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働きたくない
眞門にお別れを告げられた翌日。
渋谷家の夕食の食卓には、加奈子と明生、そして泣き腫らした顔の星斗の姿があった。
「兄貴、どうしたんだ、その顔・・・」
瞼を腫らした星斗の顔を見て驚いた明生は冷凍室から小さな保冷剤をすぐに取り出してくるとタオルに巻いて、星斗の瞼に保冷剤をあててやった。
「破談になったんだって」
先に事情を聴いた加奈子が同情を見せる顔で星斗に代わって答えてやる。
「破談って・・・なんで?!」
驚く明生に向かって、「理由は知らない」、そんな素振りで、加奈子は首を横に振る。
「多分、向こうのご家族に反対されたんじゃない。良かったわよ、この前、念押ししておいて。結婚してからじゃ遅いもの。私はこうなると思ってたのよ、格差婚なんて上手くいくわけないんだから。
しかし、許せないわよね。確かに、星斗は出来は悪いけど、心の優しい子よ。なのに、こんな土壇場でフルなんて」
平然を装っているようだが、加奈子も内心では眞門に対し、相当怒っている様子だった。
「ウチに挨拶まで来ておいてそんなこと・・・」
明生も眞門の無責任な行動に呆れた。
そして、静かに保冷剤を瞼にあてる星斗の顔を見てると、切なくなって、苦しくなった。
どれだけ、泣き明かしたのだろう?
傷つけるだけの酷いDom相手に泣き明かすなんて、ホントに馬鹿だろう。
「兄貴、あいつの家の住所教えろ。俺が一発殴って来てやる」
「そんなことしなくていいよ」
「なんで? 親に反対されたぐらいで別れるなんて・・・あいつ、どれだけ兄貴のことを傷つけたら気が済むんだよ。絶対に許さないっ」
「違うよ。そうじゃないんだ。俺が悪いんだ」
「こんな目に遭ってまで庇うなよ」
「違うんだよ、本当に。俺が悪いんだ・・・。俺が曖昧な態度をずっと取ってたから・・・ありがとう」
明生にそう言うと、瞼にあててもらっていた保冷剤も取ってもらった。
「・・・母ちゃん」と、星斗。
「なに?」
「美代おばさんところのバイト、明日で辞めてくるから」
「へ!? あんた、何考えてんのよ・・・? 破談になって無職にもなるって・・・!?」
「うん、だから、この家を出て行こうと思う」
「は?」
「へ?!」
加奈子と明生が一斉に驚く。
「あんた、仕事もなしに、どうやって、家を出て行って生活していくつもりよ!?」
「俺を飼ってくれる飼い主を探してくる」
「は・・・?」
「兄貴・・・」
ダイナミクス性を持つ明生には星斗の口にした言葉の意味がすぐに理解できる。
「兄貴、ちょっと落ち着けって・・・!」
「だって、働きたくないんだもん・・・俺、もう働きくたないんだもん・・・」
星斗は嘆くように口にする。
「あんた、まさか、またニートするつもりでいるの?」
加奈子は呆れ顔になる。
「だから、家を出て行くって」
「そんな状態で家を出て行きます。はいそうですか。なんて許す親がいるわけないでしょうがっ!」
「母ちゃん、なんで、人は働きゃなきゃダメなの?」
「そんなの、生きていくためには当然のことだからよ。生活していくにはお金が必要なの」
「じゃあ、生きたくないって思ったら、働かなくても良いんでしょ? 俺、もう働きたくない・・・何も考えたくない・・・だから、飼い主探してくるから、母ちゃんには迷惑かけないから」
星斗はそこまで言うと、また泣き出した。
「大丈夫かよ・・・」と、明生は星斗の心の不安定さを心配して、背中を優しく摩ってやる。
そして、「冷たい母親め・・・」、と、軽蔑した目線でじーっと見つめて、加奈子にプレッシャーをかけにいく。
「な、な、なによ・・・っ!」と、明生のプレッシャーに根負けする加奈子。
「・・・あー、もう、分かった! 気持ちが落ち着くまでは星斗の好きにしなさい。
・・・ったく、本当に子育てを私は間違えたわ・・・」
と、加奈子はぼやいた。
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