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第27話

「えぇ~…ひじき…えぇ~…」 それはシロのテンションを最高に下げる食事だった様だ。 「何、食べたい?勇ちゃんが買って来てあげる。…内緒で、買って来てあげる。」 彼のベッドに座って、彼の頬を撫でてそう言うと、シロは少しだけ目を上げて俺を見て言った。 「…ラーメン。」 ふふ…ラーメン?どうやって持って帰って来るんだよ。 「…どこの?どこのラーメンが良いの?」 ニヤけながらそう聞くと、彼は視線を外してボソッと言った。 「桜二の作る、味噌ラーメン…」 無理だ… だって、桜ちゃんは、今、仕事してるからね… 「…そっか。」 俺はそう言うと、シロのお膳に乗ったひじきを全部、食べてあげた。 「あ…!すっごい不味いのに…」 そう言って俺の顔をウルウルとした瞳で見つめると、彼は極まった様に言った。 「勇吾…ありがとう!」 ぐふふっ! 売店で買ってきた焼きそばパンを彼の目の前で食べて、たまに彼の口に運ぶ。 パクリと食べると、焼きそばを口からはみ出させて、ムフフと笑う。 可愛いな… 食後のデザートにプリンを食べていると、主治医が病室に入って来て言った。 「シロ君、今日のおしゃべりはここでしようか?」 「…うん。良いよ?」 おしゃべり…?面談みたいなものか… 俺はベッドの隣の椅子から立ち上がると、後ろに置かれた椅子に座り直して彼らの様を伺った。 「さて、じゃあ…今日は、何の話をしようかな…」 そう言って俺が座っていた椅子に腰かけると、主治医はノートパソコンを広げて、器用に膝の上でキーボードを叩いた。 俺は両腕を組みながら、ふたりの”おしゃべり”を黙って眺める。 「そうだ…じゃあ、シロ君が中学校の時のお兄さんの話を聞いても良い?」 そう言って主治医がシロの顔を見つめる。 彼は首を傾げて思い出すように天井を見上げると、ポツリと言った。 「…兄ちゃんは、オレが中学生の時…家に帰って来ない日があった…」 「ん~…その話じゃなくて…楽しい話を聞かせてよ。」 主治医は暗い表情になったシロにそう言うと、パソコンをベッドに乗せて言った。 「例えば、日常の一コマみたいな…些細でも、楽しかった話が聞きたいな?」 シロは主治医の顔をじっと見つめながら、たどたどしく話し始める。 「近所で…お祭りがあったんだ。」 「うんうん…良いね。初めて聞く話だ。」 主治医はそう言うと、ベッドに置いたパソコンを膝の上に戻して、カタカタと鳴らしながら文字を入力し始める。 「健太は学校の友達と行くって言って、夕方の内から居なくなった…。オレは前日約束していたから、兄ちゃんの帰りを待ってたんだ。でも、なかなか帰って来なくて、忘れちゃったと思って…1人でシクシク泣いてた…。そしたら、兄ちゃんが慌てて帰って来て、泣いてるオレに言ったんだ…。」 シロ…中学生で兄貴が来ないって泣いてたの?それは…激甘だな… 表情には出さないで、彼の話を主治医の後ろで興味深げに聞き入る。 だって、あの子の過去だ。気になるだろ? 「狛犬の前で待ち合わせって言っただろ?って…」 「ふふっ…それはびっくりだね。お兄さんも焦ったんじゃない?」 主治医はそう言って笑うと、シロの顔を見ながら言った。 「で、シロ君はどうしたの?」 「そうだった!って思い出したんだけど、オレは…バツが悪くなって…。兄ちゃんに怒って言ったんだ。そんな事、言ってないって…ふふ…。」 「あちゃ~…それはお兄さん困っただろうね…。彼は何て言ってた?」 主治医はシロに思い出させるように相槌を打って、上手に話を聞きだしてる。 「兄ちゃんは…ムッとして、もうお祭りに行かない!って…怒った。」 意外だった… シロの兄貴はシロに激甘だと思ってたから…怒ったなんて、思いもしなかった。 「あぁ…兄弟喧嘩が始まっちゃったんだね…」 主治医がそう言うと、シロはクスクス笑いながら話した。 「そうなんだ…オレは絶対引かないし…兄ちゃんは、オレが頑固なのを知ってるから…ずっとムッとしたまま、テレビの前で座り込んじゃった…。でも、窓の外から…太鼓の音が聞こえて来て…おみこしが回って来たんだ…。オレはうずうずして来て…兄ちゃんに言った…」 彼の話を聞いていると、その時の情景が目に浮かんで口元が緩んでいく… 「兄ちゃん?おみこしが来たよ?って言ったら…兄ちゃんはムスッと頬を膨らませたまま、シロ?兄ちゃんに何か言うことは無いの?って言うんだ。オレは素直に謝れなくて…おみこしが通り過ぎて行くのを黙って見送った…」 あぁ…そっか… ジレンマだよな…可愛いな、俺のシロたんは… 俺は頭の中でムフムフ妄想を抱きながら、決して表には表さないでただ黙って話を聞いていた。 シロはクスクス笑いながら視線を下に向けると、自分の手を弄りながら言った。 「兄ちゃんは怒ったまま、何も言わないし…オレは兄ちゃんと屋台で何か食べようと思っていたから、お腹が空いてきて…悲しくなった。楽しそうにお祭りから帰る子供の声が聞こえて来て…涙がボロボロ落ちて…オレはやっと兄ちゃんの傍に行って、謝ったんだ…。狛犬の所で待ち合わせしていた事…忘れていたって…ごめんなさいって謝った。」 「そう…そうしたらお兄さんは何て言ったの?」 主治医が楽しそうな声でシロに相槌を打つと、彼もにっこりと微笑み返して話した。 「…良いよって。許してくれて…ふたりで急いでお祭りに行った…。ふふっ!オレは途中で、もう終わってるって泣いたけど…兄ちゃんはまだやってるからって、オレの手を引っ張って…。ふふふ…。兄ちゃんの言った通り、お祭りは終わって無かった。ふたりで焼きそばを食べて…りんご飴を買って、盆踊りを見た。」 「ふふ…仲良しの兄弟だな…」 つい、ポツリと余計な事を言ってしまい、ハッと我に返ると、ヤベッと舌を出す。 でも、振り返った主治医は俺を見ると、にっこり笑って言った。 「本当に…この兄弟は、聞けば聞くほど仲良しなんですよ。ふふ…。優しくて、しっかり者のお兄さんと…、ちょっと弱虫の弟…そんな光景が目に浮かぶんですよ。で、シロ君は射的はしないの?」 「射的?しない。だってお金の無駄だって…兄ちゃんが言ったもん。」 シロはそう言ってケラケラ笑うと、俺を見て言った。 「勇吾はお祭りで射的とかする?」 俺は射的の名手だよ? 「…するよ?いつも店主に文句を言って、良い銃を貰うまでごねる悪質な客だ。」 主治医は納得した様に苦笑いをすると、体を戻してシロに言った。 「そうか…その思い出が、楽しかったんだね。」 彼はにっこりと微笑むと、頷いて答えた。 そうだね…聞いただけでも笑顔になる様な情景だ。 「シロ君、ところでさ、エッチをする時は、どっちが誘うの?」 なんだと…?! 唐突な主治医だ…唐突過ぎて動揺したじゃないか…! 俺は聞き耳を立てて、その質問の答えを待った。 「オレは兄ちゃんと一緒に寝ていたから、寝る時おしゃべりしてると、兄ちゃんが…。でも、たまにオレも兄ちゃんに甘えて、抱きついて行った…」 なんだと…! それは素晴らしい世界じゃないか… 俺は今ほどお前の兄貴が羨ましいと思ったことは無いよ… 「そうなんだ…。嫌な時はあった?今日はしたくないとか…今日はそんな気にならないとか…?」 主治医は結構突っ込んだ話題を振るんだ… もしかしたら…さっきのは緊張を解す“フリ”で、こちらが本題なのかもしれない。 「無いよ。オレは兄ちゃんのシロだから…。そんな風に思った事は一度もない。」 ハッキリと言い切る彼に…危ない思想を抱きそうになる自分を抑える。 兄ちゃんのシロ?何それ…ズッケ。 「じゃあ…逆に、お兄さんがシロ君を拒絶する事はあった?児童相談所の女性の件以前の関係で、シロ君が求めた時に、お兄さんが断る事はあった?」 「無い。」 肩をすくめてそう答えるあの子に…良からぬ妄想が暴走して行く… 俺もお前の兄貴になりたいよ。 「…なるほどね。良く分かりました。」 主治医はそう言うと、熱心にパソコンに何かを打ち込み始める。 ふぅん…こいつはちゃんと仕事もしてるんだな… 「ねえ?先生?トイレに行って来ても良い?」 「良いよ~?」 俺にニッコリと微笑みを振りまいて、トイレにシロが退席すると、主治医はクルリと体を返して俺に言った。 「シロ君にとって桜二さんは、彼が無条件で愛される存在。親や、兄弟が与えるであろう、安心感を求めています。依冬君は適度な緊張感を有する恋人…所謂、他人です。勇吾さん、あなたは彼のアイドル。…偶像です。」 へぇ… 「じゃあ、先生はシロの何?」 俺はそう言うと、体を乗り出して、彼の顔を覗き込んだ。 「へへ…私ですか?私はシロ君の…そうだな、何かな…?」 主治医はへらへら笑うと、う~んと悩み始める…そして、ポンと手を叩くと言った。 「よき理解者でありたい。」 「あわよくば、一回やってみたいとか思ってんじゃないの?」 俺はそう言って主治医の表情の変化を見つめる。彼は俺を見つめ返すと、まるで心を読ませないみたいに、無表情になった。 「勇吾さん、私はね彼の全てを知ってる。彼から聞いた話、桜二さんから聞いた話、依冬君から聞いた話。それらを繋ぎ合わせてシロ君という人を知っている。だからかな、そんな気は起きないんですよ?彼がどれだけ魅力に溢れていてもね。そうだな…どちらかというと、私は観客側の人間です。」 淡々とそう話すと、主治医は俺の顔をまじまじと見て言った。 「シロ君が主人公のお話を眺める、ファンの1人…です。彼の視点で物事を見て、彼の感情を一緒に体感して、混乱する舞台の上に立つあなたたちを、客観的に眺める。それが、私のお仕事です。」 シロの壮絶で甘くて狂った話を聞いたら…客席から舞台に立ちたくならないかね? こんなに情熱的で官能的な話…なかなか巡り合えないし、見る事さえ出来ない。 「勇吾さんは…堪らず客席から舞台に上がった人。美しい容姿と類似した分野の才能で彼の心を支配して、舞台を乱した。あなたに夢中のシロ君は、お芝居を続ける事よりあなたを見る方を選んでしまった。それが、結果的に彼の自責の念になって、舞台から降りようとしてしまった。」 ふふっ!とっても、分かりやすいじゃないか… 俺はクスクス笑うと主治医に賛辞の言葉を贈った。 「ブラボー!凄いね、まさにそんな感じかもしれない。では、俺はこれからどうしたら良いのか…教えてくれませんか?あの子を傷付けないで、あの子を愛する方法を教えてよ。」 主治医の目をじっと見つめて、彼の答えを待っていると、廊下でシロの声が聞こえる。 「依冬~!」 あぁ…ビースト君が来たんだ…なんだ、せっかく二人きりだったのに… 廊下に視線を送る俺に、主治医はクスクス笑いながら言った。 「あなたにとっても…彼はアイドル。偶像。でも、あなたは強引で…わがまま。この状況はあなたにとったら歯がゆいかもしれませんね。そうだな…文通でもしてみましょうか…?」 それは意外な提案だ。 自分の事を忘れてしまうんじゃないかと不安で、携帯電話に登録された連絡先のあだ名で書かれた部分を、思わず名前に変更した… 離れていく事の不安は、あの子が、自分を忘れてしまうんじゃないかと思う、不安。 必死になってインパクトを残そうと、もがいて、苦しむ俺を分かってるみたいだね… 「文通…?はは…やった事も無いね。でも、それで彼が繋ぎ留められるなら…悪くない提案だ。」 彼の主治医に視線を戻すと、にっこりと微笑んで握手をする。 「あれ~?土田先生と勇吾は仲良しじゃん。ふふっ…見て?依冬が来たよ?」 知ってるよ… 俺は主治医と手を離すと、シロを見つめてにっこりと微笑んだ。 文通か…それじゃあ、最高の便箋で最高の文を書いて、身を焦がれる様にロマンティックで胸がときめく様な、甘い関係を続けてみるか… 依冬君は両手にテイクアウトの袋をぶら下げて…彼の主治医をチラチラと見てる。 ふふっ… ほらね…シロを甘やかすのは俺一人じゃない。 「依冬さん。まさかその中身は食べ物ですか?」 「…いいえ、これは…その、食べ物じゃなくて、お菓子です…」 それって食べ物じゃん… 「ふふ!良いの、良いの、土田先生にもあげるよ?」 シロはそう言うと、依冬君から袋を受け取って俺の膝の上に置いた… 「ん~ふふ!」 上機嫌にんふんふ言いながらシロが袋の中の箱を開くと、桃のケーキが5個入っていた。それを一つ取ってお皿に乗せると、主治医に手渡して言った。 「はい、依冬の大好きな桃のケーキだよ?甘すぎないから…先生も気に入るよ?」 すっかり絆された主治医はデレデレ笑うと、桃のケーキを受け取った。 「はい、勇吾にもあげるね?」 そう言って俺の目の前にお皿に乗った桃のケーキを差し出すから、俺は彼の腰を掴んで自分の膝の上に座らせる。 そして、彼の重みを感じながら、彼と一緒に、依冬君の大好物を頂いた… #シロ 勇吾はあんなに注意されたのに、今日も、朝一番にやって来た… 「シロ…あったかいね。気持ち良くて勇ちゃん…寝ちゃいそう。」 「勇吾?どうして昨日注意されたのに…もう、ダメな人だね?」 布団の中…向かい合ってオレがそう言うと、彼は瞳を細めて言った。 「だって、シロ?俺は明日にはイギリスに帰るんだ…少しくらい、オマケしてくれても良いだろ?」 全く…この人は、とんでもないんだ。 勇吾がくれた花は、毎日水を変えて丁寧に扱われてるおかげか…未だに茎に張りを感じる。強い花なのかな…?しなびる気がしないよ。 そして、今日も良い香りを部屋中に送ってくれる。 「ん~~!良く寝た!」 ベッドから起きて伸びをしながらそう言うと、後ろから勇吾がぺったりとくっ付いて来る。 きっと明日お別れをするのが、寂しいんだ… 彼の腕を掴むと優しく撫でて教えてあげる。 「勇吾?土田先生に言われたんだ。勇吾と文通して見たら?って…。メールや電話じゃない、文通だよ?煩わしく感じたら…嫌じゃないか。ねえ?勇吾?煩わしいかな?」 オレの背中にキスをすると、勇吾はクスクス笑いながら言った。 「全然…お前から届く手紙は煩わしくなんて無い。俺の糧にするから、送って。」 ふふっ…! オレは彼の腕を撫でて手の甲まで滑らせると、指を絡ませて繋いだ。 「勇吾…愛してるよ。」 オレがそう言うと、勇吾は何も答えないでオレの背中に顔を擦り付けた。 「あ~!大塚さんがまた来てるよ?彼はここ最近、皆勤賞だ。」 勇吾と手を繋いで中庭にやって来ると、いつもの場所に大塚さんが居て、俺を見つけると笑顔で手を振ってくれた。 「んふふ!おはよう?今日も絵を描いてるの?」 彼の傍まで行って、白紙のスケッチブックを眺めると首を傾げて言った。 「何も描いてないじゃないか。ダメだよ?画家は絵を描くものだ。そうだ…!オレがカンフル剤になってあげよう!」 そう言って彼の膝に座ると、可愛い猫の絵を描いてあげた。 「これ…何?」 勇吾がそう言って猫の絵を指さすから、オレはにっこり笑って教えてあげる。 「これはね…猫ちゃんだよ?可愛いだろ?」 ぷぷっと吹き出して笑う勇吾は、とっても楽しそうな瞳をしてる。 良かった… 今日の彼は少しだけ寂しそうで…可哀想なんだ。 「…シロ君のお友達に…」 そう言って大塚さんが紙を一枚、勇吾へと差し出した。 彼は首を傾げながらそれを受け取ると、満面の笑顔になって言った。 「あぁ…シロだ…!どうも…ありがとう。」 それは昨日、勇吾が見て、欲しがった絵。 頬杖を付いてつまんなそうにしてるオレが描かれた絵だ。 「優しいね?ふふっ!大塚さんは気が変わったみたいだ。どうしてあげる気になったの?」 背中の彼にそう聞きながら、嬉しそうに絵を眺める彼を見上げる。 「…この人が、君の大切な人って分かったからね…」 へえ…凄いね。 「そうか…さすが、絵描きだね。良く見てるんだ。彼はね、明日遠くへ行っちゃうんだ。だから、優しくしてくれてとっても嬉しいよ?大塚さん、ありがとうね?」 オレがそう言って彼のスケッチブックに鉛筆をあてると、彼がそっと手を添えて、しゃっしゃっと絵を描き始めた。 何てことない線の塊が…いつの間にか毛の様に見え始めると、あっという間にとってもリアルな猫の姿が浮かんで見える。 「わぁ…勇吾、見て?オレが描いたよ?」 「ふふっ!突然の上達じゃないか…」 勇吾はスケッチブックを覗き込んでそう言うと、オレの頭を優しく撫でてくれた。 「どうしてこんなに上手に描けるの?」 首を傾げて勝手に動く自分の手を見つめると、オレの後ろから、大塚さんが言った。 「練習してるからね…。シロ君が昨日見せてくれた踊りもそうでしょ?何回も練習して、やっと物に出来るものなんだ。そして、形のないそれらに終わりはない。一生練習し続けて、一生上手になり続けるんだ。」 ボサボサ頭で不精髭の大塚さんは、知的にそう言うと、オレの背中を撫でた。 「ふぅん…そうか…日々精進ってやつだね…」 オレはそう言うと、勇吾に手を伸ばして掴んでもらった。 よいしょッと大塚さんの膝から退くと、オレのパーカーの裾を掴む大塚さんを振り返って見た。 「どうしたの?」 「シロ君を描きたいの…」 「…じゃあ、昨日みたいに勇吾とおしゃべりしてても良い?」 「良いよ?ふふっ…ありがとう。」 桜二は彼に俺の絵を描いて貰いたがってた。 きっと勇吾が貰った絵を見たら、羨ましがるだろうな… …大塚さんにもっと良い絵を描いて貰えるなら、桜二はへそを曲げないでくれるかな? そんな淡い下心を抱きつつ、オレは彼の目の前で、彼に描かれながら、勇吾とおしゃべりをする。 「勇吾のお仕事の話を聞かせてよ…今頃、一緒に働いてる人は困ってない?」 彼の顔を覗き込んでそう聞くと、勇吾は首を傾げて言った。 「さあね?」 オレが足止めを食わせてしまったから…気になって仕方がない。 「ごめんね?…ありがとう。」 オレがそう言うと、彼は瞳を細めてオレの頭を抱き寄せた。 あぁ…勇吾は、ふたりきりだと、とても甘いのは変わらないんだ… そして、オレは、そんな彼が大好きなのも…変わらない。 「…あのホールで?それは凄いね…?」 「そうだよ。町中の凄腕のストリッパーを集めて、オケの生演奏を流しながら、格式高いホールでポールダンスを踊らせるんだ。その構想を2年前からしていて…イギリス中のストリップバーを渡り歩いて、気になった子に声を掛けて回った。それがもうすぐ公演される。」 勇吾はそう言うと、前屈みに肘を足に乗せてオレを振り返って見つめる。 「お前がセンターを踊ってくれたら…最高なんだけどな。」 そんな彼の微笑みに、眉を下げて微笑み返すと言った。 「いつか…オレも、勇吾の演出の中、踊ってみたいよ…。だって、あなたは最高だから…。でも、今は…まだダメ…。ふふっ。」 彼はオレの前髪を指ですくうと、優しい笑顔を向けて、そっとキスをくれた。 それがまるで、分かってるよって言ってるみたいに感じる…そんな、優しいキスで、オレは首を傾げながら、クスクスと笑うと、彼の唇を食んだ。 いつか、そんな日が来るのかな… 桜二から離れても、依冬と離れても、心が不安定になる事が無く…自分のままで居られる日が来るのかな… ぼんやりと遠くの緑を眺めて、そんな思いにふけっていると、突然、勇吾がオレの膝にゴロンと寝転がって、下からオレを見上げて言った。 「シロ…花を降らせて…」 ふふっ! 可愛い… オレは両手を高く上げると、彼の体に手のひらで作った桜の花びらを舞い落とす。 柔らかくて薄ピンクの花びらが見える様に…花びらの軌道を予測して…ゆったりと、、穏やかに手のひらを泳がせて、可憐な桜の花びらを幾つも落としていく。 勇吾は嬉しそうに瞳を細めると、まだ落ちている最中のオレの手のひらを掴んで言った。 「捕まえた!」 そう言ってケラケラと笑う彼に、もっと上から…がくから取れてしまった桜の花が、クルクルと回転しながら舞い落ちて来て…彼のおでこにふわりと舞い降りた。 風がそよめくと…桜の枝がざわざわと揺れて、一斉に舞い落ちて来る桜の花びらを、勇吾と一緒に眺める。 「ふふ…勇吾は、もう桜の花びらだらけだよ?覆いつくされてしまった…体を起こすと、サラサラッと音を立てて流れて行くよ?」 オレがそう言って笑うと、彼は自分の体の上の花びらを手で払って退かした。 ふふっ! 「なぁんで…退かしたの?」 オレはそう言って彼の顔に覆い被さって覗き込んだ。 「桜ちゃんはそんなに要らない。」 眉を下げてそんな憎まれ口を聞く彼に、これ以上、話さない様にキスをして口を塞いでしまう。 可愛くて、甘えん坊の彼は…寝入りの顔が機嫌の悪い赤ちゃん。ふたりきりになりたがって…やたらと甘い顔を見せて来る。とっても魅力的な、美しい男。 「シロ君、お店にはいつ頃戻るの?」 イチャつくオレ達を目の前にしながら、大塚さんは動揺する事無くそう言って聞いて来た。 「そうだな…出来れば早く戻りたいよ…。ずっと踊って無いから、鈍ってしまった。明日退院して…。次の日には、もう、お店に立ちたいな…。支配人が許してくれればね…」 勇吾の頬を撫でながらそう言うと、顔を上げて大塚さんに言った。 「…連絡先を教えてくれれば、お店に出る日が決まったら教えるよ?」 「え…」 そう言って固まる大塚さんに首を傾げて言った。 「嫌なら…他の方法で…」 「いいや、嫌じゃないよ。」 彼はそう言うと、胸ポケットから携帯電話を取り出して、オレと勇吾の目の前までやって来て言った。 「自分の連絡先を、どこで見るのか…分からない。」 ぷぷっ!こんな機械音痴…まだいるんだね。 「貸してみて?」 オレはそう言って大塚さんの携帯電話を借りると、自分の連絡先が表示されるページを映してあげる。 「おお…じゃあ、これで…」 そう言って差し出し返された彼の携帯電話を受け取ると、自分の連絡先に新規で登録する。勇吾はオレの膝から退くことなく、ずっと下から様子を眺めて見てる。 …ん、もう…この人は…赤ちゃんなの? ぼんやりと彼と目が合ったから、舌を出してアッカンベをしてやる。 「はい、オレの連絡先も入れておいたよ?…結城シロだよ?」 使い慣れない名字を使ってそう言うと、勇吾がクスクス笑って言った。 「桜ちゃんと、依冬君、シロは3兄弟だな…」 ふふ…そうだ。オレ達は歪な3兄弟。そして、オレは次男だ。 機能不全家族が、お互いの足りないものを補完し合ってる。 大塚さんに別れを告げると、オレは勇吾と手を繋いで中庭を散歩する。 「シロ?サザンカだ…。そうだ、これをシロにあげる。」 勇吾はそう言うと、唐突にサザンカの花をプツリと頭だけもぎ取った。 「あ~あ…酷い事をするんだ!」 オレがそう言って睨むと、彼は首を傾げて言った。 「なに?これじゃ嫌だった?こっちの花にする?」 そう言う問題じゃない…美しく生きていたのに、勇吾がもいでしまったから…死んでしまったじゃないか… 「…もう良いよ、その花をちょうだい?」 手のひらを上に向けて、彼の乱暴にもぎ取ってしまった花を受け取ると親指でそっと撫でて、心の中で謝った。 「シロ?サザンカの花言葉を知ってる?」 花言葉…?残酷な事をするくせに、ロマンチックだね… 勇吾の顔を見つめて首を傾げると、考えもしないで、すぐに降参する。 「知らない…教えて?」 微笑んでそう言うと、彼は得意げに口元を上げて言った。 「困難に打ち勝つ…ひたむきな心…だ。どう?シロにピッタリだろ?」 んふふ…!んふふふ! オレは必死に笑いを堪えながら勇吾を見つめると、にっこりと笑ってお礼を言った。 「ほんと、オレにピッタリだね。ありがとう。大事にするね。」 勇吾がこそばゆい花言葉を言うから…おかしかった。 でも、同時に、彼は色んな事に色んな意味を含ませてるって分かった。 もしかしたら、一種類だけ大量に贈られた、あの花束にも…意味が込められているのかもしれない… 「ねえ?勇吾、あの花束の花は何て名前なの?」 オレがそう彼に聞くと、彼は嬉しそうに瞳を細めて言った。 「デンドロビウムだよ…お前によく似た花…」 オレによく似た…? あんなに可憐で、産まれたばかりの様な純粋な美しさを、彼から見たオレは、持ち合わせているのだろうか…? 「そう…あの花は、とっても好きになった。」 オレがポツリとそう言うと、勇吾はオレの体を抱きしめて言った。 「俺もあの花が、とっても好きになったんだ。」 うっとりと、オレを見つめる半開きの瞳が…甘くて…優しい。 抱き合いながらユラユラと揺れて…まるでチークダンスを踊っているみたいに、彼がステップを踏み始めると、オレは手のひらにサザンカを乗せたまま、彼のリードで一緒に踊り始める。 ゆったりとワルツのテンポを、彼の体の動きに合わせて足を運ばせて踊ると、いつの間にか…周りに見物客が集まって来る。 ふふ…! きっと勇吾が綺麗だから、何かの見せ物だと思ったんだろう… 「じゃあ…そろそろ終わろうか?」 小さく呟く彼の声にそっと頷くと、彼がオレの手を掴んだまま高く上げる。 それに合わせてクルリと回ると、一緒にお辞儀をした。 「わ~~!凄い、ダンスのお姉さんと綺麗なお兄さん、すごいね~!」 そんな歓声を受けても、良いんだ…気にしないよ。 特にペアダンスの場合…固定概念でペアの一方が女性に見えてしまう事なんて…ザラだ…きっと、よくある事なんだ。 「シロ君、今日も踊ったね?勇吾さんがいると楽しそうで良いね。」 土田先生がそう言ってオレに手を伸ばすから、オレは彼の手を掴んで言った。 「先生、綺麗だった?」 「とっても優雅で、ゴージャスだったよ?」 土田先生はそう言って拍手をすると、勇吾を見て同じようにパチパチと拍手した。 んふふ!賛辞を頂いた! 「勇吾、褒められたね~!オレ達、ペアの優勝だ!」 大喜びして勇吾に飛びつくと、力持ちの彼に抱っこしてもらいながら部屋へと戻る。 中庭から廊下に行っても、勇吾の抱っこはブレないし、安定してる。 ふふ…力持ちだ。 「シロ君…。まぁ…良いわね…」 うっとりと看護師さんが瞳をトロけさす理由を知ってる。 勇吾が美系だからだ… 彼はまるで映画から出て来た人の様に…浮世離れしてる。 そんな彼を、オレは独占して、愛してもらえるんだ。 勇吾が摘んでしまったサザンカをベッドの横に置くと、ベッドに腰かけた彼に纏わりついて、そのまま押し倒す。 彼に体を覆い被せてジッと見下ろすと、彼は半開きの瞳を優しく細めて、オレを見上げた。 「勇吾…離れたくないよ…」 そう言って、困った彼の顔を笑顔で見つめながら、そっと彼の唇にキスして言う。 「愛してるんだ…離れないで…」 「離れないよ…」 そう言って彼がオレを抱きしめても、オレは彼の体に自分を沈めさせて言う。 「嫌だ…離れないで…」 グダグダに甘えて困らせて、彼の体に自分を埋めて、ひとつになりたい… そうすれば、離れてしまう事も、失う事も、忘れられてしまう恐怖も… 感じずに済むから。 「はい、シロ君そこまで…。今日は、特別に、調理師さんが作ってくれました。ラーメンです。」 「え!」 土田先生のその言葉に、オレは勇吾から離れると、目の前に置かれたお膳に乗ったラーメンを見つめて身震いする! 土田先生が優しい調理師さんの話をする中、俺はラーメンの上に薄く張った脂がキラキラと光るのを見つめた。 「だから…シロ君、調理師さんの思いのこもったラーメンを、美味しく食べて下さい…」 「いただききま~す!」 先生の話が終わる前に、そう言って両手を合わせると、勇吾がじっと見る中、ラーメンを豪快に啜る。 「あぁ…!美味しい!」 「シロ?シロがラーメンを啜るとき、フェラチオしてるみたいに見えるね?」 勇吾が夏子さんの二番煎じを言っても、オレはもう動揺したりしないよ? 土田先生が目を逸らす中、オレは思いきりラーメンを啜った。 「ねえ?先生?夜ご飯も、ラーメンが良いな?」 オレがそう言って上目遣いでおねだりすると、土田先生は首を傾げて言った。 「聞いてみるけど…期待はしないで?」 期待?期待は、してなんぼだよ? オレはあっという間に食べきると、スープを残さず飲んだ! 「あ~、塩分過多だ。シロは今ので体重管理を失敗したな…」 そんな意地悪を言う勇吾の声も、オレは気にしないよ? 久しぶりのラーメン、美味しかったな… 勇吾が売店で買ったパンを盗み食いしながら、うっとりとラーメンの味を思い出して、クスクスと笑って言った。 「退院したら、朝、昼、晩、ラーメンを食べてやる…」 「馬鹿だな…」 そう言うと、勇吾はおもむろに立ち上がって、上着の中から二冊の長細い本を取り出してオレに渡して言った。 「俺の大事な本をシロに貸してあげる。少し文学に触れなさい。」 ええ…? オレは仕方なく手を出してそれを受け取ると、表紙を見て題名を読んだ。 「アンナカレーニナ、ロミオとジュリエット…」 何度も読んだのか、本にはいくつも捲った後が付いていて、表紙の角がボロボロになっている。 本当に大事な本なんだな… 「ありがとう。大切に読んでみるね…勇吾の、沢山読んだ後の本。」 「それの感想を文通で書けば良いじゃん…」 勇吾はそう言うと、オレの正面に立って、頭を優しく撫でてギュッと抱きしめた。 なるほどね… オレは貰ったチップの枚数と合計金額を書こうと思っていたけど、確かに…こっちの方がロマンチックだ。 「ふふ…そうするよ…」 俯いて彼の貸してくれた本を撫でると、彼を見上げて聞いた。 「勇吾の、一番好きなお話は何?」 「そうだな…シェイクスピアだったら、どれも好きだけど…中でも、ロミオとジュリエットが好きだよ。理由はない…。ただ、好きなんだ。」 彼はそう言うとオレの隣に座って、体を抱きかかえながら、本を開いた。 「勇ちゃんが読んであげるね?」 そう言って頭の後ろから、つっかえる事なくつらつらと朗読を始める。 オレは文字を目で追いかけながら、彼の声を背中と耳で聞いて、お話を読んでもらう。 「どうしてこの家と、この家は、喧嘩してるのさ…」 オレがそう言ってちゃちゃを入れると、勇吾はオレの髪にキスして言った。 「その方がお話が盛り上がるからだよ。淡々と日常を描いていただけじゃ、面白くないだろ?こうやって…爆弾を落として、葛藤を生み出して、お話を盛り上げるんだ…」 ふぅん…意地悪なんだな。意地悪で…趣味が悪い。 「勇吾?大塚さんの絵、見せて?」 オレはそう言って彼から本を奪うと、テーブルの上に置いた。 だって、眠たくなってきたんだ… 「これ…見て?可愛いだろ?」 デレデレの勇吾は、4つ折りに折りたたまれたスケッチブックの一枚を、オレに差し出して見せた。 「あぁ…オレだ。それ以上何も感じないけど、桜二が見たら何て言うかな?」 「ダメだよ?桜ちゃんには渡さないからね?だって、彼は本物を持ってるんだから…」 そう言った勇吾の声は、少しだけ本気で苛ついているように聞こえた。 「そんな事しないよ?ただ、言っただけ。」 オレはそう優しく言って、彼の柔らかい髪を撫でてあげる。 ごめんね…そんなつもりじゃなかったんだ… そんな気持ちを込めながら、ジッとオレの絵を眺める彼の横顔を見つめる。 「トイレには飾らないで…」 そう言って彼の頬にキスすると、そのまま押し倒す。 「なぁに…?シロは俺とセックスがしたいみたいだ。」 そう言って微笑む彼を見下ろして、うっとりとキスすると、彼の股間を弄る。 「したいよ…すっごい勇吾が欲しい…勇吾に抱いて欲しい…」 吐息と一緒にそう言って彼の耳たぶを舐めると、ねっとりと粘り気のある視線を彼にぶつけて、股間に置いた手をいやらしく動かした。 「あ~…もう、シロは本当に勇ちゃんが大好きなんだな…」 そう言って頬を赤らめる勇吾に、にっこりと微笑んで言った。 「うん…勇ちゃんが、大好きなの…ねえ、またしてよ…勇ちゃん。オレの事、抱いてよ…」 ベッドに倒れて行く彼の体の上に乗ると、彼のシャツの上からゆっくりと胸を撫でて、うっとりと瞳をトロけさせる。 「はいはい、シロ君。先生が来ましたよ。もう、お色気ムードは、お終いです。」 例の如く現れた土田先生によって、オレのお色気ムードは強制終了された。 ベッドがあって、勇吾がいるのに、出来ないなんて…! 「ん~~~!!なんてこったぁ~~!」 地団駄を踏むオレを優しいジト目で見つめながら土田先生が言った。 「もう…明日には退院なんだから、ね?もう少しの我慢だよ?」 くそっ! 「うわ~~ん!勇吾~~!」 「なんだ、なんだ、大騒ぎだね…」 そう言いながら桜二が病室に入って来て、駄々をこねているオレを見つけると、にっこり笑って両手を広げる。 うわん! オレはすぐに彼に抱きついて、あったかい胸に顔を埋めてシクシク泣いた。 「桜二…桜二…土田先生が、良い所を、邪魔するんだ…」 それを聞いただけで…彼は、オレが何をして土田先生に注意されたのか…察した様に言った。 「明日には退院なんだから…ねえ…」 全く! 「桜ちゃん、見て?良いだろ?」 オレは背中でそれを聞いただけで、勇吾が桜二に何を見せたのか…察した。 「あ…何それ。シロだ…可愛く描けてる…。まるで、本物じゃないか。」 「画家がくれたんだ!良いだろ?」 もう…この人は本当に…しょうもない。 オレはゆっくりと顔を上に向けると、桜二の胸を撫でながら言った。 「大塚さんがくれたんだ。でも、もっと良いのを、桜二に売ってくれるはずだよ?」 彼はじっと勇吾が見せびらかすオレの絵を見つめて、しょんぼりと顔を落とすとオレに言った。 「…良いな。俺も、あれが良い…」 なんてこった! 「桜二には、本物がいるじゃないか!失礼だぞ!」 頬を膨らませてオレがそう言うと、桜二は口を尖らせて拗ねた。 なぁんだ、本物よりも絵の方が良いなんて! 間違ってるよ? 本物は触れるし、匂いだってするし、エッチだって出来るんだ。 絵じゃ出来ないだろ? 「もう!しまって!喧嘩の種になる!」 オレはそう言ってプリプリすると、勇吾の胸を引っ叩いた。 「いてっ!」 当たり前だ…。痛くしたんだから! 「…明日の為に、今日中に持って帰れそうなものを持って帰るよ…」 オレのプリプリを察した桜二が、そそくさと荷物をまとめ始める。 土田先生は早々に退散した様で、片付けを始める桜二とオレの暴力に怯える勇吾を眺めながら、ふんぞり返ってプリプリを見せつける。 「もう…ごめんよ。シロ、怒るなよ。」 そう言って勇吾が謝って来るから、オレは口を尖らせて言った。 「勇吾?桜二はね、あの大塚さんの話に食いつくくらい絵に興味があるんだ。そんな彼にね、貰って嬉しいとはいえ、わざわざ見せびらかすなんて…いけないと思うよ?」 オレの言葉にシュンと眉毛を下げると、勇吾は桜二の方を向いて言った。 「桜ちゃん、俺ばっかりシロの可愛い絵を貰って…ごめんね?」 どっちともとれる言葉を使って勇吾が桜二に謝った… 「良いよ。俺は鉛筆で描いたやつよりも、もっと良いものを貰えるみたいだから…気にしないで?」 桜二も負けずにそう言って、にっこりと微笑んで見せる。 年齢も30歳を過ぎると、こういう意味深な言葉の応酬が出来るようになるんだろうか… それとも、目の前のふたりが、飛び切りいやらしいだけなんだろうか… 「ふふふ…俺達は仲良しだもんね?」 「そうだね…勇吾…」 そう言って微笑み合う、ふたり… 「桜二?オレは明日は何時に退院できるの?勇吾のお見送りに行けるの?」 桜二の腰に纏わりついて甘えて聞くと、彼はオレを見下ろして言った。 「お会計を済ませたら帰れるから…事務が開く頃かな…?9時ころかな?」 「幾らになったの?オレはお金持ちだから払えるよ?」 胸を張ってそう言うと、桜二も勇吾も悲しそうな目をして言った。 「…無理するなよ。」 オレは結城さんに貰った大金があるんだよ? 桜二の顔を見つめて、必死に訴え続ける。 「お金持ってるもん。銀行に百万単位のお金、あるもん…」 「うん…そうだな…うん、うん。」 えぇ…信じて無いの? 「勇吾は明日、何時の飛行機に乗るの?」 首だけ動かしてベッドに座る勇吾に尋ねると、彼は伏し目がちになって視線を反らして言った。 「え~…教えてあげない。」 なんだ…まだ、お見送りを拒絶するのか… 「…じゃあ、明日退院したら…勇吾のホテルの前で待ってるよ。」 オレは勇吾の目の前に立って小さい声でそう言うと、踵を返して桜二の片付けの手伝いをする。 勇吾は何も言わないでただオレを見ていた。 どうしてそんなに嫌なのか… 彼は、お見送りを拒絶する。 「本当にお金持ってるよ?通帳みせようか?オレの”宝箱”に入れてあるから、帰ったら見てごらんよ。」 荷物をまとめ終えた桜二の背中に乗ってオレがそう言うと、彼は適当に相槌を打って、クスクス笑うばかりだ。 ベッドに座ってその様子を見ていた勇吾が、オレに手を広げて言った。 「シロ!おいで?」 「ふふっ!」 オレは上機嫌で彼に飛びつくと、ゴロンと寝転がる彼に覆い被さって、甘える。 「勇吾!イギリスに戻ったら何をするの?」 彼の胸に顔を乗せてそう聞くと、彼は少し悩んで言った。 「まず、タクシーに乗って自宅まで帰るだろ?で、準備が始まってる会場へ行って、仕事仲間に挨拶をして…多分そのまま仕事するかな…?」 わぁ… 「…それじゃあ、忙しいね?」 彼の顔を覗き込んでそう言うと、半開きの瞳を細めて言った。 「そうだねぇ…」 「ねえ…どのくらい、飛行機に乗ってるの?」 彼の胸に頬を乗せて、また別の話をする。 彼はまた少し悩むと言った。 「13時間くらいかな…」 わぁ… 「それは…半日以上だね?」 再び、彼の顔を覗き込んでそう言うと、彼は半開きの瞳を細めて言った。 「そうだねぇ…」 ふふっ! 「もう嫌だ!帰るのやめて、オレと一緒に桜二の家に住んじゃえば良いのに!」 オレはそう言うと、彼の表情を見ないで胸に抱きついた。 そっとオレの髪を撫でる彼の手を感じながら、彼の呼吸で上下する胸に身を委ねる。 「…そうだねぇ」 ポツリとそう言った彼の言葉に、目の端から涙が落ちていく。 知ってる。 わがままだ。 自分勝手で、自己中心的な…わがままだ。 彼はイギリスを拠点に活躍する演出家。そんな彼に帰るななんて言ってしまうんだ。 これは…わがまま以外の何物でもない。 喉から漏れて来る嗚咽を我慢しないで、彼の胸にこぼして行く… 「あっああ…勇吾…。寂しいよぉ…うっうう…うう…行かないでよぉ…あっああ~ん…」 「はは…シロは大げさだな…。死ぬ訳じゃないんだ。また会えるだろ?」 オレの髪を撫でながらそう言うと、オレの体を抱きしめていた手の力を抜いて、だらんと体に沿わせた。 「でも、でも…嫌だ…嫌だぁ…行っちゃ、だめぇ…」 彼の半開きの瞳も、彼の甘い声も、彼の良い香りも…全てイギリスへ帰ってしまう。 「シロ?お花、今日、持って帰るよ?」 淡々と桜二がそう言って、オレと勇吾のひと時を邪魔する… 「1本、残しといてっ!」 キッと桜二を睨んでそう言うと、変顔する彼を無視して、勇吾にグダグダに甘える。 「嫌だぁ…行かないって言って?明日から勇吾はたこ焼き屋さんになって…オレの傍に居るって言って…ね?お願い。」 「ふふ…シロ、馬鹿だな。」 勇吾はそう言って少し笑うと、ため息をつきながら言った。 「俺がたこ焼き屋さんになったら、誰がお前の舞台を演出するんだよ…」 あ… …そうか… 彼の胸に頬ずりしながら、自分の涙を彼に擦り付けてマーキングする。 この人はオレの物で、誰にも渡さないって…印をつける。 「たこ焼き屋さんでも…演出は出来るのに…」 クスクス笑いながらそう言って、彼の胸に沈んでいく。 彼がくれたサザンカの赤がやけに鮮やかに見えて…そっと、手を伸ばして花びらに触れると、しっとりとした感触を指先に残した。 死んでるのに…艶めいて、美しいだなんて… 花は、強い。

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