163 / 311

父親に会いに行く日⑦

「父さん・・・っ! 父さん・・・っ!」 眞門は玄関から室内に向かって呼びかけるが、父の拓未は姿を現すどころか、返事すらない。 「勝手に上がるよ」 眞門は一方的に告げると、靴を脱いで、部屋に上がった。 「星斗もおいで」 「は、はいっ、・・・お邪魔しますっ!」 星斗は靴を脱ぐと、予習してきた礼儀作法として、靴をきちんと揃え、下駄箱の近くに置いた。 「失礼します」 星斗は緊張で小刻みに震える体を感じながら、軽く会釈して、リビングに足を進めた。 「・・・・・」 が、リビングはシーンと静まり返っていて、誰の姿もなかった。 「はあ・・・」 眞門は呆れたように軽くため息をついた。 「ほらね、客が来てるって分かっているのに、部屋で待っていないだろう? 全く非常識なんだから・・・」と、続けて、愚痴をもらす。 星斗はリビングの様子をさっと見渡した。 男の一人暮らしなら、充分くつろげる、程よい広さで、全てがモノトーン調で統一されている。 暮らしに必要最低限の物しか置いてなく、こまごまとした小物やインテリアがなにひとつないせいで、ショールームのような簡素な室内にも見て取れた。 知未さんの部屋も生活感があまり感じないけど、それ以上に感じない。 Dom性って、物に対しての所有欲みたいなのは全くないのだろうか? 星斗は、思わずそんなことを思ってしまう。 というか、知未さんのお父さんの年齢って何歳なんだろう? さっき、もうすぐ定年って言ってたから、知未さんの年齢も加味して考えると、50歳~60歳の辺りぐらいだよな? なら、そんな年配の男性が一人暮らししている部屋とは想像もできないほど、綺麗にしてあって、掃除も行き届いている。 どんな人なんだろう? 元医者ってことは、神経質で几帳面だったりするのかな・・・??? 星斗は自分なりにこの部屋の住人を想像してみる。 「父さんを呼んでくるから、ここで待ってて」 眞門はそう言うと、側にあるソファに座るよう、星斗に促した。 「あのっ、直前になって、やっぱり、俺とは顔を合わせたくないと思って姿をくらました、とかじゃないですよね?」 星斗は、一応、気になっていることを確認してみる。 「ないない。 絶対にないよ、あの人に限って・・・多分、調教部屋に居るんだと思う」 「調教部屋!?」 星斗は驚いて、思わず声を上げてしまう。 「だから、言っただろう? うちの父親は普通の父親じゃないって。 呼んでくるから、ここで少し待ってて」 そう言うと、眞門はリビングを出て行った。 星斗は言われた通り、ゆっくりとソファに腰を下ろした。 調教部屋・・・??? 調教部屋ってなによ・・・!? 「・・・・・」 人生で初めて言い知れぬ恐怖を感じた星斗は、粗相がないようにと、改めて、挨拶の練習を始める。 「渋谷星斗と申します・・・本日はお忙しいところ、私の為に時間を作って下さりありがとうございます・・・」と、小さな声に出して練習してみる星斗。 星斗が恐怖を打ち消そうと必死に挨拶の練習をしていると、リビングを出て行った眞門の声が、遠くの方から聞こえてきた。 星斗は思わず耳を澄ます。 「・・・やっぱり、ここにいましたか、父さん。リビングで待っていてくださいよ」 「ああ、悪かったな。待っていようと思ったんだが、この出来の悪いSubがチャイムを聞いた瞬間に暴れ出してな・・・本当に出来の悪いSubで困っているんだ」 どうやら、眞門と父親の拓未が会話を交わしている声が聞こえてきたようだ。 「・・・えっーと・・彼は本当にSubなんですか・・・?  さっきから、俺に助け求める視線を送って来てますけど・・・?」 「えーっ、小杉先生がSubだって言ってたから、そうなんじゃないのか」 「また、あの外務大臣からの依頼ですか・・・。 いや、彼、顔を何度も横に振ってますよ。 Domなんじゃありません?  ・・・ほら、今、うんうんって激しく頷いてるじゃないですか」 「そうなの?  でも、小杉先生に頼まれたからなー。 仕方ない、キミね、今日からSubになりなさい、いいね。 私がきちんとSub性にしてあげるから。 素敵なDom相手に昇天出来るよう調教してあげるからね。 大丈夫、私を信じなさい。 今ね、お客様が来てるから静かに待っているんだよ。 じゃないと、後で乳首を引きちぎるからね」 そこで会話が終わると、重い扉の閉まるような音がバタンっ!と聞こえた。 えっ、今なんて言った・・・? 乳首を引きちぎるって、なによ・・・?! 外務大臣の依頼ってなに!? めちゃくちゃく落ち着いた声の、とんでもなく怖ろしい親子の会話が聞こえてきたんですけど・・・っっっ!!! おかしくない!? この国で、こんな会話をしている親子がいるっておかしくない・・・っっっ!? でも、俺にとっての一番の恐怖なのは、知未さんが平然としていたことなんですけど・・・!? 「・・・・・」 待ってよ、知未さんっ。 こんなところでブラック系社長でした、なんて知りたくなかったよ!! ・・・たった今、俺の地獄行きが確定した。 眞門の父親との対面がすぐそこまで来ているというのに、星斗はひとりで勝手な妄想を繰り広げ、余計にあたふたとしてしまう。 と、ふたりが向かってくる気配を感じる。 きたーっ! 星斗がそう思った瞬間、リビングの扉が開いた。

ともだちにシェアしよう!