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第21話

 陽は、駅のホームに入っていく直前で足を止め、坂の向こうを振り返った。  ここからでは相良の家は見えない。けれど、二人で街を眺めた階段ははっきりと見ることが出来た。  先程まではあんなに楽しかったのに、今は街灯に照らされていて何だか寂し気な雰囲気が漂っている。しかし、それは自分の心がそうだからかもしれないと自身が気付いてしまう。  まさか、バイトの帰りに相良に会えるとは思っていなかった。  最初に見かけた時は気のせいだと思ったが、あの特徴的な雰囲気と後ろ姿は紛れもなく相良で、そうと分かった瞬間体が勝手に動いていた。  ボールペンを届けた時と同じような反応で驚く相良が耳をピンとたてたウサギのようで、思い出すと今でも笑ってしまうところだった。  ——ちょっと用事があって。  そう返事をする相良は、確かに墓地の方から歩いて来てた。  郡司から両親のことを聞いてはいるが、相良本人からは聞いておらず、こちらからは何も言うことが出来ない。  理由を明確にしないのは拒絶されているからだと分かって、思わずへこんでしまいそうになる。  それでも悟られないように平静を装った。  ——冬は、奪っていくから。  その言葉で、上から押しつぶされそうなほどの苦しさを感じた。  話してよ。俺でよければ聞くから。そんなに一人で抱え込まないでよ。  枯れない花だってあるんだ。相良の父、相良春樹が撮った福寿草は、雪の中からでも力強く花を咲かせていた。  自分を追い込まないで。もっと弱音を吐いてよ。もっと頼ってよ。  喉元まで出かけた言葉を飲み込んで必死に気の利かない脳を動かした結果、哲学者の名言が出てきてしまった。  相良は怪訝そうな顔をしていた。でも、これが自分の想いだ。相良と出会えたことは自分の中で大きな思い出の一つとなるに違いない。  日本からすれば一億分の一の存在。でも地球からすればもっと限りない可能性の中から生まれた存在。  その数字は自分と相良が出会う可能性も表していると思っている。  でもそこまで言うと気味悪がれそうだがら、心の中にしまっておこう。何でも口にすると二度目の出会いの時のような結果を招きかねない。  ——ここから見える冬の景色は、天の川みたいで綺麗なんだ。  あの時の表情は、出会ってから見た表情の中で彼の感情が一番強く表に出ていた瞬間だと感じた。  夜景にももちろん感動したが、それよりも夜景を見つめる相良は下からのアングルでも美しいと思った。  何度か盗み見てしまったが、バレなくてよかった。 「はぁ……」  相良、泣いてた?  初雪を見つめる相良の瞳は涙で濡れていた気がして、思わず触れそうになってしまった。  あんな切なそうな表情を見てしまった後だと、一人にさせるのが不安だった。今は、一人で暮らしているのだろうか。  端から見れば、お前は相良の何なんだと言われるかもしれないが、自分は友達なら心配だってするしお節介だと言われても相手に少しでも近づきたいと思ってしまう。  面倒くさい奴だと言われても仕方がない。それが自分の性分なのだ。  改札を通ろうとする足が重くなる。  大丈夫。またすぐに会える。  そう自分に言い聞かせ、陽は帰路についた。  ——ら。  四角い椅子に座り、壁によしかかったまま、白い床のつなぎ目を目でなぞっていく。  ——あ……ら。  墓地。冬。夜景。天の川。初雪。涙。 「あきらっ」 「わっ!」  我に返って慌てて顔を上げると、目の前には美桜が立っていた。  まずい。今はデート中だった。 「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど……」 「ごめん、大丈夫。その服似合ってるね。いいと思う」 「ほんと! じゃあ買っちゃおっかなー」  美桜はそう言いながら何度か鏡の前でポーズを変える。  そして、鏡に映る陽の反応を窺おうとして動きを止めた。 「……」  彼は、先程と同じように床の一点をボンヤリと見つめているだけだった。

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