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使いの者

星斗は急いで身支度を整えると、拓未が向かわせた車に乗り込んだ。 後部座席に乗り込んだものの、「やっぱりまずかったかな・・・?」と、不安になってスマホを確認するが、星斗の残したメッセージを眞門が読んだ形跡はなかった。 そんな星斗の暗い表情が目に入ったのか、「どうかされましたか?」と、拓未の使いだと名乗る笹ノ間という男が運転席から声を掛けてきた。 「え?」 「とても怖い顔をされているので・・・」 「・・・・・」 「大丈夫ですよ」 「へ?」 「拓未おじ様はSubにはとてもお優しい方ですから。その分、Domには容赦ないですけど」 笹ノ間は星斗を和まそうとしたのか、ルームミラー越しに、にっこりと微笑んだ。 笹ノ間と名乗る若い男は、星斗の周りにはいないタイプで、少し異質に感じた。 "男"なのに"妖艶"。 そんな言葉がピタリと当てはまる様な色気が漂っており、透き通るような白い肌は北欧の血でも混じっているのかと思うほど繊細でか弱く映った。 ひと目見た瞬間から、守りたい、手懐けたい、汚したい。 相手にそんな言葉を思い浮かばせる容姿に映る。 星斗はすぐに、この人はSubだと確信した。 Subの星斗でさえ、そこはかとなく漂う儚い色気に、ちょっと汚してみたいな、そんなことを容易に想像させてしまう程の純潔な上品さを醸し出していた。 Domの人はこの人(笹ノ間)に見つめられたら、瞬殺されるだろうな。 そう思うと、星斗は拓未に言われた言葉を思い出した。 『なんだ、この色気のないSubは』 お父様の言う通りだ。 笹ノ間さんと比べたら、なんと俺の色気のないこと・・・。 喪服を着た未亡人とランドセルを背負った小学生、 まさしく、それぐらいの圧倒的な色気の差というものを感じてしまう。 お父様は知未さんに笹ノ間さんみたいなSubを連れてきて欲しかったんだろうなー。 星斗は、最初に顔を合わせた時の拓未が自分を非難した理由がほんの少し分かった気がした。 「知未さんとはどこでお知り合いになられたんですか?」 「へ?」 笹ノ間がルームミラー越しに尋ねてきた。 「信じられなくて。あの知未さんがパートナーをお作りになるだなんて」 「・・・・・」 「お見合いの話だって今までたくさんあったんですよ。なのに、ずっと断られて。 拓未おじ様がよく嘆いていらっしゃいました。 うちの息子は一生、結婚しないって言って困ってるって」 「・・・・・」 そうだったんだ。 知未さん、そんなこと言ってたんだ。 初めて知った眞門の過去の話に星斗は興味が惹かれた。 「知未さんって、Dom性に生まれてきたことをどこか憎んでいるような、なんだか、いつも息が詰まる様な不器用な生き方をされていて・・・だから、あの知未さんが結婚するっていうことがとても信じられなくて・・・」 笹ノ間は眞門にとって、どういう立場にいる人物なんだろうと星斗は疑問に思う。 「あの、知未さんとは親しいんですか?」 「幼馴染なんです。うちの両親が拓未おじ様と友人で。拓未おじ様は"マスター"ですから、その、色々と教えていただいたり、助けていただいたり、子供の頃から大変お世話になりました」 「そうなんですか」 「みなさん、拓未おじ様が"マスター"だと知ると距離を置かれる方が多いんですが、それは大きな誤解なんですよ。 "マスター"は常にSubファーストでSubにはとてもお優しいんです。だから、私は拓未おじ様が昔から大好きなんです」 一方は非常識と言い、一方は大好きだという。 星斗は、拓未のことを未だにどういう人物か掴めないな、と思った。 「私も最近色々とありましてね・・・。 高校の教師をしてたんですけど、ある事情で辞めることになりまして。 でも、それが上手く行かなくなって・・・それで、拓未おじ様を頼ってきたんです。 そしたら、知未さんが結婚を考えてるって聞かされて。 本当に驚きました」 「・・・あの」 「はい」 「お父様は俺のことをその・・・なにかおっしゃてましたか・・・?」 星斗は恐る恐る、自分が今、一番気になっていることを思い切って尋ねてみた。 「今日もどうして呼び出されたのかよく分かってなくて・・・」 笹ノ間はルームミラー越しに微笑むと、 「大丈夫ですよ、拓未おじ様はSubにはお優しい方ですから」 と、だけ返答した。 「はあ・・・」 全然答えになってないんですけど・・・っ!? あなた、さっきからそれしか言いませんよね!! ひょっとして、そう言えって、催眠暗示かけられてます!? てか、その返しって、なにか良くないことを聞いてるってことだよな・・・。 知未さんを怒らせてしまうかもしれない中で会いに行くのに・・・。 そんな中で、お父様から良くないことを聞かされるかもしれないなんて・・・。 そう思うと、星斗の気持ちはどんよりとした。

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