺がそう言うと、彼はクスクス笑って言った。 「あんなカレーになるの?ふふっ!何それ…馬鹿みたいな劇だね?」 全く…彼には文学や芸術への造詣と教養が必要だ… 「アンナカレーニナはね、不倫の話だよ。所謂…略奪愛の話。不倫相手と一緒になったアンナは、最後、電車に飛び込んで自殺するんだ。…子供に会えなくなった事と、情熱的に一緒になった筈の相手が、生活の為、仕事に熱心になって自分を構ってくれなくなった事に疑心暗鬼になってね…」 無愛想な画家が饒舌にそう語った。 ボサボサ頭と不精ひげで隠しているが、彼はよく見ると俺よりも若そうだった… 「え~、なんか暗い話だね。」 シロはそう言うと、携帯電話をお尻に入れて立ち上がった。 なんだ…もう行っちゃうの? 両腕の中から居なくなってしまった彼の後姿を、ジッと目で追いかける。 彼は画家のスケッチブックを覗き込んで、目を丸くすると、俺を見つめて言った。 「見て?勇吾、素敵だよ?」 どれどれ… 俺はシロの傍に行って画家のスケッチブックを同じように覗き込んで見た。 「あぁ…本当だ、凄い上手だな…」 それは俺がシロを後ろから抱きしめている、さっきの状況の絵だ。 俺の表情はシロの影に隠れて見えないけど、シロの表情はよく分かった… こんな風に…微笑んでいたんだ… 口元を少しだけ上げて、まるで慰めるみたいに微笑を浮かべたあの子の表情に、胸が熱くなる… 可愛い人。 「もっと見せてみて?」 シロはそう言って勝手にスケッチブックをペラペラとめくり始める。 「あ…ダメだよぅ、シロ君。ダメだよぅ…!」 画家がそう言ってジタバタ両手を伸ばしても、シロはケラケラ笑いながらペラペラとページをめくって行った。 軽く虐めの構図だな… 俺は1人腕を組みながら、シロがペラペラ捲るスケッチブックを覗いて見続けた。 「あ…ちょっと待って…」 俺はそう言うと、シロからスケッチブックを取り上げてページを戻す。 「これ…これ…売って!」 食い気味にそう言って画家を見上げると、彼は俺をじっと見つめて首を傾げる。 それは、シロが頬杖を付いて…つまらなそうに視線をそらしてる絵。 その視線が、表情が、雰囲気が…とっても彼なんだ…! 「ダメです。これは僕のクロッキーだから、作品では無いから…売ったりしません。」 「でも、これはシロだ…」 画家は俺からスケッチブックを取り上げると、ペラペラと白紙のページにして、イーゼルに再び立てかけた。 あぁ…可愛かった… この画家は…もしかしたら、凄い奴なのかもしれない。 雰囲気までも再現したシロの絵に…俺はすっかり虜になった。 「なぁんだ…大塚さん、意地悪しないで勇吾にあげてよ…。けちんぼ!」 シロがそう言って画家の膝に座って、スケッチブックにいたずら描きを始める。 「あぁ…ダメだよぅ…ダメだよぅ…」 止めることも出来ないでジタバタする画家を尻目に、いたずら描きが楽しくなったシロは、キャッキャと笑いながら絵心のない猫の絵を描いた。 その様は、やっぱり、いじめの構図だ… でも…画家の表情は嬉しさ半分、困惑半分…嫌がってはいないみたいだ… やっぱり、こいつはシロに落ちてる…。 あぁ…でも…だから、あんな絵が描けるのか… 「シロ、もう行こう…あっちに花が咲いてるよ。」 少し離れた所でシロを呼ぶと、俺を見つめてにっこりと微笑んで、画家の膝から降りると駆け寄って来た。 悪いね、不器用な画家さん…シロを連れて行くよ。 「ほらぁ!高く上げてやろう!」 俺は体を屈めると、走って来た彼の腰を掴んで、思いきり高く上げる。 「あ~はっはっは!凄~~い!」 あの子は示し合わせたかのように、美しく体を反らしてバランスを取るんだ…。 本当に、これには、毎度…驚かされる。 この子は自然にバランスを取る事がとっても上手で、長けている。 「土田先生!見て~~!」 そう言ったシロの視線の先に、半落ちの主治医と、完落ちの画家… やめとけ…シロ、それ以上、男をそそのかすな。 「シロ、アラベスクして…降ろしたらフェッテターン4回、その後…そうだな、オーロラ姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥを少し踊ろうか?」 眠れる森の美女は目を覚ましたからね…?ふふ… 俺がそう言うと、シロは俺の手の上で美しいアラベスクを決める。 あぁ…ちゃんと筋トレしてたもんね…美しいよ。 全く、ブレない…完璧な管理がされた体だ… どっかのアイドルとは、訳が違う。 彼を地面に降ろすと、シロは首を伸ばして美しく力強いフェッテターンを4回、回ってポーズをとる。 観客は主治医と画家だ… パチパチと拍手を貰うと、彼はもっと笑顔になって俺の両手に包まれながらクルクルと回転する。 …ふふ、凄いな…全然ブレない…なんて体幹だろう… ピタッと止めて、後ろにしなだれる彼の腰に手を入れて、美しく弓の様にしなる体を見せつけると、俺の手を掴みながら片手を美しくアン・オーさせて、くるっと回る。 ねえ、お前はバレリーナなの…? キラキラと輝く彼の瞳を見つめながら、心の中でそう言った。 あぁ…夏子に見せてあげたかった。 こんなに綺麗な、バレリーナ…見た事無いよ。 俺が彼の太ももに手を入れると、彼は言わずも足をパッセさせて、身を任せる。 そのままシロを一振りして、小脇に挟むと、彼を支えていた手を離して、ふたりでポーズを取った。 「おお~~!」 いつの間にか集まった観客にキラキラの笑顔を見せつけて、シロは俺に向かい直すと、丁寧なお辞儀をした。 ふふっ!全く…お前ってやつは…なんて凄いんだ! 一体いつ踊ったの? 一体いつ覚えたの? 一体誰に教わったの? 俺はシロに向かい直すと、丁寧なお辞儀をして返す。 パチパチと沢山の拍手を貰うと、シロは優雅につま先立ちして歩きながら、手を差し出すから…俺は大笑いして彼を止めた。 「ダメだ!シロ…ぷぷっ!バレリーナはチップを求めない!」 「え…?そうなの?」 とぼけた顔をしてそう言う彼は…確信犯なの?それとも、馬鹿なの? 「勇吾?凄かったね…?」 そう言って、うっとりと目を細めて微笑む彼は、銭ゲバのバレリーナ… 大好物だ。 「ふふ…可愛い…」 俺はそう言うと、彼を抱きしめてキスをした。 「あぁ…勇吾さん、他の患者さんも見てるから…あぁ…もう…。」 集まって来たお客を散らすように彼の主治医が動き回る中、うっとりと目を見つめ合って、クスクスと笑いながら、愛しい彼と…可愛くて、甘いキスをする。 「土田先生?見た?言っただろ?勇吾が居たら、もっと凄い事が出来るって…!ふふ!最高のパ・ド・ドゥだった…!あれは眠れる森の美女のオーロラ姫と王子のダンスだよ?あんなに揺すられると思わなかったけど…思った通り、勇吾が上手に持ち上げてくれたから、オレは体を添わせる事が出来たんだ。分かる?彼はやっぱり最高のダンサーなんだ!ね~!」 シロが矢継ぎ早にそう言って、俺を褒めちぎる。 いいや、違うよ。 お前の体幹と重心が確実にポーズを固定させるから、俺はそれを持ちあげるだけで良かった。変にバランスを取られる事も無く…まるで人形を抱えて踊ってるみたいに…振り回されなかったんだ。 「凄い美しかったけど…落っこちたら危ないよ?それに最後のキスは…他の患者さんが興奮して…あの、ご飯が食べられなくなっちゃうから、やめましょうね。」 主治医はそう言うと、シロに言った。 「シロ君、お昼ご飯だよ?」 「わ~い!」 そう言ってケラケラ笑うと、主治医と手を繋いで、彼は病室へと戻って行く。 俺はその後ろを付いて行きながら、目の前の2人を観察する… やっぱり、この主治医は、シロに半落ちしてる…これは、桜ちゃんに報告しないとな。 俺は主治医をジト目で見つめながら、ふたりの後をついて行く。 …シロの恐ろしい所は、女でも男でも無い性を感じさせる所だ。 だから、のんけも、ゲイも、ビアンさえも、コロッと行っちゃう可能性を秘めてる。 単なる人たらしなのか…際限のない妖艶さなのか… 桜ちゃんに…報告だな。

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