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だから、言ったじゃないか。

それから数日後。 時刻は金曜日の夜の十時を回っている。 おばの洋食店の手伝いを終えた星斗が、「お疲れ様でした~」と、声掛けすると、帰路に着くため、店の外へと出てきた。 「あのっ」 見た目は同じくらいの、見知らぬ若い女に、星斗は突然声を掛けられた。 黒の英字で書かれた大きなロゴが中央にデザインされた赤いセーターに、黒のショートパンツと黒のロングブーツ。 黒のおかっぱボブに真っ赤な口紅が印象的の、自身のルックスにはかなり自信がある、そんな装いに見えた。 「・・・何か?」と、星斗。 「良かったら、今から、御一緒しませんか?」 「?」 「Playしませんか?」 「Play・・・ですか?」 「きらちゃんのことをずっといいなって思ってて・・・」 「きらちゃん・・・?」 え、きらちゃんって、なんで、この人、俺の名前を知ってんの!? てか、きらちゃんって呼ぶの、叔母だけなんですけど・・・? え、ひょっとして、洋食店のお客さん・・・? でも、こんな派手なお客さん、うちに来てたかな・・・??? 星斗は突如起こった思いがけない出来事に、頭をフル回転して、現状を理解しようとした。 が、時すでに遅し。 その若い女はズカズカと迫ってくると、星斗を壁際まで追い詰めた。 そして、ドーンっ!と、右手を壁に付くと、星斗の逃げ場を封じた。 「最近、ひとりでも眠れてる?」 「え・・・?」 「寂しくない? 今夜は私の胸で寝かせてあげるよ」 「・・・なんのことですか?」 「どんなPlayが好き?」 「へ?」 「私はね、Subをヘナヘナのヨレヨレにさせるのが好きなの」 「ヘナヘナのヨレヨレ、ですか・・・?」 「きらちゃんは?」 「俺、ですか・・・」 大体、状況が飲み込めてきた星斗はかなりの焦りを感じた。 これって、ひょっとして、すごくヤバい状況なんだよね・・・? 「あの・・・あなたはDomさん、ですか?」 初めてのことで、どう対処して良いか分からない星斗は、とりあえず、当り前のことを確認してみた。 「うん♥」 若い女はとても色っぽい仕草で頷いた。 あ、可愛い♥ 男だからなのか、Sub性なのか、星斗は、ほんの少しトキめいた。 「きらちゃん、そろそろお仕置きされたい頃じゃない?」 「へ?」 「だって、首輪を外してから、時間が結構経ってるよね」 「・・・・・」 「そろそろ、お仕置きされたい頃でしょう?」 「いやー、それは・・・割と間に合ってます・・・」 「嘘だーっ! SubはDomに嘘ついちゃいけないんだぞ♥」 あ、なんか、女子のDomって可愛い♥ 命令口調じゃないのが、すごく可愛い♥ 男だからなのか、Sub性だからなのか、星斗はまたほんの少し(?)トキめいた。 「きらちゃん、いっつも、甘えん坊な顔してるよね? 今夜は私にいっぱい甘えても良いよ♥」 あ、そうなんだっ。 じゃあ、思い切って甘えちゃおうかな~。 どうやら、星斗は、Domの誘惑にSub性が飲みこまれているようだった。 「きらちゃんみたいにね、いつも優しく微笑みかけてくれるSubって本当に今は少ないの・・・。みんな、ツンケンするもんだから、話しかけづらくて・・・。 でも、いつも笑顔で『いらっしゃいませ』って、私を迎え入れてくれて、帰るときには、『ありがとうございました、また来てください』って言ってくれるじゃない。 そんなきらちゃんをいつも見てて、良いな~、可愛いな〜、調教したいな~って、思ってたの♥」 「そうなんですか~」 「でも、首輪がずっと付いてたから、私、ホント悲しかった😭」 「そうだったんですか~」 ああー、ヤバい、可愛すぎて、Sub性が飲みこまれそうだ・・・。 でも、うちの店でこんな派手なお客さんいたかな・・・? 昼の顔と夜の顔が違うってこと・・・? それってヤバいよな。 身元が分からない人とPlayするなんて、何されるか分からない。 それに、俺には知未さんがいるし・・・こんなことバレたら、また、どんなキレ方されるか分からない。 初めて遭遇する可愛いDomの誘惑に負けそうになる星斗だが、眞門の存在を思い出し、なんとかうまくこの場から逃げないと、と、真剣に考え始める。 「・・・あの、俺には、もうお付き合いしてるパートナーがいまして・・・」 「嘘だっ! だって、首輪外してるじゃん! SubはDomに嘘ついちゃいけないんだからね!」 「ホントなんですよ」 「じゃあ、証明してみせて」 「証明・・・」 証明できるものがなにもない。 星斗は焦った。 もう、こうなったら、走って逃げるしかないよね? GlareやCommandを出される前に、逃げるしかないよね? 星斗がそんなことを考えてる一瞬の隙を狙われた。 「ないんでしょ! Domに嘘をつくSubはお仕置きだから。それじゃあ、きらちゃん、一緒に帰ろう♪」 と、若い女のDomが星斗の手首を握った、その瞬間、 「!」 その辺り一面をなんともおぞましい空気が漂い始めた。 星斗は瞬時にこれはとてもマズイ!と、顔をしかめた。 若い女のDomに手首を掴まれたことよりも、こっちの方がとてもマズイ!と、頭を抱える。 ヤツが来る・・・。 しかも、めっちゃ怒ってるし・・・。 星斗は、あの人物の、あのおぞましいGlareを肌で感じるだけで、どれくらい怒っているのか、手にとるように分かるようになった。

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