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禁断のトキメキ
月曜日の午後―。
星斗は臨時のアルバイト先から帰宅すると、リビングにあるソファに座り込み、ぐったりとした。
「美代おばちゃん、人使いが荒すぎる・・・」
星斗は母の加奈子の言いつけで数週間前から、加奈子の実妹に当たる美代が経営する洋食店のランチの営業時間だけのバイトを始めた。
美代は以前、中学校の教師をしていたが、五年程前に辞め、子供の頃からの夢であった洋食店を始めた。
二人用のテーブル席が2つと四人用のテーブル席が3つ、それにカウンター席が数席ある、街の中で見かけるような個人経営の洋食店といった規模のお店だ。
そこそこの繁盛なら、ひとりで仕切ろうと思えば仕切れる程度のお店ではある。
が、美代は『安くておいしくてお腹いっぱい食べれる洋食店』を開くことが子供の頃からの夢で、その夢を見事に実現させてしまったことから、あっという間に地元の人気店へと上り詰めてしまった。
値段の安さと料理の多さ、それに目玉料理の面白さから、ローカルのテレビ局に何度か取材で取り上げられたこともあり、ランチ時には行列が出来ることは当たり前の光景となった。
人気店になったはいいが、『安くておいしくてお腹いっぱい食べれる洋食店』を経営し続けるにはやはり何かを切り詰めないと経営を維持するのは難しかった。
そこで、人件費が削られ、料理担当の美代とホールでの接客を担当する共同経営者のふたりだけで店をなんとか切り盛りすることで経営を成り立たせていた。
しかし、店の繁盛を考えると、ふたりだけで店を切り盛りするには、かなりの要領の良さで仕事をこなしていかないと難しいと思えるほどの多くの仕事量だった。
そして、数日前に接客担当の共同経営者が突然の交通事故に遭い緊急入院、全治一ヵ月の重傷を負った。
その共同経営者が担当していた仕事を、これまた数週間前までニートだった星斗が突然引き継ぐことになったのだから、覚える仕事量が始めた時から半端なかった。
営業開始前から店内外の掃除で始まり、本日の日替わりランチやオススメのメニューを覚えさせられ、営業が始まれば、いらっしゃいませのあいさつに水とおしぼりを出し、客からの注文を取って厨房に伝え、配膳&テーブルの後片付け、食後のコーヒーなどの飲み物を提供する係まで任された。そして、今日からは会計までも任されてしまった。
バイトを始めてから今日まで何のトラブルを起こすことなく、器用に仕事をこなして乗り切ってきた星斗。
「自分で自分を褒めたい・・・」
過去にメダルを取って名言を口にした選手と並ばんとばかりに呟いて、星斗はソファに倒れ込んだ。
そして、思い出すのは眞門の優しい顔だった。
ハァー、眞門さんに早く会いたい。
眞門さんに、いっぱい褒めてもらいたい。
その楽しみが俺にはある。
そう考えるだけで、へこたれそうになっても、また明日のバイトも頑張ろうという気持ちが不思議と起きる。
星斗は不思議だった。
Domの存在がいるだけで、こんなにも明日というものに対して、違うのかと。
前の自分ならとっくに辞めていたし、なんなら集中力を失くして、なにかトラブルを起こしていたに違いない。
星斗は眞門という存在が居てくれて本当に良かったと感謝した。
と、そんな星斗の前に夕食の買い物を済ませた加奈子が帰宅した。
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