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第23話❀

「相良!」  声がして、不規則な呼吸を繰り返したまま顔を上げる。  雨に打たれたフロントガラスのような視界の先に、鴫原が見えた。 「相良! ……過呼吸?」 「はぁっ、はっ、は、ぁ……ッ」 「大丈夫。落ち着いて、ゆっくり深呼吸して。大丈夫、大丈夫だよ」  ぎゅっと力強く抱き締められ、子供に言い聞かせるような優しく宥める声に自然と呼吸が穏やかになっていく。 「はぁっ…………はぁ……」  呼吸が落ち着いた頃、鴫原はそっと離れ、恐る恐るといった様子で顔を覗き込んできた。 「大丈夫?」 「ああ……。もう、大丈夫」  そう言うと、鴫原は安堵したように地面に後ろ手をついて空を仰いだ。 「はぁーーーーーっ、びっくりしたー……相良が死んじゃうかと思った……」 「……過呼吸で死ぬ人はいない……と思う」 「だって様子が変だと思って追いかけてきたら、うずくまって苦しそうにしてるんだよ? びっくりするよー……」 「……わ、悪かった。 ……ありがとう」  最後に小さくお礼を言うと、鴫原は一瞬驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。 「ううん。こういうこと、多いの?」  鴫原は聞きながら、雪の頬に残る涙を自然な動作で拭う。  その一瞬だけで心臓が大きく跳ねるが、彼は気にした様子を見せない。 「……たま、に」  あんまり答えたくなかったが、見られてしまったからには答えるしかない。  渋々ながら答えると、鴫原は眉をハの字にした。 「そっか……。またこういうことあったら、ちゃんと頼ってよ」  予想外の発言に瞠目(どうもく)する。呆れられると思ったのに全く違う言葉が返ってきて、微かに唇が震えた。 「友達ってさ、悩みとか不安なことがあった時に相談できる関係のことを言うと思ってるんだ。相良が俺を友達だと思ってくれてるなら、もっと頼ってよ。一人で抱え込んでる相良を見る方が、ずっとつらい」 「あ……」  だめだ、もう我慢できない。  ポロッと涙が零れて、鴫原の膝に落ちる。それは彼のズボンを濡らした。  一粒、また一粒と、落ちていく。それでも、鴫原は動かずそこにいてくれた。 「……っ、ほんと、は……、ずっと、苦しいんだ……っ」  言葉は涙と共に零れ落ちて、もう止まらなかった。 「うん」 「父さんと母さんが居なくなった日から、ずっと……」 「うん」 「ひとりは、嫌だ……。いつか、義父《とう》さんも居なくなったら、俺はもう、この世界に居られない……っ」 「……うん」  そっと、両手が包まれる。前髪の間から優しく微笑む鴫原が見えた。 「頑張ったね、相良。大丈夫、相良は一人じゃないよ」  こんな自分に、こんなにも温かい時間を与えてくれるのは、何かの見返りを求めている神様の計りなのだろうか。  でも、あまりにもその時間が優しくて、もう何もいらないと感じてしまう。  耳でも口でも手でも足でも、心臓でもいいから持っていけばいいと、思ってしまう。  ぎゅっと手を握り返すと、鴫原は更に強く握り返してくる。  落ち着いた瞬間、目頭の熱が顔全体に広がっていって発火してしまいそうになる。とんでもない醜態を見せてしまった。  心臓がばくばくと今までにないくらい音をたてていて、握り合った手を伝って鴫原に聞こえてしまわないか不安だった。 「あーあー! だめだめ、こすったら痛くなるって」 「い、良い。大丈夫だ」  もー、と頬を膨らましている鴫原に顔が赤いのを気付かれないよう、コートの袖で何度も目をこする。 「…………気持ちが楽になった。ありがとう」  お礼を言うと、鴫原はやっぱり嬉しそうに笑った。

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