14 / 41

第14話❀

 あれから体調が(かんば)しくない日々が続いていて、寝不足後のような体の怠さと偏頭痛が雪を蝕んでいた。  だからといって寝不足な訳ではない。いつも通りの時間に眠って、いつも通りの時間に起きている。  毎日顔を合わせる義父に気付かれないよう元気に振る舞うのが精一杯だ。  食欲は相変わらず湧かない。口に運ぼうとすると途端に具合悪くなってしまって食べる気が失せてしまうのだ。  人気(ひとけ)のない静かな場所に身を寄せたくて、図書室へ足を向ける。  今は読書の気分ではないが、図書室の風景を写真に撮るのもいいかもしれない。無心でシャッターを切っていれば、気が紛れるだろう。  案の定、まだ昼が始まったばかりの図書室は人ひとり居なかった。自分の歩く音だけが響くその場所は、今は自分だけの世界のようだ。  鞄の中から、いつものカメラを取り出す。自分だけの世界をファインダー越しに覗く。  撮影している時は肉眼で見ている時と違って、小さな箱の中に入っている感覚になる。  子どもの頃、家にいくつかあった建物のミニチュア模型を思い出す。母がそういったものが好きで、自分もよく眺めていた。  ヨーロッパ風の建物だったり、カフェだったり、開くと中がしっかり見えるような造りになっていて、家具や中にある花瓶までもが繊細に作られていた。  あの時は、見ているだけで想像を掻きたてられたし、世界にはこんな素敵な建物があるんだと好奇心に胸を躍らせた。  けれど、大人になるにつれてその模型をみるたびに、自分はこんなにもちっぽけな存在なんだと思い知らされるようになった。  このままここで命を絶ったとしても、広すぎる世界からしたらそんなことはミクロ単位の出来事だ。  自分のいるこの図書室も、この大学でさえ、宇宙からは見えないちっぽけな存在なのだ。  シャッターを切りながら窓を背に小さな部屋の端まで移動していく。そして、窓際に並べられた机と椅子レンズを向けて雪ははっと息を呑んだ。  一番奥の窓が開いていて、レースのカーテンが渚のように揺れていた。そのすぐ側の席で、誰かが机に突っ伏して眠っている。  まさか、自分以外に人が居たなんて。気付かれなくて良かった。  鞄にカメラをしまった後、なんとなく寝ている人物をもう一度見た時、雪の心臓はおかしな動きをした。  レースが波を立てると同時に、鶯色の髪がさわさわと揺れていた。  あの頭には、見覚えがある。  ——鴫原陽。  心の中で名前を呼ぶと、足は自然とそちらに向かっていた。  窓から差し込む日差しが彼の頬を照らし、レースのカーテンが神聖な場所を象徴しているかのようで、そこだけが別世界のようだった。  雪は、無意識に鞄からカメラを取り出し、その寝顔に向けてレンズを向ける。  ——パシャ。

ともだちにシェアしよう!