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第30話❀
店を出る頃には、外は真っ暗だった。冬は日が浅くて、夜の時間の方が長く感じてしまう。
雪は店のロゴが入った小さめの手提げ袋を手に家路につく。
ネクタイを選ぶのにも時間がかかってしまったが、店員の協力のおかげで自分自身も納得できる色と柄のネクタイを購入することが出来た。
一枚五千円程度で買えるものを選んだから、せっかくだからと二枚購入することにしたのも正解だった気がする。
「ただいま」
今日も帰りは遅くなると義父は言っていたが、なんとなくただいまと言ってしまうのが癖になっている。
「ん……?」
しかし、何かいつもと違う。誰もいないはずなのに、人の気配がする。
それに、なんだこの臭いは。何かが焦げているような——。
「!?」
嫌な予感がして慌ててリビングの扉を開けると、焦げ臭いにおいが充満していて咽 そうになる。
袖で鼻を覆いながらキッチンに駆け込むとそこには義父がいた。雪が帰ってきたことに気が付いた彼は半泣きの顔をこちらに向ける。
「おかえり雪……。メリー……クリスマス……」
「義父 さん……? な、なにしてるの?」
義父は鍋の中にある真っ黒な物体に目を落とした。
「シチューを作ろうと思ったんだ……。今日はクリスマスだし雪の誕生日だから、サプライズとして料理を振る舞おうと思ったんだけど……焦げちゃって……」
その口調から相当落胆しているのが伝わってくる。
取り敢えず換気のために、リビングの窓を全開にする。かなり寒いが仕方ない。
「火傷してない?」
「それは大丈夫だけど……」
シュンとする義父に、雪は微笑みかける。
「ありがとう、義父 さん。すごく嬉しい」
「雪……」
「今日は久しぶりにピザでも頼もうよ」
義父はもう一度真っ黒な鍋に目を落としてから、うんと頷いた。
「……そうだな、たまには出前もいいかもな!」
元気を取り戻した義父を見てほっとしてから、雪はコートを脱ぎに部屋に行く。
危うく大惨事になるところだったけれど、義父に怪我がなくて本当に良かった。
リビングに戻ってから二人で食べたいピザの種類を決める。
慣れないスマホでの注文に二人して画面を睨むように見ていたのは何だかおかしかった。
出前なんて、何年ぶりだろうか。正直ピザ自体も久しぶりすぎて、味を思い出せない。
二人は出前が来るまでソファーに座ってテレビを見ることにした。恐らく芸能人であろう人達がクイズ番組で競い合っている。
テレビをつけたのも、久しぶりかもしれない。ちらりと横を見ると、義父は出演者の面白おかしな答えに笑っていた。
とても、心地が良かった。
「……わざわざ仕事も早く終わらせてくれてありがとう」
お礼を言うと、義父は見開いた目をテレビから雪に移す。何かおかしなことを言っただろうか。
「俺の顔に何かついてる?」
「あ……当たり前だろ! 今日は何が何でも帰るって決めてたんだ。それに、渡したいものもあるしな! ちょっと待ってろ」
義父はそう言って、一度自室に戻っていく。
やっぱり変な顔をしていたのだろうか。雪は首を傾げながら両手で自分の頬を挟んだ。
少しするとパタパタと駆けてくる音と共に、義父が何かを持ってリビングに戻って来た。
「雪、ハッピーバースデー! アーンドメリークリスマース!」
目の前に差し出された赤い袋に、雪は目を丸くした。厚みがあり、大きさもなかなかにあるその袋は緑のリボンで留められている。
「えっ……」
「ほら、開けて」
隣に腰かけ、わくわくしながら義父は開封を促してくる。
呆然としたままリボンを解 き中身を取り出すと、それはダッフルコートだった。
広げると膝上くらいまでの長さで、コートなのに軽い。色はブラウン、中はチェック柄で義父が好みそうなデザインだ。
今まではグレーや紺といった暗い単色のものばかり着ていたから、色も柄もとても新鮮だった。
「今のコート、もうボロボロだろ? 絶対これがいいと思って、一ヶ月前から用意してたんだ」
雪はダッフルコートをぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう、大切にする」
目尻の涙を拭いながら微笑むと、義父まで泣きそうな顔で頭を撫でてくる。
「……俺も、渡したいものがあるんだ」
雪はソファーの横に隠していた袋を手に取ると、それを義父に手渡した。
「これは……?」
「クリスマスプレゼントだよ。 ……俺、アルバイトも何もしてないから高価なものは買えなかったんだけど、義父 さんに似合うと思って選んだんだ」
義父は箱の表面さえ破れないよう慎重にテープを剥がし、中から二枚のネクタイを取り出した。
義父のイメージを想像して選んだネクタイは、シンプルなエメラルド色のものと、山吹色 をメインとした色合いに緑や赤、濃い黄色といった様々な色が入っている、あまり見ないようなデザインのものだった。
紺や青といった無難な色ばかりを身に着けていると伝えると、プレゼントならその人に合った色はどうかと提案され悩みに悩んだ結果選んだものだ。
義父は両手に乗せたネクタイを、じっと見つめていた。
もしかして、気に入らなかったのだろうか。
「と、義父 さん……? ごめん、気に入らなかったら着けなくても——」
「違う、違うよ。嬉しすぎて、言葉が出てこないんだ」
義父はそう言って涙を浮かべて笑った。
「ありがとう。大事にする。これをつけてれば俺はいつだって無敵だ」
ピンポーン、とちょうどよくインターホンが鳴る。ピザが届いたようだ。
夏輝が支払いを行っている間、雪は自室にコートをかけにいく。
さっそく明日から着よう。
義父の言う通り、これを着ていればいつだって無敵になれる気がした。
リビングに戻ると、焼きたての香ばしい匂いがして食欲が湧いてくる。
久々のピザは少しだけしょっぱくて、懐かしい味がした。
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