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ある夜の出来事⑤
怒りのコントロールを失った眞門は自分がこれまで抱えてきた思いを今ここで全てぶちまけてやろうとした。
「なんで、この男なんだ・・・なんで、俺じゃダメなんだ・・・っ」
長年言えなかった、片思いの言葉。
それを眞門が口にしよう決めた、その瞬間、
「うるせえなーっ! 俺はお前のイキがったマウントを取られにこの店に来たんじゃねえよーっ!!」
若い男のとても大きな怒鳴り声が店内に響き渡った。
「!」
その若い男の怒鳴り声に、眞門はハッとして、我に返れた気がした。
あまりの罵声に、何事かと店内にいる客たちも、騒然とその若い男に目をやる。
勿論、眞門も目をやった。
その若い男は、眞門のテーブル席から右斜め後ろのテーブル席にいた。
男女若者の数人のグループのようだ。
怒鳴り声をあげた若い男は目の前に座る若い女性たちに向かって、怒りの声を上げたようだ。
「働いてなくて悪かったな! まだ、50万貯金があるんだから、もう少しニートやっててもいいだろうがっ。てか、お前らだって、こんな無職の男と酒を飲みに来てる時点で程度の知れた女ってことなんだよっ!」
眞門はそう怒鳴りつけた若い男を酔いに任せてるとはいえ、随分と酷いことを言う奴がいるなと思い、思わず苦笑いした。
しかし、それと同時に今晩、彼がこのお店に居てくれて助かったとも思えた。
自分がカズキに一番言いたかった言葉を偶然にも代弁してくれた。
そんな思いになると、不思議とコントロールを失っていたはずの怒りの感情がスッとどこかへ消えていったからだ。
やはり、自分であんな醜い言葉を口にしなくて良かった。
みっともない。
それだけだ。
怒りに飲まれただけの、みっともない男。
嫉妬にまみれただけの、みっともない男。
結局、勇気を持てなかっただけの、みっともない男。
つまり、俺は、ただのみっともない男に成り下がるだけだった。
そんなの、Domの英才教育を受けてきた俺じゃない。
それに、愛美への想いを隠して生きてきた、今までの時間が全て無駄になるところだった。
愛美に告白が出来ないと知っている以上、今まで通り、愛美とは良い関係を築いていたいのだ。
いつか、本当の兄妹のような、本当の家族のような関係に昇華したいと願っている。
あのまま、怒りに任せて全てをぶちまけていたら、今までの努力が全てが無となっていた。
今は落ち着きを取り戻そう。
少し独りきりになって、冷静さを取り戻したい。
そう思った眞門は、
「・・・ごめん、部下から連絡が入った」
そう言って、連絡も来ていないスマホを胸ポケットから出して嘘をつき、席を外した。
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