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第12話
陽は耳元でけたたましくなる音に呻 き声を上げる。
「んー……」
手探りした後、目覚まし時計を叩くように止めた陽は少しの間布団の中に潜っていたが、やがて気怠げに体を起こす。
朝は苦手だ。最近は肌寒くなってきて布団から出るのが一段と恋しくなる。
布団は恋人のようだ。でも恋人には美桜がいる。じゃあ二番目の恋人だろうか。いやいや二番目の恋人ってそれ最低じゃな——だめだ、このままでは二度寝してしまう。
眠すぎて意味不明な問答を脳内で繰り広げるところだった。
陽は四方八方に跳ねた髪を乱暴に撫でながら、のそのそと起き上がり洗面所に向かった。
普段の休日ならもう少し眠っていられるのだが、今日はそんな訳にはいかない。
歯を食いしばって冷たい水で顔を洗い、無理矢理目を覚ますと欠伸 をしながらリビングに入る。
リビングには、ソファーに座る母の姿だけがあった。
「はよー……」
「おはよう。あらまあ、眠そうな顔して」
「眠いもん……」
もう一度大きな欠伸をしながら冷蔵庫から水を取り出し、それを持ったままソファーに座る。
時計は八時四十分近くを指していた。待ち合わせ時間は十時だから、まだ余裕がある。
そういえば、普段は夢なんてほとんど見ないのに、今日は面白い夢を見た。
相良が、うさぎに囲まれている夢だ。場所は忘れたけれど、見渡す限りにうさぎが居た気がする。
戸惑いながら餌をあげていた相良が地面に腰を下ろした途端、うさぎがぞろぞろと押し寄せてきて、あっという間にもふもふ地獄にあっていた。
自分はそれを腹を抱えながら笑って見ている、そんな夢だ。
夢を思い出していると、隣からふふっと笑い声が聞こえた。何だと思って横を見ると、母がこちらを見て笑っていた。
「な、なに……?」
「何か良いことでもあった?」
思わずドキッとして目を丸くする。
「今、すごく嬉しそうな顔してたわよ」
何だか恥ずかしくて、頬を掻いてしまう。
分かる程ということはニヤけていたということだろうか。
尋ねようとしたが、もしそうだったら更に恥ずかしくなりそうだから聞かないでおくことにする。
「新しい友達が出来たんだよ。雪って人」
「あら、女の子?」
「ううん、男。うさぎみたいな人」
雪っていう名前の男性でうさぎみたいな人。
母は想像しづらかったのか斜め上を見つめたまま首を傾げた。
「可愛らしい人、ってことね?」
頭の中に相良を思い浮かべる。
うさぎと戯れる相良は、同じうさぎの仲間のようだった。勝手に夢に出しておいて仲間に加えるのは失礼かもしれないが。
でも、あの時は面白いと思うと同時に、うさぎごと撫で回したくなるような衝動も感じた。
ということは、自分の中の相良のイメージは小動物なのかもしれない。
「あ、そろそろ皆起きてくるわね。朝ご飯作らないと」
母はそう言ってキッチンに行ってしまう。
陽も、そろそろ準備をしようと立ち上がり、一度部屋に戻る。
今日は美桜とのデートの日。センスがあるかないかは自分では分からないが、出来るだけ考えて服を選びパジャマから着替える。
後は、この暴れている髪を直さないと。
洗面所に行き髪を梳 かす。けれど、梳かしても梳かしても毛先はぴょこん、と上に跳ねてしまう。
癖の強い毛は、見る人によっては寝癖に見えてしまうかもしれないから困るのだ。
しかし、大学に入ったばかりの頃にワックスをつけて登校すると、雄大に指を差されて大爆笑された嫌な過去がある。
陽はワックスに伸ばしかけた手を引っ込め、鏡と睨めっこをした。
すると洗面所に紀 が入って来る。彼は鏡を睨んでいる兄を見てきょとんとしていた。
「おはよう、にい」
「おはよー」
「どうしたの?そんなに鏡睨んで」
「んー、この頑固な髪の毛どうにかならないかなぁって思ってさ」
毛先をつまみながら口をへの字に曲げる。
雄大に「陽の髪は生き生きしてるよな!」と爽やかに言われたことがあるが、本当にその通りだ。
紀はそんな兄の髪を見つめてから微笑んだ。
「俺はにいの髪好きだよ。ストレートな俺からしたら、ちょっと羨ましい」
「か、かなめ……っ」
じんわりと心に響く言葉に感動して紀を抱き締める。
「優しいなぁ、要は! 自慢の弟だ!」
「にい、俺そろそろ準備しないとテニスの練習に遅れちゃう」
やんわりと返され、陽は渋々要から離れる。どちらが年下か分からなくて恥ずかしかった。
こうやって衝動的に動くから相良にも怒られたんだろう、と己を叱った。
出来るだけ髪は整えるが、普段のありのままの自分で行こうと気を取り直す。
大学に入学した時に父が買ってくれた腕時計をはめリビングに向かうと、食卓テーブルには、今まで遊びに来た友達全員が絶賛した母の料理が並べられていた。
陽は母と紀の三人で朝食を囲む。シンプルなのにどれも美味しくて、紀と顔を見合わせて笑った。
茶碗を洗ったりとあれこれしてる間に時間はあっという間にやって来て、足早に玄関に向かう。
スニーカーが履けるのも、今年も後少しだろう。今年の冬はバイトで溜めたお金で絶対にスノーボードを買うんだ。
そう思いながら靴紐を結び直し立ち上がるとドアノブに手をかけた。
「美桜ちゃんによろしくね。今度また遊びに来てって伝えておいて」
「うん。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
二人に手を振って家を出た陽は、新しい季節の前触れに期待を膨らませながら待ち合わせ場所に向かった。
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