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あの夜の出来事

診察が終わった星斗は会計を済ませ、薬を受け取ると、クリニック近くの公園の日陰のベンチに腰を下ろした。 「クリニックの昼休みが始まったら、クリニック内にある応接室に来てください」 寺西から、そう指示を受けた星斗。 しかし、お金もなければ行く当てもないので、それまでの時間つぶしは公園のベンチにでも座っているしかなかった。 眞門さんにパートナーを申し出るか・・・。 やることもないので、星斗は寺西の提案をぼんやりと考えてみることにした。 星斗は正直、乗り気にはなれなかった。 あの夜の出来事を思い出すと、どうしても躊躇してしまうのだ。 それは星斗にとって、自分が自分でなくなった夜だった―。 ※  ※ 星斗は今、自分がどうしてこんなところにいるのか分からなかった。 辺りは暗い。 そのせいか、賑やかにネオンを灯す、たくさんの飲み屋の看板が目に飛び込んでくる。 座り込んでいる地面は冷たい鉄の板だ。 なのに、なんだか、蒸し暑い。 ここは外か・・・。 どうやら、自分は屋外にいるようだ。 なぜか、素っ裸でいて、高級感漂うスーツの上着を纏っている。 スーツからは香水の匂いなのだろうか、ものすごく良い香りがした。 この香りを嗅いでいると、星斗は素っ裸で屋外にいるにも関わらず、とても安心することが出来た。 カタン、カタン、と、音が聞こえてきた。 階段を上ってくる音だ。 「ダメだ。服と下着は通行人に踏まれたせいか汚れが酷くて泥だらけだった。残念だけど、近くにあったお店の人に頼んで、捨ててもらったよ。お気に入りの服だったらごめんね」 そう言って、優しく微笑む男が現れた。 「ハーフパンツは下の階の手すりに引っかかったお陰で大丈夫。汚れてはいるけどなんとか履けるからね。スマホと財布も無事。後、スニーカーもなんとか拾ってきた。裸足で歩くのは痛いだろうからね」 男はそう続けた。 星斗はこの男を知らないと思った。 だが、体が覚えているのか、スーツの上着と同じ匂いがするこの男に、信頼を寄せて良い思いしか湧いてこない。 男が傍に来ると、星斗はすぐに抱き着いた。 「はいはい、おまたせ。ひとりにしてごめんね。怖かったよね・・・」と、優しく星斗の背を摩る男。 そうだ。 確か、俺は居酒屋に居たはず。 ・・・・・。 トイレに入った瞬間、怖い顔をした女子に脅されて・・・。 少し記憶が蘇った。 星斗は男の顔も見つめてみる。 しかし、この男については、やはり思い出せない。 「・・・誰?」 「さっき教えたのに、もう忘れたの?」と、苦笑いすると、「眞門知未です」と、その男、眞門は優しく答えた。 「知未さん・・・」 「そう。覚えてくれた?」 「・・・好き」 星斗はその名前の響きに愛おしさを覚えていた。 「ありがとう。はい、靴とパンツを履くよ」 「ヤダ」 「ヤダじゃない」 「このままこうしてたい。ずっとくっついてたい」 「でも、このままじゃ、家に来れないよ。俺の家に来るんでしょ?」 「行くの?」 「来ないの?」 「行く。俺のことを離さないで」 「はいはい」 星斗は不思議な気分だった。 どうして、見ず知らずの男にこんな厚かましいお願いを自分は口走っているのだろう。 「だから、パンツと靴を早く履いてね」 眞門にそう諭されると、星斗はなぜか素直にハーフパンツとスニーカーを履きたくなって、その通りにした。

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