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第38話
さて、次は…夏子さんへのプレゼントだ…ふふ!
「すみません。胸がこのくらいの女性に、セクシーなやつをプレゼントしたいんですけど…」
オレはそう言うと、女性の店員さんを目の前に、夏子さんの胸の大きさを手で表現して見せた。
そんなオレを見ると、小さくて細い店員さんは頬を真っ赤に染めて俯いてしまった…
あぁ…昼間の女性に、こんなことしたら…ダメだった。
夜の仕事に慣れてしまうと、普通の人とのコミュニケーション感覚が少しズレてしまう。馴れ馴れしい訳じゃないけど…歯に衣着せないというか…まぁ、不躾になってしまうんだ。
基本的に酔っぱらいを相手にするからかな?嫌でもこうなってしまうんだよ…?
ある意味、職業病だ…
「…可愛いより、セクシーが…お好みですか?」
「はい。すっごくエッチで、セクシーなやつが良いです。」
真顔でそう言うオレに顔を赤くしながら店員さんが言った。
「えっと…彼女の…胸のサイズはどのくらいですか?」
オレはその言葉ににっこりと笑うと、目の前の店員さんの胸の前に手を置いて言った。
「…このくらい?」
最低だろ?これってセクハラだよね?警備員が飛んでくるレベルだ。
固まってしまった店員さんを目の前に、オレは我に返ると、顔を赤くして両手をニギニギしながら触り心地を言った。
「えっと…両手に余る大きさで、フニフニと柔らかくて…もちもちの…巨乳なんです。峰の谷間に指を入れると、ギュッと締め付けられて…んふふ。気持ち良いんです。」
最低だよね?
結局サイズが分からないので、ベビードールというセクシーな下着とTバックを買った。どちらも白いレースで…上品で、エッチな雰囲気だ。
「プレゼントしたいので、ラッピングしてください。」
オレは元気にそう言うと、店員さんがラッピングをする中色鮮やかなレースのパンツを手で撫でて眺めた。
こんなに繊細なパンツ…選択で洗ったら壊れちゃいそうだ…
「あ…あ、ありがとうございました…また、宜しくお願いします…」
そう言って店先まで見送ってくれた店員さんにお礼を言って、颯爽と歩き始めた。
良いものを買う事が出来た!
夏子さんがこれを着て彼女とエッチをすればいいな…
そして、最後は勇吾さんへのプレゼントだ…
彼はあまり物に拘りがない感じがして…何をあげたら良いのかとっても悩んだ。
彼の好きな、演劇とか…舞台とか…華やかな雰囲気とか…そういう物はお店には売っていないからね…
悩み続けながら街をうろうろと彷徨うと、女性であふれた小さな店を見つけた。
カードショップだ。
バレンタイン、クリスマス、ハロウィンなど…いつも恋人同士のイベント前になると、激混みするんだ。
お約束だね?
オレは果敢に女性の中に飛び込むと、彼女たちと一緒になってカードを物色した。
クリスマスのカードは種類が豊富で、ポップアップするカードに夢中になって何回も明けたり閉めたりして遊んだ。
「ん…もう!」
そんなキレた女性の声に戦々恐々として遊ぶのをやめると、目の前にとっても良いものを見つけた。
サングラスをかけた猫がツリーを蹴飛ばしてるイラストが描かれたカードだ…!
オレはこれを4枚、買った。
ふふ…オレにピッタリだ。
インポートショップの前を通ると、ショーウインドウに飾られた手編みのセーターを見て足を止めた。
サングラスをかけてサンタの格好をした猫の絵が編み込まれた黒いセーター。
HOHOHO!と英語で書かれた黒い下地に、白い雪が水玉模様みたいに描かれている。
それは彼と着たお揃いのトレーナーを思い出させた…
勇吾…これも一緒に着てくれる?
オレは口元を緩めて笑うとお店の中へ入って行った。
「すみません。このセーターはこの柄しかないですか?」
老眼鏡をかけたおばちゃんに声を掛けると、彼女はオレの指さしたセーターを見て言った。
「それは…その柄しかないかな?」
迷うことなく2つ購入して、ひとつは綺麗にラッピングをしてもらった。
喫茶店に入って4枚のメッセージカードを書くと、郵便局へ向かって夏子さんへのプレゼントと、勇吾へのプレゼントを送ってしまう。
「…クリスマスまでに届きますか?」
郵便局の人にそう尋ねると、目の前の局員さんは首を傾げながら言った。
「ギリギリ…問題がなかったら、大丈夫だと思いますよ?」
ギリギリ…?
その言葉が引っかかって未だに心配事のひとつとして残ってるけど…オレは既にミッションをコンプリートしてる。
「桜二が何をくれるのか…ボカァ…楽しみだなぁ…?」
そう言って体を仰け反らせてストレッチすると、彼は口を尖らせてため息を吐いた。
ネットで調べるから決まらないんだ。
街へ出て探せば嫌でも落としどころを見つけるというのに…おバカさんだ。
「依冬はたぶん、オレに車をくれるんだ。」
オレがそう言ってアラベスクをすると、桜二がクスクス笑いながら言った。
「免許も無いのに?」
ふふ!確かに…
12月24日
今日ってクリスマスイブなの?いいえ、今日は陽介先生の結婚式の日だ!
「シロ…ご祝儀袋持った?」
「持った~!」
「先生とは2人きりにならないんだよ?」
「分かった~!」
桜二にキスをして車を降りると、彼の車が見えなくなるまで手を振った。
代官山の結婚式場…陽介先生は、今日ここで、お店の常連のお姉さんと出来ちゃった結婚式をする。
式場までのアプローチに赤いじゅうたんが敷かれて、白いバラが散りばめられている。
首だけ取られて…バラバラにされて、可哀想だ。
受付の人にご祝儀袋を渡して、案内されたチャペルに入った。
高い天井に、細長いステンドグラスの窓…ザ、教会って厳かな雰囲気を肌で感じつつ、場にそぐわないオレと同じような厳つい人を散見した。
あの人たちはたぶん、陽介先生のお友達だ…ふふ。
「でき婚するとは思わなかった…!滑り込みセーフというか、完全に図ったよね?あはは!しかも、相手はダンサーっていうじゃん。ウケる。」
そんなお姉さんのお友達のおしゃべりを聞きながら、続々と会場を埋めていく人を眺める。
「相手の顔見た?私、まだなんだよね…」
結構イケメンですよ…?
お姉さん方のおしゃべりに心の中でそう言った。
陽介先生がヴァージンロードを歩いて祭壇の前へと行くと、突然ピアノの生演奏が始まって…扉が開いた。
そこに現れたのは、真っ白なウエディングドレスを着た新婦ならぬ、妊婦と…その父親だ。
ぷぷ~!!
どうして新郎の時はピアノ演奏がなかったんだろう…この演出、勇吾に直してもらいたいよ。
だって、新婦がとっても間抜けに見えるもの。
散々男遊びをして来た女が、妊娠してるのにヴァージンロードを歩いてる…
その隣を凛々しい顔をして歩く父親…
彼は自分の娘の育て方をどう思ってるのか…小一時間問いただしたい。
お持ち帰りの常習犯と呼ばれた娘を、あんたはどう思ってるの?ふふっ!
誓いのキスを背伸びをしながら見つめて、陽介先生に自分の兄ちゃんを重ねた。
もし…オレがまともだったら、兄ちゃんはあの人とこんな風に結婚したのかな。
…いいや。
しないだろう。
だって…兄ちゃんはオレを愛していた。
それに“もし…オレがまともだったら…”じゃない。
“もし、オレが生まれた家庭がまともだったら…”だ。
そうしたら、兄ちゃんとオレは今でも仲良く一緒に居ただろう。
あまりにまともな家庭過ぎて…お互いそんな関係になっていない可能性だってある。
意識しても、好きだなんて言えないような関係だ…
そんな世界もあると思ったら…
今、自分が立っているこの世界とは違う、そんな世界があると思ったら、兄ちゃんがまだそこで生きてると思ったら、ほっこりと胸が暖かくなった。
こんなの…ただの希望的観測だ。でも、悪くない。
あっという間に結婚式が終わって…次は披露宴に向かう。
名前が書かれた円卓に座って…何となく隣の人と談笑して時間をつぶす。
はぁ…桜二が言った通り、結婚式ってつまらない。
オレはもっと楽しいものだと思っていたよ。
お色直しした新郎新婦が再び姿を現すと、何も楽しくないのに拍手を送った。
新郎新婦の幼い頃の映像を見せられて、両親が泣く中、新婦が感謝の手紙を読んだ。
オレが結婚式をするなら、奥さんになる人には出しゃばらないで欲しい。
その方が美しく見えるから。
まるでこの場を取り仕切る女帝の様な雰囲気を出して欲しくない。
目の前に出されたお洒落な料理を食べながら、新婦の友達の余興を見て言葉を失うと、今度は新郎、陽介先生の友達による余興が始まるって言うじゃないか…
こちらは少し、期待しても良いのかな…?
期待しながらあたりを眺めていると、移動式のポールが運ばれて来る光景に目を疑った。
「まじか…」
咄嗟に陽介先生を見ると、彼はオレを見つめてにっこりと笑った…
はぁ…笑えないよ?
「では…次の余興は…新郎、陽介さんのお友達による…ポールダンスです。」
どういうことだよ…!
こんな状況で、オレを表に出すなんて…ぶち込んで来たな…?
でも、そんなエキセントリックな構成は嫌いじゃないよ。
お膳立てされた物より、もっと、エキサイティングで楽しいものだからね。
司会の女性がオレの名前を呼んで紹介すると、スポットライトが真上から当たってまばらな拍手が起こる。
そりゃそうだ。普通の人からしたらストリップなんて…風俗と同じだからね?
ソープ嬢を声高に紹介してるのと同じ反応さ。
飄々と歩いて行くと、運ばれて会場中央に設置された移動式のポールを掴んで揺らしてみた。
ポールの長さが短い…エクササイズ用のポールだ。激しく体を振ったら…持って行かれそうだ。
オレは陽介先生の前まで行くと、彼に手を差し出して言った。
「陽介先生、酷いな…オレのショーをこんな離れたところで見ないでよ。ほら…こっちに来て?」
「シロたん…怒ってない?」
全く…
オレは首を横に振ると言った。
「怒ってないよ…初めから言っていたもんね。人生最後のポールダンスを…オレの為に踊ってくれってさ…」
係の人が気を利かせて置いてくれた椅子に彼を座らせると、目の前に立って見下ろした。
「曲は何を用意してくれてるの?」
陽介先生にそう聞くと、彼はにっこりと笑って言った。
「アップテンポの奴…」
「時間は?」
「5分だよ…シロ。」
襟のボタンを1つ外すと、ジャケットを脱いで陽介先生に渡した。
「ねえ…陽介、オレの事、まだ好き?」
伏し目がちに視線を送ってそう聞くと、彼は瞳を細めて言った。
「大好きだよ…」
あ~あ!知らないよ?オレはいつだって全力だからね?
音楽が流れ始めると、安っぽいミラーボールが回り始めて、オレの気分が削がれる。
バカにしてるのかな…?
こんな陳腐な演出してさ…これだったら淡色のライトの方が良いよ。
椅子に腰かける陽介先生に跨って座ると、胸を寄せて彼を見下ろして言った。
「陽介…腰を抱いてよ…」
オレの甘ったるい声を聞いて、ふん!と鼻息を出すと、陽介先生はオレをヒシッ!と抱きしめた。
彼の腕に支えられながら、体を仰け反らせていやらしく腰を動かすと、ワイシャツのボタンを外していく。
信じられる?
結婚式の披露宴で、プライベートダンスをおねだりするなんて…自殺行為だよ?
ボタンを開いたシャツを背中が見える程肩から下げて、目の前の陽介先生にまたまたおねだりして言った。
「陽介…乳首、舐めてぇ?」
「はふ!」
変な声を出すと、陽介先生は熱心にオレの乳首を舐め始めた。
あ~はっはっは!これは離婚案件だよ?
シャツを脱いで彼の首にかけると、いやらしく腰を動かして、オレの乳首を舐める彼の髪を撫でてあげる。
そんなオレ達を見つめる披露宴のお客さんたちは、いったいどうしたら良いのかわからなくなっている様子だ。
ただ…彼がゲイであり、変態だという事は周知された。ふふ…!
オレは腹を抱えて笑い出しそうなのを我慢すると、立ち上がって陽介先生を解放してあげる。
ポールを見上げて踏み込むと、足を思いきり高く上げながらポールに飛びついた。
「あ!陽介!持ってかれる!」
乗った瞬間グラッと揺れる足場に思わずそう言って彼を見ると、すぐに土台を抑えてくれた。
男のポールダンスは女性のエクササイズなんて比じゃない遠心力と勢いが付く。
こんなちゃっちい土台じゃ振られてしまうんだ…
足で反動をつけてスピンを回ると、どうしてもグラグラ揺れて仕方がない。
わらわらと集まってくる陽介先生の厳ついお友達…総勢4名の男によって、やっとグラつかなくなったポールを体を仰け反らせて回る。
「ねえ!…思い切り振っても良い?大技を決めたい!」
眼下の男どもにそう聞くと、彼らは楽しそうににっこり笑って頷いた。
なんだ…みんなゲイか…?
オレは彼らの踏ん張りを確認すると、ポールの先端を掴んで足を放り投げて回った。
もっと…もっと…!
ポールを握って伸びる手が痛いくらいに遠心力が付くと、丁度良いタイミングで足を思いきり上に持ち上げてポールの先端に逆立ちする。
「おお~~!」
ふふっ!これはポールダンスじゃない。雑技団の業だ。
体操選手の様に、ポールの先端の上でバランスをとると、高く上げた足を開いて、ゆっくりと腰から落としていく。
雑技団か…体操…これは、ポールダンスじゃない。
「いっくよ~!」
オレは眼下の男どもにそう声を掛けると、一気に手を離してポールを掴みなおした。広げた両足をそろえると、ひざを曲げながら、クルクルと回って降りていく。
「タラ~~ン!」
そう言って片手をあげてポーズをとると、惚けた顔の男たちを見つめてにっこりと笑った。
「シロ!シロ!来て来て!」
楽しそうな声に目を向けると、陽介先生が床に寝転がって現金1万円を咥えていた。
あ~あ!
「陽介ったら…いけないよ。こんなことしたら…怒られちゃうよ?」
オレはそう言ってほほ笑むと、彼の体に跨って座った。
「シロ…これで、これで諦めるから…」
彼はそう言うと、オレの足を撫でて掴んだ。
全く…またそんなこと言って…この人は。
オレは座る位置をずらすと、彼の股間の上に座って腰を振ってあげる。
「は~!シロ…シロ…!」
見たことも無い笑顔になって陽介先生が笑うから、オレは手でも彼のモノを撫でてあげる。
アポなしで踊らされた腹いせに、陽気な彼を、公開処刑をする。
「陽介?肩に力を入れて…オレが良いって言うまでステイしてるんだよ?」
そう言って彼の鼻をチョンと触ると、両手を肩に置いた。
その瞬間…彼の肩がグッとしまった。
良いね。こういう阿吽って言うの?勇吾にも感じたツーカーの呼吸。
ダンスをする人なら分かるのかな?
オレは彼の肩に手を置いたまま、ゆっくりと体を逆立ちさせる。
オレを見上げる彼を真上から見下ろして、ゆっくりとチップを咥えて頂いて行く。
ゆっくりと体を反らしながら足を下ろして彼の頭の上に仁王立ちすると、彼を振り返りながらバク宙をかました。
「ひえっ!」
そう言った彼の声を聞き逃さないよ?
ふふ!怖いかい?
陽介先生の頭の両脇に足を付いて、両手を広げて可愛くポーズをした。
これでフィニッシュだ。
7分かかってしまったのは、オレの熱心なサービス精神のせいだ…
「シローーー!!俺の嫁はお前だけだ!!」
陽介先生はそう言うと、招待したお客さんに自慢する様にどや顔をした。
それはまずいだろ…さすがに結婚式で、それはまずいだろ…
オレは陽介先生を振り返ると甘ったれた声で言った。
「陽介…オレにシャツ着せてよぉ…?」
「ふん!」
再び鼻から凄い息を吐くと、陽介先生はオレのシャツを丁寧にねっとりと優しく着せ始めた。
「ねえ…本当に諦めたの?」
シャツのボタンを閉じていく彼の頬に頬ずりしながらそう聞くと、彼はハァハァと息を荒くするだけで、何も答えなかった。
無視するの?それは、いけないな。
ズボンの中にシャツをしまうと、彼に背中を向けてジャケットを着せてもらう。
オレの肩に置いた彼の手がとってもいやらしかったから、クルリと体を返して言ってみた。
「陽介、キスしてよ…」
「シロ~~!!」
陽介先生は極まり上がるとオレを抱きしめて熱烈な舌の入ったキスをした。
腰を強く抱いて、タンゴのポーズの様に美しいフォームで、ねっとりとした濃厚なキスを貰う。
惚けた顔の彼を見つめながら、息を合わせた様に2人で体を起こしていく。
次の瞬間。
横に吹っ飛んでいく彼の顔がスローモーションのようにコマ送りで見えて、伸びた手の先に新婦が凄い形相で立っているのが見えた。
あ~あ!だから言わんこっちゃない!
オレは言ったよ?いけないよ?って…何度も注意したんだ。
「シロ!何してくれてんのよ!」
そう言ってオレを怒鳴るお姉さんに、にっこりと笑って言った。
「良いだろ?元はオレの男だ…」
変態の烙印を押されて、トボトボと上座の席へと戻って行く陽介先生の背中を見つめて、クスクス笑いながら席へと戻った。
オレの練習部屋にあの移動式のポールを考えていたけど…あんなにグラつくんじゃ使い物にならないな…やっぱり工事して付けてもらうしかないか…
「もしもし?桜二?…終わったよ!…ん?…結構楽しかった…ふふ…あとで教えてあげる……うん、待ってるね…はーい…」
電話を切って引き出物の袋の中を軽く覗いた。
何が入ってるのかな…美味しい物は入ってるかな?
「なぁ…もう帰るの?」
声を掛けられて振り返ると、ガタイの良いワイルドなハンサムがオレを見てにっこりと笑った。
「あぁ、もう帰りますよ。」
オレはそう答えると、察せられない様に身構えた。
「すごいな、あんなにエロいの初めて見たよ。」
そう言いながら間隔を詰めてくるこのハンサムに、そこはかとないゲイを感じる。
「なあ、いくら出したらやらせてくれるの?」
はっ!ふざけやがって…!
「オレは売春婦じゃない。お前、失礼な奴だな…」
オレはそう言ってギロリと睨みつけると、胸を張って相手を正面から煽って見た。
こういう奴に女性もさぞ迷惑してるだろうね…
勝手に、簡単にセックス出来るって勘違いして、近づいて来るサルみたいな男にさ。
オレのすぐ傍に車が寄せられると、不穏な空気を感じたのか、桜二が運転席から降りて来た。
相手をジロリと見ると、オレの手から荷物を取って後部座席に積んだ。
「おいで…」
そう言ってオレの手を引いて助手席に乗せると、ドアをバタンと閉めた。
運転席に向かうかと思った彼は、さっきの男に何かを話しかけ始めた。
ふたりの様子をじっと助手席から見つめていると、さっきの男がどんどん顔を赤くして怒り始める。踵を返してこちらを見た桜二の顔は対極的に笑顔だった。
クスクス笑いながら運転席に戻ると、シートベルトを付けて、オレを見て、後ろを確認して、ウインカーを出して、車を出した。
「ねぇ?桜二?あいつになんて言ったの?」
オレがそう聞くと、彼は首を傾げて言った。
「…え?何も言ってないよ?それよりどうだった?楽しかったんでしょ?」
嘘つきだな!
彼はオレの顔をチラッと見ると、優しく頭を撫でてくれた。
その手がまるで、嫌な目にあったね?って慰めてくれてるみたいで…優しい彼にキュンした。
「あのね、陽介先生の為に余興をしたんだ。そんな話聞いてなかったから、初めはびっくりしたけど…上手に出来たんだよ?」
「何の余興をしたの?」
桜二の言葉に、オレはふふふ…と含み笑いをすると、勿体ぶるように溜めてから言った。
「…ストリップ!」
「あらぁ~、先生やっちゃったね…」
桜二はそう言ってケラケラ笑うと、ウインカーを出して車線を変更する。
「そうなんだよ?オレはいけないよ?って何度も注意したんだけどダメだった。最後はお姉さんに思いきし引っ叩かれて、見事なオチを付けてたよ!」
「あ~はははは!!」
オレがそう言うと、車内に2人分の笑い声が響いた。
オレ達は絶対性格の悪いカップルだ…
人の不幸を笑うなんて…最悪のカップルなんだ!ふふっ!
「ねぇ!さっきあいつになんて言ったの?」
「ふふ…何も言ってないよ。」
18:00 三叉路の店にやって来た。
エントランスに入ると、やけに大きなツリーが目の前に立ちはだかってる…
「ホーホーホ~!インフル患者がやって来た!俺の年末を台無しにするなよ!近づくんじゃないぞ?俺はな、紅白歌合戦を見るんだからな!」
「もううつらないって…お医者が言ったもん。」
オレはそう言うと、ツリーに飾り付けられた丸い飾りを指で突いた。
オレがお店を休んだ4日間。代わりを頼んだストリッパーはお店の雰囲気に慣れなくて、すぐに辞めてしまったそうだ。
仕方がなくバンド演奏を入れたそうだけど、それはそれで楽しそうだと思うよ?
「セプテンバーはしばらく聞きたくない。」
支配人はそう言うと項垂れて首を横に振った。
サックスとトロンボーン、ボンゴのパーカッションで、毎晩のようにアース・ウインド・アンド・ファイアーのセプテンバーを演奏したらしい…
悪くないだろ?
「良いじゃん…楽しそうで…」
オレは肩をすくめるとそう言って、控室への階段を下りて行った。
あの人の趣味は分からない。
細かく細分化されていて、その一つ一つに拘りがあるからどこがダメでどこが良いのか、未だに把握しきれない。
ロックひとつにとっても、エアロスミスは好きだけど、マルーン5は嫌とか…クラブサウンドは嫌いかと思ったら、ジャミロクワイが好きとか…良く分からない。
自分だけの主観で生きてるジジイだ。
携帯電話を取り出すと勇吾にメールしながら鏡の前に化粧ポーチを出した。
“もうすぐ公演だね。楽しみだよ。ここから見てるよ。沢山の愛をこめて”
彼は26,27,28日とイギリスでストリップとオーケストラの公演をする。
オレはそのチケットを3日分貰ってる…でも、どれにも行けない。
この、体質と呼んでも良いレベルのトラウマ達と折り合いが付いていないからだ…
でも、前より断然生き易くなった。
発作も起こっていないし、我を忘れてドツボに嵌っていくことも無くなった。
子供の頃の自分を好きになれたし…兄ちゃんの事で自分を責めることも少なくなった。
後、足らないのは…いつ起こるか分からない発作に、怯えて、怖気づく自分を克服する勇気と自信だけ。
「楓は今頃、ロンドンにいるんだ…向こうのクリスマスはどんな感じなのかな…?」
両手をあげて伸びをすると、楓がいつも座っている椅子を眺めて寂しくなった。
早く会いたいな…いつもの様に、にっこりと笑う彼の笑顔が見たい…
「楓…さみしいよ。」
ポツリと呟きながら衣装を選ぶ…
今日はクリスマスイブ…どうせ、お客なんて来ない。
カップルはセックスしてるし、家庭がある人はお家でケンタッキーフライドチキンを食べるんだ。
こんな日に、こんな所に来る様な人は…詰んでる。ふふっ!
19:00 店内へ向かうと、思った通り…
彼氏、彼女、家族のいない“さみしんぼ達”が苦し紛れのカラ元気を見せている。
「シロ~!ハッピークリスマス!…何がハッピーだ…何がクリスマスだ…苦しみますの方がしっくりくるじゃないか!!ハッピーに苦しんでま~す!だ…あ~ははは!」
そう言ってワインをボトルで飲むお姉さんに言った。
「お姉さん…自重してね?」
「グスン…昨日、昨日、振られたばっかなんだも~ん!」
荒れる要素が満たされた彼女の背中を撫でてあげると、ウェイターに目配せして、監視させた。
いつもは気持ちの良い常連さんなんだ。
支配人にどやされて出禁になるくらいなら…早めにタクシーに乗せて帰らせた方が良い。
「はぁ…今日、陽介先生の結婚式に行ってきたよ?」
カウンターに座ってマスターにそう言うと、彼は布巾で目を拭いながら言った。
「俺は招待されてない…グスン」
あ~はっはっは!
なんで、逆に何で招待されると思ったんだよ!
「ふふ…陽介先生は3兄弟の長男なんだって…。お母さんもお父さんも良い人そうだったよ?」
オレは即席ストリップの話を伏せてそう言うと、マスターに言った。
「どっち?」
「え…?」
「抱きたかったの?抱かれたかったの?…どっち?」
オレの質問に、マスターはぼんやりした顔をして言った。
「両方…」
「あ~はっはっはっは!!」
堪らず大爆笑すると、カウンターをバンバン叩いて椅子から転げ落ちた。
おっかしい…
マスターの言う事は、どこまで本気で、どこまで冗談か分からない。だから、面白い。
「はぁはぁ…やばいよ。マジで…あんたは爆弾を持ってる。笑いの爆弾だ。」
オレはそう言って席に座り直すと、ビールを受け取って一口飲んだ。
この人も桜二と同じで、オレの笑いのツボを心得てる。
だからかな…いつもここに来て、おしゃべりしちゃうんだ。
「バーテンは話術が命綱だからね…」
そう言って得意げにグラスを拭くマスターを見つめる。
彼は優秀なフルート奏者だ。
一度しか見た事が無いけど…とっても上手だったよ?オレはもう一回くらい見ても良いと思ってる。
「ねえ…この前吹いた曲…なんていうの?」
オレがそう言って話しかけると、マスターは片方だけ眉毛をあげて言った。
「シシリエンヌ…」
「あ~はっはっはっは!!おしりえんぬだって!あ~はっはっは!!」
ほらね?こんなおかしな冗談を言うんだもん。笑い過ぎて…わき腹が痛くなっちゃったよ…
怪訝な顔でオレを見つめるマスターは、こうやって笑い死にそうなオレに、とどめを刺してるんだ。容赦のない男なんだ。
「ねえ…君がシロ?」
突然声を掛けられて振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ人だった。
「ふふ…どなたかな?初めまして。」
オレはそう言ってにっこりとほほ笑むと、体を戻してマスターを見つめて言った。
「…んふふ、ふふふ…お、お、おしりえんぬ!」
「違う!シシリエンヌだ!最低でバカだな…シロはバカで最低だ!」
マスターはそう言って首を横に振ると、騒がしくなったエントランスを見上げて言った。
「おや、海外旅行者かな…」
彼の言った通り、頭の上、階段の踊り場で英語が飛び交い始める。
たまに来るんだ。
眠らない街、不夜城新宿のナイトパッケージか何かで団体様ご一行が来て、ストリップを見て、大喜びして、沢山チップをくれるんだ。
財布の紐が緩くなった観光客は、オレのお得意様だよ?
「わ~!これで、やっと、今日のお仕事に張り合いが出来た!」
オレはそう言って喜ぶと、ビールをまた一口飲んだ。
気付くと、オレの周りに外国人が集まって来て、カウンターに座るとニコニコとオレを見つめて笑いかけて来た。
5人…?
観光客にしては人数が少ないじゃないか。
「なぁんだ。観光客じゃない。ただの声がうるさい人達だった…!」
オレはそう言うと、ビールを片手に席を立とうとした。
「ねえ、釣り目のストリッパー君さ。勇吾の事知ってる?」
さっき、オレに声を掛けてきた見知らぬ人に突然そう言われて、対角線上に座った彼を見つめて、首を傾げて聞いた。
「あなたは、誰…?」
「僕は勇吾の恋人だよ…付き合って2年になる。真司って言うの。よろしくね…」
勇吾の恋人…付き合って…2年…
自信満々な笑顔を見せる彼は、ハーフの様な目鼻立ちをした所謂“可愛い顔”をした日本人だった。すらりと伸びる手足は、確かに勇吾が好みそうな上品さを醸し出していて、サラサラの髪の毛は嗅がなくても良い匂いがしそうだと想像できた。
ふぅん…
いちいち引っかかる物言いをする真司君に、オレに対するマウンティングと、優越感を感じて、気に障った。
「良いの?」
オレは彼を見つめてそう言うと、ため息をつきながら続けて言った。
「もうすぐ公演が始まるのに…こんな所で油を売っていて良いの?彼の恋人なら、傍に居てあげたら良いのに…さみしがり屋さんだから…きっと泣いちゃうよ?」
そう言ってクスクス笑うと、手元のビールをぐるりと回して彼の答えを待った。
「…彼はさみしがり屋さんじゃないよ。とっても強い人だもの。それに…僕はロイヤルバレエでプリンシパルを務める身分だからね…場末の誰かと違って…なかなか、べったりと安っぽい愛をあげる訳にもいかないんだよ。」
言うねぇ…場末の誰かって…オレの事かな。
周りでオレと真司君の様子を伺う外国人たちは、どうやら彼の連れの様で勇吾の友人の様だった…
「シロ?ユウゴ…エンエン…」
1人の外人がそう言って両手を目の下にあてて泣いてるジェスチャーをするから、オレは真司君を見て首を傾げて言った。
「ほら、勇吾が泣いてるって!戻ってあげた方が良いよ?可哀想じゃないか…」
オレの言葉にムッと頬を膨らませると、真司君は英語でまくし立てる様に怒り始めた。
言葉の分からないオレは、マスターを見つめたまま首を傾げて言った。
「バレリーナの友達が言ってた。体重管理のし過ぎでキレやすくなるバレリーナもいるって。きっと彼がそれなんだ。プリンシパルなんてなるくらい上手なんだから、きっと体重管理が凄いんだ。だから、キレやすくなってる。ふふ…可哀想だ。」
席から立ち上がって、ヒステリーに喚き散らす真司君のすぐ傍まで行くと、彼の良い匂いのする髪の匂いを嗅いで言った。
「あぁ…やっぱり良い匂いがした。でも、こんなに綺麗なのに…真司君には品がない。場末の誰かよりも、もっと下品で、粗暴で、野蛮だ。」
オレの顔を凄い形相で睨みつける彼に、瞳を細めて笑顔を送ると眉毛を下げて言った。
「だから、勇吾は…場末のオレの方が好きなのかもしれないね…?」
パシーーーン!
凄い音を出して、真司君がオレの頬を引っぱたいた。
その瞬間、ウェイターが一斉に真司君の周りを取り囲んで言った。
「ご退店、願えますか…?」
真司君と一緒にやって来た勇吾の友達が、唖然と口を開けたまま真司君を凝視してる。まさかこんな事、すると思わなかったみたいだ…
口で煽ってくるから…同じ様にしたけど、彼は耐性が弱いみたいにすぐに手を出してきた。
プリンシパルなんてバレエの名誉ある地位を貰ってるのに…怒りっぽくて、すぐに手が出るなんて…見た目が美しい分、残念な人だ。
張り詰めた緊張感をほぐす様ににっこりと笑うと、真司君の肩を撫でて言った。
「良いんだよ。彼は、少し、体重管理のし過ぎでおかしくなってるんだ。ね?真司君?いつもは良い子なんだよね?」
手でウェイターを帰らせると、こちらを心配そうに伺う勇吾の友達の背中を撫でながら席に戻って、ビールを片手に彼らに聞いた。
「ユウゴ…元気に…してるか?」
カウンターの中でマスターが笑いを堪える中、オレは一生懸命伝える努力をした。
「ユウゴ…お腹すいて無いか?」
「ユーゴ、オネスティ?ノー、ノー!」
勇吾の友達はそう言って苦々しい顔をすると手で払うようにした。
う~ん。意味が通じて無いみたいだ…
眉を下げながら、同じ様に眉を下げる勇吾の友達と見つめ合う…
英語の話せないオレは、彼らとどうやって意思疎通をしたら良いのか途方に暮れる。
そうだ…
彼の友達なら…もしかしたら、通じるかな?
「勇吾…」
そう言って両手を目の下でゆらゆらすると、両手を広げて首を傾げてみた。
彼らはピンと来たようでクスクス笑うとオレを抱きしめて言った。
「シロ~、プリティー!」
バレエで使うジェスチャーを使って、彼らに聞いたんだ。
どうして勇吾は泣いてるのか…聞いたんだ。
1人の外人がオレに手を差し伸べると、心臓を包み込む様にした。
オレを愛してるから泣いてると、彼は伝えたかったみたいだ。
「ふぅん…」
真司君を除いた彼らは、悪い人たちじゃ無さそうだ…
ひとつため息を吐くと、彼らの手元にあるチップを眺めて言った。
「モア、エクスペンシブ、シルブプレ…」
「フフ!」
「シロ、そろそろ…」
吹き出して笑う彼らと一緒にケラケラ笑っていると、支配人がそう言ってオレに声を掛けるから、彼の腕をつかんで言った。
「この人たちは勇吾の友達みたいだ。もっと高いチップを売りつけてよ…」
「おじいちゃんはそう言う押し売りの様な事はしないんだ。お前が華麗に踊れば、高いチップを渡したくなるんじゃないのか?」
はっ!
正論言うんじゃないよ!
「ふん!ば~か!」
オレはそう言うと、勇吾の友達たちの背中を撫でながら歩いて、カウンター席を後にした。
さっきまでガラガラだった店内は、いつの間にかクリスマスから漏れた人たちで溢れかえってる…。
「彼らの前でサンタの格好をして笑顔で踊るのは火に油だよ。」
目の前を歩く支配人にそう言うと、彼はにやりと笑って言った。
「お前は…そういうの、得意だろ?」
そういうのが得意?…煽るのが得意って事?
つまり…煽れって事?
ふふっ!おっかしい!
「そうだね…確かに、ついさっきも煽って引っぱたかれた!」
ケラケラ笑ってそう言うと、支配人の背中をポンと叩いて控室への階段を下りていく。
大嫌いなクリスマスが今日と明日で終わる。
その喜びと…まだそうじゃない悲しみを表現してみよう。
そう、この…浮かれ切ったクリスマスムードを嫌う、あぶれた者たちの為にも…
カーテンの前に立つと、手首足首をぐるっと回して、首をゆっくりと回した。
勇吾の友達と、勇吾の恋人。
26日から公演があるというのに…彼らのフットワークは羽のように軽いんだな…
のろまなオレと違って…身軽で、スマート…
カーテンの向こうで大音量のクリスマスソングが流れる中…開き切らないカーテンを手で押し退けてステージへと向かった。
「ポールの途中でマリリンマンソンにして!」
すぐに大声でDJにそう言うと、ステージの中央で仁王立ちしながらいやらしく腰をぐるっと回した。
可愛くデザインされてはいるけど、今日も赤と白の…サンタの姿だ。
モコモコの短パンの下にはバチバチの黒い革パンを履いてるし…ふわふわのシャツの下には革のハーネスが体に張り巡らされている。
見た目は可愛いサンタを気取ってるけど…心の中では抗っているんだ!という必死の抵抗の現れなんだよ。
可愛くお尻を突き上げながら、目の前のお客に体のしなやかさと、腰つきのエロさを見せつけていく。
「シローーー!サンタなんか、いないんだよーー!」
知ってる。
オレも毎年そう思ってるもん。
飛び交うサンタ不要コールも、これから始まるエキサイティングな事を思えば…甘いはちみつと同じだ。
ポールに手をかけると一気に足を絡めて高くまで上がって行く。
それは…クソッタレなサンタともうすぐお別れするカウントダウンが始まった事を意味するよ?
「シロ~~!そんな格好しないでくれ~~!」
「俺たちは、世の中のはじきモンなんだ~~!」
悲壮感漂うお客たちに、精いっぱいの笑顔と優しい気持ちを振りまくように、華麗にポールの上を回って行くと…
ピタッと体の動きを止めて、DJを見つめてサインを送る。
一気に曲調が変わって…可愛いクリスマスソングは終わった。
これからは…ハードなロックだ!
DJの粋な計らいにより、サビからスタートしたマリリンマンソンに合わせて、サンタの衣装を両手でつかんで引きちぎって行く。
「ウオォォォォォ!!」
一気にステージの下が興奮して大音量の怒号を湧き上がって行く。
あはは…みんな、キレてるね?
良いじゃないか。
腕を絡めて足を放り投げながら回転すると、サンタのズボンを乱暴に足で脱いで放り投げる。そして、体を逆さにしながらポールの最頂部に上って行く。
「良いぞーーー!シローーー!サンタなんてぶっ殺せーーー!」
キテるね!
オレは殺人はしない。
そんな事をしたら、田中のおじちゃんが悲しむからね…
天井を足で蹴飛ばすと、回転を付けて滑空しながら、足のポジションをゆっくりと変えて行く。体幹と遠心力に負けない筋力が成せる業だ。
タイミングを合わせて膝裏でポールを掴んで止まると、舌を思いきり出して、両手で中指を立てて親指を下に下げた。
音楽とピッタリ合わさったファンタジア効果の効いたハンドサインに、場の空気がより一段上に変わったのが分かった。
「ウォォッォォォォォ!!」
今日のお客は同じ敵に立ち向かう…いわば、同志たちだ。
だからか…盛り上がり具合が半端じゃない…それは、まるでヘビメタのライブ会場さながらだ…!
厳ついブーツを振り下ろしてポールから降りると、眼下のお客たちを見下していく。
「シローーー!!サンタを…!サンタを…やってくれ!!」
どういうことだよ。やるって…何をだよ…
そもそも彼はこの世に存在しない。
飲料メーカーが作り上げたキャラクターだ。
ステージの縁に寝転がった怒れる同志たちのチップを指で回収していくと、ぴたりと足を止めて、勇吾の友達を見下ろした。
「オー…シロ、アイム…スケアリー…」
そう言ってニヤけながらブルブル震える外人の肩に足を置くと、踏み込みながら顔を覗き込んだ。
そのまま前屈して、彼が口に咥えたチップを歯でかじって引き抜いて行く。
「フフ…!」
そう言ってほほ笑む顔を真顔で見つめて、首を傾げる。
何が面白いんだ…
お前たちの様な外人に憧れた日本人が“クリスマス”は“チキン”と“プレゼント”なんて誰が言い出したのかも分からない固定概念に縛られているというのに…
お前は、何が面白いんだ…?
チップを回収したのにも関わらず、オレは勇吾の友達の体の上に跨って座ると、覆い被さる様にして彼の顔をまじまじと見つめた…
「オーゥ…シロ…シロ…プリティー…」
スケベな事を考えると鼻の下が伸びるのは、万国共通のようだ。
彼の胸ぐらを掴んで自分に引き寄せる様に持ち上げると、顔面スレスレに顔を寄せて睨みつける。
「あーーー!シロが、サンタをやる気だ!!」
あぁ…みんなにも彼がサンタに見えるのかい?
これは差別じゃない。
見た目がそうなんだから、仕方が無いだろ?
「オゥ…シロ、キス、ミー、ベイビー…」
うっとりと瞳を細めてそう言う勇吾の友達の頬を引っぱたくと、彼はデレデレのデレになって、口元を緩めて笑った。
「ドント、ムーブ、ベイビー」
そう言って彼の肩に手を置くと、オレは素早く足を高く上げて逆立ちをした。
この人の体つき…筋肉の付き方…座り方から姿勢の取り方まで…観察して分かった。
この人は現役バリバリのダンサーだ。
そんな彼には、ちょっと楽しい事をお見舞いしてあげよう。
逆立ちしたまま足を開くと、勢いをつける様に腰と一緒に足を左右に回して行く。
肩を掴まれた勇吾の友達がオレの顔を見上げて、真顔で言った。
「シロ…デンジャラス!」
「ふん!シャラップだよ?」
オレはそう言ってクスクス笑うと、足で付けた勢いと一緒に体を捻らせてバク転をした。
飛びながら体を捻って片足づつ足を着けると、どや顔をしながら体を反らしてポーズをとった。
「シローーー!敵をとってくれたーーー!!」
「ありがとうーーー!シローーー!」
みんな…失礼じゃないか。彼は勇吾の友達だよ?
サンタじゃない。
お辞儀をしてカーテンの奥へと退けると、サンタの衣装を着て店内へと戻って行く。
「おい、シロ。事故が起きるから、お客を巻き込んで危ない事すんな…」
支配人がそう言ってオレをジト目で見るから、彼に教えてあげた。
「あの人はダンサーだ…しかも体のしっかり出来上がった人。彼なら出来ると思ったから、使った。でも、もうやらないよ…ごめんね。」
そう言って手のひらをひらひらと動かすと、クリスマスソングが流れる店内へと戻った。
階段の踊り場から下を覗き見て、沸いたお客の熱気を感じる。
「ふ~ん…良いね?みんなサンタが嫌いだから、こんなに沸いたんだ。」
ポツリと独り言をつぶやくと、真司君が階段の下から上がって来た。
「あれ?もう帰っちゃうの?」
オレがそう聞くと、彼はオレを横目に見て言った。
「お前のホームはここだからな…。アウェイで踊ったらあんなに観客は盛り上がらないさ。ただのアクロバットダンサーだ。はっきり言って魅力も何もない。これ以上、見る物も無い。だから、帰る。」
へぇ…
「負けたと思ったの?」
オレがそう言うと、真司君はすぐに反応して食って掛かって来た。
彼を足で受け止めると、押し退けて言った。
「すぐカッとなるの、やめた方が良いよ?…魅力が底まで下がる。」
そう言うと、彼に背を向けて階段を下りる。
オレの背中を今にも突き飛ばしそうだね?
でも、オレはビビらない。
お前に背中を見せて、悠々と階段を下りてやるさ。
「ふん…意気地なしだな…」
階段を無事に下りきってそう言うと、カウンター席に座った勇吾の友達をおもてなししてあげる。
「シローーー!フォーーーー!!」
叫び声をあげて興奮した勇吾の友達5人に担がれて、眉毛をあげたマスターが記念写真を撮った。
まるで大物を釣った釣りバカと巨大魚の様相だ…
「シロ?デンジャラス、ノー、ノー、オーケー?」
「うん…もうしないよ。」
「シロ?ポール、デンジャラス、ノー、ノー、オーケー?」
ダメ出しが多い勇吾の友達の話を右から左に聞き流して、マスターからビールを受け取ると一口飲んで言った。
「ノー、ノー、ばっかじゃノー、ノー、だよ。何かさあ、もっと褒める所はないの?」
オレはそう言ってうんざりした顔をすると、彼らを見つめて首を傾げた。
顔を見合わせて首を傾げ合う異国の労働者たちを眺めて、意思の疎通の為に英語を勉強した方が良いと思った…
「シロ、プリティ…アンド、セクシー!」
急に意思が通じたのか、急にオレを褒め始める彼らに、にっこりと笑って言った。
「もっと言って?」
「シロ…デンジャラス…クレイジー!バット…ソー、クール!」
そうだろ?
ふふ…
勇吾も、来てくれたら良かったのにな…
そうしたら彼らともっと意思の疎通が取れたかもしれないし、高額のチップだってくれたかもしれないし…
何より…
あなたの友達に会ったら、無性にあなたに会いたくなってしまったんだよ。
「勇吾…会いたいよ…」
そう言ってボロボロと涙を落すと、勇吾の友達がオレの体を撫でて言った。
「オー…ウ…。シロ、ダイジョウブ…」
大丈夫じゃない…
彼に会いたいんだ。
真司君なんて、プリンシパルを務める凄い人が恋人だなんて知らなかった。
背伸びをして、虚勢を張って、負けない様に上等を気取った。
でも、心の中はズタズタになって傷だらけだよ…
「勇吾…勇吾…バカやろ…」
#勇吾
「何かな!何かな!」
それはシロからの小包…
家を出る時に配達員から手渡されて、そのまま現場に持って来て、みんながワクワク見守る中での開封してる。
「東京のクレイジーボーイ、シロが勇吾にクリスマスプレゼントを送って来たらしいよ?」
「まじか…見てみようぜ…きっとクレイジーなんだ。」
そんな声を耳に聞きながら、俺はご機嫌であの子のプレゼントを開いた。
猫がツリーを蹴飛ばしてるクリスマスカードを眺めて、彼が正真正銘の猫好きだと確信した。
「ふふ…本当に猫が好きなんだな。あの子は…猫ちゃんみたいに可愛いからね…。そうだ、結婚して一緒に暮らしたら可愛い子猫を買ってあげよう!いや、あの子の事だから…命を買うなんて…酷い!って怒るに違いないな…。誰かから、貰って来よう!」
そう言って空想に耽っていると、周りからヤジが飛んで現実に引き戻される。
「早くプレゼントを見せろ!何を貰ったんだよ?早く見せろ!」
なんて奴らだ…
俺は項垂れて首を横に振りながら、段ボールの中を手に取って眺めた。
可愛いラッピングじゃないか…キュン死する。
ペリペリとラッピングを外していくと、中から黒いセーターが出て来た。
おぅ…シロ…着る物を俺にくれるなんて…なんて優しい子なんだ…!
「どれどれ~!」
ご機嫌になってセーターを体に合わせてみると、鏡に映った自分の姿を見て唖然とした。
「あ…」
それは、クリスマスシーズンになると、ダサいお父さんが着る、ホリデーセーターだった…
「あ~はっはっは!!」
野次馬の大爆笑の中…何かの間違いかと手に取ったセーターをもう一度眺めてみる。
サングラスをかけてサンタの格好をした猫が…HOHOHO!と言ってる…
「だ~はっはっはっは!!」
一気に大爆笑の波がもう一度訪れて、セーターに描かれた猫柄に、確かなあの子の意志を感じて、脱力して項垂れた。
「シロ…らしいな…」
そうポツリと呟くと、サングラスをかけた猫を手のひらで撫でる。
そうだ。
彼はこれを可愛いと言って買ったに違いないんだ。
ダサいセーターを贈って、俺を陥れようとする意志なんて…全く無い筈なんだ。
「シロはこういう物が好きなんだ!みんなはダサいと思うかもしれないけど、あの子はこういう物が好きなんだ!好きなものを俺にくれたって事は…俺の事が好きだって事だよ?」
そう言ってリカバリーすると、彼のくれたクリスマスカードに目を通した。
“勇吾へ。可愛いセーターがあったからクリスマスプレゼントであげるね。オレとお揃いだよ?クリスマスに一緒に着ようね?公演に沢山お客さんが来て、勇吾が儲かりますように。愛してるよ。シロ。”
「ほら!見てみろ!あの子も同じものを買って、クリスマスにお揃いで着ようねって書いてある!あの子はね、こういうダサい柄物の服が好きなんだよ…。俺はあの子とお揃いの猫柄のピンクのトレーナーをすでに1着持っていて、東京にいた頃はよくお揃いで着たもんさ。」
俺がそう言うと、ショーンが肩を揺らして笑いながら言った。
「はぁはぁ…よ、よ、良かったな!勇吾、あっふふふふ!」
ちくしょ…本当にあの子はこういう物が好きなんだ!
猫柄のセーターを手に取って、眺めて、ギュッと胸に抱きしめて、シロを思う。
「俺のプレゼントも…そろそろ、届くかな…?」
あの子の為に買った素敵な物…気に入ってくれるかな…
シロ…会いたいよ。
忙しい日々は終わって…あとは公演まで微調整を繰り返す日々だ。
シロ…こうして時間が空くと、堪らなくお前に会いたくなるんだよ…
どうしたら良いの?
もう…どうしたら良いの?
ぽかぽか陽気の野次馬が退けた部屋の窓辺であの子を思ってしみじみしていると、ショーンが小さい声で俺に話しかけてきた。
「ところで、勇吾。真司が東京に行ったって知ってる?」
は…?
俺は愕然としながら彼を見つめて言った。
「冗談…だよね?」
彼は首を振ると眉を下げて言った。
「ケイン達と…シロを見に行こうぜって…昨日の夜に発ったんだ…。俺はてっきりお前も知ってるかと…」
ケイン?
彼は俺の気の置けない友人の1人…ただ、すぐに悪乗りをする悪い癖がある。
今回も誘われたから~って…軽いノリで、東京へ行ったんだ。
どうしようもない、バカだ!
真司、お前、やってくれたな…
バカで誘いに乗りやすいケインを使って…何してんだよ…
…あの子に会いに行って…何をするつもりだよ。
傷付けでもしたら…許さない…!
“もうすぐ公演だね。楽しみだよ。ここから見てるよ。沢山の愛をこめて”
さっき、あの子から届いたメールを見つめて…遠く離れた場所にいるあの子を、助ける事も、守る事も出来ない事実に…無力感を味わう…
電話をかけようにも…なんて言えば良いんだ?
俺の別れた恋人が会いに行ったから…気を付けろ。と、でも言うのか?
「別れようって言ったんだ…俺が言った。急な話に真司が怒るのは当然かもしれない。でも、怒りの矛先はシロじゃない…俺だろ?ベクトルが違うじゃないか…」
すっかり意気消沈してそう言うと、あの子がくれたセーターを畳んで袋にしまい直した。
その時、ポケットに入れた携帯電話がブルっと震えた。
ドキッと胸が跳ねて、変な緊張感を味わう。
どうしよう…
昨日の夜発ったとしたら…もう東京に着いていてもおかしくはない。
シロからのメールだったら…?
俺を非難するようなメールだったら…?
どうしよう。
覚悟を決めて着信を確認すると、ケインからのメールで題名にはこう書かれていた…
“捕まえた!”
添付された写真を見て、不覚にも吹き出した…
シロを男5人で横に抱えて、ブラックバスでも釣ったかの様に満足げな笑顔を向けてる写真。
ほらね…こいつらは少し頭のネジが緩んでるんだ…
5人に抱えらえたあの子の無表情の顔を見つめて、ため息を吐いた。
「もう遅かった…彼らはシロに会ったみたいだ…」
俺はそう言うとショーンに写真を見せて、あの子の顔を指さして言った。
「…怒ってる。」
「え…?そんな風に見えない。どうしてそう思うの?」
肩をすくめてそう言った彼を見ないで…ただ、無表情でこちらを見つめるあの子を見つめて言った。
「愛してるから…分かる。シロは俺に怒ってる。」
真司に会ったんだ。そして、何か言われたんだ。
俺の事を嫌いになってしまったの…?
あと2日で公演だというのに…
こんな気持ちで迎えるなんて…最悪だな。
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