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"マスター"の弟②
「どうもすみません、こんな夜遅くに」
そうは言ったものの、明生は眞門を前にして、ソファでふんぞり返る体勢で足を組み、敵意むき出しの目で眞門を見つめていた。
「・・・コーヒーで良かったかな」
眞門はそう言うと、明生の前にコーヒーが入ったコーヒーカップを差し出す。
眞門の仕事が終わった後でも良いので、ふたりきりで話がしたい、と、明生が眞門に直接、コンタクトを取ってきた。
眞門は、ついに明生クンが乗り込んでくる日が来たか、と覚悟し、了承すると、早速その夜に、眞門の部屋で会うことが決まった。
「なんだい、話って」
「早く、腹を括ってもらえませんか」
「なんだよ、いきなり」
「兄貴と今すぐPlayしてください」
「!? どうして?」
「あんたが発症してるかどうかを確かめる為です。
いつもまで、こんな宙ぶらりんにしておけるわけないでしょう」
「・・・・・」
明生は自分の鞄から、黒の革のショルダーリード(肩にかけるタイプ)を取り出すと、机の上に置いた。
「これ、使ってください」
「・・・・・」
「笹ノ間さんから教えてもらったんです。
リードをつけてPlayすると、Domは幾分、心が安定するらしいです」
「・・・・・」
明生の狙いは一体、なんだ?と、眞門は戸惑う。
眞門の症状が分からない中でPlayすることは、星斗を危険な目に遭わすからだ。
「どこまで話を聞いてる? 俺はキミの兄さんのことを・・・」
「大丈夫です。
兄貴は死ぬことはありませんから。
俺が暗示をかけたんで」
ふんぞり返った姿勢を正すと、明生は机に手を突いて、眞門にグイっと顔を近づける。
そして、挑発するな目つきになると、
「あんたを殺すように暗示をかけました」と、まるで脅すかのように口にした。
眞門はその表情から、明生の悪ふざけではないことを感じ取った。
明生はまた足を組んで、ふんぞり返るようにソファの背にもたれると、
「あなたがSub dropを起こそうとして、兄貴が死ぬかもしれない、そう感じたら、兄貴は自動的に即、Safe wordを口にするように俺が暗示をかけておきました」
と、続けた。
「Safe wordの威力は知ってますか?」
「ああ」
「じゃあ、説明しなくても分かりますよね。
あなたが兄貴をSub dropさせようとすればするほど、あなたは同じくらいか、もしくは倍以上の返り討ちに遭うことになる。
殺されるのは、うちの兄貴じゃない。
あなただ」
「・・・・・」
「どうです? 初めて、兄貴の気持ちが分かったでしょう?」
「・・・・・」
「困るんですよ、兄貴の人生をめちゃくちゃにした上に、雫の人生までめちゃくちゃにしようとするなんて」
「・・・・・」
「あんたのせいで、ふたりの人生がめちゃくちゃだ。
責任とるべきなのはあなたなはずでしょ?」
「・・・・・」
「兄貴はあなたに殺されるかもしれない、愛人がいる生活を死ぬまで強いられるかもしれない、そんな中でもあなたといることを選びました。
あなたはどうです?
兄貴に殺されるかもしれない。
それでも、兄貴を選びますか?
怖いと少しでも思ったなら、さっさと別れてもらえませんか」
明生が眞門を試すように見つめる。
「・・・ありがとう」
眞門はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「明生クンがマスターで良かったよ。
俺にこんな条件の良い選択肢を与えてくれるなんて、さすが、マスターだ。
本当に嬉しい・・・本当に嬉しいよ。
やっと、自分のする事に迷いがなくなった。
発症してたら、星斗を殺さずに済む。
してなかったら、星斗とまたやり直せる。
俺はどっちにしても、星斗に全てを捧げる事ができる。
俺が一番欲しかった答えだ」
あっさり決断した眞門に、明生は少し呆気に取られた。
「・・・そうですか。なら、早くお願いしますね」
明生はソファから立ち上がった。
「あ、そうだ。
首輪は自分で用意してください。
最後のPlayになるかもしれないんで」
明生はそう言い残すと、部屋から出て行こうとする。
「あのさっ、もし、俺に何かあった時は、星斗のことを頼めるんだよね?」
「勿論、俺はそのつもりで師匠に弟子入りしたんで。
時間がいくらかかっても、どんな酷い調教を施すことになっても、兄貴の頭の中からあなたの記憶を全部消すつもりです」
「ありがとう。星斗は本当に良い弟を持ったな」
「・・・それじゃあ」
「もし、発症してなかった時は、今度からはお義兄 さんって呼んでね」
「・・・それは、その時になってから考えます」
明生はそう言うと、部屋から出た。
明生は部屋を出ると、
「なんで、あんな喜んでんだ・・・?
親子揃って、頭がイカれてんのか?
てか、とても禁断症状を発症してるDomには思えないんだけど・・・」
と、戸惑いを隠せずに小さく呟いた。
眞門は明生が机の上に置いていったリードを何も迷う事なく手に取ると、自分が何をすべきか、ようやく見えた気がした。
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