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何かが違う

翌日。 季節は春が終わろうとしていて、梅雨入り間近といった時期を迎えているが、連日、季節外れの暑さに見舞われていた。 眞門が仕事に出かけ、部屋にひとりきりになると、星斗はバルコニーへと出る。 何も活用されていない、ただのだだっ広いだけのバルコニーに、通販で取り寄せたビーチチェアを海に面して置くと、その上にビーチパラソルを広げた。 そして、ビーチチェアに座ると、遠くに見える静かに波打つ海の景色をただ、ぼんやりと眺める。 手元には、冷えた缶ビールとフードデリバリーで届けもらったハンバーガー。 ひとりの贅沢な時間が流れていく。 「俺、優雅だわー。俺、ニートの勝ち組になっちゃったわー」 と、あえて、口に出してみる。 が、 「・・・・・」 ・・・違う。 何かが違う。 だって、こんなのじゃないもん、俺が欲しかったもの。 時間と金に余裕がある者にしか許されない、特等席で海を眺めながらランチを取るという、いつかの海外ドラマで見たセレブを真似てみた星斗だったが、なぜか星斗の心は全くテンションが上がらなかった。 だって、俺、ニートの勝ち組になりたくて、知未さんによりを戻してもらったわけじゃないもん・・・。 「俺は何がしたくて、ここに戻ってきたんだったけ・・・?」 テレビドラマの俳優を真似て、カッコよく海に向かって投げかけてみたが、当然答えなどどこからも返ってくることはない。 「・・・・・」 俺のしたかったことって、そもそもなんだっけ・・・? 星斗は「あー、もうっ」と、どこかイライラするように口にして、ビーチチェアに寝そべった。 俺は、ただ、知未さんの側にいたいって思ったんだ。 頑張ったら褒めてもらえて、悪い事したらお仕置きされる。 知未さんに見守ってもらえてる。 それがあるだけで、自然に力が湧いてきて、前向きに生きたい、そう思えたんだ。 希望があるってこう言うことなんだって分かった。 だから、知未さんのところにまた戻りたかった。 なのに、戻ったら、知未さんと知未さんのお父さんをケンカさせちゃうし、うちの母ちゃんを悲しませるし。 なにやってんだ、俺は・・・。 ・・・それに、昨日から、地味にずっと引きずってる。 知未さんが俺に首輪を付けることを考えていないって言われたこと。 知未さんが俺を大切にしようと考えてくれてるのが痛い程分かっているのに・・・俺はどうしてこんなにもショックを受けているんだろう・・・。 星斗はガバッ!と勢いよく起き起き上ると、胡座を組んで、また海を眺めた。 ・・・ダメだ、ダメだ、このままじゃ。 このままじゃ、知未さんのお父さんに交際の許しをもらえないし、うちの母ちゃんにも認めてもらえない。 よりを戻した意味がまるでない!! どうにかしなきゃ! どうすれば、俺が本当に欲しいものが手に入る・・・? 星斗は海を眺めながら、自分がこれからどうするべきかを考えた。 ※  ※ 仕事を終えて帰宅した眞門が、マンションの駐車場に愛車を停車させた。 エンジンを切ると、スーツの胸ポケットから、寺西に処方してもらった抑制剤を取り出す。 口の中に一錠放り込むと、手元に置いてあったミネラルウォーターで体の中に流し込んだ。 そして、フーっと息を吐くと、右手を自分の胸に置いて、自分に言い聞かせるように声に出す。 「・・・大丈夫。 俺なら星斗を大切に出来る。 星斗はもうどこへも行かないし、行かせないから。 俺を信じて、戻ってきてくれたんだから、これかもずっと側に居てくれる。 だから、もう無茶なことはしなくていいからな。 だから、Domの俺よ、絶対に出てくるな。 今度こそ、星斗をただ普通に大切にしてやりたいだけなんだ」 平常心を保ててる、それを確認出来ると、眞門は右手を胸から放した。 眞門は助手席に置いてあった小さな紙袋から手のひらより少し大きな四角い箱を取り出した。 蓋を取ると、その中には新しく出来たばかりの首輪(カラー)があった。 眞門が星斗に贈る為に特別に作った首輪(カラー)だ。 【ハーフチョークカラー】というタイプの首輪で、半分が本革、半分が18金のチェーンネックレスで輪を形成している。 首の後ろ側に本革の部位を、胸の辺りにチェーンネックレスの部位がくるように装着するタイプで、あくまでも人間が使う場合は、アクセサリーとして使われるのが一般的な首輪(カラー)だ。 ※調教用として使うと、首が締め付けられる場合がありますので注意が必要です! 本革の裏の部分には、 【All My Love is Dedicated to You(すべての愛をあなたにささげる)】 と印字されてある。 眞門は首輪(カラー)をじっくりと見つめる。 星斗はこれが欲しいと言ってくれてるのに、俺にはまだ、渡せる勇気が持てない。 星斗に首輪(カラー)なんかなくても、俺たちは繋がっている、そう自信が持てる関係になってから、これを贈りたい。 じゃないと、俺はまた同じことを繰り返す。 我を忘れて、星斗を傷つけるだけでしか愛することが出来ないDomになる。 眞門はそう思い直すと、また蓋を閉め、グローブボックス(ダッシュボードの収納スペース)の中に首輪(カラー)が入った箱を仕舞った。

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