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第16話❀

 思わず笑い声が漏れてしまい、はっとして手の甲で口を隠す。  案の定、鴫原は驚いたようにこちらを見ていた。 「ねえ今笑ったよね!? どうして隠すの、見せてよ」 「い、嫌だ。別に笑ってないし、図書室なんだから静かにしろ」  形勢逆転された。今度は自分が必死に抵抗している。  悔しい。不覚にも笑ってしまった。 「あははっ、もっと笑った顔見せてくれればいいのに」  やっと好奇の視線から免れ、気付かれないように息を吐き出す。  鴫原は空になった弁当箱をコンパクトにまとめ、小さなトートバックにしまった。  会話に間があいても全然気にならないのが不思議だ。  窓から校舎裏を眺めていると、二羽のスズメが旋回しながら地面に降り立ち何かをついばみ始める。  (つがい)なのだろうか。どちらがオスで、どちらがメスなんだろう。  そんなことを考えているうちに二羽は仲良く飛び立っていく。  鳥のように自由に空を飛び回れたらどんなに楽しいだろうか。空から見るこの世界は、どんな景色なんだろうか。もし自分が生まれ変わって鳥になれたとしたら、あのミニチュア模型のような建物が見られる国に行ってみたい。 「——がら」 「ん……」  重い瞼を開けると、今しがた見ていた校舎裏が目に映る。でも、声がしたのはこっちからじゃない。前の方から——。 「!?」  ガタンッと音がたってしまい、慌てて周囲を確認したが幸い生徒の姿はなかった。  鴫原は雪の向かいの席に逆座(さかずわ)りしてこちらを見ていた。背もたれに両腕を重ね、そこに顎を乗せている。 「な、なに……」 「もう少しで次の授業始まるよ?」  驚いて時計を見ると、時刻は十三時を指していた。次の授業まで後十分だ。  一瞬目を閉じただけの感覚だと思っていたのだが、まさか眠ってしまってたなんて。  動揺と焦りで忙しなく準備を始める自分とは対照的に、鴫原はマイペースに椅子から立ち上がる。 「相良、次の教室どこ?」 「このまま一階の教室だ」 「そっか、じゃあここでお別れだね。……ねえ、よくここに来るの?」  鴫原の問いかけになぜそんなことを聞くのか分からなかったが、雪は頷いた。 「分かった!」  なにが分かったんだ。  鴫原は理由も特に告げることなく、リュックを背負って図書室の入り口へ駆けていく。 「……し、鴫原!」  慌てて呼び止めると、引き戸に手をかけたまま鴫原が振り返る。 「パン、美味しかった。……気遣わせてごめん。今度、お礼するから」 「ううん。また、一緒にお昼ご飯食べようね」  その言葉に、手に握っていた空の袋がくしゃっと音をたてる。それと同時に、自分の心臓もぎゅっと掴まれたようだった。  鴫原は太陽のような笑顔で笑うと、教室を出て行く。  三限目まで後五分しかないというのに、雪は入り口を見つめたまま動けずにいた。  向かいの席が斜めに傾いている。自分が眠る前まで隣にいたはずなのに、なぜ向かいに座っていたんだろう。  とても、不思議な時間だった。  ——また、一緒に。  図書室を出た雪の足取りは、宙に浮いているようにふわふわとしていた。

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