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父親に会いに行く日⑤
「ここ、ですか・・・?」
星斗は目の前にそびえ立つ、五階建てのテナントビルを見て、思わず首を傾げた。
眞門が運転する愛車は、一時間程度の距離を東に向かって走行すると、四車線の大きな道路に面した通りに沿って立つテナントビルの駐車場に入り、そこに愛車を停車させた。
そして、車から降りるように眞門に促されると、そのまま、テナントビルの入り口へと連れてこられた。
どうやら、このテナントビルが眞門の父親と初対面を果たす場所のようだ。
五階建てのテナントビルは、一階に皮膚科、二階には歯科の個人医院の看板が大きく掲げられてある。
星斗は、傍にあったビルの案内板を確認する。
『MA-MON 第四テナントビル』と、記されたビル名の下に、
五階 【―記入なし―】
四階 会員制サロン 『Play Room』
三階 【―記入なし―】
二階 ◇◇デンタルクリニック
一階 ◆◆皮膚科
と、案内されてある。
知未さんのお父さんはどちらに・・・?
星斗は疑問に思う。
眞門はビルのエレベーターの前に向かうと、当然のように、上を向いた矢印のボタンを押した。
あれ? 知未さんのお父さんって産婦人科医なはずなんだけど・・・?
星斗はまた、ビルの案内板に目を戻し、産婦人科の文字を探す。
・・・が、やはり、見当たらない。
知未さんがエレベーターの上の矢印のボタンを押したということは、二階にある『◇◇デンタルクリニック』に向かうということ・・・?
産婦人科医から歯科医に転向したってこと・・・?
そんな事が可能なのか・・・?
いや、そもそも、なんで、このテナントビルに連れてこられたの・・・?
知未さんの実家に行くとばかりに思ってたのに・・・。
星斗の頭の中は、たくさんの『?』マークで一杯になった。
独りで考え込んで埒が明かないので、「あの・・・どこに?」と、率直な疑問を眞門にぶつけた
「ああ、五階。このビル、うちの父親が所有しているビルでね、五階が父の別宅なんだよ」
「そうなんですか・・・」
なるほど。
そう言えば、【MA-MON】ってビル名、知未さんの会社と同じ名前だ。
とりあえずの謎は解明したものの、星斗はそれと同時に悲しい現実も悟った。
別宅、なのか・・・。
これって、交際の許しもまだしていないのに、実家に来て挨拶するなんてまかりならんっ!みたいな・・・?
別宅ならとりあえず会ってやっても良い・・・みたい?
昔のホームドラマによくある頑固親父的な・・・?
道理で、ラフな服装で構わないって言うはずだよ・・・。
知未さんのご実家って、間違いなく、ウチと違って格式が高そうだもん。
俺なんか、虫けら以下に思われてても仕方ないよな・・・。
星斗は、別宅で対面するという事実を知って、ふたりの交際が認められる確率はものすごく低いものなんだと悟り、表情を落としてしまった。
そんな星斗の様子に気づいた眞門は、「どうした?」と、声を掛ける。
「やっぱり、歓迎されてないってことですよね・・・」
「えっ・・・? ン・・・?」
星斗の口にした言葉の意味を理解するのに、眞門は少しの時間を要した。
「・・・あっ、いや、違うよっ」
星斗の落ち込む様子がどういったものなのかを理解した眞門は慌てて否定した。
「父は今、ほとんどをここで生活しているんだよ。
この春に、何の相談もなく、突然医者を辞めてね。
どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだって言いだしてさ。
数年の内にどうせ定年を迎えるんだから、何も急いで辞めなくてもいいのにね」
眞門はどこか呆れた物言いで説明した。
「実家にはもう何年と住んでないんだよ。
父は勤務医で勤務していた病院の近くにマンションを借りて暮らしてたから。
だから、売るなり、人に貸すなり、実家を手放せばって何度か言ったんだけど、思い出がいっぱいあるから手放したくないって言ってさ。
ほら、Dom性だから、常に自分の心情を優先するんだよ・・・で、医者を辞めたのを機に、交通に便利な駅が近くにあるこの自社ビルの五階に越してきたんだよ」
眞門がそこまで説明すると、エレベーターが到着を知らせた。
「だから、対面する場所が必然的にここの別宅になったってだけ。
それに、うちの父親は星斗と会うのを楽しみにしてるよ」
「え!?」
「紹介したい人がいる、としか伝えてないから。
父に特別な人を紹介するの、今日が初めてなんだ。
だから、父はどんな人を連れてくるか楽しみだって言ってた。
でも・・・期待だけはしないでね」
「?」
「あくまでも父は俺たちとは違う世界の住人だから」
「えっ・・・」
そう言うと、眞門はエレベーターに乗り込んだ。
眞門にそう言われ、結局、暗い気持ちが晴れないまま、星斗は眞門の後に続いて、エレベーターに乗り込んだ。
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