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決断

ダイナミクス性の専門医、寺西がクリニックでの午前の診察時間を終えて、昼休憩を迎えていた。 「・・・お前なっ!」 眞門が昼食代わりの土産に持ってきた特上うな重を応接室で頬張りながら、寺西が眞門を叱った。 「・・・すまない」 眞門はしゅんとする。 眞門は今の自分の身に起こっている状況、マスターである父親を持つこと、星斗と離れて暮らすことになったことなど、全てを包み隠さずに寺西に打ち明けた。 「どうするつもりだっ、もし、発症してたらっ。 なんで、薬をもらいに来た時に相談しなかったんだっ!」 「あの時は気づいてなかったんだよ。 あの時はただ、Dom性をなんとか抑えつけたかっただけなんだ。 なあ、俺、どうすれば良い?」 「分からん」 「・・・は? お前、今、なんで相談しなかったんだって言ったじゃないかっ!」 「だって、発症してる可能性があったら、お前のことを隔離しなきゃいけなかったから、医者の立場としては・・・」 「・・・・・」 そっちかよ。 親友としての心配じゃないのかよ・・・っ。 「てか、マスターって本当にいるんだ。 あれ、都市伝説なんだとずっと思ってたわ・・・」 「まあな、数が圧倒的に少ないしな。 うちの父も後継者をなかなか見つけられなくて焦ってるよ」 眞門もうな重を口に運ぼうとするが、やはり箸が進まない。 「・・・なあ」 「ん?」 「検査とかで発症しているかどうか分からないのか? 後、治療法も」 「ないな」 「じゃあ、どうやったら、発症してるかどうか分かんだよ」 「Playしてみるしかないだろうな」 「マジか・・・。 じゃあ、確かめるために試したら、星斗をサブドロさせる可能性があるのか」 「でも、しなきゃ、しなきゃで、今度はお前も星斗クンも心の安定が図れなくなるからな。 いつまでも抑制剤に頼れないし。 てか、お前自身、本当に分かんないのか?」 「ああ。 俺の中にもう一人のDomがいるみたいなんだ。 気づいたら、そいつに乗っ取られてる、そんな感じなんだ。 それが症状なのか、どうかなのか・・・。 てか、マジで、父が言うように、八方塞がりだな・・・」 「Domが起こすサブドロの禁断症状については、研究が丸っきり進んでいないの現状だからな。 そもそも、発症させる確率はかなり低いし、したらしたで、お尋ね者みたいな生活だしな。 闇夜に紛れて、Subを犠牲にして生き続けるか、ムショ暮らしになって、やがて禁断症状に苛まされて精神が参ってしまうか、罪の重さによっては最悪、極刑。 発症してたら、どっちにしても行き止まりだ」 「・・・・・」 眞門は望みがない、そんな思いから表情を落とした。 「・・・なんで、星斗が手に入ったと思ったら、こんなことが待ってんだよ・・・。 星斗に約束したのに、問題なく、一緒に暮らそうなって約束したのに。 最後ぐらい、星斗の良いご主人様になってやりたかったなー」 「お前な、最悪、自分が死ぬかもしれない人生が待っているっていうのに、怖くないのか?」 「別に・・・。 星斗と生きれないなら、先のことなんてもうどうでもいいよ。 てか、清々すると思う。 これでやっと、Domの人生から解放されると思うとさ・・・」 「眞門・・・」 「星斗がいるから、Domの喜びが味わえるんだ。 星斗と別れることになるなら、後のことなんかどうでも良い」 「じゃあ、渋谷さんはどうするんだ?」 「・・・・・」 「お前がいなくなったら、渋谷さんは間違いなく、お前の後を追うぞ。 俺も医者の立場から見て、確かに、渋谷さんの依存度は少し度が超えてると思う。 サブドロされた相手とよりを戻すなんて普通はありえない。 それだけ、渋谷さんはお前以外見えていないんだよ」 「・・・・・」 「俺も、お前のお父さんが言ってることが正しいと思う」 「やめてくれよっ! お前まで、愛人作れって言うのかっ」 「言うよ、今の時間帯はお前の親友なんだ。 お前に悲惨な最後なんか迎えて欲しくない」 「・・・・・」 「医者の立場なら、とっくに隔離病院に連行して、お前がおかしな行動をとらないか様子を見守ってるよ」 「・・・・・」 「渋谷さんなら、分かってくれるよ、お前の苦しい選択を」 「・・・・・」 「なあ、愛し方って色々な形があると思うんだ。 正しい愛し方の正解はひとつじゃない」 「・・・・・」 「お前たちはDomとSubだ。 Normalみたいな生き方が正しいなんて思わなくて良い。 しかも渋谷さんは幸いなことにSubだ。 傷つけられることには耐久性を持ってる」 「・・・・・」 「本当に渋谷さんのことを大切に思っているなら、甘いこと言ってないで、正しい選択をしろ」 「・・・・・」 ※  ※ 寺西の昼休みが終わると、眞門は駐車場に止めてあった愛車に戻って来た。 「なんだよ、正しい選択って・・・どうすることが正しい選択なんだよ・・・っ」と、眞門はぼやく。 答えに迷った眞門はグローブボックス(ダッシュボードの収納スペース)を開けると、星斗に贈るつもりで作った首輪(カラー)が入った箱を取りだす。 首輪(カラー)の革の裏に印字された文字をじっと見つめる。 【All My Love is Dedicated to You(すべての愛をあなたにささげる)】 この言葉に嘘偽りはない。 星斗になら、なんでも捧げてやる。 だとしたら、俺が捧げなきゃいけないものはなんだ・・・? 俺の気持ちなんかどうでも良いってことか。 愛人を作りたくないなんて、俺のエゴだ。 俺は父みたいなDomになりたくなかった。 Normalと分かってる母と結婚して、愛人も作って、なのに、母をあんな酷い仕打ち(Play)にした。 俺も同じになることがイヤなだけだ。 でも、俺がそれを選択しても、星斗が幸せなら、それが正しいってことなんだよな。 星斗の幸せってなんだ? 俺の全てを捧げるってなんだ? 眞門はスマホを取り出すと、ダイヤルを発信する。 そして、相手に向かって、話す。 「・・・雫ちゃん。 いきなりで悪いんだけど、あの事で前向きに検討したいから、星斗には内緒でふたりでもう一度会ってくれないかな?」

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