212 / 311

裏切り

「ここは・・・?」 星斗と眞門が拓未に連れてこられたのは、五階にある調教部屋ではなく、三階のフロアにある一室だった。 ふたりが通された部屋は、正にシティホテルのダブルルームといった様式の室内で、それが一目で分かるように、部屋の真ん中にダブルサイズのベッドがひとつ置かれており、部屋の脇には、コンパクトなテーブルとそれに合わすようにひじ掛けの付いたラウンジチェアがふたつ置かれていた。 「生憎、あの調教部屋は私専用だ。あの部屋は私の為に作った。私の為だけの道具も揃ってある。たとえ息子でもそれを使わせるわけにはいかない。 だから、この部屋を使うと良い。 この部屋は、上の階の『Play Room』でPlayを楽しんだ後、まだ興奮冷めやらぬカップルの為に、アフターケアとして使用してもらう為に提供している部屋だ」 拓未は、二人を通した部屋をそう説明した。 数日間、拓未の家で暮らしてきた星斗だったが、このビルの三階のフロアが何のために空きフロアとして存在していたのか、この時、初めて知った。 「知未の要望に応えてあげれなくてすまないね。但し、この部屋にも監視カメラはちゃんと設置してある」 そう言うと、拓未は室内の奥の隅の上の方に設置されてあるカメラを指さした。 拓未が指さしたカメラは特に隠される様子もなく、むしろ、目につくような分かりやすい位置に堂々と設置されてある。 「DomSubのカップルが使う部屋だからね、何か良からぬことが起きてからじゃまずいだろう?  だから、敢えて、カメラは目につくように設置してあるんだ。 勿論、本物だよ。ダミーじゃない。 何かあったら、警察に全てを提出するつもりだ。 だから、わざと目につくように設置してある。犯罪の抑止力も兼ねてね」 拓未は監視カメラがこの室内に取り付けられてある理由をそう説明した。 拓未は眞門をどこか懐疑的な目で見ると、 「しかし、お前はこの部屋じゃ不満だったろう。Subを調教出来るような道具が一切ないこの部屋は。私の道具を星斗クンに存分に使いたかっただろう?」 と、挑発的に話しかけた。 拓未のその口ぶりは、「お前のことは信用していない」、そんな口ぶりにも聞こえた。 しかし、 「いいえ、父さん、感謝します。俺に道具はいりません。俺は道具を使うのが嫌いなんですよ。愛するSubに道具を使うなんて邪道なDomがすることです」 と、眞門は挑発に乗るどころか、逆に拓未を苛つかせるような文言で切り返した。 「・・・・・」 Domの気の荒さから、拓未は明らかにムッとした顔を露骨に浮かべた。 「何か?」 Dom性に飲みこまれている眞門は負けん気の強さで、更に煽る。 「いいや。 ただ、お前が私の前で堂々としているのが不思議だなと思って。いつもなら、ガミガミと怯えたように口答えばかりしてくる息子なのに・・・今はまるで、"Dom"を相手にしてるみたいだ」 拓未は意味ありげにそう告げると、今度は星斗に視線を移した。 「星斗クン、室内の様子は私と明生クンでちゃんと監視してるからね」 拓未は、星斗をあたかも安心させるような言葉を残すと、二人を残して、早々と部屋を出て行った。 拓未が部屋から出てくると、星斗と顔を合わせ辛いせいで、廊下で待機していた明生と合流する。 「変だ」 拓未は二人を残した部屋を出てくるなり、明生に向かってそう告げる。 「変?」 「ああ。知未の様子がおかしいんだ」 「どこがですか?」 「それがうまくは説明できれば良いんだが・・・とにかく、変なんだ・・・」 「だから、どんなふうにですか?」 「例えば、私がとても分かりやすい嫌味を言ったのに、いつものように言い返してこなかった。 いつもの知未なら『父さんと同じにしないでくださいっ!』って、吠えるように返してくるはずなんだ。 なのに・・・」 マスターの能力か、それとも血の繋がった親子だからか、拓未は眞門の異変を感じ取っていた。 「あの態度・・・」 「態度?」 「堂々としているんだ。 まさに、見るからにDomと言った感じだ。 知未は成長期を迎えた頃から、私の前では、どこか怯えたような、ビクついた態度を取ってしまうようになったんだ。 だから、私が言うことに一々ムキになって言い返すようになってしまったんだと思う。 小さい犬ほどよく吠えるってやつだよ。 同じDom性としてマスターである私のことを本能的に畏怖に感じてしまうんだろう。 なのに、今のあいつは私を全く怖がっていない」 「えっ、じゃあ・・・それって症状が出てるってことじゃ!? ふたりきりにしてて大丈夫なんですか!?」 「とりあえず、今はあいつがどんな行動を取ろうとしているのか、その様子を見守ろう。部屋にはカメラもあるし、星斗クンのことはそれで監視してれば心配ない」 拓未は明生をそう説得すると、明生を連れて、監視カメラの映像がリアルタイムで見れる部屋へと向かった。

ともだちにシェアしよう!