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首輪をつけてください

その夜。 寺西クリニックの応接室の扉がノックされた。 「はい」と、応答する寺西。 「俺だ」 その声の主は眞門だ。 「どうぞ」 と、寺西が返事する。 眞門は扉を開けるなり、 「なんだよ、俺に相談したい患者がいるって。眠れない夜が続いてるから、少しでも早く帰って休みたいんだけど・・・」 と、かなりの不機嫌さで当たり散らすかのように、いきなり毒つき始める。 「!」 が、部屋に入った瞬間、眞門はすぐに顔色を変えた。 応接室のソファに星斗が座っていて、自分をじっと見つめているからだ。 寺西はソファから立ち上がると、「俺がお前を呼び出す時は・・・」と、言いながら、眞門の側までやってくる。 そして、すれ違いざまに眞門の左肩を掴み、「渋谷さんが散々悩んで出した答えだ。ちゃんと聞いてやれよ」とだけ告げて、応接室を出て行った。 ふたりきりになった応接室で、星斗はただ、じーっと眞門を見つめた。 お互い何も口にせず、シーンと静まり返る部屋で、星斗は眞門をただ、じっと見つめる。 眞門は「どういうことだ・・・?」と、混乱しながらも、状況を静かに見守った。 すると、星斗の瞳にゆっくりと涙が滲んだ。 「知未さんのバカ・・・」 「・・・・・」 「知未さんのバカ・・・っ!」 「・・・・・」 「なんで、俺のことをまたあっさり捨てたんですか! 俺のことを大切にするって言ってくれたじゃないですか! 何回、俺のことを傷つけたら気が済むんですか!」 「・・・・・」 「知ってました? 俺、すごくモテるんですよ。自分でも驚くくらい。知未さんに捨てられてからのこの一か月半、毎週末、ダイナミクス性のパーティーイベントに参加したんですよ。 そしたら、全部合わせて、71人からも連絡先をもらったんですよ。すごくないですか? 一か月半で71人も俺のことを飼いたいって言ってくれる人が現れたんですよ!」 「・・・・・」 「なのに、俺、誰も選べなかった・・・それで、相談所の山本さんに怒られたんですよ。お前は最初から誰も選ぶ気なんてなかったんだろうって! それはどうしてなんだ?って」 「・・・・・」 「だって、選ぼうとすると、知未さんの声が聞こえてくるんです。『星斗は誰に支えられたいんだって』」 「・・・・・」 「・・・そんなの、知未さんに決まってるじゃないですか!」 「・・・・・」 「どうして、その答えがやっと出せたと思ったら、側にいてくれないんですか! なんで、思い通りに行かなくなったら、いつも、俺をポイって簡単に捨てるんですか! なんで・・・なんで・・・っ。 なんで、知未さんは、いつもそうやって、心優しくないDomになるんですか!」 「・・・・・」 「それが・・・知未さん、なんですね」 「・・・・・」 眞門は、表情を落として、思わず俯いた。 自分のした事を思えば、いくら罵倒されても当然のことだからだ。 「知未さん」 そう呼ばれ、眞門はまた顔を上げて、星斗に視線を合わせる。 「俺のご主人様になってください」 「・・・へ?」 眞門はまさかの言葉に驚く。 「俺にまた首輪をつけてください」 「・・・・・」 「俺をあたなだけのSubにしてください」 「・・・・・」 「俺、決めました。知未さんがそういうDomなら、俺があなたから離れません。あなたに何度捨てられても俺が離れませんっ!」 「・・・・・」 「・・・そんなSubはダメ、ですか?」 星斗はそこまで言うと、頬に涙を流した。 「・・・星斗・・・」 眞門は星斗を見つめた。 「Come(おいで)!」 眞門に迷いはなかった。 すぐにCommandを出した。 星斗はソファからすぐに立ち上がると、眞門の胸に飛び込んだ。 眞門は星斗を胸の中で思いっきり抱きしめる。 「ごめんなさい! 答えを出すのに時間が掛ってごめんなさい・・・! 俺のこと嫌いになってませんか?」 「・・・そんなこと、一生あるわけないだろうっ!」 眞門は星斗をギュッと胸の中で強く抱きしめる。 「・・・本当に俺なんかでいいのか? 後悔しないか? 俺は星斗のことをずっと苦しめてばかりだっだんだぞ」 「知未さん・・・」 「今度、首輪をつけたら、もう二度と逃してやれないぞ。今度こそ、星斗を離さないよ。また、苦しむことがたくさんあるかもしれないのに、俺よりも幸せにしてくれるDomがいるかもしれないんだぞ。それでも、こんな俺なんかの側にずっと居てくれるの?」 星斗が眞門の顔を見つめると、今にも泣き出しそうな、なんとも弱々しい、情けない顔を浮かべる眞門がいる。 星斗は、初めて見る眞門の自信を喪失したようなヘタレ顔に、眞門が自分にさよならを告げた本当の理由がなんとなく理解出来た。 「そんな言葉は知未さんには似合わないです。俺の知ってる知未さんは、俺にはいつも自信たっぷりで、俺にはいつも自分の思い通りにしようとする強引さで、俺のことが大好きだって分かるような意地悪ばかりをしてくる、そんな人です。 俺はそんな知未さんが大好きなんです」 「星斗・・・」 「だから、知未さんのいつも言葉できちんと俺に命令してくれれば良いだけです」 眞門は承知したように頷くと、「星斗」と、呼びかける。 「はい」 「一生、俺だけのSubでいなさい。星斗を幸せに出来るのは俺だけなんだから。一生、俺の側にいれば良い。それが出来ないなら、お仕置きだから」 「はいっ、分かりました」 星斗は眞門を熱く見つめ、誓いを守るように力強く返答した。 眞門は星斗をまた胸の中に抱きしめる。 「ありがとう、俺なんかを選んでくれて。俺は星斗が側に居てくれないと何もかもダメだった・・・」 「だから、知未さんにはそういうの似合わないですって」 「今度こそ、絶対に離さない。大切にするからね」 「はい。今度こそは、きちんと調教してくださいよ」 星斗は両腕を眞門の背中に回すと、しがみつくようにして、より深く自分の顔を眞門の胸に埋めてみた。 気のせいか、眞門の体が小さくなったような気がした。 「・・・知未さん、痩せました?」 「ああ。星斗が居なくなったダメージくらい過ぎてて・・・Domはめちゃくちゃ打たれ弱いんだ」 と、まだ情けない声で眞門は答える。 自ら別れを告げたくせに、一番ダメージを食らって弱ってるなんて、DomのくせにドMみたいな事をしてバカなんじゃないかと、星斗には可笑しく映った。 でも、それだけ、俺の幸せだけを最優先に考えてくれたからこその別れだったのか、と、眞門が別れを告げた真意が、改めて、星斗に伝わった。 星斗への愛おしさをいっぱいに溢れさせながら、眞門は星斗を胸の中でただ抱きしめる。 その胸の中で抱かれる星斗は、「ああ、ここが、やっぱり俺の居場所だ」と、改めて実感した。 ふたりは、再び燃え上がった熱い思いを伝え合うかのように、しばし、そのまま抱き合ったままで時を過ごした。

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