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第15話❀
シャッターを切った瞬間、鴫原は目を覚ました。咄嗟にカメラを背中に隠すと、彼は虚ろな目でこちらを見る。
「……さがら?」
「あ、いや……えっと、その、これは……」
「相良じゃん! どうしたの?」
急に目を輝かせて椅子から立ち上がった鴫原に、思わず肩が跳ねる。
言い訳を探しても結局言葉は出てこなかったが、どうやら隠し撮りをしたことはバレていないらしい。
いや、別に隠し撮りをしたつもりではないのだが。
「ここ……気に入ってるから、よく、来るんだ」
言葉を探し探し紡ぐから、カタコトみたいになってしまう。
「そうなんだ! ねえ、もし良かったら隣おいでよ」
は?と言いかけて口を噤む。そんなキラキラした目で見ないでくれ。断りかけた言葉はその眼差しによって器官を下って奥底に消えていく。
「そういえばご飯食べた? もしよかったら一緒に食べようよ」
「あ、いや、その……」
だめだ、言葉が出てこない。
どもっていると、鴫原ははっとして頭を垂れた。
「ごめん、俺すぐ興奮しちゃうところがあって……嫌だったら嫌って言ってね?」
次は捨てられた子犬のような目で見られ、もう断るなんて選択肢は雪の中になかった。
「食欲無くて昼は用意してないんだ。でも、隣座るよ」
「え? どこか具合悪いの?」
初めて会った時のように、心配げな表情で顔を覗かれる。
「少しでも何か口にした方がいいよ。……あ! ねえ、ちょっと待ってて!」
「あ、おい……!」
鴫原は、突如図書室を出て行った。
勢いが凄すぎる。彼と話していると、自分の世界がいとも簡単に崩されていくようで戸惑ってしまう。
何度か瞬 きした後、肩の力を抜いて鴫原が座っていた隣の席に腰を下ろす。
窓の外を眺めていると、鴫原はすぐに戻って来た。
その手には、何か袋のようなものが握られていて、雪は首を傾げた。
「これ、購買のメロンパン! 購買のパンの中で一番美味しいから、お腹が空いた時によく食べるんだ」
鴫原は駆け足でそのまま隣に腰掛けてきて、床に置いていたリュックの中から弁当袋を取り出す。
「べ、弁当とパンを食べるのか?」
育ち盛りなのは分かるが、雪からしたらその量は一回で食べきれる量ではない。
すると、鴫原は首を横に振った。
「ん? 違う違う、これは相良のだよ」
鴫原はそう言ってから弁当箱を開けていく。
弁当の中身は少し肉に偏りがちで、具材の並べ方も乱雑——じゃなくて。
「いや、俺のことは気にするな! これは鴫原が食べろ」
「だめ。相良が食べるんだよ。もし本当に具合が悪くて食べられなかったら、お腹空いた時に食べてよ」
弁当を頬張り始めた鴫原は、もう聞く耳を持たないといった様子だ。
見返りを求めているのだろうか。そんな人間には見えないが、人付き合いが浅い自分からしたら、裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
いずれにしてもメロンパン一つに対しての見返りを求められても困ることはないから大丈夫だろう、とひねくれた考えではあるが自身を説き伏せた。
それに、目の前にあるメロンパンを見ていると不思議と食欲が沸いてくる。
袋を開けるとほんのり甘い香りが鼻腔くすぐって、お腹が鳴ってしまいそうだ。
「……いただきます」
ぱく、とメロンパンを齧ると、サクサクした食感の後にふんわりと柔らかい食感が広がる。
表面についてる砂糖の甘さと素朴な生地の味が絶妙にマッチしていた。
「お、美味しい」
「でしょ! 良かった」
夢中でパンに齧りついてしまい、大事なことを忘れていたことに気が付く。
「お金払う。いくらだったんだ?」
「いらないよ。バイトもしてるから、それくらい大丈夫」
バイト。自分には馴染みのない単語だ。
僅かでも義父の助けになりたいと思ってバイト探しをしたことがあるが、どれも接客ばかりで応募する前から挫折していた。
義父はお金には困っていないと言っていた。商社系で、しかも大手となれば他のサラリーマンより収入は得ているのだろう。
ただ、義父の誕生日や父の日に何も買ってあげられないのは非常に悔しいのだ。
だからといって相談する相手もいなくて高校時代も無力なまま終わったのだが。
弁当をもぐもぐと食べている鴫原を見る。頬が膨らんでいて何だかリスみたいだ。
一体どんな仕事をしているんだろうと思って想像していると、鴫原と目が合い、思わずメロンパンごと袋をぐしゃっと潰してしまう。
「どうしたの?」
「あ、いやっ……その弁当、自分で作ったのか?」
鴫原はギクッとして弁当を見下ろす。
咄嗟に出た疑問を投げかけてしまったが、聞かれたくないことだったのかもしれない。
「あー……うん。もうこの歳になって親に作ってもらうのも恥ずかしいし、だからといって買ってばっかじゃだめだなぁってさ……。恥ずかしいからあんまり見ないで」
そう言って鴫原は隠すように弁当箱を手前に寄せる。
ふてくされたように頬を膨らませる鴫原は何だか子供みたいだった。
「……ふっ」
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