眞門が寺西の家を訪ねていた同じ頃―。 「・・・要するに失恋したってことか」 星斗から事のあらましを聞いた明生はそう口にした。 まだ、正しくは理解出来ていないが、星斗が失恋したせいで傷心であることだけは理解出来た。 「で、そいつに付けられた首輪を今すぐ外したいってことなんだな？」 「うん・・・」 「首輪を外して、綺麗さっぱり、その相手のことは忘れたいんだな？」 「うん」 「でも、その首を外すと死ぬ危険性があるかもしれないって医者に言われていると」 「・・・うん」 「それでも、外したいのか？」 「外して、新しいスタートを切るんだ。俺、そう決めたんだ。あの人に告白して、新しい首輪をもらえなかったら、次に進むって」 「そうか・・・分かった。じゃあ、今すぐ目を瞑れ」 「へ？」 「俺が外してやるよ」 「え？」 「兄貴が目を瞑っている間に、俺が外してやる」 「でも、もし、何かあったら・・・お前に悪いじゃないか」 「じゃあ、聞くけど、その首輪を自分で外せるのか？」 「・・・・・」 「外せんのか？」 「・・・・・」 星斗は思った。 死ぬのが怖くて外せないんじゃない。 まだ、外したくないんだ。 まだ、眞門さんと繋がっていたいだけだ。 黙り込んでしまった星斗に明生は何かを感じ取ったのか、 「心配すんな。俺が兄貴を死なせるわけないだろう？」 と、言って、安心させるかのように、星斗の頭をポンポンと優しく叩いてやった。 星斗は思わず感動して泣きそうになった。 本当に自分は良い弟を持った、と。 おばの洋食店を飛び出した後、行く当ても分からず街をさまよった。 ニート生活が今更響いて、頼れる知り合いがいなかった。 ダイナミクスの性別を持った知り合いは、眞門以外に寺西医師と弟の明生だけだからだ。 兄のくせに弟に頼るなんて・・・とも思ったが、明生だけしか頼れる相手が浮かばなかった。 そんなダメ兄なのに、それでも明生はきちんと受け止めてくれる。 本当に良い弟だ。 やっぱり、こいつは眞門さんと大違いのヒーローなDomだ。 「最後になるかもしれないから、これだけは言わせてくれ」 「なに？」 「俺、お前のお兄ちゃんに生まれてきて本当に良かった。ありがとう」 「何、ふざけたこと言ってんだよ。いいから早く目を瞑れ」 星斗はギュッと目を固く閉じた。 明生が星斗の首輪に手を掛けた。 「兄貴」 「ん？」 「俺のパートナーは今、通ってる高校の教師だ」 「へ？！」 驚いて、思わず目を開けそうになった星斗。 「目は閉じる！」 「はいっ！」 星斗はDomからの命令に応じる様に、またギュッと固く目を瞑った。 「教師のくせにすごいクズ野郎でさ・・・お気に入りの生徒の運動着の匂いを隠れて嗅いでたり、水着を盗んだりしてんだよ・・・だから、俺、毎日、そいつに調教という名のお仕置きをしてやってんの・・・」 「お前、それ・・・」 星斗はその教師はパートナーとしては相当ヤバい相手なんじゃないか？と、兄として心配する。 「でも、あいつ、多分、それはわざとやってんだと思う。俺にお仕置きされる理由が欲しくて、俺に見つかる様に・・・」 「それでも、お前・・・どうして、そんな人とパートナーを組んだんだ？」 「ンー、なんでだろう？　放っておけなかったのかな・・・だから、俺が強引に取り決めたんだ」 「首輪は？　首輪をつける仲まで進んでたりしてんのか？」 「しねえよ。あいつとはそんな関係には絶対にならないよ。それこそまさに俺が卒業するまでの期間限定だ。あいつのことはハナから信用してないし、俺の他に相手もいるみたいだし・・・それに・・・許婚もいるらしい」 「ええ！？　なにそれ・・・！？」 「だから、向こうは完全な遊びだ。お仕置きしてくれる暇潰し相手が俺だってだけ」 「それでも・・・俺は心配だ・・・そんなふざけた奴が弟のパートナー相手なんて」 「心配してくれてありがとう。でも、俺は大丈夫だ。ホント、あいつなんかに比べたら、兄貴はとってもお利口なSubなのにな。Domの言いつけをちゃんと守るSubなのに。そんなお利口なSubを見捨てるバカなDomがこの世にはいるんだな」 「明生・・・お前、本当に良い奴・・・」 「はい、外れた」 「・・・へ？」 星斗は目を開けた。 「外れたぞ、首輪」 明生が星斗につけていたピンクの首輪を右手に持っている。 星斗は、思わず、自分の首を両手で掴んで確かめてみた。 「・・・ホントだ・・・俺、死んでない・・・」 「当然だろう？　首輪を外したぐらいで死ぬなんて馬鹿なことあってたまるかっ」 星斗はたちまち悲しみの渦に飲まれた。 「・・・どうした？　なんか顔色がおかしいぞ」と、心配する明生。 「死んでない・・・」 「ああ」 「俺、死んでない・・・」 「ああ、良かったじゃん」 「俺・・・本当は死にたかったんだ・・・」 「兄貴・・・」 「・・・もう、あの人から解放されちゃうんだって思ったら、俺・・・そのまま死にたかったんだ・・・っ」 そう言うと、星斗は号泣した。 大泣きする星斗に明生は慰めるように優しく抱きしめてやった。 明生は呆れたようなため息をつくと、 「兄貴、バカじゃないのか？　どんだけ好きになってたんだよ。俺達、ダイナミクスの性別を持った者は何よりも性の相性が優先されんだぞ。人を好きになる気持ちよりもだ。俺達は誰かを好きになったって、何にも良いことなんか起きないんだぞ。だから、俺は同じ兄弟なのに、Normalだと思い込んでた兄貴がずっと羨ましかったんだぞ」 と、星斗に八つ当たりしていた理由を初めて語った。 星斗はそれなら、もっと早くに教えておいて欲しかったと、心の中で愚痴った。 教えておいてくれたら、最初から眞門さんとパートナーを組むことなど考えなかったと思いながら、明生の胸の中で気が済むまで涙を流した。