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第24話

 クスノキを囲む円形ベンチに腰掛けてから十分近く経った。  雄大に『突然居なくなってごめん』というメッセージを送ってからは、時間を気にしたくなくてスマホは鞄にしまっている。  相良がもういいと言うまで側に居ようと決めていたから、次の授業が出られなくても違う時間に当てればいいと考えていた。  ひとり分くらいの距離を開けて座る相良を横目で見る。彼は泣き腫らした目で池を見つめていた。  ——ほんとはずっと、苦しいんだ。父さんと母さんが居なくなった日からずっと。ひとりは嫌だ。  悲痛な叫びを聞いていると、胸を抉られるような感覚に襲われた。  相良の全てはまだ分かっていない。けれど、彼の過去が彼の周りに厚いガラスの壁を作ったのは確かだろう。  時雨のように零れ落ちる涙がズボンを濡らしたが、一粒落ちるたびに相良の感情を受け止めているようだった。  一人じゃない。ああ言ったが、相良は意味を分かってくれているのだろうか。  俺がいるよ、とちゃんと伝えるべきだっただろうか。 「……鴫原、次の授業始まるぞ」  相良が掠れた声で報告してくれる。でも、自分はここから動く気はない。 「相良がここにいるなら俺もいるよ」  そう言うと、相良は驚いたようにこちらを見た。目を合わせたら絶対睨まれるから、空でも見ていよう。 「授業行けよ。俺は大丈夫だから」 「やだよ」 「……強情」 「そ、俺は強情なんだ」  ふふんと笑うと、少しの間の後、小さく噴き出す音が聞こえた。 「本当に、強情だな」  笑う相良の髪が木枯らしに吹かれる。枯野色(かれのいろ)の髪は、自然の中に溶け込むように美しかった。 「……ありがとう、もう平気だ。俺も授業に行く」  相良はショルダーバックを背負うと、こちらを向く。まだ目元は赤く、目敏《めざと》い人には気付かれてしまうだろう。 「ほんとに大丈夫?」 「大丈夫だよ、心配性だな」  本当に自分は心配性なだけかもしれない。  けれど苦笑する表情はやっぱりどこか寂しそうで、この後も相良のことが気になってしまって授業に集中できないのが想像ついた。  だから、五限が終わった後すぐに席を立ち、一目散に玄関口へ向かった。  人波に巻き込まれないよう、脇に()れて出て行く人たちを観察する。  時々こちらに気付いた友達に声をかけられたが、軽く挨拶を交わしてすぐに人混みに目を凝らす。  きっと相良のことだから、人が減った頃に現れるだろうと予測していたが、本当にその通りだった。  俯き加減で歩く姿は、先程まで見ていた姿と変わらずそこにあった。

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