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想い

「渋谷さん~、その後の体調の具合はいかがですか~?」 白衣姿の寺西がいつにも増して優しい口調で、ダイナミクス性の定期健診に訪れている星斗に問いかけた。 「はい・・・まあ・・・」 「眞門から聞きました。Sub drop(サブドロップ)を経験されたようで・・・」 寺西は神妙な顔をする。 「大変でしたね。眞門から、渋谷さんの体調におかしなところがないかよく見ておいてくれと言われたのですが、その後もお変わりなく過ごせてますか?」 「はい・・・」 星斗の返事に明るさがない。 「あれ? 返事にあまり元気がありませんね? 眞門とのお付き合いでまた何かあったんですか~?」 「ええ!?」 星斗は酷く驚く。 「やはり、そうなんですか?」 「いえ・・・というか、俺達はまだお付き合いはしていません」 「ええ!?」 今度は寺西が酷く驚く。 「あういうことがあったので、俺がお試し期間を設けて欲しいとリクエストしまして・・・俺がOKを出さない限り、正式なパートナーとしての関係には至ってないはずです」 「そうなんですか・・・眞門から、お付き合いを始めた、みたいに聞かされていたので。それは大変失礼しました~」 寺西は苦笑いで、軽く頭を下げた。 「・・・・・」 星斗は表情を落とし、明らかに落ち込んでいます、そんな顔つきを見せる。 「・・・あの、なにかありましたか?」 寺西は星斗の様子が気になって、一応、形式的に尋ねてみた。 「それが・・・知未さんとちょっとありまして・・・」 「そうなんですか・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 星斗が、かまって欲しいオーラを発して、寺西を見つめてくる。 勘の良い寺西はそれにすぐ気づくが、医者の経験上、こういう悩みは厄介事だと相場が決まっているので、あえて、それ以上は何も尋ねようとはしなかった。 しかし、寺西がそれ以上、何も聞いてこないと見せると、星斗は猫背になって、寺西を上目遣いで見始めた。 まるで、捨てられた子犬のような丸っこい瞳を作って、話を聞いてほしいという視線を寺西に一心に向けてくる。 寺西は、随分と露骨に甘えるようになってきたな、Sub性全開にするな、と、星斗の成長ぶりを感心すると共に、眞門の普段のしつけの甘やかしっぷりも容易に想像することができた。 「・・・あの、私で良かったら、お話を伺いましょうか?」 寺西は星斗の視線に負けて、仕方なくそう声を掛ける。 「! 良いんですか!」 星斗はパッと笑顔になると、 「俺、ダイナミクスの性別を持った知り合いが、特にSub性の知り合いが全くいないから、一人でグルグルと頭の中で考えちゃうようになっちゃて・・・気づいたら、それが癖になって、時たま、ずっと上の空でいることがあるんですっ。 もう、本当にどうして良いか分かんなくて・・・ずっと誰かに聞いてもらいたかったんです!」 と、相当嬉しかったのか、早口で捲し立てた。 「そうですか、なら、話してみてください」 寺西は厄介事に巻き込まれたくなかったのにな、と、内心ぼやきながらも、渋々、星斗の話に耳を傾けてやった。 ※  ※ 「俺・・・もう、首輪はつけたくないんです・・・」 眞門から首輪をつけてほしいと提案をされたが、それを断ったために眞門との仲がギクシャクし始めていることを、星斗は寺西に打ち明けた。 「・・・そうですか。それは、眞門とは相性がやはり良くないと思い直したからですか?」 「いえ、違うんです!  ・・・好きです。 いや・・・大好きです。 あんなことをされても、最後に許してしまったのは、知未さんのことが大好きだからです。 本当は知未さんと正式なパートナーになっても良いと思っているんです。 好きだって告白されてから、本当に大切にしてくれて、知未さんの想いもちゃんと伝わってきますし・・・」 寺西は珍しい事例だなと思った。 ダイナミクス性のカップルは恋愛関係を成立させるまでが困難だ。 なので、恋愛関係が成立した際は、首輪をつけることなどに何のトラブルもなく、むしろ、お祝いムードでスムーズにいくからだ。 寺西は厄介事だと思っていたが、研究材料としては面白い事案だと思い、話をもう少し聞いてみることにした。 「無理なんです・・・首輪をつけるの・・・。 だって、俺、死のうと思って、首輪を外したんですよ。 首輪を外したら死ねる。 そう思って、首輪を外したんです。 知未さんに支配されなくなるなら、もう死んでしまおうって・・・。 結局、死ねなかったですけど・・・でも、その後は本当に生きる気力がなくて・・・暗い海の底に沈んでいくような感じで・・・生きてても死んだも同然だと思いました。 だから、イヤなんです。また、知未さんでいっぱいになることが。 知未さんはそれを望んでいるけど、俺は怖いんです。 また、知未さんでいっぱいにされて、ポイって捨てられたどうしようって。 俺、何の魅力もないSubですから。 知未さんがずっと愛してくれるなんて保証もありませんし。 知未さんがいなくなったら、また空っぽになる。 それを想像したら・・・また、首輪をつけるってそう言う事じゃないですか。 だから、怖くて・・・」 寺西は、「なるほど・・・」と頷き、渋谷さんの言い分は良く分かりますよ、と、言うような優しい表情を見せてやった。 「渋谷さん。結婚まで行きついたダイナミクスのカップルが残念ながら離婚することになった際、ほとんどの理由がある理由なんですが、それが分かりますか?」 「Domの心変わりですよね?」 「いいえ、Subの浮気です」 「えっ!?」 星斗はえらく驚く。 「Subですか!? 支配される側のSubがどうして浮気するんですか!?」 「当然ですよ、支配される側なんですから」 「?」 Normal育ちが災いしてか、星斗はこの辺りからすでに、寺西の話す内容がよく分からなくなっていく。

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