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鬼か悪魔か
ドンドン! ドンドンドン!!
早朝、寺西クリニックの玄関のドアが強く叩かれた。
「はい・・・っ」と、まだ寝ぼけた顔の寺西がドアのカギを開けた。
寺西クリニックは医院と自宅を兼ねた二階建ての構造になっており、一階はクリニックとして使用し、二階は寺西の住居という形で使い分けられていた。
「すまない、朝早くから」と、スーツ姿の眞門が素早く入って来た。
「毎週月曜日は朝一で会議があるんだ」と、眞門は続けた。
眞門はスラックスのポケットに手を突っ込んだまま、その辺りをイライラと歩き回る。
「おい、どうした? ちょっと落ち着け」
イラついた様子の眞門をクリニックの受付に置いてある長椅子に寺西は強引に座らせた。
「とにかく、一番強い薬を今すぐ出してくれっ」
「は?」
「お前の言う通りだ、前からDomの暴走が始まってて、全然止まらないんだっ」
「へ?」
「こんなおかしな精神状態じゃ、安心して会議にも臨めないっ!」
「・・・・・」
ただならぬ様子の眞門に寺西は呆気にとられた。
「・・・一体、何があった? とりあえず落ち着いて話してみろ」
寺西がそう言うと、眞門は救いを求めるように寺西を見つめた。
「俺がした約束を俺が破って、星斗クンとセックスした」
「は?」
「星斗クンをサブドロに落としかけたんだ・・・」
「へ?」
「セックスは最高だった・・・」
「・・・・・」
「星斗クンのことをめちゃくちゃにして抱いた。今夜、星斗クンを壊すかもしれない。分かってたのに、めちゃくちゃに抱いた・・・あんなふうに我を忘れてSubを抱いたのは初めてだ・・・」
情緒が不安定な眞門の様子に寺西は困惑した。
「・・・それで?」
「星斗クンが泣いて謝ったんだよ。ごめんなさいって・・・」
「・・・・・」
「そしたら、もうーっ・・・最高に気分が良くなって・・・! 星斗クンを抱きたくてたまらなくなったんだ・・・」
「・・・・・」
「全然抑えられなかった・・・欲しくて欲しくてたまらなかった」
「・・・・・」
「こんな幸福感が人生であったのかって思うくらい心が満ち溢れて・・・最高級車に豪華な食事、高級ブランドの服や靴、世界で一つしかない腕時計・・・そんなもんを手に入れた時なんかよりもはるかに興奮して・・・とにかく、初めて知った幸福感だったんだ・・・っ」
そこまで言うと、眞門は急に落ち込んだように頭を抱えた。
「でも、終わった後は最悪だった・・・星斗クンの・・・Subの気持ちを全く考えず、自分の欲望のままにだけ、忠実にただ耽っけた・・・まるで、鬼か悪魔にでもなった気分だ」
そう洩らすと、眞門はまた寺西に救いを求めるように見つめた。
「もう無理だ・・・星斗クンとこれ以上会うのは・・・今度会ったら、俺は確実に星斗クンを壊す」
寺西は表情にこそ見せなかったが、内心かなりの動揺をしていた。
こんなにも混乱した姿を見せる眞門を見るのは初めてのことだったからだ。
「俺はこんなDomになりたくて、子供の頃からDomのトレーニングを頑張って来たわけじゃないんだ。俺は王子様みたいなDomになりたかった。
Subに安らぎを与えてあげられる、Subを何としても守ってやれる、何一つない欠点がない強者のDomだ。
俺は冷徹な支配者になりたかったわけじゃないっ!」
「・・・・・」
「俺は絶対に父親のようなDomにはならない。子供の頃に誓ったんだ。けど、昨晩の俺は・・・あの夜に見た父親、そのものだった・・・」
「眞門・・・」
眞門にトラウマらしき過去があることを初めて聞かされて、寺西は少し驚いた。
眞門がDomの感情を常に押し殺す原因は、てっきり、幼いころから受けてきたDomの英才教育が原因だとばかり思っていたが、どうやら、その根源にあったのは父親との過去に何かあったようだ。
「星斗クンのことを頼んでも良いか?」
「まあ・・・それは構わないが、お前はどうしたいんだ?」
「星斗クンとはもう会わない。それがお互いの為だ。無責任だって言われても、それが星斗クンの為なんだ。それに・・・俺にはあの首輪は外せない・・・」
寺西はそれはどういう意味なのか?
医者として聞いておかなければ。
寺西はすぐさま質問しようとした。
「お前、それ、どういう意味・・・」
「じゃあ、頼んだ」
眞門は寺西の質問を遮るように、長椅子から立ち上がった。
「いや、まだ話が・・・」
「お前に話したら少し落ち着いた。会議に遅れそうだから。朝早くから騒がして悪かったな」と、言って、眞門はクリニックを出て行ってしまった。
寺西は事情が分からず、ただ困惑した。
自分の見立てでは、星斗と眞門の相性はかなり良さそうだと判断した。
最初のPlayから首輪をつける行為など今までの常識からではありえないことだったからだ。
そこで、星斗と眞門にパートナーを組ませてみたが、どうやらおかしな方向にふたりは行ってしまったようだ。
医者としての判断をミスってしまった。
そう思うと、寺西もまた医者としての責任を感じてしまった。
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