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第25話
「相良」
あまり大きな声を出さないよう呼び掛けると、相良は振り返り目を剥く。
「し、鴫原……?」
「一緒に帰ろうと思って」
相良は周りを気にするように視線を動かした。
最近気づいたことだが、相良は緊張したり不安を感じるとショルダーバックのストラップを握り締める癖があるようだ。
今も、ぎゅっと両手で握っている。
「俺といるとお前まで……」
冷ややかな目で見られる。
相良は言葉にしなかったけれど、そう言いたいのが伝わった。
——あいつ、すげー性格悪いって有名じゃん? 学校でも浮いてて、友達と居るとこなんて見たことないし。
——男が好きって噂も、一時 あったよね。
雄大と賢吾の言葉を思い出す。噂になっているということは、二人以外にも周知されているということだ。
それは恐らく相良の耳にも入っているだろう。自分が相良の立場だったら確実に人間不信になる。
それでも、相良は自分を突き放したりはしない。本当はずっと寂しいんだと零した涙は、乾いた土に確実に水を与えているのだ。
だから見守りたい。手を差し伸べたい。植えた種を見守るように、側に居たい。
「何も気にしなくていいよ。俺が一緒に帰りたいんだから」
行こう、と声をかけると、相良は戸惑った様子を見せながらも隣を歩き始める。
真っ白な並木道を歩いていると、いかにもスポーツマンという身なりをした男が、長い脚を曲げて靴紐を結んでいる姿が目についた。
屈んでいても分かる長身と、後ろ姿だけでもモテそうな雰囲気が漂う人間は自分の知っている中で一人しかいない。
「あ、ゆう——」
掲げようとした手を途中で止める。隣にいる相良を盗み見ようとしたが彼はこちらに気が付き、緊張した様子を見せながらも頷いた。
気を遣ったと思われただろうか。でも、彼の意思を確認できたからもう大丈夫だろう。
「雄大!」
「ん?」
呼ぶと、彼は屈んだまま顔だけこちらに向けた。
「おー陽! 相良も居んじゃん」
「あ……えっと、さっきは悪かった。急に居なくなったりして……」
「なーんも気にしてないから大丈夫だって。俺のことは、鳴瀬でも雄大でも好きなように呼べよ」
白い歯を見せて笑う雄大は、さすがだなと思う。この笑顔を見れば皆 彼に気を許してしまうだろう。
相良も安心したように、肩の力を抜いていた。
「雄大、これからバイト?」
「そ! 二駅だから走っていこうと思って」
「は、走るのか……?」
相良も思わず言葉にしてしまったようだ。
「雄大は運動バカなんだ」
「お前、けなしてるだろ」
眉間に皺を寄せた雄大を笑っていると、彼は相良と自分を交互に見てから、突然肩に腕を回してきた。
「わっ、ちょ……」
「お前ら見てて歯痒いから、さっさと連絡先くらい交換しろ」
連絡先。そうだ、自分は相良の連絡先を知らない。
最初からなぜそうしなかったのか。現代人には備わってるはずの手段が頭に浮かばなかったのは致命的だ。
そもそもなぜ雄大が連絡先を交換していないことを知っているのか。
けれどこの状況では聞くに聞けず、雄大はすぐに離れてしまった。
「んじゃあ俺は——って!」
周りを見ていなかった雄大が後ろから来た人とぶつかる。
うっと低い声が横から聞こえ、見ると真っ黒な髪の男が手で鼻を覆っていた。
前髪は長く、かろうじて眼鏡をかけていることだけは分かるその井出立ちに、雄大は明らかにぎょっとしていた。
年齢が確認できない男は、前髪の間から鋭い目で雄大を睨んだ。
「邪魔だ」
一言。たったの一言が、雄大を言葉の鎌で切り裂いた。
「はあーーーっ!? おっまえなぁ……!」
しかし、雄大の怒りの声を無視したその人は、絶対零度の空気を連れてすたすた先を歩いて行ってしまった。
「なんだあいつ! ……ったく」
「鼻押さえてたけど、鼻血とか出てないかな……」
「知るか!」
雄大は自身を落ち着かせる為に鼻から大きく息を吐き出す。こういう理性的なところは本当に尊敬する。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。また明日な」
「うん、雄大もバイト頑張れ」
雄大はもう怒った様子を一ミリも見せなかった。二人に向かって軽く手を振ると、長い脚を軽快に弾ませ駆けて行った。
「……鳴瀬とは、昔からの友達なのか?」
駅に向かいながら、相良は聞いてくる。
「うん。高校に入ってから一番仲の良い友達……というか、親友かな。体育の先生を目指すほどのスポーツ好きなんだよ」
「すごいな。運動は苦手だから羨ましい」
相良が、運動。頭の中で想像が膨らむ。
バドミントンをしていて、ラケットを振った相良の額に羽根が当たるというイメージが沸いて来て思わず笑いそうになる。
「……今、何か想像しただろ」
「そんなことない!」
すかさず相良に睨まれ、慌てて否定する。図星だけど。
朝とは違い、電車は空 いていた。相良は端に腰掛け、自分はその隣に座る。
「……そういえば、鴫原の専攻は?」
今日はなんだか色々と聞いてくれる気がする。
一匹狼と呼ばれている彼がこんなに質問をしてくれるなんて、自分に興味を持ってくれていると期待してもいいのだろうか。
「天文学科だよ」
「天文学科……。星座とかにも詳しいのか?」
急に目を輝かせながら聞いてくる相良に、もしかしたら星が好きなのかもしれないと悟る。
「星座も学ぶよ。今はふたご座流星群が見えるかな。クリスマスあたりは子熊流星群も見れると思う。俺も実際に見に行ったことないから、動画での知識しかないんだけど」
そこでいいことを思いついた。これは名案だ。
「ねえ相良。今度大学の道具借りて流星群見に行こうよ」
「え?」
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