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いざ、温泉旅館へ!②

入ると、ホテルで言うならラウンジに当たると思われる、二間程が繋がった大きな和式の部屋へとまずは案内された。 畳敷の上に、木製のテーブルと赤茶色の革張りソファで構成した、和洋折衷を織り交ぜた和モダン風の洒落た室内で、入ると真正面にある大きな窓ガラスからは、当旅館の自慢だと言わんばかりの、きちんと手入れの行き届いた和式の庭園の中庭が絵画のように眺めることが出来た。 女将と思われる女性は、ふたりを近くのソファに座るよう、促す。 ふたりが並んで着席すると、「この度は当旅館にお越しくださり誠にありがとうございます。当旅館の女将でございます」と、やはり女将だったようで、正座をして、ふたりに向けて丁寧に挨拶をした。 このような格式のある旅館に宿泊経験がない星斗は初めて経験する丁重な振る舞いにあたふたとした。 「初めてお目に掛かります。拓未様のご子息の知未様でいらっしゃいますか?」と、女将。 「はい」 「道理で、目元の辺りがそっくりでいらして。いつもお父様には大変お世話になっておりまして、感謝しております」 良くある挨拶を済ませると、女将は星斗の首輪をチラっと横目で確認する。 「そちらの方はパートナーの方でございますか?」 「はい。婚約者です」 そう紹介されて、星斗は思わずデレっとにやけてしまう。 「そうですか。それはおめでとうございます。お式は近いんですの?」 「いえ、まだ。今は婚約期間を楽しんでいるところなんです」 「そうですか。それで当旅館にお越しいただいたわけですね。ありがとうございます。あの、それでは、拓未様からは普通の客室でと仰せられているのですが、よろしければ、本日は特別客室の方が空いておりますので、そちらをご用意致しましょうか?」 特別客室!? 星斗はその響きを聞いて、色めき立つ。 「いえ、今回は普通の客室でお願いします」 どうして!? この旅館の特別室なら絶対に豪華絢爛なはずじゃん! 星斗はしょんぼりとする。 「・・・あの、本当におよろしいんですか?」 女将が星斗の反応を見て、もう一度確かめる。 「はい。普通の客室でお願いします」 眞門は念を押すように強い口調で告げると、星斗はブスっとした顔を浮かべた。 「かしこまりました。それでは、本日はお客様が少ないので、奥の部屋にしておきますね」 「よろしくお願いします」 「それではお手数ですが、宿帳の方にご記入をお願いします」 女将がそう言い終えると、若い男の仲居が飲み物が入ったグラスをふたつ運んできた。 「!」 星斗はその若い男の仲居の顔を見て、整った顔をしていると思った。 見た目は星斗と同い年くらいで、とても爽やかな印象を与える顔立ちで、仕事柄か清潔感もある。 「本日はお越しくださりありがとうごいます。当旅館のウェルカムドリンクでございます」 イケメン仲居は、そう言って、二人の前にトロピカルな色をした飲み物を置いた。 「諒。こちら、拓未様のご子息の知未様よ。挨拶させてもらいなさい」 女将がそのイケメン仲居に向かってそう伝える。 「うちの次男なんです」 そして、女将はイケメン仲居を自身の息子だと眞門に紹介した。 「(りょう)と言います。拓未様にはいつもお世話になっております、今後ともよろしくお願いします」 諒と名乗ったイケメン仲居はそう言って、頭を下げた。 「こちらこそ、この度はお世話になります。どうぞよろしくお願いします」と、眞門。 「それではお荷物を先にお部屋の方へ運んでおきますね」 諒はそう言うと、星斗と眞門の手荷物を手に取って、一礼して去っていった。 「あの方が今度はここをお継になられるんですか?」と、眞門。 「いいえ。まだ大学生でして。今は休みなもので、手伝ってくれているんです」 「そうなんですか。とても孝行な息子さんですね」 「とんでもないっ」 星斗は隣で、眞門の一連の会話の様子を眺めながら、眞門に感心していた。 知未さんって、当たり前だけど、社会に出てきちんと働いてる、立派な肩書を持ってる人なんだよな。 こういう場でも、俺とは違って、びくつかずに大人の余裕で対話を楽しんでて。 なのに、二人きりの時にはどうして子供みたいな意地悪しかしてこなくなるんだろう・・・?  同じ人とは思えないよ。 星斗が不思議そうな顔で眞門を見ていると、「どうかした?」と、星斗に問いかけてきた。 「いえ・・・」 なぜか、今、心で思ってしまったことは秘密のままにしておこうと星斗は思った。 眞門は途中になっていた宿帳に、再度、記入し始めた。 眞門が宿帳に記入する時間を待っている間、星斗はあるものに興味を引かれた。 それは、諒が運んできた、格式高い温泉旅館にはどうやっても似合わないトロピカルな色をしたウェルカムドリンクだ。 こんな似つかわしくないものを堂々と出してくるなんて、相当味に自信があるってことなんじゃない??? 絶対、美味しいに決まってるっ! そんな気がしてならない星斗は、「いただきます」と、小さく声にすると、ストローをさして、ウェルカムドリンクを一口、口にしてみる。 うまいっ! 思った通りだ! トロピカルな色の通り、何かの果汁のような味がする。 パイナップル? マンゴー? ハパイヤ? 何かまでは分からないけど、甘みと酸味が絶妙だ。 さすが、格式高い老舗旅館のウェルカムドリンクっ! 星斗はその美味しさのあまり、あっという間に飲み干してしまった。 眞門が宿帳の記入を終えると、「・・・あっ!」と、空になった星斗のグラスを見て小さく驚く。 「全部飲んだの?」 「はい」 何かいけなかったのか? 星斗はキョトンとする。 眞門は星斗の耳元に顔を寄せると、「これ、精力剤だよ」と、小さい声で教える。 「!」 「後でだんだん効いてくるよ。知らないよ~。今夜が凄い事になっても〜」 眞門は意地悪に囁くと、ニタっと悪い顔をした。

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