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第8話
「雄大ーーーっ!」
教室に泣き入るように入って来た挙句、机に突っ伏して悲しみの声をあげる陽に、雄大は顔を引きつらせた。
学科も違うのにわざわざここまで来たということは、相当落ち込んでいるのかもしれない、と雄大は思う。
「どうした友よ……」
鳴瀬雄大 は、陽の一番の親友だ。高校入学時に同じ教室になり、意気投合したことがきっかけで仲良くなった。
性格は陽気でやんちゃだが、何事も怖気づかないところや、高身長で釣り目の整ったルックスが女性の心を鷲掴みにするようで、恋人に困っているところは見たことがない。
たまたま大学も同じになり、陽は天文学科、雄大は体育教育専攻で離れ離れだけれど、時間が合えば一緒に寄り道をして帰ったり、昼食も共にすることが多い。
そして、陽と雄大が揃うと自然に他の友人達も周りに集まってくるのだ。二人の周りには既に十人近くの友人たちが輪を作っていた。
陽は顔を上げ、潤んだ瞳で雄大を見る。
「相良に嫌われたぁ……!」
その一言は周りを凍り付かせた。しかし、陽はそんなこと気にしている場合じゃないといった様子だ。
それぞれが色々な思いで沈黙する中、最初に口を開いたのはやはり雄大だった。
「あー、と……相良って、あの相良雪?」
陽は鼻を啜りながら頷く。
「……お前、彼女いんじゃん」
「いや、なんでそうなるの」
雄大の意味不明な返しに、突っ込まずにはいられなかった。何故ここで彼女の話が出てくる。
雄大は他の友人達と視線を交わすと、うーんと唸った。
「陽、相良の噂知らねーの?」
「噂……?」
気まずそうな感じで頭を掻く雄大は、らしくない。
いつもだったら、あいつ別れたらしいぜ!だとか、あの人単位足りなくて留年したらしいぜ!なんて言って喜んで話してくるくせに。
「あいつ、すげー性格悪いって有名じゃん? 学校でも浮いてて、友達と居るとこなんて見たことないし……」
「それって、周りが勝手に決めつけてるだけなんじゃないの?」
軽く反論する陽に、雄大は呆れ顔で首を横に振る。
「案外噂って本当のことが多いと俺は思ってるぜ」
「実際、俺と同じ学部の奴も、相良に話しかけたら急に顔色変えて逃げられたって言ってたなー」
雄大の机に手をついて話を聞いていた賢吾 も思い出したように口を開く。
陽は、頬杖をつきながら窓の外を見つめる。
確かに距離を取っているように感じたのは事実だ。でも、それと性格が悪いは嚙み合っていない気がする。
「ああ、それとさ」
賢吾がまた思い出したように話を続けた。
「男が好きって噂も、一時 あったよね」
その一言で周りが一斉にざわつき始める。
まじかよ。ありえない。無理なんだけど。きも。
教室はあっという間に汚い言葉で溢れ返った。
雄大は横目で陽を確認するとまずいといった様子で慌てて口を噤む。けれど気付いたのは雄大だけのようで、教室は静まるどころかどんどんヒートアップしていく。
次の瞬間、バンッと音がして、何人かの息を呑む音と同時に静寂が訪れた。全員の視線が、勢いよく立ち上がった陽に注がれる。
「そういうの、やめよう」
たったの一言なのに、確かな怒りを含んだ声音はそこにいた全員の発言権を地に叩きつけた。
陽はそれ以上何も言うことなく周囲を一睨 すると、足早に教室を出て行った。
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