56 / 311
約束の週末②
眞門の姿が見えなくなるまで見送ると、星斗は言われた通り、手を洗いに洗面所に向かった。
洗面所で鏡に映る自分を見つめる。
眞門に指摘されるのも当然だ。
自分でも分かるくらいに緊張した強張った顔をしている。
緊張して当り前じゃん。
また、あの夜のあんな醜態を晒したら、俺、バカ過ぎる・・・。
星斗の脳裏に官能に満ちた、"カーセックス"のあの夜が蘇ってくる。
思わず、ピンクの首輪に触れたくなって、軽く触れてみた。
違うっ、そうじゃない・・・。
本当はあの夜の再現を心のどこかで、ずっと求めているんだ・・・。
あの夜の出来事を心のどこかで、ずっと恋しく思ってる・・・。
セックスはしないって言ってたけど・・・もし、あの夜みたいにおかしくなったらどうしよう。眞門さんはちゃんと受け止めてくれるかな・・・嫌われたりしないかな・・・。
そんな不安を抱えたまま、なかなか緊張がほぐれない星斗が洗面所からリビングに戻ってくると、ラフな部屋着に着替えた眞門が、リビングと同じ空間にあるキッチンに立っていた。
眞門は冷蔵庫を開けて、「星斗クンは何飲む? ビール?」と、食事の飲み物を尋ねてきた。
「いえっ」と、断る星斗。
「じゃあ、ワイン?」
「水で。お水でお願いします」
「へっ? 水・・・? ピザと・・・水?」
眞門は困惑したような声で確認を求めるように尋ねた。
「はい、俺にとって、その組み合わせが最高なんです。素材の美味しさがダイレクトに口の中で広がるんです・・・」
勿論、嘘だった。
そんな組み合わせ、ひとつも美味しいわけがない。
しかし、星斗は少しでも醜態を晒す要素を作りたくなかった。
あの夜の醜態も酒が入ってたせいがあるのかもしれない。
「へえ~。じゃあ、炭酸水があるよ」
眞門の気遣いが伝わってくる。
「いえ、お水でお願いします」
Play中にゲップなんてしたら、最悪じゃないか!
「・・・そう。了解」と、返答した眞門だったが、星斗の見えないところで、「やっぱり、少し変わった子だな・・・」と、言わんばかりに首を傾げた。
「はい」と、星斗のリクエスト通り、眞門はミネラルウォーターが入ったペットボトルとグラスを星斗の前に差し出した。
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺はワインを」
眞門は白ワインのボトルを手慣れた感じで開け、ワイングラスに注いだ。
「乾杯する?」と、眞門。
「え?」
「乾杯」
「どうしてですか?」
「どうしてって・・・だって、俺達、お互いにとって初めてのパートナーでしょ? 期間限定だけど。それをお祝いしない?」
「・・・・・」
星斗はそう言われて、よく分からないモヤモヤが胸の中に生まれた。
「・・・いいですね」
星斗は場の雰囲気を壊すわけにはいかないと思い、眞門の提案に同意した。
「じゃあ、初のパートナーに。乾杯」
「乾杯」
白ワインが入ったワイングラスと水の入ったグラスが乾杯する。
眞門はピザを一切れ取って、口の中に運ぶ。
それを尻目に星斗はチビチビと水を飲むだけだった。
「・・・ピザ、食べないの?」
「え・・・」
「星斗クンのリクエストだったのに」
「あー、なんだか、お腹いっぱいだなって・・・」
星斗はまた水を口に運ぶ。
・・・ダメだ。
緊張がマックスで、心臓がバクバクしてきて、全然食べれる気がしない。
だって、食べ終わったら、するんだもん。
Playするんだもんっ。
絶対するんだもんっっっ。
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」
と、ひとり余裕のある眞門はピザを口に運ぶ。
「この前の夜みたいなことは絶対にしない」
眞門は約束するように言い切った。
「いくらなんでも、いきなりやり過ぎだよね。そりゃびっくりするよね。今までNormalで生きてきたんだから」
「・・・・・」
「今夜は俺も暴走しないように気を付けるから、安心して」
「・・・はい」
やはり、星斗の胸はモヤモヤする。
安心したような、とてもガッカリしたような・・・。
「・・・あの、じゃあ、今夜ってどんなことするつもりなんですか?」
「・・・フフン」と、眞門は意味ありげに微笑むと、「俺、これ大好きなんだ」と、口にした。
ともだちにシェアしよう!