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災難は勝手にやってくる

眞門が帰宅すると、「おかえりなさーいっ」と、星斗が勢いよく走って玄関に出迎えに来た。 「ただいま」 「見てみてっ、知未さんっ!」 星斗ははしゃぎながら、自分の左耳の耳たぶを見せる。 「今日、病院でピアス開けてきた」 星斗の耳たぶには、シンプルなスタッドタイプのピアスがひとつついてある。 「・・・・・」 「俺、まずはちゃんとしたSubになるところから始めようと思って。 どうですか? 似合ってますか?」 「・・・・・」 「これで、お父さんにも少しは褒めてもらえますかね?」 「・・・・・」 眞門はまるで感情をなくしてしまった、"無"の顔になっている。 「知未さん・・・?」 「そう」 「えっ・・・」 「風呂入ってくる」 眞門はピアスに関して何も言わず、リビングの奥にある螺旋階段に向かった。 あれ、ひょっとして、怒った・・・? 星斗は何も声を掛けれず、眞門の背を見送った。 ※ ※ 眞門は湯船につかりながら、ひたすらリラックスすることに没頭した。 ・・・ヤバかった。 星斗のピアスを見た瞬間、ガチでキレそうになった。 抑制剤を直前に飲んでおいて助かった・・・。 眞門はやり過ごせたことに、ひとまず安堵する。 色んな感情が湧き上がって、もう少しで星斗を怒鳴りつけるところだった。 ピアスひとつ開けたくらいでキレるなんて、俺、あまりにも余裕がなさすぎないか・・・。 眞門はそう反省する。 湧きあがって来た感情は、 「なんで、父親(他のDom)の言うこと聞いて開けてんだっ」とか、 「父じゃなく、俺に言われてこそ開けるべきだろう」とか、 一番は、「俺がこんなに大切にしている体を、どうして、他のやつに傷つけさせたんだ! 開けたいなら、俺にさせろっ!」だ。 ホント、全部、くだらないDomの感情ばかりだ。 星斗に悪気はないってことは、頭ではちゃんと分かっている。 星斗も気にして当然だ。 デリカシーのない俺の親から、色気のないSubなんて言われたら、当然ピアスでもしたくなるだろう・・・。 ホント、キレなくて良かった・・・。 キレてたら、うちの父親から傷つけられた星斗を更に傷つけてるところだった。 眞門がひとりで葛藤を繰り広げていると、「知未さん・・・」と、浴室の扉を少し開けて、星斗が顔を覗かせた。 「一緒に入って良いですか?」 「ダメだよ」 「えっ!?」 「ピアス開けたら、数日間は浴槽に入っちゃダメなんだよ。菌が入り込んで、化膿しちゃう可能性があるから。星斗はシャワーを浴びるだけにしておかないと」 星斗は拒否されたことに対し、しょげた顔を見せる。 「あの・・・怒ってますか?」 「・・・いいや」 「でも・・・」 「少し驚いただけ」 「・・・・・」 「今度の休みの日にでも一緒にピアスを買いに行こう。もっと星斗に似合うやつ」 「・・・はい」 星斗はしょぼくれたまま浴室の扉を閉めると、脱衣所からも出て行った。 「ハアー」と、眞門はため息をつくと、 俺、今夜、一緒に眠れるかな・・・。 星斗のピアス見る度に噛み千切りたいって思いそう・・・。 と、心の中で呟いた。 なんで、俺はもっと器のデカい人間になれないんだ。 Normalに生まれてたら、こんなこと悩まずに済んだのかな・・・。 ※ ※ 数日後。 バルコニーのビーチチェアに座り、ひとり海を眺めると、星斗は「やってもうた・・・俺、やってもうたわ・・・」と、海に向かって報告した。 完全に失敗した。 知未さん、俺が勝手にピアスしたことを相当怒ってる。 俺の顔を見つめる度に、アンドロイドロボットみたいな"無"の顔になるの、ホントっ、止めて欲しいっ。 どんだけ怒り溜め込んでんだよっ。 怒りを抑えてるのが丸わかりで、逆に怖いんだよっ。 「てか、怒ってんなら、お仕置きしてくれたらいいだろうっ! なんで、お仕置きしてくれないんだよっ、知未さんはDomで俺はSubなんだから、お仕置きしてくれたらいいじゃんっ! てか、いい加減お仕置きしてよっ!!」 星斗はそう叫ぶと、ビーチチェアに寝転がり、「・・・久しぶりにお尻ペンペンされたい・・・」と、猫なで声を出した。 と、リビングからインターホンの呼出音が届いた。 午後から来る予定のハウスキーパーにしては訪問の時間が早くないかと思い、星斗はインターホンのモニターで訪問者の姿を確認した。 「・・・ゲっ!?」 モニターには、眞門の父親の拓未の姿が映し出されている。 星斗は慌てて応答する。 「はい!」 「その声は、星斗クンかな?」 「そうですっ」 「この前は、とても酷い思いをさせて悪かったね。 お詫びがてら、星斗クンと少し話が出来ないかな、と思ってね、突然で申し訳ないんだが、伺わせてもらったんだよ」 「分かりましたっ! 今すぐ、鍵を開けますね」 星斗は眞門からの忠告などすっかり忘れ、拓未に何の警戒をすることもなく、マンションのエントランスの扉の鍵を解錠し、部屋に招き入れた。

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