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アフターケアにて②
「はい」と、眞門。
『そろそろ、アフターケアの時間も終わった頃かと思ってな』
「俺の星斗にどんな調教したんですか?」
『どんなって、お前の前で言ったじゃないか。悪い子になりなさいって』
「そうじゃなくて、俺が到着した時に、星斗を吊り下げてたでしょうっ!!」
『何をそんなに苛立っているんだ?
あれは星斗クンが吊り下げられたことがないって言うから、同情して吊るしてあげただけだ。
何かしようとする前にお前が攫って、連れて帰っただろう。
というか、あんなの、Subにとってはどうってことない』
「・・・・・」
悪びれる様子もない拓未に、眞門は呆れ果て、これ以上何を言っても無駄だと思い、咎めることも諦めた。
『で、星斗クンはなんて言った?』
眞門は螺旋階段を上がると、リビングのカーテンを開け、目の前に広がるオーシャンビューに目をやった。
陽が沈もうとしている鮮やかな夕暮れの景色。
それを眺めながら、心を落ち着かせようとする。
眞門は、心が洗われるような美しい景色を見ることで、普段から心 を落ち着かせたいと願い、会社のある街から、やや離れたこの街にあるこの部屋で暮らすことを決めた。
「何のことですか?」
『Play中にだよ。
連れて帰った後、星斗クンは正気じゃいられなかったはずだ。
私の指示のせいでな。
勿論、そんなSubを目の前にしたお前も正気でいられなかったはずだろう』
「・・・・・」
『ふたりは本音の中でPlayしたはずだ』
「何を聞きたいのか知りませんが、それををどうして、父さんに報告しなきゃいけないんですか?」
この人の頭の中には悪意と言うものが存在しないのか。
眞門はまた呆れる。
『勿論、それで、交際を許すかどうか考えるためじゃないか』
「・・・・・」
『"マスター"の仕事は知ってるだろう。
可哀想なSubがいれば救うこと、悪いDomがいれば成敗すること、悩むSwitchがいればアドバイスしてやること。
もろもろ、性の悩みがある全ての者に指導してやることだ。
全てはダイナミクス性を持つ者のために』
「・・・・・」
『お前らの相性を把握しておきたい』
「話せば、本当に交際の許しをもらえるんですか?」
『ああ。ダメな部分は私が相談に乗ってカバーしてやる』
「結構です」
『なんだとっ、マスターへの相談料は高額なんだぞ。
それを無料で力になってやるって言うのに』
多分、いくら断っても、この人はまた首を突っ込んでくるだろう。
「じゃあ、話したら、交際だけじゃなく、結婚の許しも下さい」
夕陽が海に沈んでいく美しい風景を眺めながら、眞門は駆け引きに出る。
・・・とても綺麗な夕暮れの景色。
なのに、いつものような平穏が心にやってこない。
さっきから、胸をざわつかせている、この、ザワザワとしたものはなんだ・・・?
俺は何を怖がっている・・・?
父の鋭い観察眼か。
こんな不安定な状態で星斗を手に入れてしまうことか。
それとも・・・。
『まあ、お前の答え次第だが、その方向で考えてやろう』
「分かりました。
・・・俺を選んで後悔はない、星斗はそう言ってくれました」
『へ? それだけ? そんなはずないだろう? もっと本音の部分を聞かせなさい』
「・・・・・」
眞門は躊躇った。
事実を言うべきか、言わないべきか。
眞門は、なぜか、自分の運命というものに賭けたくなった。
「俺になら・・・殺さ れても良い」
『―――――』
必ずと言っていい程の減らず口を叩く拓未が静まり返った。
少し間が空き、
『・・・本気か?』
と、驚いた様子の声が返って来た。
『知未、本気でSubにそんなことを言わせたのか?
Subにそんな怖ろしいことを言わせて、お前は平気なのか?
DomSubカップルは対等であることがルールだなんて、基本中の基本だろうがっ!
そんなことを言わせた時点で、お前はDomとして失格だっ!
知未、どうしたんだ?
そんなことを言わせるなんて、全くお前らしくないじゃないかっ!』
拓未はとても怒った様子だった。
「・・・・・」
眞門は何も反論出来なかった。
非常識だと思っていたはずの拓未の言い分が真っ当だからだ。
『お前が何も答えないなら仕方ない。
明日にでも、星斗クンと直接話をさせてもらう。
お前を叱るのはそれからだっ!』
拓未はそう怒鳴ると、一方的に通話を切った。
眞門はそのまま、心が落ち着くまで、夕陽が沈むまで海の風景をずっと眺めていた。
・・・星斗、ごめんな。
俺はやっぱり、星斗の良いご主人様になれそうにない。
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