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運命とはそういうもの⑤

深夜―。 愛美と食事を終えた眞門がその足で、寺西の家を突然訪ねた。 突然の訪問に、悩みを聞いてほしいなら診療時間にお願いしたいと思う寺西だが、あの礼儀を何よりも重んじる眞門が非常識だと分かっているこんな夜遅くに突然訪ねてくるというのは、相当の何かがあるのだろうと思い、医者としてではなく、今夜は親友として話を聞いてやろうと改め直し、部屋に通してやった。 少し肌寒さを感じ始めた秋の夜。 寺西は眞門の前に少し熱めのブラックコーヒーを出してやる。 「・・・で、何があったって?」と、寺西。 「悪い偶然が重なったんだ」 「悪い偶然?」 「・・・そうだっ、全部、あいつのせいだっ!」 「あいつって?」 「愛美の旦那だよっ! あいつが余計なことばっかりするから・・・っ」 眞門は苛ついたようにそう吐くと、右拳を左手の掌に向かって、まるで誰かを思い浮かべて殴っているかのように何度かパンチを入れた。 まだ苛ついてるのか・・・。 寺西は眞門の心の不安定さを案じた。 「愛美ちゃんの旦那が何をしたんだ?」 その問いに、眞門はフーと大きく息を吐いた。 「・・・星斗に俺がついた嘘がバレた」 「星斗・・・?」 寺西は戸惑った。 眞門が「星斗」と、突然、呼び捨てにしたからだ。 いつもは「星斗クン」と、きちんとクンづけをしている。 しかも、別れると決めたはずだ。 なのに、急になぜ呼び捨てで呼んだのか? 眞門の心境の変化がかなり気がかりになった。 「星斗に誤解された。俺が出張だって嘘ついたことも全部誤解された・・・」と、眞門は頭を抱えた。 「だから、何があった?」と、寺西は詳しく説明するように告げた。 「最初は俺と愛美と母さんで食事に行く予定だったんだ。だから、いつもの個室があるレストランを予約しようと思ったんだ。そしたら、あいつに言われたことを思いだして。愛美はそういう高級なお店は嫌いだって。だから、愛美と母さんのふたりに食事する場所を決めてくれって頼んだんだ。そしたら、その店が星斗がバイトしてるお店だった・・・」 「えっ・・・」 寺西は驚いた。 そんなバカな偶然があるのかと。 「星斗がバイトしてる店、最近、テレビに取り上げられたとかで人気があるんだってさ・・・」と、眞門は寺西の表情を見て、後付けするように説明した。 「でも、三人での食事なら、何の誤解もないだろう? 出張が早くに終わって、家族で食事に来たって言えば」 「だから、違うんだ・・・。その前に長期出張だって嘘ついて・・・愛美とふたりで行ったんだ」 「・・・ン?」 寺西は眞門の途切れ途切れの説明で全く理解できない。 「愛美の父親が体調不良で急に釣りを止めて帰って来て、それで、母さんがその看病で行けなくなったんだ。しかも、その前に、長期出張だから当分会えないって星斗にメッセージを送ったんだ」 眞門なりに、改めて理解ができるように説明してみた。 「そうか・・・。でも、まあ、愛美ちゃんは妹だって説明すれば許してくれるだろう?」 「だから、あいつのせいなんだって・・・っ!」 と、眞門は苛ついたように口にする。 「愛美ちゃんの旦那? 愛美ちゃんの旦那が何をしたんだ?」 「愛美にチョーカーをつけさせて寄こしたんだ」 眞門はそう言うと、また苛ついたように、自身の太ももに何度もグーパンチを入れた。 「店に入った瞬間、星斗と目が合って、なにが起こったんだ・・・?って、頭の中で全然理解が出来なくて・・・。 ヤバい、星斗に俺の噓がばれる・・・どうしよう・・・どうすれば良い・・・なんて言えばいい?・・・俺、星斗に嫌われる、俺は酷い奴だって思われる、なんて考えてたら、呼吸の仕方が分からないくらいに頭がパニックになって、星斗にどう声を掛けて良いか分かんなくなったんだ。 で、その空気を読んだ星斗が俺に店員として接してきた。 でも、それがいけなかったんだ・・・っ! 星斗が注文を聞きに来た時、愛美のチョーカーと左手の薬指に指輪をしていることに気がついたんだ。 そこから、星斗の顔色が一気に変わった。 多分、俺には本命の相手がいるんだって勘違いしたんだと思う。 でも、その時はそれでも良いかって思ったんだ。 イヤな終わり方にはなってしまうけど、これで俺は別れを直接言わなくて済むし、星斗は俺から解放されるって。 俺が悪者になれば済む話なんだって・・・。 で、星斗が料理を持ってきたときに、ダメ押しのように、愛美がこう口にしたんだ。『私、妊娠した』って」 「・・・・・」 「そしたら、星斗は俺を思いっきり軽蔑した目で見ると、そのまま店を出て行った・・・」 「・・・・・」 「で、その後、星斗は店には帰ってこなかった」 「要するに話をまとめると、渋谷さんはお前には愛美ちゃんという本命の相手がいると誤解した。で、その本命がしかも妊娠。長期出張だと嘘をつかれたのも、その絶対的な本命と過ごす為のことだったって誤解されたってことか?」 「ああ」 「でも、お前、さっき、それで良いって言ったじゃないか?」 「・・・違うんだ・・・だから、そこなんだ・・・」 「そこ・・・?」 眞門は情けない顔になると、寺西を見つめた。

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