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第3話
「おや……?」
郡司が生徒のいなくなった教室の点検をしていると、先程雪が使っていた机にペンが置いてあることに気が付く。
少し高そうなペンだが見る限りかなり使い古しているようで、大切に使っているのが感じ取れた。
腕時計を確認するが、これから会議がある為、届けに行く時間がない。
郡司も雪は他の生徒と比べ風変わりであることは理解しているし、人とつるんでいる姿は見たことがないから誰かに頼むのも気が引けた。
けれど、ペンがないことに気が付いて困り果てた雪の姿を想像すると胸が痛くなる。
困った、と悩んでいるところで教室の扉が開いた。
「あ、郡司先生! おはようござい……どうしたんですか?」
自分は相当困った顔をしていたのか、鴫原陽 は挨拶を中断してアーモンド型の瞳を瞬かせる。
理学部天文学科の生徒で、自分とは殆ど関りがないはずなのに、いつもすれ違うたびに元気な挨拶をしてくれる快活な生徒だ。
その性格は周りにも良い影響を与えるようで、見かけるたびに彼の側には人が集まっている。
言ってしまえば、雪とは正反対の性質を持っている人間だ。
手に持っているペンに気が付いた鴫原は、窺うように近付いてきた。
「誰かの忘れ物ですか?」
「うん、そうなんだよね。どうやら机に置いたまま忘れてしまったみたいなんだ。僕はこの後会議があるから、届けに行く時間がなくてね。……仕方ないから、明日にでも届けに行こうかな」
渋々ペンをポケットにしまおうとした時だった。
「俺で良ければ後で届けに行きますよ」
天からの救いのような一声だった。
まあ、密かにその言葉を期待していた自分もいたのだが、感情が表情に出てしまわないよう努 める。
「誰の物か、分かりますか?」
「写真学科の相良雪くんだよ。分かるかな?」
まだお願いしてもいないのに届けに行く気満々の鴫原は、心の底から善良な人間なのだろう。
鴫原は首を傾げながら斜め左上を見つめる。そして、思い出したように眉を上げた。
「あ、分かります! じゃあ、これ届けておきますね」
ペンを半ば奪うように取っていった鴫原は人懐っこい笑みを浮かべる。
彼になら任せても大丈夫だろう。そう思う自分には根拠のない自信があった。
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