221 / 311

帰還④

「本当に良いのか?」 家路に向かって愛車を運転する眞門が、助手席にいる星斗にそう尋ねると、複雑な表情を浮かべる。 「何がですか? 何も問題ありませんよ」 けろっと言い切る星斗に、眞門はまた渋い顔をする。 丸一日眠り込んでいた眞門が目を覚ましたその夜に、星斗は、眞門と共に眞門の自宅へ帰ることにした。 「でもな・・・」 眞門は、星斗を連れて帰ることをまだ渋っていた。 眞門が自然と目を覚ますと、当然のように拓未に呼ばれ、星斗とのPlayの一部始終を観察した結果を聞かされた。 『Sub drop症候群の可能性は低い。が、問題はある。Play中に人格が変わってしまうなんて症状は今まで聞いたことがない。一刻も早く原因を究明して、治さないと危険だろう』 自分の変わった症状をそう伝えられたが、眞門の中ではしっくりとくる答えではなかった。 『人格が変わってしまう』 そう言われても、自分の中にある感覚としては、そういう実感は全くなかった。 ただ、抑えきれない何かが溢れ出してきて、どうすることも出来なくなる。 全てがそれに飲まれてしまう。 そんな感覚に近い。 暴走している時も、星斗にどんな行為を行っているのか、きちんと記憶している。 昨日のPlayだって、星斗の恥ずかしいところを父親や明生にわざと見せつけたこと記憶も残っている。 ああなると、見境がなくなる。 やりたいようにしてしまう。 正直、とても気分が良いからだ。 昨日もそうだった。 「俺のこんな可愛いSubのどこが色気のないSubだって!」 以前、星斗を侮辱した父にそう言って見せつけてやりたい、そう思ってあんなことをした。 Playになると、急におねだりを始める星斗の可愛げを自慢したくなって我慢できなかった。 勿論、星斗にもお仕置きを兼ねた。 俺以外のDomのことを考えるなんて、絶対に許さない。 今度同じことをしたら、又こうやって、大勢の前で犯す。 「知未さんしかいらない」 そう泣き叫ぶまで犯す。 そういう躾だった。 そんな自己中心の欲望にまみれたDomに支配されている時間はすごく気分が良い。 なのに。 感情が落ち着いている時は、星斗の幸せだけを優先させてやりたいと本気で思ってしまう。 俺が与える幸せで、星斗がニコニコと幸せそうにしている時間は、俺も格別に幸せな気持ちになってしまう。 例えば、とても満足そうに特上のうな重を頬張っている星斗の姿はめちゃくちゃ可愛いし、こっちまで幸せな気分に浸れてしまう。 本当に、「これで充分だ」。 いつも思う。 これだけで良い。 素直に思える。 嘘じゃない。 そんな星斗を側で見ていられるだけで、Domに生まれてきた喜びを最高に感じられるからだ。 なのに。 気がつくと、Domに飲みこまれている。 自分ではどうすることも出来なくなる。 これって、父が言う通り、やはり、もう一人の人格が現れているっていうことなのだろうか・・・? なら。 怖い。 恐怖しかない。 Domに飲みこまれて制御不能になった時、星斗を失ってしまう事故を起こすことは容易に想像できるからだ。 俺は星斗を失うことが一番怖い。 俺は父の言いつけを守り、なるべく早く、この症状を治すべきなのだろう。 そうじゃないと、俺は安心して、星斗の側にはいられない。 「・・・あのさ、当分、Playは控えめにしような」 眞門は不安な気持ちからそう切り出す。 「Domの俺がこんな不安定じゃさ・・・」 眞門は、拓未から自身の症状の説明を受けた際、すぐに、今のままの生活を送りたいと拓未に願い出た。 星斗は拓未に預けたまま。 眞門が時々訪ね、Playの時には拓未に監視された中で行う。 それが星斗を失わない一番の良策だと思ったからだ。 しかし、星斗がそれを頑なに受け入れなかった。 これ以上、離ればなれの生活が続くなんて考えられないと主張し、眞門の提案を頑として受け入れない。 しかし、星斗がいくらそう主張しても、マスターである拓未は自分の味方をしてくれるだろう。 眞門はそう高を括っていた。 が、意外にも拓未は星斗に味方した。 Sub drop症候群ではない以上、DomSubカップルは一緒にいる方がやはり一番良いだろうと、拓未はそう主張して、星斗の味方に付いた。 眞門は裏で星斗と拓未が取引を交わしていたことを知らずにいた。 拓未が味方してくれない以上、星斗をいつまでも拓未に預けておくわけにもいかなくなったので、不安が残る中、渋々、星斗を連れて帰ることにした。

ともだちにシェアしよう!