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第29話❀
電車に揺られている間も福寿草の写真が頭に焼き付いて離れなかった。
鞄からスマホを取り出し、インターネットを開くと文字を入力していく。
『福寿草 花言葉』。検索した画面に太文字で『幸せを招く』と綴られていた。
雪はふと鴫原から連絡が来ていたことを思い出し、メールを開く。
『メリークリスマス(ツリーの絵文字) まだ俺の所にサンタクロースが来てくれるなら、望遠鏡が欲しいですって頼みたいな(笑) 相良はサンタクロースがいるとしたら、何をお願いする?』
鴫原らしい文章に笑みが零れる。
クリスマスイヴと自分の誕生日が同じだから、両親は毎年二十五日の朝に枕元にクリスマスプレゼントを置き、目覚めて喜ぶ自分にこれは私達からと誕生日プレゼントをくれていた。
プラレールや大好な戦隊アニメの主人公が使うベルト、自分と同じ大きさくらいのウサギの人形、カメラはまだ触れなかったから簡単に撮れるチェキ……。
はっきりと覚えていないものもあるが、まだ薄っすらと記憶があって、目にすればきっと懐かしくて喜んでしまうかもしれない。
欲しくて欲しくておねだりしたけれど買ってもらえなかったものは、必ずクリスマスにサンタさんが届けてくれていた。
それは、今思えば両親の優しさだったのだろう。
でも、今は——。
メールの返信を打とうとする指が止まる。ここ数年、欲しいものなんて思いついたことがなかった。
雪は駅を降りると、なんとなくショッピングモールに足を向ける。
腕を絡め合い歩くカップルでひしめきあっていたが、気にも留めずガラスのショーケースに飾られる様々な商品を流し見た。
その中で一つだけ目に付いたものがあって、足を止める。
淡いピンク色の、ウサギの人形。バッテンの口と、つぶらな瞳が特徴的な某有名キャラクターで、さすがに疎 い自分でも名前が分かる。
座り型のその人形は、フェルトで出来ているようで見るからにふわふわしてそうだ。
昔両親に買ってもらったウサギの人形を思い出して、なんだか愛着が湧いた。
『ほしいものは特にない。でも、この人形は昔両親がプレゼントしてくれたものと似てて懐かしくなった』
画像を添付して送信ボタンを押すと、あっという間にメールは鴫原のもとに飛んで行った。
拙い文章になってしまっただろうか、と送った後に思ったが、鴫原も十分子供っぽい文章だったことを思い出し、それ以上は考えることをやめた。
他にも店を見て回っていると、男性ものの洋服を扱う店が目に入り、緊張しながらも足を踏み入れた。
スーツをビシッと決め込んだ男性店員が気品溢れる挨拶をしてきて、思わず踵を返しそうになる。
けれどぐっと我慢し、店内を巡回する。違いの分からないスーツが見渡す限り並べられていて、眩暈がしそうだ。
あまりにもキョロキョロしている様子が目に付いたのか、先程の男性スタッフが近付いて来た。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
いえ結構です。そう言いたかったが店慣れしていない自分が偉そうなことは言えず、素直に甘えることにする。
「いつもスーツを着て仕事に行ってるんですけど、プレゼントしやすいものを探してて……」
答えると、店員は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「ご予算はございますか?」
予算なんて、考えてなかった。アルバイトはしていないけれど、子供の頃に親戚から貰ったお年玉が未だに残っているから、それを使えば高価なものは買えるかもしれない。
そもそもプレゼントなんて、したとしてもケーキやお菓子くらいだから、相場も分からない。
それに、もしプレゼントしたものが義父の好みに合わなかったら……。
気に入らなくても嬉しそうに身に着ける姿が容易に想像できて、プレゼントしようと意気込んだ気持ちが段々と引けてくる。
「ネクタイなどはいかがでしょうか? 恐らく一番プレゼントしやすいものかと」
店員の提案に、雪はぱっと顔を上げた。やはり強がって店員の好意を無駄にしなくて良かった。
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