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第39話

#シロ 「明日の朝に帰るの?それはすごい弾丸ツアーだね…」 飲んだくれてすっかり大人しくなった勇吾の友達に言った。 彼の名前はケインさん。勇吾の友達で、わざわざオレに会いに来たんだって… 本日のステージをすべて終えたオレは、私服に着替えて後は帰るだけになった。たまたまお店に来た依冬が、ケインさんとの会話を通訳してくれている。 「シロに会えて良かったってさ。」 依冬がそう言うと、オレはケインさんを見て頬を膨らませて言った。 「真司君は勇吾の恋人だと言ってた。それがもし本当なら、オレは勇吾の浮気相手になる。そんなの最悪だ!オレは人の物なんて要らない。そんなの不名誉だ!」 胸を張ってそう言うと、渋い顔をする依冬を小突いて通訳を急かした。 依冬の言葉にケインさんは表情を一変させると、突然椅子から立ち上がって言った。 「シロ、ゴメンネ…ユーゴ、シロ…ラブ…ウゥ…」 片言でそう言うと、ケインさんはため息を吐いて、もじもじしながら依冬に英語でぺらぺらと話した。 依冬はケインさんの話を相槌を打ちながら聞いて、オレに通訳してくれた。 「真司さんは確かに勇吾さんの恋人だったんだって、でも、勇吾さんが別れたいって言ったのに、怒っちゃって…シロに会いに来たって言ってる。ケインさん達は…ただ単にシロに会いに来たんだけど…こんな事になって、帰ったら勇吾さんに殺されるって言ってる。」 それを聞いて口を尖らせると、背中を丸めた5人の外人を見つめて言った。 「5人も殺したら、警察に掴まるよ?警察に掴まったら公演も出来なくなるよ?あの人がそんな事する訳ない。だから、ケインさんも、みんなも、殺されたりしない。」 「シロ?言葉の比喩表現だよ。それくらい怒られるって事…」 オレの言葉に依冬はそう言うと、しょんぼりと背中を丸めるケインさんを励ます様に英語で何か言っていた。 比喩表現だよ? そんなこと知ってる。 知ってて言ったんだ。ふん! 「シロ?怒らないであげなよ…勇吾さんは別れるつもりだったんだから…」 依冬がそう言ってオレを宥めようとするから、オレは首を傾げて言った。 「え~、怒ってないよ?」 「ウゥ…シロ…ユーゴ、アングリー…ウゥウ…ウウ…ウゥゥゥゥ…」 凄いな、泣き落としは万国共通なんだ。 両手で顔を押さえてウソ泣きをするケインさんのおでこに、一発デコピンすると言ってやった。 「泣いて許されるのは10歳までだ!いい年したおっさんが、みっともないぞ!」 依冬の通訳を聞きながら、他の4人が肩を震わせて笑う中…ジト目でオレを見つめたケインさんが言った。 「シロ…ユーゴ…エンエン…」 「ソー、ファット?アイ、ドント、ケアだよ?」 「シロ~…ユーゴ、エンエン…ベリー、エンエン…」 「はん!イッツ、ノット、マイ、ビジネスだよ?」 オレがそう言って顔を背けると、フォローするように依冬がケインさんを宥め始めた。 イギリスに恋人がいたなんて知らなかった。 それが…とっても凄い人だっていうのも、知らなかった。 真司君が言った”アクロバットダンサー”の一言も“魅力も、見る物も無い”と言った言葉も…胸の奥に突き刺さった。 勇吾に会って…直接文句を言って、このイライラを…宥めて欲しいよ。 彼の公演がもうすぐ始まるっていうのに…こんな気持ちのまま迎えるなんて… 最悪だ。 ふと、入院していた時、彼と夏子さんが演出で携わったアイドルのコンサートに行けなかった事を思い出した。 彼らの評判の舞台を見たかった…とっても…行きたかったんだ。 あの時なら、彼の凄さを体感出来たのに…オレはその機会を逃してしまった。 彼の凄さも、彼の熱意がこもった舞台も…見る事が叶わなかった。 あ… オレは慌てて自分の携帯電話を取り出すと、支配人にバレない様に大きなケインさんの影に隠れて勇吾に電話した。 こんな気持ちのままでいたくなかった…後から、後悔したくなかったんだ。 忙しいはずの彼は、意外にもすぐに電話を取った。 「もしもし…?シロ?」 そう言った弱々しい彼の声に…事の顛末を知ってると感じて、オレは口を尖らせて感情のままに言った。 「勇吾…バカやろ、お前なんて大嫌いだ。」 オレのその言葉に…電話口の彼は絶句して押し黙ってしまった。 背後でガタガタと物が動く音がしたり、英語の話し声が聞こえたりしても、勇吾は何も話さないで、ただ黙っていた… 分かってる…きっと…泣いてる。 オレに…大嫌いだって言われて…泣いてるんだ。 「勇吾…あの人に、アクロバットダンサーだって言われた…魅力も、見る所も無いって言われたぁ…!あの人は…プリンシパルなんでしょ?…どうして?どうして…そんな凄い恋人がいるのに…オレと…遊んでるの?…勇吾…ばかぁ!大っ嫌いだ!」 ボロボロと涙がこぼれてきて、最後の方は泣き声が混じって良く分からなくなった。 彼が凄い人だって知って、一時は自分がとってもみじめに見えた。 でも、そんな世間の評価は…2人の間に関係のない事だろって、勇吾は言った。 でも… でも…オレは知ってる。 プリンシパルに成れるのは一握りの人だって…それはとってもすごい事で、バレエで最高の階級だって、主役を張る様な人だって…知ってる。 彼のような人が、勇吾には相応しいって…思ってしまったんだ。 そして、そんな人にダメ出しをされて…虚勢を張ったけど…いっちょ前に、傷付いたんだ。 「シロ…可哀想に…そんな事を言われて、悲しかったね…。確かに、俺は彼と付き合っていた。でも、お前に会って…お前に惹かれて愛して…。彼には別れを告げたんだ…でも、どうしてか、お前の所に行って…酷い事を言って傷つけたみたいだね。全て…俺に対する怒りからなんだ。ごめんね…俺が…情けない馬鹿なせいだ。」 勇吾は弱々しくそう言うと、オレの泣き声を聞いて黙った。 「うっうう…うう…勇吾…会いたいよ。なんで、なんで、来てくれないの?!オレが酷い事されたのに、何で来てくれないの!!バカぁ!バカぁ…!」 「シロ…ダメだよ…そんな、困らせちゃ…」 依冬がそう言ってオレを宥めようと肩を抱きしめるけど、こみ上げた感情が…我慢していた感情が…止まらないんだ。 「勇吾に…勇吾に、会いたくっても会えないからっ!我慢してるんだ!なのに、なのにぃ…こんな事するなんてぇ…酷いじゃないかぁ!!こんな思いさせて…勇吾は酷い奴だぁ!ん~~!」 ドン引きする外人たちを尻目に地団駄を踏んで泣きながら怒っていると、背中に温かい誰かの体がくっついてオレを宥める様に抱きしめて言った。 「シロ?落ち着いて…怒らないで。」 兄ちゃん… 「うっうう…だってぇ…だって…勇吾が…勇吾が虐めたぁああ…!!」 桜二はオレから携帯電話を取り上げると、電話口の勇吾に言った。 「今、興奮してるから…後で掛け直させるから…お前も落ち着いて…」 オレは桜二の体に抱き付くと、彼の腕の中で守ってもらう。 オレを傷つける何もかもから…守ってもらう。 「落ち着いたら大丈夫…大丈夫だよ…」 そう言ってオレの髪を撫でる彼の手のひらを感じながら、彼の胸の鼓動を聞いて息を整えていく。 ずっと我慢していた。 会いたくても会えない彼に…会いに行く為に… 怖かった子供の頃の自分を抱きしめて、スランプを力づくで直した。 彼の存在がなかったら、こんなに頑張る事が出来ないくらいに頑張ったんだ。 なのに…なのに…! 「クリスマスだって言うのに…全く!こんなに男をぞろぞろ連れて…何Pするんだ!信じられない…!俺も混ぜろ!」 支配人がそう言ってプリプリ怒るのを無視して店を出ると、勇吾の友達…ケインさん達と別れる。 「シロ…ゴメンネ…エンエン…ゴメンネ…」 「ケイン、バイバイ…」 つれなくそう言って桜二の車に乗り込むと、依冬の車が出て、桜二も車を出した。 「勇吾の…元恋人が来たの?それで、シロに酷い事を言ったの?それを勇吾に…怒って言ったの?」 桜二がそう聞いて来るけど、オレは顔を背けてそれを無視した。 だって、真司君に…劣等感を持ったなんて、知られたくなかったんだ。 ただのストリッパーの自分と、ロイヤルバレエでプリンシパルを務める彼と、比べて落ち込んだなんて…勇吾以外、知らなくても良い事だもん… 「夏子から小包が届いていたよ?あと、勇吾からも…」 桜二はそう言うと、オレの足を撫でて言った。 「後でもう一回…電話をかけてあげなさいよ…酷く落ち込んでいたから。ね?」 なんだよ…なんだよ。 「…うん」 オレは小さくそう言うと、このモヤモヤの着地点を探す。 こんなに距離の離れてしまった彼とのいざこざを…どうしたら心の底からすっきりさせる事が出来るのか…着地点を探す。 「…プレゼントは朝、枕元に置くんだよ?」 オレがそう言うと、ソファに寝転がって依冬が笑顔で言った。 「おやすみ~!」 寝るのが早いんだ… 今日はクリスマスのプレゼント交換の為に、3人で桜二の部屋にお泊りするんだ。 なんだかんだ楽しそうにしてる依冬を見つめて、可愛い彼にキスをした。 オレは桜二と一緒に寝室に向かって、ベッドに入ると、彼の胸に顔を付けて目を閉じた。 夏子さんの小包も、勇吾の小包も、どちらも開けてない…ダイニングテーブルに置いたままにしてある。 「シロ…電話、かけてあげて…」 桜二がそう言ってオレの携帯電話を差し出した。 ため息をついて顔を逸らすと、体を起こして携帯電話を耳にあてた… 呼び出し音が鳴るとすぐに彼は電話に出て言った。 「シロ…」 オレは何も言わないで、静かな寝室…桜二の呼吸が聞こえる中、ただ彼の甘い声を聞いた。 「シロ、ごめんね…勇ちゃんはいつも、シロを傷つけてばかりいる。でも…愛してるんだ。勇ちゃんも、毎日シロに会いたくて、我慢してるんだよ?さみしくて…堪らなくなるんだ…。雪が降れば、お前が手のひらで花びらを降らせた事を思い出して…胸が苦しくなるんだ。」 彼の言葉を聞きながら、丸くなっていく背中をそのままにボタボタと涙が落ちていくのを黙って見つめる。 「どうしてあげる事も出来なくて…ごめんね。歯がゆくて、無力を感じるよ。」 そんな彼の悲しい言葉に、オレは黙っていられなくなって言った。 「勇吾…?」 「…ん?なぁに…?」 優しくて甘い彼の声に、自分の素直な気持ちをそのまま伝える。 「子供の自分を抱きしめられたんだ…ずっと、怖くて出来なかった。でも、あなたに会いに行きたくて…勇気を出して立ち向かった。スランプも…あなたに会いに行きたくて、早く、会いに行きたくて、無理やり立て直した…。早く会いたいんだ。早く勇吾に会いたくて仕方なくて、最近…オレは今まで出来なかった色々を克服した。」 オレがそう言うと、電話口の彼は鼻をすすりながら言った。 「そう…そうなの…偉かったね…シロ、偉かったね。」 「でも…プリンシパルは、正直、堪えた。バレエが好き。だからプリンシパルがどんな人がなるのかも知ってる。彼は一握りのすごい人だ…尊敬するべき人なのに…そんな人に酷い事を言われた。それが堪えた。それ以外はどうって事ないんだ…。ねえ、これって、オレの下らないプライドなのかな…?」 止まらない涙は悔し涙なのか…悲しい涙なのか…どちらか分からない。 でも、電話口の彼の答えに縋っている自分は分かった。 「シロ、プライドがなかったら…ダメだよ。」 彼の言葉に胸から嗚咽が込み上げて、流れた涙が悔し涙だって分かった。 「うっうう…場末って言われたぁ…!アクロバットダンサーって…言われたぁ!オレはサンタが嫌い、今日、お店に来てたお客もクリスマスが嫌いだったんだ。だから、クリスマスソングを途中で…ハードに変えた。クソッタレって気持ちを分かり易く表現したんだ。それが伝わって…お客が盛り上がった。だけど、あいつはそれをホームだからだって言った。アウェイだったら、こんなに盛り上がらないって言ったんだぁ…」 それが…とっても悔しかった。 とっても、悔しかったんだ。 「シロ?世の中には良い人なんていない…。プリンシパルだから、ダンスが上手だから良い人なんて…そんな話はないんだ。彼は…もともと、攻撃的な性格なんだ。そして、人を傷つける言葉をよく知ってる。俺が…お前に夢中なのが…彼のプライドを傷つけて、怒りの矛先がお前に行った。そして、傷付けるつもりで、お前に言葉を選んで話しかけたんだ。」 オレはそれを聞くと、しゃくりあげながら言った。 「だ、だ、だから、真司君の前では…ひっく、はったりをかまして…全然、堪えてないふりをしたぁ…。煽って、バカにして、コケにしてやったんだ…んふ…」 オレがそう言ってひくひく泣き始めると、横になって話を聞いていた桜二が体を起こして抱きしめてくれた。 「…そう。そうか…ふふ、そんな風にあしらわれて、さぞかし…彼は悔しかっただろうね。偉いぞ。…絶対、気を許しちゃダメな人の前では、弱みは見せちゃダメだ…偉かったね。」 勇吾はそう言うと、鼻をすすりながら笑った。 桜二の腕の中…誰にも言っていなかった胸の内を勇吾に話した。 「…勇吾?オレも…あのポールで踊りたいよ…。あんな素敵なホールで…赤いドレープカーテンが美しく流れる舞台で…。ステージの上だけショーケースの様な、そんな異次元な空間の中…素敵に踊りたいよ。勇吾の舞台に立ちたいよ…」 そんなオレの言葉に、電話口の勇吾は嗚咽を漏らすと、しゃくりあげながら言った。 「…だ、だから…勇ちゃんが…こっちで、準備してあげてるんだろ!…お前の、準備が整うまで…勇ちゃんが…こっちで場所を、お前の居場所を用意してあげてるんだろ…!」 勇吾… 「ほんと…?」 桜二の胸に顔を埋めて、どうにもならない歯がゆい思いを胸に抱きながら絞り出す様にそう聞くと、電話口の彼はケラケラ笑って言った。 「当たり前だ。俺が痺れたダンサーは、シロ。お前だけだよ…」 勇吾… 「勇吾…意地悪言ってごめんね…。ごめんね…。勇吾は何もしてないのに…虐めたって泣いてごめんね…。勇吾…会いたいよ、会いたくて…悲しいよ。」 「シロ…シロ…泣かないで。大丈夫…。きっと、結婚して…一緒に住むようになったら、こんな日は笑い話になっていくんだから…泣かなくても、大丈夫だよ。」 ん… オレは涙を落しながら目を開いて、桜二を見上げて首を傾げた。 「…そう」 そう呟くと、勇吾は楽しそうに声を弾ませて言った。 「シロのくれた可愛いセーターが届いたんだよ。ありがとう。明日、必ず着るから…お前も着るんだよ?」 届いたんだ… 喜んでくれてるみたいだ… あぁ、良かった… 「…うん。着るよ。だって…とっても可愛いセーターだもん。勇吾と一緒って思うと、もっと可愛く見えるよ?ふふ…」 オレはそう言ってクスクス笑うと、桜二と一緒にベッドに寝転がって言った。 「勇吾の公演が楽しみだよ…。早く見たいんだ。」 「もうすぐ始まるさ…」 「うん…嬉しい…」 勇吾の声を聞いて、彼に慰めてもらって、すっかり安心したのか…もう、イライラした気持ちに苛まれる事は無くなった… 目を閉じて彼の声を耳に届けると、まるで隣にいるみたいで…口元を緩めて彼に言った。 「勇吾…大好きだよ。愛してるんだ…。あなたの髪に触れたい。あなたの頬に触れて、キスしたい。優しく寝かしつけてあげたい。甘えるあなたを抱きしめてあげたい…。」 閉じた瞳からポロリと涙が伝って落ちて、桜二の腕を濡らして落ちていく。 「シロ…シロ…会いたいよ…」 苦しそうに声を詰まらせる勇吾の泣き声を聞きながら、鼻歌でネバ―エンディングストーリーを歌って、聞かせてあげる。 「勇吾…眠い…」 オレがそう言うと、彼は電話口でほほ笑んで言った。 「シロ…おやすみ。」 「朝だ~~!」 オレは1番に飛び起きると、枕元をチェックした。 「なぁんだ!何も置いて無いじゃないか!!」 そう言って、隣でうつ伏せて眠る桜二のお尻を叩くと、背中に乗っかって言った。 「桜二…桜二…オレに物を頂戴よ。」 「…まだ、4時だよ…」 はぁ? もう朝だろ? 起きる様子のない彼のお尻を、リズミカルに何度も叩いて抗議すると、ポツリと彼が言った。 「5時…45分に起きる…」 はぁ? ベッドから降りると、クローゼットの奥底にしまい込んだプレゼントを引っ張り出した。 「はい、どうぞ?」 そう言って、ボサボサの頭で眠り続ける桜二の枕元にプレゼントを置くと、そのままリビングへ行って、ソファからずり落ちて寝てる依冬の頭の上にプレゼントを置いて言った。 「はい、どうぞ~?」 ふふ…配り終えた。 クリスマスってあっという間だったな… 床に寝転がった依冬に毛布を掛けてあげると、ダイニングテーブルに置いたままの小包を開いてみた。 まるで昔話の様に、大きな小包と小さな小包が並べて置いてある。 「オレは欲張りだから…大きい夏子さんの小包から開けるよ?」 寝てる依冬に向ってそう言うと、大きな音を出しながら段ボールを開いて中を覗いた。 「あぁ!なんだぁ、これ!」 中には黒くて上等な円柱の箱が入っていて、可愛く結ばれたリボンに添えられたカードを読んでくすくすと笑う。 “シロ。エッチな下着をありがとう。1人で着て踊りました。今度会うときは身に着けて会います。××× 夏子” この3つ並んだバツ印は何…? ガサゴソと段ボールから黒い円柱の箱を引き出すと、ダイニングテーブルに置いて中を開いてみた。 「あ~!キャップだ!可愛い!見て?見て~?」 オレはキャップを被ると寝ている依冬に跨って言った。 彼はウンウン言うだけで、目も開かなければ、なんの感想も言わなかった… なんだ!ばかやろ! 今度はあっちの小さな小包を開けよう…! オレは依冬の上から退くと、再びダイニングテーブルの上の小包をバリバリと音を出しながら開いた。 「おぉ?これは何だろう?」 中にはアンティーク調の上等な箱と、白いカードが添えられていた。 カードに書かれた文字を見つめて、昨日話した彼の声でメッセージを脳内再生する。 “シロに良い事が沢山ありますように。愛してるよ。勇吾” ふふ…彼らしい。 「ねえ?依冬?この箱は何の箱でしょうか?」 そう言うと、うつ伏せになった依冬の顔の前に勇吾がくれた上等な箱を差し出して聞いてみた。 「ねえ?何が入ってると思う?ねえ!ねえ!」 「うるさい…!」 はぁ? 目を開く訳でも無くそう言うと、オレの膝を手で叩いて攻撃してきた! 依冬は最低だな! オレは仕返しに彼のお尻を思いきり一発叩くと、上等な箱を開いて見る。 「わぁ…」 それはシンプルな細いリング。 「ふふっ!指輪なんて飴が付いてる奴くらいしかした事ない…。」 クスクス笑いながら背中を丸めると、朝日の差し込み始めたリビングでコソコソと指輪をはめてみる。 「あれ…小さいよ…?」 人差し指から順番に嵌る指を探して指輪を通していくと、小指にスポッとおさまって行った。 「あぁ…可愛い。キラキラしてる…!」 オレはそう言うと、手を上にかざして朝日に反射してキラキラ光る指輪を眺めた。 「ハリーウィンストン…」 ポツリと背中でそう言って、勇吾がくれた上等な箱を手に取って眺めてる。 「シロ、これ…誰がくれたの?」 そう尋ねてくる寝ぼけ顔の依冬に、小指に付けた指輪を見せて言った。 「勇吾~!」 「はぁ~~~!」 依冬は大きなため息を吐くと、項垂れて再び眠りについて行った… 「桜二~~!見て~~!」 寝室に走って向かうと、桜二が眠るベッドにダイブして彼の顔の目の前に勇吾がくれた指輪を見せつけて言った。 「勇吾がくれた~~!」 オレがそう言うと、桜二の目がぱっちりと開いて、険しい目つきをしながらオレの小指をじっと見つめた。 「ダイヤが入ってる…」 そうポツリと言うと、ぐったりと項垂れて再び眠りについてしまった… 「ダイヤモンドが…1個…2個…3個…4個…5個…6個…7個…ぐるっと一周入ってるね?」 桜二の髪を撫でながらそう言うと、彼はオレの膝を撫でて言った。 「小さいじゃないか…」 「夏子さんはエッチな下着の代わりに、キャップをくれたんだ。可愛いんだよ。気に入っちゃった。ヘビロテだよ?」 まどろむ桜二の半開きの瞳を覗き込みながら話しかけると、枕を抱きしめ直した桜二が自分の枕元に置かれたプレゼントに気が付いた。 目を丸くして固まったままの彼ににっこり笑って言った。 「サンタじゃない。オレからのプレゼントだよ?」 彼は体を起こしてベッドの上に座ると、プレゼントを両手に持ったまま固まってしまった。 「開けて?」 オレがそう言うと、桜二はボサボサ頭のまま袋の中から箱を取り出して、再び固まってしまった。 「開けて?」 彼の膝をポンポン叩いて催促すると、桜二はラッピングを丁寧に剥がし始めた。 どうかな…青いお財布、気に入ってくれるかな? 箱を開いて、良い青色のお財布が見えると、彼の表情を見逃さない様に顔を覗き込んで見つめる。 嬉しそうに瞳を細めてお財布を見つめる彼の表情を見て、オレはやった!と思った。 手に取って、二つ折りのお財布を開くと桜二が突然言った。 「…俺も、シロが大好きだよ…」 それは、オレがハンダゴテで書いたメッセージへの返答の様だ。 “桜ちゃん大好き” そう書かれた文字を指で撫でて、桜二がにっこりと笑うとオレを見つめて言った。 「キスさせて…」 ふふ…良いじゃないか。 彼の甘くて優しいキスを首を伸ばして貰うと、膝の上にポンと何かが乗った。 「ふふ…何かが突然オレの膝の上に落ちて来た…」 唇をつけたまま目の前の彼に言うと、桜二はくすくす笑って言った。 「…開けてみて?」 どれどれ~! 膝の上に置かれた水色のリボンが付いた茶色い箱を見て、キュン死しそうになる。 こんなに胸がドキドキするなんて…! プレゼントってあげるより、貰う方が、興奮するかもしれない! 「ふふ…可愛いね?何かなぁ?」 ムフムフそう言いながらリボンを外して、箱を開いた。 「あぁ…!可愛い!付けて?」 オレはそう言うと桜二に左手の手首を向けた。 「良いよ…?」 桜二はそう言うと、オレの手を膝の上に乗せてプレゼントを取り出した。 「わぁ…可愛い。これなら外さないで付けてられるね?」 2連に重ねられた黒い革のブレスレットを指で撫でて、留め金の蹄鉄を指で摘んで撫でた。 「蹄鉄は幸運のお守りだからね…。”見守り携帯”の次のお守りになれば良いな…」 桜二… 彼はそう言って頬を赤くすると、オレを抱きしめて言った。 「もう悲しむ事も、苦しむ事も無い。後は楽しくて、素敵な時間だけ。俺はそんな時間をシロと一緒に過ごすんだ。」 「桜二…。ふふ…うん。そうだね…。オレは桜二と一緒にずっと居る…。」 いつもの様に彼の胸に顔を埋めて、クッタリと甘える。 この人は兄ちゃんと同じ愛をくれる。 オレしか愛さなくて、オレ以外どうでも良い。 そんな不器用で、偏執的で、溺れて狂う様な愛をくれる。 「桜二…愛してる…」 「俺もシロを愛していて、何よりも大切だよ。」 寝起きのボサボサ頭のままベッドの上で抱き合って、お互いの存在をこれ以上無い程に、確認し合う。 彼がいるからオレがいて…オレがいるから彼がいる… 離れる事なんて出来ない。 「オレ達はふたりでひとつなんだ…」 そう言って彼の胸を撫でると、桜二はオレの髪にキスをして言った。 「光栄だよ…」 ふふ… リビングからアラームの音が聞こえて、依冬がゴソゴソと起きた音がした。 「ん!依冬がやっと起きた!プレゼントを渡してくる!」 ベッドから降りると、桜二のくれたブレスレットを眺めながら満面の笑顔になる。 お守り…!嬉しい! これがあれば…彼が居てくれれば…オレは大丈夫だ。 「シロ、これ俺にくれるの?」 小さな紙袋を手に持って首を傾げる寝ぼけ眼の依冬の膝に跨ると、彼の顔を間近に見て言った。 「ほら、開けて?」 半開きの瞳のまま、オレの腹の前で依冬がプレゼントを開封していく。 「わぁ…随分、格好良い箱に入ってる…」 依冬はそう言って笑うと、箱をオレの目の前に持って来て言った。 「ほら、高そうだ。」 もう! 「ん、もう!早く開けてよ!」 オレがそう言って頬を膨らませると、彼はクスクス笑いながら箱を開いた。 オレは彼の表情を見逃さない様に、体を屈めて彼の顔を覗き込んで見た。 頬が上がって…嬉しそうに笑う彼の顔が見れて、オレは、やった!と思った。 「すごい素敵だ…色も、艶も、このチェーンも…手触りも、重さも…全て素敵だ…」 瞳を潤ませてそう言うと、オレを抱きしめて言った。 「あぁ…!まるで、上等なシロみたいな懐中時計だ。大事にするよ。ありがとう…」 「んふふ!あふふふ!」 依冬の膝の上で、彼のキス攻撃を受けながらキャッキャとはしゃいで、いちゃつく。 「じゃあ…俺からも…」 依冬はそう言うと、よっこらしょと立ち上がって、ウォークインクローゼットから大きな紙袋を持って来た。 「…はい、どうぞ?」 そう言って両手で手渡された紙袋を受け取って、中を覗き込んだ。 「わぁ!良いコートだ!」 それはいつも依冬が着ている様な上品で、カッコいいコート! あまりに彼が素敵に着こなすから、自分にも似合うんじゃないかと思って…一度着せてもらった事があるんだ。 結果は言わずもがな…サイズが大きすぎて、ちびっこ探偵の様にみっともなかった。 「ん~!着てみる~~!」 上機嫌でそう言うと、やわらかいコートを羽織ってボタンを留めた。 「ふふ…ぴったりだね?」 そう言ってにっこりとほほ笑む依冬に、ポーズをとって言った。 「依冬と並んだら、お揃いだね?」 「そうだよ。俺とお揃いだ。」 ふふ…!これは…堪らん! 「柔らかいし、軽いし、肌触りも良いし、色も可愛い…」 依冬のコートは黒色。オレのコートはベージュ色。 「桜二~?見て~~?」 オレはそう言うと、キッチンでお湯を沸かし始める桜二の目の前で、フェッテターンをしながらコートを見せびらかした。 「ん、良く似合ってるね?お坊ちゃんみたいだ。」 そうなんだ。やっぱり高いものって…しっかりしてる。肩の位置がぴったりで…ストンと落ちる袖の滑らかさが…とっても上品に見えるんだ。 桜二がくれたお守りのブレスレットに、勇吾がくれた幸運のピンキーリング。夏子さんがくれた可愛いキャップと、依冬がくれた上品なコートを着て、ソファの上で空を見上げる。 今日もいい天気だな… 「行ってくるよ…シロ、プレゼントありがとう!また来年もやろうね…!」 そう言ってオレの頬にチュッとキスすると、玄関へと急いで向かう依冬の背中を見送って言った。 「行ってらっしゃ~い…!」 彼は一度自宅に帰って、シャワーを浴びて、着替えて、10:00までに会社へ行くんだ。 だから、急いでる。 でも、もうすぐこんな風に急ぐ事も無くなる。 だって、3人で一緒に暮らすんだからね。 一緒に過ごしても、帰らなくて良いんだからね。 ふふ…! 腕に巻いたブレスレットを眺めてニヤニヤすると、視線を指先に移してまたニヤニヤする。 「シロ?ご飯出来たよ…」 「わぁ~い!」 ダイニングテーブルに着くと、桜二が眉をひそめて言った。 「コート脱いで…帽子取って…」 ちぇ~… 「はぁ~い…」 オレは彼の言う事をお利口に聞けるようになった。 だって、意地なんて張らなくて良い相手だって分かったからね。 「ん~~!桜二の卵焼きは年間通して美味しいね?これはやっぱり1200円で売るのが良いよ。桐箱用の卵焼きと、カジュアルな卵焼きと2種類用意してさ…」 オレを見つめながら首を傾げる桜二を見つめて熱心に商売の話をしてると、俺の携帯電話がブルっと震えた。 「あ…大塚さんが、絵が出来たって…」 メールを読みながらそう言うと、桜二は突然席を立って満面の笑顔になった。 そんなに嬉しいの?ふふ…変なの! 「そんなに絵が好きなら、一度、自分で描いてみたら良い。」 オレがそう言うと、桜二はまんざらでもなさそうにニコニコして言った。 「そうだね…何から始めたら良いかな…」 可愛い… 「それこそ、大塚さんに聞いてみたら良い。彼がアトリエに招待してくれた。そうだな…明日とか行ってみる?あ…でも、依冬の会社はブラック企業だから…土曜日はお休みじゃないのか…じゃあ…その次の、日曜日に行く?」 卵焼きを食べ終えてお米にふりかけをかけながらそう言うと、桜二は前のめりになって言った。 「シロ、明日行こう?」 「ふふ…分かった。伝えておく。」 大塚さんは絵描きさん。オレの絵を描く為にありとあらゆるオレをデッサンした。 それはぐるぐるのブラックホールに飲み込まれたオレから…桜二とセックスしてる時のオレまで、多岐に渡るオレを描いて、先ほど、とうとう作品が完成したと連絡があったんだ。 童貞の大塚さん。 オレがフェラで抜いた大塚さん。 ぷぷっ! “明日行っても良~い?” メッセージを書いて送信すると、あっという間に返信が返って来た。 ”良いよ。待ってる。“ 少しだけ、彼のメッセージの内容に、慣れを感じて首を傾げて言った。 「大塚さんは、少しだけ人間に近づいたかもしれないよ?なんだか書いてある文がいつもと違う。」 桜二に大塚さんのメッセージを見せてそう言うと、彼は眉をひそめて言った。 「変わらないよ?」 え…? そうかな…? 「行ってらっしゃい!ん~、チュチュチュチュ~!!」 9:00 桜二に熱烈なキスを贈ると、颯爽と玄関を出ていく彼を見送った。 「んふふ。オレは着てるよ?勇吾は着てるの?あぁ…そっか、これから寝て…起きたら25日なのか。ふふ…じゃあ、起きたらちゃんと着てね?」 旦那が出勤した午前中…違う男と電話で盛り上がる。オレはこの時間を“情事タイム”と心の中で呼んでる。 「うん…うん…ふふ!ケインはバカだったよ。ふふっ!ずっとウソ泣きするから、オレは言ったんだよ?それが通用するのは10歳までだよ?って…」 オレがそう言うと、電話口の彼は大笑いして言った。 「あいつは昔からバカなんだ…いい奴なんだけど、悪乗りが過ぎる時があるんだよ。」 ふふ…確かに。 そうじゃなかったらあんな弾丸ツアーしない。 「シロ…眠い…」 彼がそう言うと、オレは彼が寝落ちするまで鼻歌を歌ってあげるんだ。 曲はもちろん、ネバ―エンディングストーリー…ふふ。 機嫌の悪い赤ちゃんみたいな顔をして…寝てるに違いないんだ… 「勇吾…?」 寝息が聞こえてそう聞くと、返事が返ってこない様子に口元が緩んでいく。 「愛してるよ…」 そう言って電話を切ると、畳み終えた洗濯物を手に持って引き出しにしまって行く。 兄ちゃん? こんな風にちゃんと生きていけるって思わなかった。 誰かを愛して…誰かに愛されて…ただのストリッパーじゃないシロとして、誰かと深く 繋がって…誰かに期待されて、誰かの期待に応えようとしてる。 兄ちゃんの事を忘れる訳ないよ。 ただ、自分を責める為に兄ちゃんを利用する事をやめたんだ。 いつも心の中には、あなたしかいない。 ベッドの下にしまった”宝箱”を手に抱えて、涙を落して兄ちゃんの写真を眺める。 「兄ちゃん…オレ、幸せになってる…」 兄ちゃんが望んだ様に、オレは今、幸せになってるよ。 #勇吾 「…シロはどうだった?」 戦々恐々と俺の目の前にやって来た東京帰りの“馬鹿な5人組”を、腕を組んで睨みつけて言った。 「お前たちのおかげで俺はシロにブチ切れられた…あぁ、知ってるよね?目の前で見てたんだからさ。」 俺がそう言うと、横一列に並んだ左端から順に話始める。 「勇吾?シロに1万円のチップをあげたのは俺だよ?」 「俺は彼に生ハムをごちそうした。」 「俺はショーの小道具になって、彼を肩に乗せてあげた。」 「お、俺はとにかく優しくしてあげたよ?」 口々にそう言うと、最後にケインが俺の目の前に来て言った。 「勇吾…ごめんね。シロはお前の事…誠実だって言っていたよ?」 絶対、嘘だ… 俺は彼らを見渡すと、深いため息をついて言った。 「あの子は、自分のショーを馬鹿にされて…怒って泣いてた。お前たちの事はどうでも良いみたいだ。だから、別に怒ったりしない…」 俺がそう言うと、彼らはほっと一安心した様子でケラケラ笑って言った。 「シロのショーは面白かった!あの子のあの勘は何だろうね?どんなに激しく踊っても、ピタッと曲と動きが合うんだ。まるで何度も練習したように、アドリブで踊りきる。そして、3回ステージを見たけど…毎回、違う姿を見せてくれた。不思議だったよ。まるで舞台役者みたいだって思った。」 ケインのその言葉に、自分と同じ何かを彼に感じたと分かって口元が緩んでいく。 あの子のあの雰囲気を…俺以外の人も感じる事を実感した。 「そう…そうなんだ。あの子はもっと輝く素質がある。」 子供の頃からの基礎も何もない状態から、あんな風に表現して踊れる様になったんだ…ポールダンスだって…ストリップだって…バレエだって… 底知れない素質を持ってる。 それを人は“踊りの素質”と思うかも知れない。 違うんだ。 飛びぬけて踊りのセンスがある訳では無い。 何度も練習して、努力して、真っ当に上手になって来た筈だ。 あの子の素質とは、俯瞰したエクスプレッシブさ… これをこうしたら…こうなるって…想像して、表現していく力があるんだ。 そして俺の居る世界は、そんな力が何よりも強みになる世界。 手のひらをひらひらと動かしただけなのに…あんなに美しい花を散らせる事が出来るあの子は…立派な表現者と言っても過言ではない。 俺なんて足元にも及ばない、柔軟で、美しい世界観を持ってる。 それにひとたび触れると…虜になって、魅了されてしまうんだ。 「ふん!素質?大した事なかったよ?それに、ホームでいくらウケたって…それがアウェイでも通用するとは限らないじゃないか…勇ちゃんはあの子に誑かされてるんじゃない?ビッチにそそのかされて、目が曇ったんだ…」 俺達の話を気に入らないとばかりに割って入った真司が、そう言ってシロをけなすから、俺は彼を見つめて首を振りながら言った。 「…真司。負けて来たんだろ…?シロに会って、惨敗して来たんだろ?ダサいな…。あの子は、お前と違って…バレエを小さい頃からやって来た訳でもないし、ダンスの基礎を誰かに習った訳でもない。全て1人で覚えて、表現してる。すごいだろ?お前なんて、足元にも及ばない、底力が違う。そもそも、ゼロの場所が違うんだ…」 「は?何それ…ムカつくんだけど!僕はバレエダンサーの頂点にいるんだけど?」 俺の顔面スレスレまで顔を寄せてそう言うと、今にも手を出しそうな気配を出して、真司が唸って言った。 「謝れ!」 「…嫌だ。」 「僕があんな場末のストリッパーよりも劣っていると言うの?勇ちゃん、頭がおかしくなったんじゃない?そんな事ある訳ない!あいつは股を開いて腰を振る、汚いビッチだよ?チップにたかるハエみたいに汚いビッチだ。」 上ずった声を出してそう言うと、動揺を隠す様に髪を何度も撫でる真司を見つめて言った。 「馬鹿だな…あの子はあの店で、それを演じてるだけなんだよ。本当のシロは、純真で無垢で、儚い。俺はそんなあの子を愛してる。お前とは、もう別れる。俺の大切な人を泣かせたから…許せないんだ。さようなら。」 愕然とする真司に背を向けると、颯爽と胸を張って歩き始める。 あの子のために準備出来る事…この公演が終わったら、まずは何をしようかな… 「勇吾さん、こちらお願いします。」 「は~い…」 公演を前にプレスの取材が何件か入ったんだ。 愛想を振りまいて…あわよくば日本の雑誌の取材までこぎつけよう。 そうしたら、あの子の手元にも俺の載った雑誌が届くかもしれない。 HOHOHO!と書かれたダサいホリデーセーターの上にジャケットを羽織ると、プレスのインタビュー用の席に腰かけて、にっこりとインタビュアーにほほ笑みかけて言った。 「よろしくお願いします…」

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