192 / 311

愛人の条件

星斗と拓未がそんな会話を交わしていた、同じ頃。 「ごめんね、雫ちゃんにまで迷惑かけて」 眞門が笹ノ間に詫びを入れながら、自宅へと案内する。 笹ノ間は拓未に頼まれ、星斗が拓未宅で暮らすために必要な物を取りに、眞門の自宅を訪れていた。 眞門は笹ノ間をリビングに通すと、 「ここで待ってて。星斗の物を急いで用意するから」 と、告げた。 「あの、知未さん」 「ん?」 「お腹空いてませんか?  良かったら、お夜食でも作りしましょうか? なんなら、少し話しません?  知未さんとは最近、あまり会えてなかったから。 良い機会なので、お互いのことをもっと深く知り合いませんか」 「雫ちゃん・・・ごめんね、父さんが言ったことは気にしないで」 「・・・・・」 「俺、雫ちゃんとはそういう関係になるつもりないから。 星斗をこれ以上、傷つけるわけにはいかないんだ」 「じゃあ、どうするおつもりなんですか?」 「正直なところ分からない・・・発症していないことを神頼みするしかないかな、なんて・・・」 眞門は表情を落とした。 「あの・・・力にならせてもらえませんか」 「ええ?」 「私と契約してください」 「契約?」 「私にとってもこれはチャンスなんです。私に居場所を与えてください」 「・・・・・」 「知未さんの愛人(パートナー)になれたら、うちの家族は大変喜ぶと思います」 「どうして?」 「知未さんが拓未おじ様の息子だからです」 「・・・・・」 「知未さんもご存じでしょう。 拓未おじ様が絶大な権力をお持ちなのは。 うちの両親が拓未おじ様と親しくお付き合いしているのも、それがあるからです。 政界にも医学会にもダイナミクス性の経済界にも多大な権力をお持ちの方です。 おじ様の後ろ盾があるからこそ、知未さんの会社だって、順風満帆に会社経営が成り立ってるはずでしょう」 「・・・・・」 「眞門家の当主も本当は拓未おじ様が継がれるはずだった。 けれど、おじ様はご自身が三男であることとマスターである人生を全うしたいことを理由に、ご長男にお譲りになられた。 そんな力のあるおじ様から、私はお願いをされたんです。 それも息子さんの愛人です」 「・・・・・」 「私がおじ様と知未さんに必要とされる存在になった。 そう聞けば、私のことを罵ったうちの両親も手のひらを返して喜んでくれるはずです」 「でも、それは父さんが生きてる間だけの話だよ。 父さんがいなくなれば、誰もがそっぽを向く」 「そうでしょうか。 おじ様は知未さんに跡を継がせるおつもりだと思います」 「どうして? 俺には"マスター"の能力がないんだから受け継ぐことなんて出来ないよ」 「だから、おじ様は特別なGlareが使えるコンタクトレンズの発明に協力されたんじゃありませんか。 しかも、知未さんを幼いころから、眼科医を目指すように勧めていたのは紛れもなく拓未おじ様です。 知未さんが医学生をお辞めになる時も物凄く反対されたじゃありませんか。 会社を興す時も、眼の研究に携わるならという条件で一番に多額の出資をしたのもおじ様です。 拓未おじ様には何か意図があって、そうされてるはずです」 「・・・たまたまだよ。 たまたまが重なってるだけだよ。 あの父に限って、俺に継がせるなんて考えるわけない・・・」 あの、非情な父に限って、そんなことあるわけない・・・。 眞門には信じられなかった。 「それに、俺も父さんの跡を継ぐ気はないよ。 父さんだって、定年を待たずに医者を辞めて、後継者を探すことにしたんだし。 残念ながら、雫ちゃんが思っているほど、父さんはお人好しじゃないし、さっき、俺をバカ息子って呼んだんだ。 もう愛想も尽かされてるよ」 「だったら、知未さんをとっくに調教部屋に連行してるんじゃないですか」 「・・・・・」 「あれは星斗さんの状況にかこつけて、おじ様は知未さんを守りたかったんだと思います」 「・・・・・」 「あの人はそんなことしないよ」 「しますよ。 人生で、唯一愛した相手との間に出来た大切な子供なんですから。 どれだけ、知未さんのことを大切に思ってらっしゃるか。 星斗さんのことで、知未さんと揉めた時だって、かなり反省していらっしゃたんですよ。 だから、星斗さんの事をもう一度、自分の目で確かめてみるとおっしゃられて」 「・・・・・」 「知未さんは、おじ様のことを悪く思いすぎです」 「・・・・・」 そんな事を言われても、俺は母を泣かせたあの夜の出来事は忘れない。 「知未さん」 「ん?」 「私にとってもこれはチャンスなんです。 一度、断られた位で諦めるつもりはありません」 「・・・・・」 「知未さんの愛は全て星斗さんに捧げてくださって結構です。 私には一ミリもいりません。 お二人の仲を邪魔するつもりもありません。 但し、私に居場所を与えてください。 そしたら、知未さんの要求を全て飲みます。 こんな都合の良い愛人になれるのは、私しかいないんじゃありませんか」 「・・・・・」

ともだちにシェアしよう!