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ある夜の出来事⑥

眞門は席を立つと、真っ先に店の出入り口付近にある支払いを済ませるレジカウンターへとやってきた。 カウンターにいる店員に想定している支払額よりもわざと多めの金額を渡し、「預けておくので、この金で自分たちの席の飲食代を清算してもらいたい。もし残るようならチップとして、受け取ってもらえたら嬉しい」と、告げた。 飲食代の支払いをするのは、自分が兄としての当然の役目であるし、新婚カップルに代金を出させるわけにもいかない。 それに、料金の支払いぐらい、カズキからマウントを取ってやりたかった。 チップをもらうことに対し、レジにいた店員は真面目なのか店の方針なのか、「それは受け取れません」と、若干の戸惑いを見せた。 眞門も何がそうさせるのか、「そういうわけにはいかない」と、意地になって、その店員と押し問答的なやり取りを始めた。 と、そんな眞門の横を若い女の二人組が若い男を連れて店から出て行こうとした。 「!」 その瞬間、二人組の女の後をついて歩いていた若い男が眞門にぶつかった。 「・・・ごめんなさいっ。大丈夫?」 そう声を掛け、ぶつかった拍子に転びそうになった若い男の腕を眞門は反射的に掴んで支えた。 その若い男は先程、店内で大声で怒鳴り散らした、ある意味で眞門を助けてくれた恩人の青年だった。 「・・・・・」 よく見ると、若い男は、顔面蒼白の上、大量に汗をかき、何かに怯えたように小刻みに震えている。 「・・・キミ、大丈夫?」 とても具合が悪く思え、眞門はつい、心配になって訊ねた。 「・・・へ?」 若い男が眞門に目を合わせた。 少し吊り上がった、大きくパッチリとした綺麗な二重の目が印象的で、可愛い顔立ちをしている。 多分、仲間内では、「子ぎつね君」なんて、あだ名がつけられるだろうと眞門は勝手に想像した。 若い男はなぜか縋りつくような、助けを求めるような顔で眞門を見つめてきた。 眞門はすぐに若い男の異変に感づいた。 この青年、ひょっとして、Subか・・・? 「・・・なに、モタモタしてんのよ、早くっ、私の後を付いていらっしゃっいっ」 ひとりの若い女が恩人の青年に向かって、まるで命令でもするかのように声をかけた。 彼女たちはDomだ。 眞門はすぐに直感した。 声の掛け方が若い女にしては号令的だからだ。 若い男は軽く頷くと、フラフラとした足取りで若い二人組の女の後をついて、店を出て行った。 眞門はとても気分の悪いものを見せられた、と、再び、心が沈み込んだ。 あれがDomの特殊能力のGlare(グレア) を使って、無理やり、Subを支配下に置くという下劣な行為か。 Domが一番やってはいけないことと教えられること。 マナー違反と批判される行為。 最低なDom達だ。 眞門は同じDomとして、若い二人組の女を軽蔑した。 そして、ある意味で恩人となってくれた、あの若いSubの青年に今後、トラウマをもたらすようなことが起きなければ良いのに、と、心の中で静かに願った。 眞門はレジにいた店員との問答を終え、清算を済ませると、すぐに店を出た。 カズキに醜い嫉妬を燃やし、愛美に自分勝手な怒りを持ち、挙句の果てにマナーの悪いDomを見せられて、とてもじゃないが、すぐに冷静さを取り戻すことなど出来ない気がしていたからだ。 こんな息が詰まるような空間から早く脱出したい。 この最低な気分から早く脱して、いつもの落ち着いた自分を取り戻したい。 そんな思いにだけ駆られてしまう。 眞門は階下に降りるため、エレベーターの前までやって来たが、ふと、横に目をやると、ビルの通路の奥に非常階段と書かれた扉が見えた。 一刻も早く、この空間から脱したい。 そう願う眞門は、エレベーターを無視すると、救いを求めるように、ビルに外付けされてある非常階段に足を向かわせた。

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