34 / 41

第34話

#桜二 久しぶりにあんなに取り乱すシロを見た… 幼い頃の自分を抱きしめる…と、いう土田医師の宿題を、彼はこなしたんだ。 ずっと触れなかった幼い頃の自分自身に触れて、抱きしめた。 それは、彼が勇気を出して自分の過去と向き合った事になる… 先に進むために…彼は、強さを発揮したんだ。 泣き疲れてベッドに眠るシロの髪を撫でる。 土田医師は言った…幼い頃の虐待は、大人になっても傷になって残ると… 治る事のない傷を抱えて生きてる人が、シロの他にも…沢山いる。 「俺もそうなのかな…」 ポツリとそう言うと、シロの頭にキスをしてゴロンと隣に寝転がった。 今回の出来事で…シロの中で何か突き抜けた気がした。 彼は…もう、大丈夫な気がする。 何となく、そう感じた。 「シロ…お休み…」 そう言って彼を後ろから抱きしめて、腕の中にしまい込んで、眠りについた。 アラームの音で目が覚めて、隣に眠る彼を見つめる。 カーテン越しに朝日が入って、白い肌の彼が輝いて見える… 綺麗だ… 昨日の出来事のせいか…どうでも良い思いが喉の奥に詰まって息苦しいんだ。 誰かに話したいけど…自分でも認めたくない思いって言うのは、口に出す事さえ憚れる… 目の前のシロを見つめる… どうせ…起きないだろう? 俺は彼に聞こえない程度の小さい声で、眠り続けるシロに語り掛けた。 「シロ?俺は結城に復讐を果たした。幼い頃から受けた理不尽を、全てあいつのせいにして…復讐した。でも、最近思うんだ…。俺はもしかしたら…酷い扱いを受けた母親が可哀想で…結城に復讐したんじゃないかって…」 「オレはずっとそう思っていたよ…?」 目の前の彼は、こんな日に限ってちゃんと起きた… うっすらと瞳を開くと、俺の頬を撫でて言った。 「桜二の名前が好き…桜なんて…美しい花が、名前の中に咲いてる…。こんな素敵な名前を付けてくれた人…オレは嫌いになれない。」 彼はいつも俺の名前を誉める…。素敵な名前だって…褒めてくれる。 俺は表情には出さなくても、いつもこそばゆい思いをしながら…喜んでいた。 気付けば、自分の名前が好きになっていた…彼が好きな俺の名前が、好きになったんだ。 母親が付けた“桜二”という名前… O次郎なんてあだ名を付けられた事もあったけど、今はとても気に入ってる。 シロの様な発作みたいな症状は無くても…俺も、サバイバーなのかな… 被虐待児が大人になると、そう呼ばれると土田医師は言った。 過酷な環境をサバイバルして生き残ってきた…サバイバー… 「バケラッタ!」 目の前の彼がそう言ってクスクス笑う。 その笑顔が可愛くて…堪らずキスをする。 彼への偏執的な執着も…独占欲も…母親への愛情を彼で満たしているのかな… 大塚さんの言った…シロの顔が母親の様だという言葉… 俺はしっくり来たんだ。 だって、俺は彼にグダグダに甘える事が出来るから。 あの勇吾も、あの依冬も、彼の母性に惹かれてる… 彼の大きな包容力に包まれて、安心したがって、彼を求めてるみたいだ。 マザコンの集まり… 「ふふ…」 俺が笑うと、目の前のシロは俺の鼻をチョンと触って言った。 「なぁにが面白いんだ…」 「はい…起きようか…?」 「嫌だ…オレは2時まで寝てるんだ…!」 毎日少しだけ違う同じ事を繰り返して、穏やかで強い時間が流れて行く。 彼と一緒に…流れる時間を過ごしてる。 それが…とても満たされるんだ。 まるで満たされなかった思いを埋める様に、彼を愛して、彼に愛されて…満たされる。 朝ご飯の支度をしながら、昔の自分を思い出してみる。 子供の頃の自分… 呼びかけても母親が俺を見る事は無かった。 無視して、嫌って、呪いの様な言葉を投げつけて、嫌悪した表情を向けて…拒絶した。 それはいつから始まったのか…それ以前は、愛されていたのか… 覚えていない。 求めて拒絶されるくらいなら…初めから求めなければ良いと気付いた。 期待して、裏切られて、心を傷付けられるのが堪らなく悲しかったから。 もう、求めない事にしたんだ。 「桜二…オレ、偉い?起きて来たよ?偉い?」 目をこすりながら、珍しくシロが起きて来てそう言った。 「ふふ…偉いよ。」 発作を初めて目撃した時、この人が…堪らなく可哀想に見えた。 壊れた心を両手で守りながら生きてるこの人が、自分と重なって見えた。 だから、力づくで教えてやりたかったんだ… そんな心、手放して… もう、何にも期待しないで… 俺と同じように…心を捨てれば良いって… そうしたら、楽になるからって… 執拗に彼を攻めて、落したかった。 でも、俺は、逆に…彼の心に触れて自分の心を取り戻した。 傷付いて、抗って、ムキになって、自分を見て欲しがった。 カマチョのクソガキ… 「ふふ…」 卵を割りながら思い出し笑いすると、ソファに座ったシロが俺を見て言った。 「…スケベな事でも思い出してるんだろ?変態だな…」 ふふ…違うよ。お馬鹿さん。 怪訝な顔をするシロに肩をすくめてみせて、卵を箸で解かしていく。 あんな散々な生き方をしてきたのに… 彼の幸せを心から願ったり、彼が苦しまない様に死んだ人にお祈りなんてしたりする。甲斐甲斐しく世話を焼いて、彼の事を何よりも優先して、彼に傅いて満たされる。 …変わったの? 俺は、変わったの? それとも、無視し続けて来た心が、思いが…息を吹き返したの? 本来の俺は…こんなに優しい男だったの? トゲトゲしていたのは、かりそめの姿だったの? 「桜二?ぼんやりしてると焦げるよ?オレは焦げてる卵焼きは嫌だ。」 カウンターに肘をついて俺の手元を覗き込みながらシロが言った。 「分かってるよ?俺は卵焼きのプロだから…ちょっと考え事をしながらでも、上手に焼けるんだ。」 「嘘つき。この前、焦がしただろ?」 バレてたのね…ふふ。 「あの時は、わざと、ビターにしたんだ。」 俺はそう言うと、卵焼きをまな板に載せて、包丁で4等分に切った。 そして、お皿に乗せるとカウンターに置いて、満面の笑顔でそれを見つめるシロを見つめて、口元を緩めて笑った。 俺が庇護してるんじゃない。 彼に庇護されてる。 彼のあったかい包容力で、守られてるんだ。 それこそ…母親が子供に与えるような…ありのままを愛するような愛だ。 それは言葉では簡単に言えるけど、行うのは容易い事じゃない、愛だ。 心が傷付いてクズになった俺…そんな俺を、クズのまま愛してくれた。 安心した俺は、彼に傅いて彼に執着した。 シロは、そんな俺も愛してくれた。 この人なら、甘えても平気だって… ひとりで寂しかった子供時代の俺が顔を覗かせて、彼に甘えて、彼を頼って、彼に癒されて、彼に愛されて、やっと満たされて喜んでる。 「ん~~!美味しい!やっぱり桜二の卵焼きは一級品だね?これは上納できるレベルだよ?海外の偉い人が来たら、桐箱に入れてお土産に持たせられるレベルだよ?ふふ!」 目の前で笑うシロの笑顔を見つめて、心が温かい気持ちで満たされていく。 足りない何かを、お互い、補い合って…満たされてる。 いいや… 彼はそれ以上のものを俺にくれて、俺を包み込む様に愛してくれる。 「シロ…?今日から…”見守り携帯”を首から下げなくて良いよ。きっと、お前はもう大丈夫だ。」 ポツリと俺がそう言うと、シロは目を丸くして言った。 「なぁんで?何でそう言えるの?」 何となく…昨日そう感じたから… 「子供の頃の自分を抱きしめられたから…」 俺はそう言うと、口を尖らせるシロを見つめながら両手を合わせてご馳走様した。 「ほんとかなぁ~、本当に…大丈夫なのかな~?」 俺の腰に抱きついて、いつもの様に彼がグダグダに甘え始める。 洗い物をしながら、背中の彼に言った。 「大丈夫だ…。だって、シロにとったらあれが一番の試練だったはずだから…。お前はやりきったんだ。だから、発作が起きたとしても…何て事ない。いなしてやれば良い。」 「ふふっ!いなすって…ウケる。」 背中でクスクス笑う彼の笑い声を聞いて、安心する。 この人はもう大丈夫。 お兄さんへの悲しみは消えないけど、それを受け入れて、前に進んだんだ。 …やっと、彼は前に進んだ。 #シロ 「いってらっしゃい!」 大好きな桜二がお仕事に行った。 オレはいつもの様に乾燥機の中の乾いた洗濯物を畳む。 こうして毎日、少し違う、同じ事を繰り返してる。 床に座って開脚しながら目を瞑る…頭の中で幼い日の自分を思い出していく… オレはもう、あの子を怖いと思わない。 だって、あの子は化け物じゃない…とっても良い子だったんだ。 夕方の公園で、1人、鞭を打つ練習をしてる幼いオレに話しかける。 「何してるの?」 彼はオレを見上げると、首を傾げて言った。 「インディみたく出来ない…」 ふふ… オレはしゃがみ込むと、彼の紐の先に小石を括り付けてあげる。 「重さが足らないんだよ…こうしてあげれば…先っぽが重くなって…しなる様になる…」 そんなオレをまじまじと見つめて、幼いオレが言った。 「うわぁ…お兄さん、ありがとう…」 可愛い… 陽介先生のリトミックに通う子と、何ら変わりない… 「シロ。」 背後で知ってる声に名前を呼ばれて、思わず振り返る… そこに立っていたのは…仕事帰りの兄ちゃんだった。 「もう帰るよ、おいで…」 そう言って右手を差し出すから…オレはつられて左手を差し出した。 でも、兄ちゃんが握ったのは…オレじゃない、幼いオレの手だった… 寂しい… でも、笑顔で帰って行く自分の背中を見て、幼いオレを見つめる兄ちゃんを見て、愛されていたって…安心した。 良かった… 桜二と離れたけど、首から”見守り携帯”をぶら下げていない。 彼が言った…お前は、もう大丈夫だって… オレもそう思うよ。桜二… 今なら…たとえ発作が起きても、いなせる。 踏ん張り出した勇気が、オレに大きな自信をくれた。 口元を緩めながら勇吾の甘いメールを読んで、甘いメールを返信して、洗濯物を畳み終えた。 彼の貸してくれた“ロミオとジュリエット”は、まだ読んでる最中だ。 でも、読み始めてすぐにロミオが勇吾に見えた。ふふ… 依冬の部屋のベランダの下に現れた彼を思いだしたんだ。 「ストーカーの素質があるんだ。」 ポツリとそう言うと、体を伸ばしてストレッチを始める。 今日はお店のポールで、昨日の感覚を思い出しながら踊ってみよう… きっと、上手く行く。 #依冬 「はぁ…高いな…」 シロが1月には引っ越して3人で住みたいと言った。 桜二に要望を伝えておいて?なんて、言われたけど…。俺の方がしっかりした物件選びが出来ると自負してる。 だって、桜二は高層マンションなんて住みたがるんだ。 高速エレベーターや、付属した設備に毎月かかる管理費だって馬鹿にならない筈… あんな見栄の為に住むような所…再び選ばれたんじゃ堪ったもんじゃない! 「もっと安くて、広い部屋は無いですか?」 目の前で首を傾げる不動産屋にそう言うと、彼は首をもっと傾げて言った。 「ん~、ここら辺の相場ですよ?」 絶対、吹っ掛けてる。搾り取ろうとしてる。 だって、さっきから管理費が異常に高い所ばかり勧めて来るんだ。 これじゃあ…賃貸じゃなくて、買った方が安く済みそうだよ… 固定資産税は取られるとしても、この家賃を毎月支払うくらいなら…一括で買ってしまった方がもろもろの経費を減らせる。 「賃貸じゃない、売り物件の情報もいくつか下さい。」 不動産屋なんて言うけど…昔と違って、部屋情報はどこも似た様な取り揃えしかない。 隠し玉の様な…掘り出し物の物件を取り扱ってる、地元の不動産屋もあたった方が良さそうだ。 ポケットの中が震えてメールの着信に気付くと、携帯を手元に取って眺める。 「あぁ…シロだ。」 それは可愛いシロからのメールだった… “昔の自分を抱きしめることが出来ちゃった…てへへ” 「よし…!」 何故か胸の前でガッツポーズをした自分が居た。 土田先生からの課題… 退院するまで何度も挑戦したけど、その度に、シロは、小さい頃の自分を全力で拒絶したんだ。 土田先生が課した事に、何の意味があるのかなんて分からない。ただ、シロの拒絶反応を見ると、それが重要な事だという事が分かった。 ”小さい頃の自分“を抱きしめられるかどうかで、何かを測ってるみたいだ。 長い時間がかかると思ったけど、シロはそれを克服したみたいで…嬉しかったんだ。 きっと、とても頑張った筈なんだ… あんなに嫌がって、あんなに怖がって、あんなに狼狽した表情をしていたんだ… 「抱きしめる…ね…」 ポツリとそう言って、沢山貰った物件情報を見つめる。 一緒に住んだら、いつでもシロに会える。 自宅に帰る事も、寂しい気分を味わう事も無く、シロに甘えてべったりくっ付いて居られるんだ… うふふ…それは、楽しみだ。 ピンポン… 桜二の部屋のインターホンを押してオートロックを外してもらうと、エレベーターに乗って高層階まで移動する。 今、地震が来たら… そんな事を考えられずにはいられない…この長いエレベーターに、いつまで経っても慣れない。 「依冬~!」 そう言って玄関を開いて待ってるシロに、両手を広げて言った。 「シロ~~!」 彼はオレの体に飛びつくのが大好きなんだ。 体幹がしっかりしてるから、ブレない所が好き!と、いつも言ってくれる。 きっと、桜二は年寄だから…こんな事をすると、よろけちゃうんだね。あはは。 「シロ、良いの?”見守り携帯”ぶら下げて無いじゃん…」 俺がそう聞くと、シロは首を傾げて言った。 「桜二が、もう、オレは大丈夫だって言ったから。」 え…? そうなの? どうして、そう思ったんだ…? 「シロ?賃貸じゃなくて買った方が良いかもしれないよ?」 俺はそう言うと、仕入れたばかりの物件情報をシロに手渡した。 「なぁんだ。桜二に任せておけば良いのに…依冬は他でも忙しいんだから…」 シロはそう言いながら手渡された紙を眺めた。 どんどん眉間にしわが寄って行って…勢いを付けて床に叩きつけると言った。 「たかっ!」 そうだろ?俺もそう思ったんだよ? 「月、120万円の家賃って何?」 …俺の住んでいる部屋もそれくらいする。多分、ここはもっとする… 「そ、それよりも…こっちの方が高いじゃない?」 床に落ちた物件情報をかき集めて、月280万円の物件をみせると、シロはうそ泣きしながらソファに突っ伏して言った。 「オレなんて、月3万円の賃貸に住んでるのに!ゴミ屑みたいじゃないか!」 「例えば、120万円の物件に一年住んだとしよう。かける12だから…1、440万円。それを2年住んで…更新費用を支払うと…3,120万円。この値段は、郊外の一軒家の値段だよ。4年住んで…更新費用を払うと…6,240万円。これは都心の90平米以下の中古物件の値段。」 「嫌だ!お金の話は聞きたくない!」 シロはそう言ってジタバタすると、俺を横目にチラッと見て言った。 「依冬?オレね…小さい頃の自分が平気になったみたいだ。あの子は優しくて、良い子だった…」 あぁ… そうだったね。 だから、桜二は”見守り携帯”を外して良いって言ったんだ。 …俺はいつもそうだ。 大事な事をすっぽりと忘れて、うっかり蔑ろにしてしまう… 俺は眉を下げるとシロを思いきり抱き締めて言った。 「知ってる…。シロは優しくて、良い子なんだよ…?だから大ちゅきなの…!」 「んふふ…依冬~!可愛いね。チュッチュッチュ!」 彼はそんな俺に腹も立てずに、抱きしめ返してくれるし、キスもくれる。 否定したり非難したりしないで、クスクス笑いながら許してくれる。 見た目の柔和さで誤魔化してはいるけど、親父に似てしまったこの合理的過ぎる思考と、冷血漢を、彼は愛してくれる。 こんな俺が好きだと言って…愛してくれるんだ。 「もう…買うしかないと思うんだよ?」 俺がそう言うと、シロは寝室へと走って行って、”宝箱”を手に持って急いで戻って来て言った。 「見て?オレはお金持ちだよ?」 そう言って箱の中から通帳を取り出して見せて来た… 「500万…」 意外にも彼の貯金はそれなりに貯まっていた… お金持ちだとたまに言っていた言葉は、冗談じゃなく本当だったようだ。 「ど、ど、どうしてこの月だけで…こんなに稼いだの?」 「結城さんがくれた。」 キョトンとした顔で俺を見つめてそう言うと、指を差して言った。 「それまでは…毎月5、000円貯金してたの。ふふ…!」 いや…毎月5、000円、入金されてない月が多いよ… 「それで、家を買っても良いよ?」 シロはそう言うと、俺の背中に覆い被さってスリスリと頬ずりして言った。 「あぶく銭だもん。」 ふふ…銭ゲバなのか、淡白なのか… 彼の中では、親父がくれたお金は価値が無いみたいだ。 「3人で住むんだから、3人で資金を集めよう…シロの分は…これだけで良いよ。後は桜二と俺の分で…買えそうな所を探してみるよ。はい…しまって来て?」 俺がそう言って変なキャラクターの書かれた通帳を彼の手に戻すと、キョロキョロとあたりを警戒しながら“宝箱”にしまって、慌てた様子で寝室に隠しに行った… ああいう動きが…怪しい人に見えるって言うのに… 「依冬?高い高いして~!」 そう言いながら廊下を走って来るシロを見て、大慌てで両手を構える。 彼はこういうアクロバットが大好きなんだ…慣れない俺は、いつも怖い思いをする。 「あ~はっはっは!」 そう言って俺の手で持ち上げられて大喜びするシロを下から見上げると、彼は俺を見下ろして優しく両手で頭を抱えて抱きしめてくれた。 「あぁ…依冬、可愛いね。大好きだよ…」 そう言って、胸に抱きしめてくれる。 それがとっても暖かくて、気持ち良いんだ。 「シロ…大好き…」 壊してしまいそうな彼の体を抱きしめてそう言うと、シロは俺の頬を掴んで持ち上げて、チュっと可愛いキスをくれる。 あぁ…早く一緒に住みたいな… シロの傍に居たい。 「気を付けてね~?」 玄関まで見送ると、シロはそう言って俺に手を振った。 「行ってきます…」 彼に向かって顔を突き出してそう言うと、彼はクスッと笑って言った。 「ふふっ、可愛いんだから…!」 優しくて、可愛らしいキスを俺の唇にすると、にっこりと微笑んで頬を撫でてくれる。そして、新婚さんみたいにイチャイチャして…彼がモジモジしながら言うんだ。 「いってらっしゃい。」 あぁ… 結婚したいな… #桜二 「は!何これ!」 シロの様子が気になって部屋に戻ると、ダイニングテーブルに物件情報のチラシが置かれていた… 「シロ!シロ!居るの?」 大きな声を出して彼を呼びつけると、シロは汗を拭きながらトコトコと歩いて来て言った。 「桜二…帰って来てたの?」 「これは?どこで見つけて来たの?俺に任せてくれるんじゃなかったの?」 口を尖らせてそう言うと、シロは首を傾げて言った。 「依冬が…賃貸で借りるよりも買った方が良いかもって言ってた。」 「は!勝手に決めないで!」 「ん、もう…勝手に決めてる訳じゃない。提案があっただけだよ。桜二はムキになる癖に…何もしないんだから…人の事、とやかく言える立場じゃないよ?ん?」 シロはそんな酷い事を言うと、呆然と立ち尽くす俺を置いて寝室へと戻って行く。 「…シロ?寝室で何してるの?」 念のためだ。やけに惚けた顔をしてやって来たから、念のため聞いた。 彼はオレを振り返るとテヘペロしながら言った。 「オナニー」 は! すかさず彼の後をついて行くと、誘う様にセクシーな声を出して言った。 「なぁんだ…俺がいるじゃないか…1人でするより、2人でした方が気持ち良いじゃないか…」 シロは肩をすくめると俺を見上げて言った。 「嫌だよ、時間が無いんだ。オレは1回抜いたらお店に行ってポールの練習をするんだから…」 なんだと? 「誰で抜こうとしてたの…誰で抜こうとしてたんだよ…ねえ…ねえ…」 彼の背中に纏わりついてそう言うと、彼は鬱陶しそうに手で払って言った。 「兄ちゃん!」 絶対、嘘だね。 俺はシロの体を抱きしめると、彼の胸を撫でながら耳元で囁いた。 「俺がしてあげるから…ね?気持ち良くしてあげるから…触らせてよ…。ね?良いだろ?…そうだ!お口でしてあげる!」 「ほんと?」 そう、シロはフェラが大好きだ。 ベッドの上には、本物よりも写りの良い勇吾の写真が載った雑誌が置いてあった。 シロが慌てて片付けるのをジト目で見つめながらスーツの上着を脱ぐと、自分の股間が嫉妬に渦巻いて行くのを感じた… 「はい!して?」 シロはそう言うと、ズボンとパンツをお尻まで下げてベッドの上に膝立ちをした。 「寝転がれよ…」 「ダメだよ、そうしたら始まっちゃうだろ?始まったらお店に行く時間が遅れるじゃないか!お店に行く時間が遅れたら、支配人がブチ切れてオレに暴力とセクハラをするだろ?そうしたら、オレは嫌な気持ちになるじゃないか…!」 そんな事をペラペラ話して抗議する彼を見つめながらネクタイを緩めると、シャツのボタンを外して、ベッドに乗った。 目の前に突き出される彼のモノを口に入れると、徐々に固くなっていくのを舌先で感じながら、彼の腰を抱きしめる。 「んん…あっ…はぁはぁ…ん…あぁ…気持ちい…桜二、気持ち良い…」 逃げて行きそうな彼の腰を抱いて、熱心に口の中で彼のモノを扱いてあげる。 そっと腰を抱いた手を下に下げて、彼のお尻を撫でる。 「あっ…ダメ、桜二…始まっちゃダメなんだ…」 そう言って俺の髪を鷲掴みする彼に言った。 「ハゲちゃうよ…」 「ぷぷっ!」 シロが吹き出し笑いをする中、彼のお尻を何度も優しく撫でて、彼の膝を広げていく。 「あっああ…ん、だめぇ、桜二。だめなのぉ…!」 彼のモノが俺の口の中でビクビクと震え始めると、腰が震えて力が抜けていく。 イキそうなんだ…可愛いだろ? 快感に体を仰け反らせてシロが惚けてるうちに、ゆっくり彼の中に指を入れる。 「ばぁか!だめだって言ってるのに!」 怒られながらも俺は熱心に彼のモノを舌で絡めて吸ってあげる。 「あっああ…気持ちい…だめ、桜二…指を、指はダメ…抜いて…抜いてよぉ…」 抜いてあげてるじゃないか…全く。 「あぁ…シロ、こんなに気持ち良さそうにして…俺を誘ってるの?」 快感に震えるシロをゆっくりベッドに押し倒して、彼の唇にキスをしながら彼の中を弄って愛撫する。 「ん、桜二…気持ちいの…はぁはぁ…あぁ…あぁ…!だめ…イッちゃう…!」 半開きの唇を彼の唇に押し付けたまま、喘ぎ声を出す彼をじっと見つめて、勃起した股間を彼の太ももに押し付けて腰を振る。 「挿れたい…挿れたい…シロ、挿れても良い?なあ…挿れても良いだろ?お願い…シロ、シロ…」 そう言いながら自分のズボンを降ろすと、彼の中に挿入していく。 「んん~~!!桜二…あぁっ!はぁあん…気持ちい…あっ、あっ…!」 彼はこの後…お店に行って、上手く踊れなくなってしまったポールダンスの練習をするんだ。 でも、今は、俺の目の前で、喘いでる… 「あぁ…気持ちい…」 可愛いだろ…?堪らないんだ。 腰を回して彼の中を味わって堪能する。 頭の奥が痺れるような媚薬みたいなシロを求めずにはいられないよ… 大好きなんだ。 俺の腕の中で乱れる姿も、俺のモノで感じてる姿も…堪らなく大好きなんだ。 「あっ…ああん!イッちゃう!桜二、イッちゃう!」 「イッて良いよ…、俺はね…コントロール出来るからね…」 そう言って彼の体に圧し掛かると、可愛い喘ぎ声を出す彼の唇に熱心にキスをする。 両手で抱きしめて可愛いシロを全身で感じると、俺はあっという間にイクんだ。 「はぁはぁ…ぁあん!あっああっ!!」 シロの体が仰け反ってビクビクと震えてイクと、堪らなく可愛い彼のイキ顔を見て、俺のモノがビクンと跳ねる。 急いで外に出して、彼の白くて美しいお腹に精液を吐き出した。 「あぁ…気持ち良い…」 そう言ってシロにキスをすると、彼はオレの頭を引っ叩いて言った。 「だから、桜二はどスケベだって言われるんだ!」 ふふ…今の所、そんな風に俺を言うのはお前しかいないよ? 「だって…可愛いんだもん…」 チュッとキスをして彼にそう言うと、シロは唇を尖らせて怒って言った。 「お店まで乗せてって!」 はいはい。お安い御用だ。 「良いよ?もう一回しても良い?」 クスクス笑いながらそう言うと、シロは俺のおでこにデコピンをして言った。 「ダメだ!」 「行ってらっしゃい。また練習に行くなら連絡してよ…良いね?」 そう言って、首から”見守り携帯”をぶら下げていない彼に手を振った。 もしもの時は…普通に携帯電話からかけてこれば良い。 お兄さんのトラウマ、幼い頃の可哀想な自分、それらに向き合って…受け入れた彼は、もう無敵だ… 何も怖い物なんて無い。 発作が起きたとしても、冷静に対処できる。 やっぱり、あの人は強い戦士なんだ。 ポールを踊れなくなった事も…もしかしたら、この為だったのかな… 大好きな事が急に出来なくなって…躍起になった彼が本気を出して、過去に向き合う様に、勇気を振り絞って立ち向かう様に、仕組まれたような気さえしてくる。 まさかね…ふふ。 #シロ 「おはよ~!今日も早くからゴメンなさ~い。」 オレはそう言うと、エントランスで領収書を仕分けする支配人に媚びを売った。 「いやぁ…今日も素敵なジジイだなぁ…」 「おい、昨日はあの後どうしたんだ。」 オレに目もくれないでそう言うと、手元のレシートを束にしてホチキスで止めた。 「昨日は、あの後、スタジオを借りてポールの練習をした。そこで、少しだけ手ごたえが掴めた。今日はそれを実践してみようと思う。ねえ、お店に入っても良い?」 支配人はオレの言葉に顔を上げると、顎をクイッとして、良いよ!と言った。 階段を降りて控室へ入ると、練習着に着替えてカーテンの外へと向かう。 オレの為にステージには照明がたかれてる…。 「支配人~照明をありがと~う!」 大きな声でエントランスに聞こえる様にお礼を言うと、耳の奥にイヤホンをねじ込んで、テープで止める。 「好きな曲だと調子よく踊れたんだ…まずは、昨日踊れた曲を、試してみようじゃないか…」 そう言うと、眠れる森の美女の赤ずきんの曲を流した。 「ふふ…可愛いんだ、この曲。」 さっきオオカミに掴まったオレとしては、他人事じゃないな… ステージの上を赤ずきんになりきって踊ると、飛びつく様にポールに掴まって体を回転させていく。 あぁ…気持ち良い! クライマックスのオオカミに追いかけられるシーンを想像しながら、ポールに挟んだ膝を伸ばして、両腕で掴んだポールを滑空して降りていく。 なるほど…冴えてる… これは、行けそうだぞ…昨日よりも格段にスムーズかつ、洗練されてる。 「良いぞ…」 次は、フィナーレの曲だ… 再び眠れる森の美女の終曲を耳の中に流すと、ポールを掴んで体を持ち上げていく。 それはお話の中に登場して来たキャラクター達が、フィナーレの舞台に勢ぞろいして、中央でオーロラ姫と王子が美しくリフトの技を幾つも決める、豪華で、華やかなフィナーレなんだ…。 体を回転させながら、美しく両手を伸ばして体を仰け反らせていく。 綺麗だ…指先まで美しくて…繊細。 「おい!シロ!」 そんな声に気付いて顔を向けると、支配人がステージの下からオレを見上げて何か言っていた。 「何?」 そう言って耳のイヤホンを外すと、支配人は怒った顔をして言った。 「クラシックじゃねんだよ。うちはな怪しくてエッチな店なんだ。そんなバレエみたいな踊り、ちんちんが萎える!踊ったらぶん殴るからな!」 「ばかやろ!オレは踊れるものから踊ってんだ!文句を言うには早すぎるんだよ!?ちょっと黙ってろ!」 「何だと、このやろ!」 怒り心頭な支配人を無視して、オレはポールのてっぺんまで登ると、体を仰け反らせて逆さにぶら下がった… 「おい…やめろ。」 そう言った支配人の声に口元をニヤリと歪めると、太ももを緩めて真っ逆さまに落ちて行く。 寸での所で太ももでポールを挟むと、一気に体を起こして反動を付けて回転する。 「あ~はっはっは!ビビってんじゃねえよ!」 そう言って高笑いすると、眼下の支配人を見つめて言った。 「何か派手な曲を流してよ。…今なら、踊れそうな気がする。」 まるで調子が戻った様に体が勝手に動いてくれる。 それはバラバラになってしまった踊りを繋ぐ術を思い出したかのようだ。 「ホイホイ…」 支配人はそう言うと、DJブースに行って俺の大好きなマリリンマンソンをかけた。 「ふぉ~~~!」 ポールの上でオレがシャウトすると、支配人も両手を上に上げてシャウトした。 「ぽ~~~!」 ぷぷ! この曲は大好きだ…! 体をくねらせて反動をつけると、両足を高く上げてポールに登っていく。 背中を仰け反らせて体を起こすと、頭を振りながら真っ白になって行く。 来てる…来てるぞ…! 片手と膝裏でポールに掴まると体を仰け反らせて後ろに反らした足先で頭をチョンと触った。 ふふ… 頭に乗せた足を振り下ろして、勢いをそのままに一回転を決めると、ポールを鳴らしながら腕に絡みつけて体を伸ばしていく… フランケンの舌を見せつけながら中指を立てて支配人にファックすると、彼はオレをジト目で見ながら中指を立てて応戦した。 クルクルと回転しながらステージに降りると、支配人を見て言った。 「オレは踊れる。今日から、ステージに上がる。」 そんなオレを見上げると、支配人は肩をすくめて言った。 「…分かった。ダメだったらすぐにひっこめ、場が白ける。」 よし… きめてやるさ。 雲の中から再び舞い降りたあの夢の様に…華麗に踊りきってやる。 18:00 三叉路の店の中 控え室でメイクを済ませて衣装を着ると、携帯電話を取り出した。 「桜二…?オレ、今日、踊る事になった。もう踊れる、だから見に来て。リザーブしとくから、絶対来て。」 「依冬?オレ、今日から踊る事になった。席をリザーブしたから来て。」 大事な2人に電話をして退路を断って行く。 …オレは、先に進むんだ。 こんな所でもたもたしていたら、あっという間に時間は過ぎて行ってしまう。 嫌なんだよ 強引にでも…ごり押しでも、進み続けないと… 立ち止まったらダメだ。 「勇吾…。オレ、今日からステージに立つ。…分からない。でも、いつまでも練習ばかりしてる訳に行かない。オレはステージに立ちたいんだ。それに…昨日、小さい頃の自分を抱きしめる事が出来たんだ…。あの子が味方なら…オレは強くなれる。20:00と、24:00のステージを踊りきって…明日から普通に踊る。」 背後に沢山の英語が慌ただしく聞こえる中、勇吾が言った。 「ここから…見てるよ」 ふふ… 本当にそうなら良いのに。 退路を断って、後は覚悟を固める。 オレは明日から、ここに出勤して、ここでメイクをして、ここで着替えて、店に出る… 時間になったらこの部屋に戻って、カーテンの裏に立つんだ。 そして、エロくて、激しい、ストリップショーをする。 …それが、ずっと続くんだ。 「あ…おはよう。シロ。」 楓が控え室に出勤してきて、オレの殺気立った様子にビビって固まってしまった。 オレは険しい顔を解すと、楓に笑顔で言った。 「楓!おはよ?」 「もう…怖い顔しないで?僕はね、可愛いシロが好きなの。」 そう言って衣装を着たオレの事なんて、当たり前の様に無視して、鏡の前にポーチを出すとオレの隣に座って言った。 「お帰り…待ってたよ。寂しかったんだからぁ~~~!」 ふふっ! まだ…緊張が解けないけど…やってやるさ。 19:00 店内へ向かうオレに支配人が声を掛ける。 「今日も、可愛いね~」 ふふ… オレは片手を上げて返事すると、何も言わないで店内へと向かう。 階段の踊り場から店内を見渡すと、オレがリザーブした席に彼らを見つける。 「桜二~、依冬~!」 そう言って階段を駆け下りて、依冬の背中に抱きついた。 「んふふ!良いだろ?この席!ステージの真ん前だ!!」 オレはそう言ってステージの縁に腰かけると、にっこり笑う二人を見て言った。 「君たち、1万円のチップは用意したかな?」 「もちろ~ん!」 そう言ってチップを見せる依冬とは別に、ニコニコと笑うだけの桜二を見つめて言った。 「桜二は究極のケチくそだ…。オレに快気祝いもくれないんだ…。」 ジト目で彼を見つめると、桜二は首を傾げてキョトン顔をして言った。 「さっき、気持ち良くしてあげただろ?」 もう!やんなっちゃうね? こういう男には、何もサービスしない方が良いよ? やるだけ損だ!ふん! 「ば~か!」 そう言って舌を出すと、桜二は嬉しそうに瞳を細めて言った。 「…可愛い」 ふんだ! 「シロ~!今日から踊るの~?やった~!良い日に来たぞ~!!あたしの付けで彼に何か食べさせてあげてよ!」 常連のお客がそう言って、オレのテーブルにフルーツの盛り合わせをくれる。 「シロ!バカンス帰りで体が鈍ったからってお休みしてたんでしょ?まったく~!」 入院していたなんてお客に言えないから、支配人がそう言ったんだ。 オレはバカンスに出かけていて、帰ってきたら体が鈍ったからしばらく踊らないって… 依冬と桜二の後ろにゾロゾロと常連さんが群がるから、窮屈そうに体を縮めて依冬が眉毛を下げてクゥ~ンと鳴いた。 オレはステージの縁に立つとお客を見下ろして言った。 「ねえ、オレは久しぶりに踊るんだ。今日のチップは高額のを用意してよ?うんと上手に取ってあげるからさ。」 ステージの縁を歩きながら、オレの後を付いて来るお客を見下ろして言った。 「うんと激しくて、うんとかっこいいポールを踊ってみせるよ?」 「わ~~!今日、来て良かったよ!ちょっと、他の人にも声を掛けてくる!」 「やったな。」 「チップ買ってくるわ~!」 「シロ~!もう踊らないのかと思ったよ!」 涙ぐんで喜ぶお客を見て…胸が苦しくなる。 こんなに期待させて…もし、踊れなかったら…どうしよう。 それこそ、お終いだ… 「…オレが踊らなくなる訳ないじゃん!オレはステージに居るからオレなんだよ?」 そう、オレはここを降りたらダメなんだ。 失敗出来ない。失敗させる訳にはいかない。 後に引けない…背水の陣だ。 このくらい追い詰めれば、オレはやるしかなくなる。 逃げるな。立ち向かえ。 出来ないじゃない。 やるんだよ。 「楽しみにしててね~!」 散っていくお客にそう言って愛想を振りまくと、桜二と依冬の席に戻ってステージの縁に座り直した。 「…シロったら、あんなに煽って…」 依冬がそう言って頬を膨らます中、不自然に笑顔を崩さない桜二にパイナップルを差し出して言った。 「舌がヒリヒリするまで食べてみてよ。」 トロピカルなフルーツの盛り合わせは、傘まで刺さっていて…バカンス帰りのオレにピッタリだ。 「シロ…そろそろ」 支配人がそう言ってオレを呼んだ。 「…じゃあ、行ってくるね…」 覚悟を決めろ。 お前はやるしかない。 オレはステージの縁から降りると、支配人の後ろを付いて階段へと向かう。 「シロ。」 オレの手を掴むと、桜二がオレを引き寄せて抱きしめた。 何も言わなくても分かる。 彼はとても心配してる… オレが…上手に踊れるか… 失敗して、傷付くんじゃないかって…心配してる。 「桜二…オレはやる。」 彼の胸に手を置いて顔を見上げると、心配してるのを誤魔化そうと眉をあげる彼と目が合う。 どんなに変な顔でも、オレは笑わないよ。 彼はオレの真剣な目を見つめると、抱きしめた腕を解いて深く頷いた。 踵を返して支配人と一緒に階段を上っていく。 「今日は混むぞ…」 目の前を歩く支配人がそう言った。 控え室に戻ると、楓がオレを見て言った。 「シロ?お守りを付けてあげる。」 そう言ってオレの頬にキラキラと光るスワロフスキーを付けてくれた。 「ふふ…綺麗だ。」 「ライトに当たると、もっと綺麗に見える。シロみたいにね…」 楓… 「…ありがとう。」 勇吾…オレに、勇気を頂戴… 上手く出来ないんじゃないかって…ビビるオレを、黙らせるだけの…勢いとパワーを頂戴…。 両頬をパチンと叩いて、気合を入れる。 よし。 行くぞ…シロ! 丹田に力入れろ! 引けない男の戦いだ! カーテンの前に立って、手首と足首をぐるっと回すと首をゆっくりと回してストレッチする。目を瞑って深呼吸すると、幼いオレが目の前に現れて言った。 「…怖いよ。」 は? 何を今更、言ってんだよ。 オレはムッと頬を膨らませると、幼いオレを見下ろして言った。 「ダメだよ。オレはこれを成功させるって決まってるの。」 「でも…」 幼いオレはモジモジと体を揺らして、オレの手を掴んで言った。 「…失敗したら?」 その言葉に胸が苦しくなって、掴まれた手の先を見つめると、悲しそうに眉を下げて幼いオレが言った。 「踊れなくて、発作が起きたら、どうするの…?」 そしたら… そしたら…お終いだ… でも、まだ、終わる訳にはいかないんだ。 やる事が山ほどあるんだ。 桜二と依冬と3人で住んで…勇吾のいるイギリスへも遊びに行きたい。 そこで、彼の演出で踊るんだ。 それは、きっと、素晴らしく美しい世界なんだ。 彼とその景色を眺めてみたい…沢山の美しい物を見たい。 オレは幼いオレを見下ろすと、彼の視線の高さまで体を屈めて言った。 「今、踊れなかったら…ストリッパーシロの顔に泥を塗る事になる。ここはね、兄ちゃんを失ったオレが辿り着いた、自分の居場所なんだ。だからね、ストリッパーのオレを守る為なら、オレは兄ちゃんを…手放して、先に進む事を選ぶ…」 それを聞くと、幼いオレはにっこりと笑って言った。 「そっか…」 ふふ… そしてオレの体を抱きしめると、ぼんやりと消えながら小さな声で言った。 「大好きだよ…シロ。」 涙が込み上げて来そうになったけど、オレはこれからステージに立つんだ。 泣いた顔なんて…見せないよ。 大音量の音がカーテンの向こうで流れ始めて、目の前のカーテンが開いた。 あぁ…久しぶりだね…この景色… オレは満面の笑顔でステージへと向かう。 あぁ…桜二と依冬だ… 彼らがオレを見つめる中、大歓声を体中に浴びて胸を張って堂々とお辞儀をすると、一気にいやらしく腰をうねらせて挑発していく。 この臨場感…この歓声と、熱気… 堪らない…! もっと…もっと…オレを見てよ! ステージの中央で膝立ちすると、目の前の桜二と目が合った。 ふふ! 彼を見つめたまま腰をゆるゆると動かすと、いやらしく体を仰け反らせて膝を開いていく… シャツのボタンを外しながら、久しぶりに味わう歓声と照明の熱さに、体中が興奮して行く。 シャツを肩から落として四つん這いになると、腰を引いてお尻を突き上げていく。 「シローーー!」 ふふ… 高く上げたお尻をフリフリと振ると、依冬が喜んで、大きな声で言った。 「桃~~~!」 最低だ… 桜二もギョッとしてるじゃないか… ほんと、依冬のそういう所、分かんないな…ふふ。 大好きな曲に合わせてポールへ向かう。 大歓声の中、両手でポールを掴むとゆっくりと体を持ち上げていく。 さあ…シロ、一緒に高い所で…回ってみよう? 「え…怖い…」 またか… 幼いオレが目の前に現れて、ポールを掴んで回るオレの腹の上に乗って言った。 「どうして?どうして、兄ちゃんを手放すの?そんなの、可哀想じゃないか…」 オレは腹の上の子供が落ちない様に、ぎこちなく体勢を変えながら言った。 「兄ちゃんは…可哀想じゃない。そう思う事は…兄ちゃんに失礼だ。」 オレはそう言うと、美しく体をのけ反らせながら足を持ち上げて、もっと高くへと登っていく。 「失礼?なんで?」 なんと、幼いオレはポールに掴まりながら平気な顔をしてオレに尋ねてきた。 凄いな…こんな小さいのにポールダンサーなんて …痺れるねぇ? オレなんてぼやぼやしてると、あっという間にジジイのストリッパーになっちまうな… 高い位置まで登ると、両手でポールを掴んで足を投げ出して回転する。 足を思いきり開いてそのまま高くまで上げると、片腕だけ下へと位置を変えた。 そのまま足をゆっくりと美しく折り曲げてわき腹と内ももで固定すると、手を伸ばして優雅に回転する。 伸ばした手の先は…ティアドロップ… 水が流れて落ちていくような…美しい形を意識して… あぁ…きれいだ! オレの指の先に掴まって不満そうにオレを見つめる、幼いオレに微笑みながら言った。 「兄ちゃんはオレの幸せを願ってる。泣いて暮らすオレなんて望んでいない。自分を責めて発作を起こすオレなんて望んでいない。愛する人に囲まれて…笑顔で過ごすオレを望んで、そんな幸せを願ってるんだ…。それを“兄ちゃんが可哀想だから忘れるな”なんていうのは…兄ちゃんに失礼だ。」 オレはそう言うと、桜二を見つめて幼いオレに言った。 「シロ…?あそこに兄ちゃんにそっくりな人がいる。ここは危ないから彼の所に居なよ。」 ポールを太ももに挟むと、体を仰け反らせて背中をしならせながらシャツをすべて脱いだ。 「シローーー!良いぞ!シロの体…久しぶりだーーー!」 最低な歓声を送ってくるお客の声を聞きながら、クルクルに丸めたシャツの中に幼い自分を包み込むと、桜二目がけてぶん投げた。 「彼は良い人だよ!」 そう言って、オレのシャツを受け取る桜二と見つめ合うとウインクして舌を出した。 そんなオレを見て彼がクスッと笑うと、幼いオレは桜二にべったり甘え始めた。 ふふ… ありゃ、呪われたな… やっと自由になった体を自在に動かして、美しく踊り始める。 体は覚えている…それは本当の事だった。 耳に聞こえる曲に合わせて…次、やる事がオートマティックにセットされていく。 オレはただ音楽に乗って…身を任せていくだけで良いんだ。 体が動くままに…自由に… 今日ももれなく、階段の上から支配人がオレを見ているから、オレは彼に向けてウインクして、思いきり大きな投げキッスをしてあげた。 階段の上で倒れる支配人を横目に、腕だけで掴まったポールを回転しながら華麗に滑空していくと、スピードを緩めないで下まで降りて、正面に向けてポーズを取った。 「シローーーー!お上手~~~!」 決まった…!! やった…オレは、やりきった! 泣き出しそうに体が震えるけど、オレのショーはまだ終わっていない。 ステージの縁にはチップを咥えて仰向けになったお客がずらりと並んだ… これは…大儲けの予感だぞ? 所狭しと並んだ彼らに見守られながら、自分の短パンに両手を突っ込むと、ゆっくりと前屈しながら下げていく。 Tバックを履いたお尻が見えると、お客が興奮して変な声をあげる。 フリフリとお尻を振りながら短パンを脱ぎきると、ステージの袖に放り投げる。 オレは桃尻自慢をする様にお尻をお客に向けてフリフリと振って、ペチンと自分で叩いた。 「あふん!」 依冬が興奮して変な声を出したけど…オレは聞こえなかった振りをするよ? 「シロ~~~!お尻可愛い~!桃みたい~~!」 常連のお姉さんがそう言ってオレのTバックにチップを挟んでくれる。 「んふ…ありがとう?」 「触っても良い?」 「あ~…ダメだよ…出禁になっちゃうもん…」 寝転がったお客には、色っぽい吐息を付けて1人づつ口移しで回収していく。 口移しでのチップの受け渡し…勇吾にはやったらダメって言われた。 病気を移されるから、ダメだって言われた…でも、端っこなら大丈夫でしょ? だって、口に咥えてるのに…指で取るなんて、味気ないじゃないか… そうだろ? 全てのチップを回収すると、ピッタリ15分。さすが、オレだ… 体内時計で15分が染みついてるんだ。 ショーを終えようとしたその時、ひとりのお客が出遅れた様にステージに寝転がった。 全く… オレは彼に近付くと、顔を見下ろして首を傾げて言った。 「桜二?タイミングが悪くない?もう、ショーはお終いの時間だよ?」 「良いから、良いから」 桜二はそう言って笑うと、オレの足を叩いて自分の方へと引き寄せる。 これってお触り案件じゃないですか? 「なぁんだよ…」 渋々彼の頭の上に座ると、一番やっすいチップを口に挟んだ彼の口からチップを受け取りに行く。 オレは恥ずかしいよ?一番の彼氏がこんな…ケチ・くさ男でさ… それでも、嬉しそうに頬を上げる彼が可愛くない訳じゃない。 愛してるよ? 彼の唇を舐めながらチップを咥えると、引っ張り上げようと顔を起こすけど、 ん…? 桜二が…チップを離さない… オレは彼の両頬を掴むと、両側からグイっと押してひよこ口にしてチップを持ち上げた。 まったく、とんでもなくお行儀の悪い客だ。しかも、ケチ・くさ男だもんね… そう思った瞬間…ユリの良い香りがして、オレはとっさに顔を上げた。 目の前に大輪のユリの花が表れて、あまりの突然に目を丸くした。 「フォ~~~~!」 お客が大盛り上がりになって指笛や歓声を飛ばす中、桜二が足で挟んだユリの花束を寝転がったまま、オレに渡して言った。 「…シロ、愛してるよ。」 ふふ… 途端にぼろぼろと涙が落ちて、ユリの花だらけになった彼に抱きつくと、声を出して泣いた。 桜二の涙とオレの涙が合わさって、彼の頬に落ちていく… 「桜二…桜二…素敵だ…ありがとう。ありがとう。」 何度も彼にそう言って、何度も彼にキスをする。 「ふふ…!俺はやるときはやる男なんだよ…?」 照れ隠しにそんな事を言って頬を赤くするから、堪らなくなって彼に熱いキスをする。 可愛いね… お前ってば、本当に可愛らしい! 大好きだよ… 愛してる…! 粋な演出にお客の興奮が冷めやらぬ中、大きな花束を満面の笑顔で抱えながら、丁寧にお辞儀をしてカーテンの奥へと退けていく。 あぁ…!よかった… 踊りきれて… よかった… 一気に緊張が解けてふらふらとソファに座り込むと、楓が泣きながら言った。 「シロ~~~~!よかった~~~!よかった~~!!」 そう言ってオレの体を抱きしめて、オレ以上に泣くとクッタリと静かになった。 「ふふ…ほんと、良かった…良かったよ…!大変だったね…楓、ごめんね?もう。もう大丈夫だよ…明日から、一緒に踊ろう?」 「え…?明日から僕はバカンスに行くよ?」 へ? オレは目を丸くして楓を見つめた。 彼はキョトンと口をすぼめると、悪びれもせずに言った。 「支配人が言ったんだ。シロが踊れるようになったら長期休暇をくれるって、だから、僕は彼氏とイギリスに行く予定を立てていたんだ。あぁ、でも良かった!出国するまでに3日間は余裕があるから…準備もちゃんと出来るし、彼氏とゆっくり過ごせそう!ふふ~!シロへのお土産はクマのぬいぐるみってもう決まってるから!ははっ!」 まじか… あのジジイ…いつの間にそんな取引を… オレは桜二がくれた花束を眺めながら言った。 「良いよ。楓には無理させちゃったもん…行っといで、どこへでも行っといで…」 大輪の百合の花は控室をあっという間にいい香りでいっぱいにする… 甘いのに清涼感のある…そんな上品な香りに、うっとりする。 「シロの彼氏、かっこいいじゃん…」 そうだろ? 楓がそう言ってオレの花束を覗き込んだから、オレは得意げに眉を上げて言った。 「ふふ…!うん。かっこいいでしょ?イケメンでエッチで、最高なんだ。」 「あはは!見て?チップまで入ってるじゃん!」 楓のその言葉にソファに沈み込んだ体を起こして、花束の奥を覗き込んだ。 あぁ… それは高額のチップで作られた、もう一つのお花。 「あ~はっはっは!なんだこれ、凄いな!桜二は手先が器用だな!」 花束の中を覗き込んで、所々に刺さったチップの花を取り出すと、銭ゲバ根性をむき出しにして計算した。 「チン!合計30万円なり!まいど!」 「うひょ~~~!」 そうだ…彼は、やる時にはやる男君だったんだ… ふふ… 見た目は良くない。だって白くて美しいユリの間に、チップで作った花が入ってるんだもん。 下品だよ? 下品だけど…俗っぽくて、オレにぴったりだ。 張りのある美しいユリを指先でなでて、鼻を近づけて香りをかぐ。 ふわっと鼻を通り抜けていく涼しい清涼感に体の中が綺麗になっていくみたいに感じた… オレは半そで半ズボンになると、チップの花束を抱えて控室を出た。 階段を上って来るオレを見つけると、支配人が両手を広げて言った。 「シロ~~!良くやったぞ~~!」 オレは泣きながら階段を上ると、支配人に思いきり抱き付いて言った。 「ちゃんと出来た!ちゃんと…踊ることが出来た!!」 「お~!そうだ!お前はやっぱり、俺が見込んだだけある、強い男だ~!」 そう言うと、オレの体を持ち上げてとぐるぐると振り回して笑った。 まるで、孫の発表会でひときわ騒ぐお爺ちゃんみたいだ… 「お~よしよし…よしよし…おじいちゃんとお祝いのエッチしようね~?」 すぐにそう言ってふざけ始めるんだ… オレは彼の手を振り解くと言ってやった。 「おじいちゃんは、いつも、いろんな人とエッチしてるから、いや~!」 そう言ってケラケラ笑うと、店内へと戻っていく。 階段を走って降りて、桜二の背中に思いきり抱き付いて頬をクッタリと付けて甘えると、正面から幼いオレが顔を覗かせて言った。 「シロ?…この人は、兄ちゃんじゃないよ?」 知ってる…。 この人は桜二だよ? 彼は兄ちゃんと同じ愛をオレにくれる人。 そして、オレの愛してる人。 幼い自分の瞳を見つめてそう言うと、彼はにっこり微笑んで消えて行った。

ともだちにシェアしよう!