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荒療治
「・・・父さん。あんなところに連れて行くだなんて・・・本当に大丈夫でしょうか?」
星斗に会話を聞かれたくないのか、眞門はスマホを持って自宅のルーフバルコニーへ出ると、通話相手の父の拓未に向かってそう問いかけ、悩める顔を浮かべた。
『ちょうど良かったじゃないか。温泉旅行に行く計画をしていたんだろう。なら、うってつけの場所じゃないか』
「そうですけど・・・」
眞門は悩める顔をさらに濃くすると、「星斗はNormal性が行くような・・・楽しいおもてなしがいっぱいに詰まった温泉旅館に行きたいんですよ。なのに、まさか、あんな・・・卑猥な旅館に連れて行くだなんて・・・」と、不安を口にする。
『何を言ってる! DomSubのカップルにとったら、あそこは最高のアミューズメントじゃないかっ!』
「いや・・・」
眞門は同意しかねるように首を捻った。
『それに良い荒療治にもなるはずだ』
「・・・まあ、それはそうだと思いますけど・・・」
『星斗クンの父親が指摘したことが要因で、お前がDomの欲求のコントロールを失ってしまうというのなら、あの旅館に行ってみる価値はあるんじゃないか? まだ本当の原因がつかめない以上、お前の症状がいつ治るとも限らないんだし』
あれだけ毛嫌いしていた父の存在が今ではすっかり悩める眞門の良き相談相手となっている。
「ですが、星斗が心開かずに傷つくだけで終われば、本末転倒じゃないかと・・・」
『しかしどっちにしろ、星斗クンのことにしたって、このままにしておくわけにはいかないだろう。お前が閉じ込めたSubの欲望を少しでも早く解放してやらないと。一番苦しむのは、星斗クンとお前なんだぞ。そして、それが出来るのはお前だけなんだし。そのついでにお前のDomのコントロールも出来る様になれば、一石二鳥じゃないか』
「そうなんですけど・・・でも、あの温泉旅館に連れて行くのは、やっぱりまだ早いんじゃないかと・・・」
『全く、煮え切らないDomだなっ、お前はっ! リードを繋がれる悦びが分かり出してるSubに心配など無用だ。星斗クンにもそろそろ、それなりの耐性や悦びを教えてやらんと』
「まあ、そうなんですけどね・・・」
あまり乗り気ではない眞門を見かねた拓未。
『・・・あーっ、全く、いつまでも世話のかかる息子だなっ、・・・分かった! 私が今すぐにお前らに適した旅館を選んで予約しおいてやるから。そこにふたりで行ってきなさいっ!』
「いや、待ってください、まだ心の準備が・・・っ!」
『Domにそんなものは必要ないっ! 私も忙しいんだから。じゃあ、切るぞ』
拓未はすぐに通話を切った。
「大丈夫かな、本当に・・・」
眞門の悩みは以前として解消されてはいない。
星斗を青司には奪わせない。
そして、星斗との将来を確実なものにする。
そう誓った眞門は、星斗にしてしまった自分の過ちを正すべく、父としてではなく、マスターとしての拓未に相談を持ち掛けた。
拓未は、マスターの立場として、ある案を勧めてきた。
それは、ダイナミクス性者だけの為に作られた秘密の温泉旅館を訪れてみること。
それらの温泉旅館は全国各地の有名温泉場になら必ず存在するという、Normal性には決して知られてはいけない秘密の温泉宿。
その温泉旅館で宿泊してくることが、またとない荒療治になると拓未 に強く勧められたのだ。
ダイナミクス性者の為に作られた温泉旅館。
そう言うと聞こえは良いが、本質はPlayを楽しむためにだけ作られた温泉旅館。
Normal性者のように、寛ぎに行く場所でも食事を楽しみに行くところでもない。
ただ、Playを楽しむ為に存在する旅館。
それはつまり、Normal性から見ると、ただの卑猥な温泉旅館に映る。
それが眞門の懸念だった。
Normal性育ちの星斗が受けるカルチャーショックを考えてやると、あの旅館で平然と宿泊することなんて出来るだろうか?
しかも、そういう場には独自のルールが存在している。
多分、そのルールも知らないだろう。
眞門が不安を抱えていると、眞門のスマホが着信を知らせる。
拓未だ。
「はい」と、通話に出る眞門。
『たった今予約しておいたぞ。初心者のカップルにおすすめの艶々温泉旅館だ。まずはここに行ってみなさい。二泊三日で宿を押えておいたから。それじゃあ、存分に楽しんできなさい』
拓未は用件だけ伝えると、また勝手に通話を切った。
「あ、だから、ちょっと待ってくださいって・・・っ! 参ったな、強引で・・・」
眞門は軽くため息をつく。
・・・俺の悩みはいつになったら、解消されるのだろう。
雲一つない晴れ渡った青空に憧れを抱いてしまう眞門だった。
※ ※
そして、温泉旅行に出発する、その日を迎えた。
星斗は眞門の愛車の助手席に乗り込むと、楽しみを目一杯に浮かべて瞳をキラキラと輝かせる。
「知未さん、今夜はふたりで初しっぽりですね!」
「・・・・・」
眞門は表情を強張らせる。
「知未さん・・・?」
「先に謝っておくね。今夜、泊る旅館は星斗が想像しているような温泉旅館じゃないんだ」
「へ・・・? でも、お父様からのプレゼントだって」
「うん、それはそうなんだよ。だから、詳しいことはあえて説明しなかったんだ・・・。騙してごめん。ほら、前に言ったよね? うちの父は普通じゃないって」
「はい・・・。けど、俺はとっても素敵な方だと思ってますし、大好きですよ」
「それも今日までかもしれない」
「え?!」
「何かイヤなことがあったら、全部、うちの父親が悪いってことで」
これから起きるかもしれない悪いことの全ては拓未のせいだとなすり付けて、眞門はエンジンをかけた。
「え、どういうことですか!?」
「行けば分るよ」
星斗の戸惑いを無視して、眞門は愛車を発進させた。
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