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山本さんは良きSubの友人

平日の正午。 ごく普通の社会人なら、午前の仕事を終え、昼食を兼ねたつかの間の休憩を迎えている時間帯。 そんな昼の休憩時間に、無職の星斗は、唯一のSubの友人、山本の元を訪れていた。 山本は、星斗の実家がある市が運営する、ダイナミクス性を持つ者の同士の出会いを斡旋する紹介所に勤務する職員だ。 眞門と一度破局した後、その虚しさの穴を埋めるため、次の相手を見つけようと、その相談所に星斗は何度も訪れた。 その際の星斗の担当者となったのが山本で、交流を持つうちに親しくなり、相談者と担当者という関係から、友人という関係に変化していた。 一般(Normal)の友人には相談することが出ない、ある悩みを抱えてしまっている星斗。 唯一のSubの友人の山本にどうしてもその相談に乗って欲しい、そう申し出ると、気立の良い山本は快諾し、山本の勤務先の昼休憩の時間に会うことになった。 暇な時間だけは誰よりもある星斗は巷でおいしいと評判で行列が出るパン屋に朝から並ぶと、そこで総菜パンやらサンドイッチを購入し、山本の昼食代わりを土産とした。 昼休憩の時間に入ると山本は社会福祉局の建物からすぐに出てきて、星斗と落ち合った。 そして、近くにある公園に移動すると、ベンチに座って、土産のパンで、ふたりは昼食を取ることにした。 「あれ? お前、首輪は?」 星斗を目視するなり、気になったのか、山本はすぐに問いかけてきた。 「それがまだ出来てないらしくて・・・」 星斗はどこか不満そうに答える。 実際、眞門からの首輪のプレゼントはまだ贈られていなかった。 「へえー。 随分と手の込んだものを作ってもらってんだな。 てか、首輪を付けてないのに、相手から外出許可が出たのか?」 「えっ?! パートナーがいるSubは首輪がないと外出しちゃいけないんですか?!」 「いや、そんなルールはないけどさ・・・パートナーにするくらい相手に執着しているDomなら、Subをひとりで自由に行動させる時には、首輪は絶対させるだろうなって思うから・・・。 だから、それぐらい嫉妬深い相手だろうなと用心して、俺なりに気を遣って、会える時間に制約がある昼休憩を指定したんだぞ。Subの友人に無駄な嫉妬なんかをさせないように」 「・・・・・」 星斗は食べていたパンを口から離すと、表情を落とした。 「・・・どうした?」 その表情に気づいた山本は星斗を気遣う。 「なんか少し変なんですよ、知未さん。よりを戻してから・・・」 「どんな風に?」 「どんな風にって聞かれてもうまく説明できないんですけど・・・Domぽくなくなった、っていう言い方が一番近いのかな・・・。 前はもっと、こう、強引というか、自分勝手なところがある人だったんですよ。 一見、穏やかな癒しの森、みたいな人に見えるんですけど、いざ、その森の中に入ってみると、霧が立ち込めてて、前が全然見えなくなって道に迷ってしまったり、どう猛な動物があちこちに潜んでいたり・・・。 とても引き込まれるけど、決して入ってはいけない危険な森。 そんな人だったんです」 「・・・・・」 独特な表現過ぎて、全然分からないな・・・。 と、困惑してしまう山本だが、人の悩みを聞くのが紹介所での仕事でもあるので、職業柄そのまま聞いてみることにした。 「でも、俺はそこが知未さんの魅力だと思うんです。 この人、やっぱりDomなんだっていう。 けど、よりを戻してから、そういうのがなくなったんです。 本当に癒しの森。 全然、危険な森じゃなくなったんです。 そこに不満があるとかじゃないんですけど・・・ただ、距離を感じるというか、寂しいというか・・・。 もう、あの森の中では暴風が吹き荒れることはないのかなって・・・」 「それはお前とよりを戻して、心の具合が安定してるからじゃないのか?」 「なら、良いんですけど・・・。 でもね、俺は、既製品で良いんで、早く首輪を付けてくださいってお願いしたんですけど・・・なんか、はぐらかされたんです・・・。 前の知未さんなら、俺がお願いする前に、強引に首輪を付けてくるような人だったのに・・・」 星斗はやはり納得出来ないのか、また表情を暗く落とした。 それに気づいた山本は、「それが俺にしたい相談?」と、投げかける。 「え?」 「パートナーも恋人もいない俺からしたら、ただの惚気にしか聞こえないよ」と、わざと皮肉めいた言い方を山本は選んだ。 落ち込んだ星斗の気分をなんとか盛り上げてやろうとする、山本の下手な気遣いだ。 「あ、いや・・・これじゃなくて・・・今から打ち明ける話は・・・本当に山本さんにしか出来ない相談なんです・・・」 そう言うと、星斗は急にかしこまった。

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