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帰還③
「でも、Sub dropが起きてしまった時は、あいつのDom性が暴走している時に起きたじゃないのかい?」
星斗の軽すぎる考えに、拓未は注意を促す意図も込めて、改めて問いかける。
「そうです。でも、あれは、俺が頑なに別れる決心をしていて、でも、知未さんはそれを絶対に受け入れてくれなくて・・・お互いの意思疎通が上手くいってなかった時に起こったんです。
そもそも、知未さんのDom性の暴走が大きくなっていく時って、俺が知未さんの言うことに素直に従わないからなんです。
だから、あの時は、それが延々と続いていたんで、それさえなければ大丈夫なんじゃないかと思っています」
「君は本当に軽く言ってのけるね・・・とても、Sub dropを経験したSubとは思えないよ。それじゃあ、そんな経験をしているのに、あの知未が怖くないんだね?」
拓未は念を押すように確認する。
「はい、全く」
「まるで、人格が変わる、みたいなのにか?」
「え?」
星斗は耳を疑った。
眞門にそのようなことが起こっているとは今まで全く感じたことがなかったからだ。
「人格が変わる・・・ですか?」
ポカンとする星斗を尻目に、拓未は表情を落とす。
星斗はその表情から、また、イヤな予感しかしない。
「・・・あの、まさか、それがSub drop症候群なんですか!?」
星斗は焦った。
質問しておきながら、そうでないと言って欲しい。
そう祈った。
「いいや」
拓未は応えるように、すぐに首を大きく横に振った。
「良かったー」
星斗は大きく安堵する。
「・・・えっ、じゃあ、俺達は元に戻れ・・・」
星斗がそこまで言うと、
「ただ、問題がないとは言い切れない」
と、星斗の喜ぶ気持ちを拓未はすぐに打ち消した。
「知未に何が起こっているか、その症状が分からないんだ」
「へ?」
拓未の真剣な表情に、星斗はただ事ではないことを悟る。
「Play中にDom性が暴走して、人格が変わるなんて話を今の今まで、一度も聞いたことがない」
そう断言した拓未の顔はとても苦悩に満ちている。
「星斗クンは何の問題ないと思っているかもしれないが、そんな単純な話じゃないんだ。
もし、キミがこの先、知未の言いつけを守れなくなった時は?
その時は、キミも知未も無事じゃいられないはずだ」
「そんな・・・俺達・・・嘘ですよね・・・」
星斗はひどいショックを受けた。
拓未が話そうとしているその先がなんとなく分かってしまったからだ。
知未さんはSub drop症候群じゃなかった。
なのに、何も喜べないなんてっ!
いや、新しい問題が発覚して、更に最悪な展開になってる。
多分、お父様が俺とふたりきりで話がしたいと言ってきたのはそういうことだ。
俺に悲しい結末を伝える為。
俺たちはもう二度と元には戻れない。
星斗はそう悲観し、絶望に打ちひしがれた。
「星斗クン」
拓未はとてもかしこまった表情を作る。
「君には本当にすまないが、私のわがままをどうか聞き入れてはくれないかい」
星斗は覚悟した。
今にも溢れそうな涙に耐えながら、覚悟する。
「別れて欲しい」と、告げられることに。
「なんですか?」
「知未のことを守ってやってくれないか」
「・・・へ?」
予想と反した言葉に、星斗は拍子抜けする。
「私に時間を作って欲しいんだ。知未の身に一体、何が起きているのか、その原因を探る時間を私に作って欲しい」
そう言うと、拓未は星斗に向かって、しばしの間、頭を下げた。
「私はマスターのくせに、Subのキミにとんでもないことをお願いしてる。
こんなこと、最もしてはいけない申し出だ。
キミに命の危険が迫るかもしれない。
こんなことは良策でないことは重々承知している。
けど、私はあいつを救いたい。
父親として、あいつを何としても救いたい」
拓未の熱い気持ちに打たれ、星斗はとりあえず黙って、耳を傾ける。
「先程のキミの話を聞く限り、あいつが暴走した時にそれをあやすことが出来るのは星斗クンしかいないことが分かった。
だから、あいつが暴走しそうになったら、それを防いでやってはもえられないだろうか。
キミの身を挺すことになって申し訳ないが、その代り、必ず原因は突きとめるから、あいつを守ってやってはくれないか」
拓未はまた、頭を深く下げた。
星斗は別れずに済むんだ。
そう安堵すると、拓未の言葉はあまり耳に入ってこなかった。
拓未の重い言葉よりも、星斗には一番気がかりなことがあった。
「・・・ひとつ、条件を出してもいいですか」
「なんだい?」
そう言うと、拓未は頭を上げて、星斗を見つめた。
「俺たちを元の生活に戻してもらえませんか」
「・・・・・」
「俺たちを元の生活に戻してください」
「・・・・・」
拓未はすぐには賛同出来なかった。
「先程、私が言ったことは分かっているね? ふたりきりの生活に戻ると、キミは危険な状態と常に隣り合わせだ」
「はい」
「それでも戻りたいんだね?」
「はい。
生意気なことを言うようですけど、俺は絶対的な自信があるんです。
知未さんはどんな状態になっても俺を絶対に傷つけないって。
それに俺も知未さんを守り切る自信があります。
知未さんになら、何されたって良いっていつも思っていますから。
だから、俺のことを信じてもらえませんか」
星斗は拓未をじっと見つめた。
その目に信念を感じた拓未は、
「・・・分かった」
と、星斗の思いを尊重した。
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